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対面での相談が難しいときにできること ~“つながれない時間”を過ごすために~(水野治久 大阪教育大学教授)

何かで悩んだり困ったりしたとき、誰かに相談することで気持ちが軽くなったり、ものの見方が変わったりした経験はありませんか? このように「助けを求める意識と行動」のことを、心理学では「援助要請」と呼んでいます。対面で話を聞いてもらうことが難しくなっている今、悩みを抱えている人はどうしたらよいのか、援助要請研究の第一人者である大阪教育大学の水野治久(みずのはるひさ)先生にうかがいました。

「誰かに相談する」という解決方法

 知人にメンタルヘルスの専門機関で働く人がいたり、カウンセリングについて知識をもっている人は、そうでない人と比較して、カウンセリングに対してポジティブな態度を示すといわれています。以前、中学生を対象に調査を行ったところ、スクールカウンセラーと話したり、「カウンセラーだより」を読んだことがある生徒は、スクールカウンセラーに助けを求めることに肯定的な意識を持っていました。これを「接触仮説」といいます。
 皮肉なことに、ソーシャルディスタンスを確保しなければならないこの時期に、カウンセラーと話すことを奨励することは酷です。家にいることが強く勧められているこの状況で、人と対面で相談することは容易ではありません。

自分の悩みと距離を取る

 人と直接つながることが難しいこの時期に、自分が抱えている悩みとどう付き合えばよいのでしょうか。可能ならばご自身とご自身の「悩み」との間に距離を取ることをお勧めします。コミュニケーションは相手に物事を伝える営みです。しかし同時に、そこには自分の発言を通して自己を理解する機能もあります。私たちの悩みや思考は、心の中のコミュニケーションによって、自己との対話を通して形付けられていくのです。

 カウンセリングのプロセスを単純化していうと、安全な場所で、話を聴いてもらうことで、その話を自分も聴いて、問題から距離を取るプロセスであるといえます。究極的にいうと、これができるなら、相手はカウンセラーである必要はありません。教師、人事の関係者、宗教家などの職業的な援助者であっても、家族や友人などの私的な知り合いであってもよいのです。

 「相談できる人がいない」と思っている人はどうでしょうか。その場合には、ご自身との対話を大切にしてください。カウンセリングの本を読むことがひとつの選択肢です。カウンセリングの本を読んで、ご自身と対話をする。もしかたら、ご自身の悩みを見る視点が変わるかもしれません。

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 他者に助けを求めるという行動には、問題を整理して、そのために適切な相談者をみつけて、スケジュールを調整して、相談を申し込むという重層的なプロセスを経る必要があります。「不安で仕方がない」という状況では、相談に行くという選択肢すら思い浮かびません。つまり、相談を申し込む、カウンセリングに行くという時点で、見方によっては「問題が整理されている」ともいえます。対面での相談が難しい、人とつながりにくいこの時期は、相談前のプロセスを意識してはいかがでしょうか。まずは自分の悩みと距離を取り、自分の悩みを眺めてみるということをお勧めします。

身の回りのことから始める

 非日常というのは、日々の生活がルーティーンとして回らなくことを意味します。子どもが家にいて勉強しない、スマホでゲームばかりしている。それを見て、在宅勤務のお父さん、お母さんがイライラする。いつもだったら気分転換になるはずの同僚との雑談もできない、楽しみにしていた野球やサッカーのスポーツもない。スマホの画面に映し出されるのは毎回同じニュース。気分も落ち込みます。

 さて、ここでどうするかです。ソーシャルディスタンスに気をつけながら散歩する、家のベランダで夕涼みをする、あまり読んでない本を読み直してみる、家を掃除してみる……。読者の皆さんは、「何のんきなことを言っているのだ!」とお怒りかもしれません。この時期に、感染症のリスクを抱えながらギリギリの生活をしておられる方もいらっしゃいます。そして、実際に、感染症に罹患してしまっている人もいるかもしれません。

 私たちが直面している感染症の課題は、残念なことにとてつもなく大きいです。しかし、大きな課題を具体的な日々の生活の視点で考えていかないと、糸口がみえてきません。私たちが相談できず途方に暮れるときは、問題があまりにも大きく、その問題に押しつぶされそうになっているのではないでしょうか。ビール片手に同僚に愚痴を吐いて、「わかる」とうなずいてもらえたり、「そんなときあるよね」と共感してもらうだけで、大きく見えていた問題が少し小さくなり、解決への糸口が見えてくるのではないかと思うのです。今はそれができません。対面が難しいために、オンラインのコミュニケーションに頼るしかありません。相談相手とつながることができないときは、自分の身の回りのことから小さな一歩を踏み出してみてください。

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対人援助職の方へ ~今、私たちができること~

 心のケアという言葉が広く世の中に知れわたるようになったのは、1995年1月の阪神・淡路大震災ではなかったかと思います。2011年3月の東日本大震災、2016年4月の熊本地震、2018年7月の豪雨と洪水など、その後も様々な災害がありました。このときは特定の地域が被災しており、その他の地域から来た人が支援者でした。「助ける」「助けられる」という構図がはっきりしていました。しかし、今回の感染症は、いまだ事態の終息が見えません。そして、強調したいのは、この被害が世界規模であることです。日本、いや世界の既存のシステムが大きな音を立てて崩れていくのではないかという得体の知れない不安を伴っています。こうして原稿を書いている今も、私自身、感染のリスクがゼロとは言えません。咳ひとつするだけで「もしや」と思いますし、頭痛にも敏感になります。

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 カウセリング関係者、医療関係者、そして休校期間中、様々な整備にあたっている教育委員会の関係者、学校現場の先生方。いわば援助する側の人までもが、これほどリスクを抱えた「災害」があったでしょうか。著名な方が感染症で亡くなられるという現実は、私たちをひどく不安にさせます。それは、この災害が地続きだからです。
 このような状況で、私たち対人援助職ができることは何でしょうか。まずは自分の健康を管理し、今できることを継続していくということではないかと思います。電話やオンラインでは、込み入った相談は難しいかもしれません。でも、話を聴いたり、うなずいたりすることはできます。そして何といっても、生活の様々な困りごとの解決に役立つ情報を、それぞれの専門的立場から適切に提供・発信していくこと。それこそが、この“つながれない時間”のなかで援助を届けるかなめになると、私は思います。

(執筆者プロフィール)

水野治久(みずのはるひさ) 
大阪教育大学・高度教職開発系・教授 専門は学校心理学。公認心理師・学校心理士・臨床心理士。博士(心理学)。一般社団法人 大阪公認心理師会会長。援助要請、学校心理学に関連した著書多数。
いじめ被害を受けた児童生徒がSOSを出しやすいように、【SEEK-HELP】というホームページを立ち上げました。興味のある方はぜひのぞいてみてください。

(おすすめ著書)






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