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「ながら気晴らし」で繰り返す嫌な考えから距離をとる(早稲田大学文学学術院講師(任期付):石川遥至) #心機一転こころの整理

嫌な出来事を経験すると、私たちはしばしば、それについて繰り返し考えてしまいます。しかしながら、この反すうと呼ばれる循環的思考は、気分を改善しないばかりか、むしろその悪化に結びついている可能性が指摘されています。反すうのループを断つのに有効とされているのが気晴らし行動ですが、ときに気晴らし行動は問題との直面を避けさせ、その影響を長引かせてしまいます。そこで新たな気晴らしのアプローチとして検討されているのが、「ながら気晴らし(注意分割気晴らし)」です。今回はその効果を研究されている石川遥至先生に、反すうとの向き合い方についてご解説いただきました。

日常生活の「気晴らし」

モヤモヤした気分の時、私たちはどんなことをするでしょうか? 美味しいご飯を食べに行く、体を動かす、カラオケに行く、映画やドラマを観るなど、様々なものが挙げられると思います。これらに共通するのは、それがモヤモヤした気持ちを追い出したり、やわらげたりすることを目的とした行動、つまり「気晴らし」であるという点です。

気晴らしの意義とは?

さて、では気晴らしとは一体何でしょうか。なぜ気分が良くなるのでしょうか。これを考えるひとつの視点として、反応スタイル理論(Nolen-Hoeksema, 1991)があります。その要点は、気分が落ち込んだ時に、考え込み反応と気そらし反応のどちらを行うかによって、落ち込み(抑うつ)の持続期間が異なるということです。はじめに、この2つの反応スタイルについてまとめてみます。

まず、考え込み反応(ruminative responses)は、自分が落ち込んでいるという事実に注意を向け続け、抑うつの症状(心や体の状態)や原因などについて反復的に考えることを指します。これは、ぐるぐるとネガティブな思考を繰り返している状態であり、反すうとも呼ばれます(考え込み反応よりも馴染みのある言葉だと思いますので、以降はこちらを使います)。嫌なことがあった時、なんとかして解決の糸口を見出そうと一生懸命に考えるのは当然のように思えます。ところが、反すうはむしろ、こうした状況で問題の解決を妨げてしまう場合があります(Watkins & Baracaia, 2002)。反すうの特徴は、ごく限られたネガティブな情報ばかりに注意をとらわれてしまう、視野狭窄的な思考であることです(Whitmer & Gotlib, 2013)。つまり、考えれば考えるほどに堂々巡りの袋小路に入り、状況を改善するための具体的な行動を起こせなくなってしまうのです。落ち込んだ状態で反すうが始まると、抑うつ気分は長引き、強まっていきます(Nolen-Hoeksema & Morrow, 1993)。さらに、日常的に反すうを行いやすい人ほど、抑うつのレベルが高い傾向にあること(Nolen-Hoeksema et al., 1994)や、うつ病を発症しやすいこと(Wilkinson et al., 2013)が報告されています。残念なことに、多くの場合、反すうは自分をますます苦しめるだけの反応といえるでしょう。

次に、気そらし反応(distractive responses)とは、抑うつ症状やそれに関する思考からポジティブまたはニュートラルな活動へと、意図的に注意を向け換えることを指します。これは反すうとは対照的に、ネガティブなことを考えないようにする方略であり、いわゆる気晴らしに相当するものといえます(これ以降、気晴らしという言葉で統一します)。抑うつ気分時に気晴らしを行うと、反すうを行った場合と比べて速やかに気分が改善されることが示されています(Kuehner et al., 2009)。これは多くの方が実感していることでしょう。重要なのは、なぜ気分が良くなるのかということです。そりゃあ楽しいことや好きなことをするからだろう、と思われるかもしれませんが、実は反応スタイル理論に関する実験で用いられてきた気晴らしは、カードに書かれた文章を読み上げるといった無味乾燥な課題でした。つまり、楽しい活動に限らず、抑うつ気分とは無関係の課題に取り組んで反すうを邪魔することこそが、気晴らしの本質であるといえます。例えば、不快な経験の後に難易度の異なる計算問題に取り組ませた実験では、難易度の高い問題の方が気分を大きく改善したことが報告されています(Van Dillen & Koole, 2007)。気晴らしとして集中を要する複雑な課題を用いることで、反すうの余地がなくなり、より効果的に気持ちを切り替えられたということでしょう。

「気晴らし」はいいことばかりじゃない

以上をまとめると、落ち込んだ時には反すうを長引かせないよう、早めに気晴らしを行うのが賢明だという結論に至りそうです。ただし、ご存知の通り、私たちが直面する不快な事態は、気晴らしによって目を背けていればやり過ごせるようなものばかりではありません。大事な試験の前日に部屋を隅々まで片付けたり、失敗を忘れようとして浴びるほどお酒を飲んだりすることは、一時的に不安や落ち込みを和らげたとしても、根本的な解決策にはならないでしょう。気晴らしに、あくまでその場しのぎの対処に過ぎないという側面があることは否定できません。また、嫌なことを考えまいとすると、かえって思い浮かびやすくなってしまう、思考抑制の逆説的効果という現象が知られています(「白熊について考えないようにしてください」という実験(Wegner et al., 1987)が有名です)。特に抑うつの程度が高い人では、気晴らしを思考抑制のために行っていると自覚することで、抑制しようとした事柄を考えやすくなってしまうことが報告されています(服部, 2018)。

そして、気晴らしを適切に用いるために重要なのが、何を行うか、ではなく、何を目的として行うかという点です。大雑把に言えば、気晴らしの目的は不快な思考を中断して気分を改善することにほかならないわけですが、その中でも「あとで問題の解決にとりかかるために、いったん気晴らしをして気持ちを整える」という場合と、「とにかく問題を直視しないために、気晴らしに没頭する」という場合に分けることができるでしょう。実は、後者のように問題の回避を目的とした気晴らしは実行後に気分の悪化につながりやすく(村山・及川, 2005)、その実行頻度が高い人ほど抑うつのレベルが高いこと(Ishikawa et al., 2018)が示されています。こうした気晴らしは、私たちが問題に向き合い、不快だと思いながらもそれを受け入れたり(「起きちゃったことは仕方ないか」など)、見方を変えてネガティブでない方向にとらえ直したり(「叱られたと思ったけど、アドバイスだったのかも?」など)する過程を妨害してしまうと考えられます(Watkins & Teasdale, 2004)。問題への直面化を避けることで、いつまで経っても最初に貼り付けたネガティブなレッテルをはがすことができず、必要以上にそのことで落ち込んだり怒ったりし続けてしまうわけです。

上手な気晴らしのために

それでは、気晴らしを「回避」にしないためにはどうすればいいでしょうか。ひとつには、あくまで一時的に気分を調整する手段として、気晴らしを用いるということです。そしてもうひとつ、特に日常的に反すうを行いがちな方に紹介したいのが、不快な問題から無理に注意をそらさずに気晴らしを行う、つまり問題について考えながら●●●●●気晴らしに取り組むという方法です。ここではこれを「ながら気晴らし」と呼びます(※1)。嫌なことを考えながら気晴らしをするなんて本末転倒だ! と感じるかもしれません。実際、反すうをしやすい人を対象として、ながら気晴らしと通常の気晴らしの短期的な効果(最近の嫌な出来事について反すうしてから気晴らしに取り組んだ直後の気分)を比べると、やはり後者の方が明確な効果を示しました。しかし、一週間後にもう一度、同じ嫌な出来事について反すうさせた直後に気分を尋ねると、通常の気晴らしを行っていたグループは気分の悪化がみられたのに対し、ながら気晴らしグループではこうした「ぶり返し」がみられませんでした。さらに、ながら気晴らしグループでは、その出来事をネガティブでない方向にとらえ直していた人の割合が高いという結果が得られました(石川他, 2021)。ながら気晴らしは不快な問題に対するネガティブな気分や考えを徐々に弱め、受け入れていくことを助けるのかもしれません。長い時間軸で考えれば、思い出すたびに嫌な気持ちになって気をそらそうとする試みよりも、ながら気晴らしが効果的な対処となる可能性があるように思います(※2, 3)。

最後に、なぜこうした効果が得られるのかについて考えてみましょう。「注意のコントロール」という観点からは、通常の気晴らしは嫌な対象から他の活動に注意を転換●●するのに対し、ながら気晴らしは嫌な対象と他の活動に注意を分割●●するものといえます。前者は1つのスポットライトをある対象から別の対象に向け換え、後者はいくつかのスポットライトを複数の対象に同時に向けるようなイメージです。この転換と分割の違いについて検討した研究では、自分自身について考え込みやすい(=反すうに陥りやすい)人のうち、注意転換スキルが高い人は抑うつレベルが高い傾向にある一方、注意分割スキルが高い人では逆に抑うつが低い傾向にあることや(Ishikawa & Koshikawa, 2021)、特に注意転換スキルの高い人が回避的な気晴らしを用いると抑うつを高めてしまう可能性のあること(石川, 2020)が示されています。やはり、注意をそらすことは反すうへの最適の対処とは言えないようですが、これに対して、注意を分けることは反すうの悪影響をやわらげるようです。ここで、反すうが視野狭窄的な思考であったことを思い出してください。様々な情報に同時に注意が向けられた、意識の視野が広がった状態では、たとえネガティブな情報が飛び込んできたとしても、そこから一点集中のぐるぐる思考に深入りしていくことを予防できると想定されます。つまり、ながら気晴らしは、反すうの生起を防いで問題について広い視野で考えることを助け、気持ちの落としどころや解決策を見つけやすくする可能性があります。

どうしても頭から離れない悩みや考えごとがあるとき、それを追い出す気晴らしと迎え入れる気晴らしを使い分けてみることが役に立つかもしれません。

注釈

※1 研究上は「注意分割気晴らし」と称していますが、とある方が私の話を聞いて「ながら気晴らし」と呼んでくださり、その名前が分かりやすかったのでお借りしています。

※2 ここでは日常的な範囲の不快な問題を想定しています。思い出すことも辛いトラウマティックな体験への適用は逆効果となる危険性がありますので、専門機関にご相談ください。

※3 ながら気晴らしの場合、複雑な計算課題のように頭をいっぱいにしてしまう活動よりも、頭の中で何かを考えながら取り組める、手先や体を動かすような活動が使いやすいかもしれません。これまでの実験では、切り絵や塗り絵といった作業を用いてきました。

文献

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石川 遥至(2020).適応的・不適応的な形式の反応スタイルと能動的注意制御の関連について 感情心理学研究,28, 11‒21. https://doi.org/10.4092/jsre.28.1_11
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石川 遥至・浮川 祐希・野田 萌加・越川 房子(2021).注意の分割を伴う気晴らしが気分とネガティブな思考に及ぼす影響 心理学研究, 92, 227‒236. https://doi.org/10.4992/jjpsy.92.19037
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執筆者プロフィール

石川遥至(いしかわ・はるゆき)
早稲田大学文学学術院講師(任期付)。公認心理師。専門は臨床心理学、感情心理学。気晴らしやマインドフルネスに関する研究を行っている。著書に『非認知能力 概念・測定と教育の可能性』(共著,2021,北大路書房)、『仏典とマインドフルネス:負の反応とその対処法 』(共著,2021,臨川書店)など。

著書(分担執筆)

『非認知能力 概念・測定と教育の可能性』

『仏典とマインドフルネス:負の反応とその対処法 』


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