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【第一回】相談内容の守秘義務(三浦光太郎 弁護士・Ami代表)連載:メンタルヘルスと法律

1.はじめに


 カウンセリングを提供される心理職の皆さんは、相談内容の守秘義務について、職業倫理上の守秘義務として注意なされていることが多いと思います。しかし、昨今、SNS上で本人の許可を適切に取っているのかが不明な相談内容と思われる情報が散見されます。

 もし相談内容を無断で公開した場合、職業倫理上の守秘義務に違反する可能性が高いだけでなく、法律上の守秘義務にも違反する可能性が高いです。そして、法律上の守秘義務に違反してしまった場合、損害賠償責任を負う場合があります。

 そこで、本記事では、実際に相談内容を無断で公開したことにより損害賠償責任を負った事例を紹介しつつ、相談内容の法律上の守秘義務について解説します。

三浦先生 挿入写真 ソーシャルメディア

2.裁判例の紹介


(1)紹介する裁判例の概要

 紹介する判決は、東京地判平成7年6月22日判例時報1550号40頁(以下「本判決」といいます。)です。本判決は、カウンセラーが面接により知り得た相談者の私的事柄等を無断で書籍に記述したことについて、守秘義務違反として債務不履行責任が認められた事例となります。

 以下では、本判決の事実及び裁判所の判断の概要を説明します。

(2)事実の概要

 公立学校教員であった女性(以下「教員X」といいます。)は、カウンセラー(以下「カウンセラーY」といいます。)に対して、自己の生い立ちから家族関係、対人関係及びこれらに関する悩み等を語り、カウンセラーYは、教員Xの心理的負担、葛藤及び抑鬱状態を緩和すべく、教員Xと合計16回対話しました。

 カウンセラーYのほか3名が執筆した書籍のうち、カウンセラーYの執筆部分(以下「本件文章」といいます。)には、「A」という名前の女性の年齢、学歴、職歴、家族関係、異性関係及び「A」が描き展覧会に出品したという絵画についての具体的かつ詳細な記述がありました。そして、その記述の内容は、ほぼ教員Xについての客観的事実と合致します。

 以上の事実関係において、教員XはカウンセラーYが、面接の内容を、自己に無断で書籍において公表したとして、主位的にはプライバシー権侵害の不法行為に基づいて、カウンセラーYらに対し、損害賠償及び謝罪広告等を請求し、予備的には心理治療契約に基づく守秘義務違反の債務不履行等に基づいて、カウンセラーYらに対し、損害賠償を請求する事案です。

(3)裁判所の判断の概要

①心理治療契約の締結及び守秘義務の有無
 教員XとカウンセラーYとの間には、教員Xの心理的負担、葛藤及び抑鬱状態を緩和すべく、カウンセラーYは、教員Xの話を聴き、対話を行う債務を負い、教員Xは、その対価として所定の料金を支払う債務を負うという、医師と患者との間の治療契約に類似した、いわば心理治療契約ともいうべき契約が締結されたものと認められます。

 そして、心理治療契約の性質上、面接においては、相談者の他人に知られたくない私的事柄や心理的状況等が話されることが通常であると考えられますので、カウンセラーは、契約上、当然に、相談者に対して守秘義務を負うと解釈すべきです。

②債務不履行の有無
 本件文章には、「A」という女性の年齢、学歴、職歴、家族関係、異性関係及び「A」が描き展覧会に出品したという絵画についての具体的かつ詳細な記述があり、その記述の内容は、ほぼ教員Xについての客観的事実と合致します。そのため、カウンセラーYは、仮名を使用してはいるものの、①教員Xとの面接中に知った教員Xについての私的事柄や心理状況をほぼそのまま本件文章において記述したものと認められること及び②記述事項及び記述内容から、教員Xを知る者にとっては、記述されている人物が教員Xであると容易に知り得るといえます。したがって、カウンセラーYは、前記契約上の守秘義務に違反したといわざるを得ません。

三浦先生 挿入写真 問題

3.本判決の解説


(1)相談内容に対する契約上の守秘義務

 本判決では、相談内容の守秘義務は、教員XとカウンセラーYの間で締結された心理治療契約の性質上、面接においては、相談者の他人に知られたくない私的事柄や心理的状況等が話されることが通常であるので、カウンセラーは、契約上、当然に負う義務と解釈されています。本判決の判断は、相談内容がクライエントと心理職との間の信頼関係に基づき通常他人に開示しないプライベートな内容を含む重大な情報であり、かつ一般的に公開を欲しないであろう性質を有する情報であると考えられます。そのため、心理治療契約に基づき開示を受けたカウンセラーが相談内容について契約上の守秘義務を負担するとの判断をしたと考えられ、自然な解釈であると思われます。

 また、心理職の守秘義務に関する裁判例ではありませんが、本判決と類似する判断を示している裁判例として、「医療従事者は患者に対し、診療契約上の付随義務として、診療上知り得た患者の秘密を正当な理由なく第三者に漏らしてはならない義務を負う。」(東京地判平成11年2月17日判時1697号73頁)との判断があり、心理職の契約上の守秘義務を検討するに当たり、参考となる裁判例であると思われます。

(2)クライエントを仮名にしても守秘義務違反になる場合

 本判決では、クライエントの仮名を使用していても、守秘義務違反を認定しています。本判決の判断の中核は、「記述事項及び記述内容から、教員Xを知る者にとっては、記述されている人物が教員Xであると容易に知り得る」ことと考えられますので、本判決の指摘として「仮名を使用してはいるものの」とあるように、仮名はクライエントの特定を防ぐ一要素でしかないものと考えられます。

(3)本判決において守秘義務違反を防ぐための方法

 研究発表のために相談内容を無断で公開した本判決においては、次のような対応が望ましいとの見解があります。

 「書籍への執筆を思い立った時に、執筆についてクライエントに尋ね、許可を得た上での執筆であり、さらに、クライエントを知る人がその登場人物を特定できないよう、記述の上で一層の工夫を行った後に、記述内容をクライアントに提示して、クライエントの希望を勘案した修正を行い、その上で発行の許可を得る、という注意深いプロセスをたどっていたならば、このような問題は発生しなかったであろう。」(金沢吉展『臨床心理学の倫理をまなぶ』(2006年、東京大学出版会)208頁)

 上記のプロセスであれば、相談内容を第三者に提供することの事前の同意が取れている上に、その後もクライエントの意向を反映していますので、守秘義務違反を防止するだけでなく、トラブルやクレームの積極的な防止につながるものと考えられます。

三浦先生 挿入写真 同意

4.法律上の守秘義務の解説


(1)相談内容に対する法律上の守秘義務

 カウンセラーが公認心理師である場合、公認心理師法に基づく守秘義務(公認心理師法第41条)を負います。その他、精神保健福祉士等の心理職が有する国家資格に応じて、精神保健福祉士法第40条等の法律に基づく守秘義務を負うことになります。そのため、保有資格毎又は業務毎に適用される法律に基づく守秘義務に留意する必要があります。

(2)カウンセリング同意書は、相談内容の第三者提供に関する同意になっていますか?

 カウンセリングを提供する心理職の皆さんは、相談内容の守秘義務を負う一方で、研究発表、スーパービジョン又は医療機関等の協働先等の第三者に相談内容を提供する場合があります。この場合、第三者提供前に相談内容の第三者提供に関する事前同意をクライエントから取得することが一般的であると思います。

 そして、カウンセリング開始前に「カウンセリング同意書」等の名目でインフォームド・コンセントを書面で取得することが一般的であると思いますが、このインフォームド・コンセントの取得が相談内容の第三者提供に関する同意に該当するか否かは、「カウンセリング同意書」の記載によって異なります。

 例えば、「カウンセリング同意書」が「相談内容を第三者に提供することにクライエントが同意する」内容であれば、クライエントから当該同意を取得することになりますが、「第三者に提供する前には、同意を取得することを説明する」内容であれば、事前同意を今後取得することを説明したにとどまります。後者の場合、相談内容の第三者提供に関する同意を取得していないと解釈される可能性が高いため、別途、相談内容の第三者提供についての同意取得が必要となると考えられます。

 なお、通常、クライエントが相談内容の第三者提供について同意する場合、匿名化や事例の組み合わせ等のクライエントの特定防止を条件として同意されるものと思いますので、同意を取得したとしても、相談内容をそのまま公開できる場合は一般的ではないと考えられます。

(3)相談内容の第三者提供について同意したクライエントから第三者提供前に再度同意を取得する必要があるでしょうか?

 相談内容の第三者提供における同意取得の実務として、カウンセリング開始前のインフォームド・コンセントの取得に加えて、相談内容の第三者提供を行う予定が明確になった場合に再度事前の同意取得を行う場合があります。

 法律上、相談内容の守秘義務を解除するためには、守秘義務の対象となっている情報を第三者に提供する旨の同意を一度取得すればよいため、当該同意を再度取得することは、原則として必須ではないと考えます。

 しかし、クライエントは相談内容を第三者に提供されることをできる限り避けたいと望むことが考えられ、また同意取得から時間が空いた場合にはクライエントが相談内容を第三者提供することに同意したことを覚えていない場合があります。そのため、法律上要求されるわけではないですが、クライエントとのトラブルをできる限り回避するために、第三者提供前に再度同意を取得することが望ましいと考えます。

(4)同意の取得は、同意書で取得することが必須でしょうか?

 法律上、口頭による同意の取得も有効ですが、できる限り、書面により取得することが望ましいです。書面により同意を取得することは、同意を取得したことの証拠になりますので、万が一相談内容の守秘義務に違反してしまい、クレームや訴訟等のトラブルが起きた場合に備えることができます。

(5)同意の取得において、気を付けるべきことは?

 クライエントの同意が相談内容の第三者提供における同意であることを曖昧にした場合、クライエントが相談内容の第三者提供における同意をしていないとして、クライエントとの間で、本判決のような紛争となるリスクが生じると考えられます。そのため、相談内容の第三者提供における同意であることを明確にすることが望ましいです。(出口治男監修、「心理臨床と法」研究会編『カウンセラーのための法律相談―心理援助をささえる実践的Q&A』(2009年、新曜社)140頁)

 また、クライエントが未成年者、高齢者、精神障害者等の判断能力や意思決定能力が不十分な者である場合、第三者提供の同意を取得したとしても、当該同意が無効又は取り消しとなる可能性がありますので、クライエントが同意できる状態にあるか否かに注意する必要があります。(金子和夫監修、津川律子、元永拓郎編『心の専門家が出会う法律[新版]臨床実践のために』(2016年、誠信書房)13頁)

(6)個人情報保護法にも注意が必要です。

 守秘義務とは異なりますが、個人情報保護法に配慮することも必要です。相談内容には、クライエントの氏名、連絡先だけでなく、他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができる情報を含む場合が考えられますので、個人情報に該当する可能性が高いと考えられます。そのため、個人データの第三者提供の際に事前承諾を取得する(個人情報保護法第23条以下)等の個人情報保護法に基づく義務を遵守して、相談内容を取り扱う必要があります。

三浦先生 挿入写真 法律

5.おわりに


 本記事を最後までお読みいただきありがとうございます。

 本記事が、カウンセリングを提供する心理職の皆さんにとって、相談内容の守秘義務に違反することなく相談内容をご利用できる手助けになれば、幸いです。

 なお、本記事の内容は私個人の意見であり、所属する法律事務所及び団体の意見を代表するものではないことにご注意ください。

執筆者プロフィール

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三浦光太郎(みうら・こうたろう)
弁護士(第二東京弁護士会所属)、Ami代表。中央大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了。主な取扱業務は、個人情報保護、メンタルヘルス、不動産関連、一般企業法務等。メンタルヘルスケア事業者やカウンセラー向けには、利用規約やプライバシーポリシーの作成、サービス提供に関する法務アドバイス等を提供。
弁護士のメンタルヘルスの課題解決並びに弁護士及び心理職(臨床心理士等)との協働を実現するため、Amiを立ち上げ、公認心理師・臨床心理士・精神保健福祉士とともに、弁護士向けのメンタルケアサービス等を提供している。

▼HP


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