心身の状態がすぐわかる『POMS』検査に迫る
65の質問に答える心理テストで世界共通で使用されている『POMS(ポムス)』検査。
「緊張」、「抑うつ」、「怒り」など7つの因子を同時に測定でき、多くのスポーツシーンで取り入れられている。さらに、それは健康や楽しむための運動にも有効である。
復員軍人の心の問題、
解明へ
心理学や行動学的側面からだけではなく、気分、感情、情緒などの主観的側面からのアプローチによって人の情動を理解できる『POMS(気分プロフィール検査[Profile of Mood States])』の開発は、朝鮮戦争(1950~’53年)に出兵したアメリカの復員軍人の心の問題が、その発端となりました。現在でいうところの「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を負った兵士の気分や精神状態を評価し、心理療法や薬物療法の効果判定に役立てようとされたのです。
’50年代から’60年代初頭にかけて、アメリカの復員軍人心理療法研究所のダグラス・M・マックネア博士とモーリス・ローア博士(後にレオ・ドロップルマン博士も協力)は、55項目からなる質問紙法を開発し、’60年代の終わりには現在の65項目からなる『POMS』が完成。その後、各国で翻訳が進み、日本でも’94年に日本語版が発刊されました(2012年には、古いことば遣いや尺度[後述]などを見直した改訂版『POMS2[Profile of Mood States 2nd Edition]』が出版され、日本語版も’15年に登場している)が、実はそれ以前にも大学の教育現場やスポーツの競技連盟などでも、自ら翻訳し、スポーツに活用していたケースも見られていました。
日本では当初、労働環境による高次機能への影響が念頭にありました。有害物質などが脳にどのような変化を与え、気分はどう変わるのか。その結果、パフォーマンスや記憶、集中力はどのように変化するのか、そうした分野で取り入れられていったのです。その後、日本ではなかでもメンタルヘルスの部分に注目が集まり、医療、スポーツやエクササイズ、その他さまざまな分野で活用されていきます。
それまでも「自己評価式抑うつ性尺度(SDS)」、「顕在性不安検査(MAS)」、「ミネソタ人格目録(MMPI)」などの各種検査が用いられていましたが、一つの質問紙で複数の気分状態を測れる『POMS』は画期的でした。また、英語版を翻訳しているため、欧米と同様の尺度で比較できるのも大きなメリットといえるでしょう。
65の質問で
7つの気分を測定
では、具体的にどのような気分が測れるかといえば、表のように7つの尺度(改訂前は「友好」を除く6尺度)があります。
回答者は65の質問(35問から構成される短縮版もある)に対し、「0.まったくなかった」「1.少しあった」「2.まあまああった」「3.かなりあった」「4.非常に多くあった」の5つの解答の該当欄をチェック。65問の全項目版なら8~10分、短縮版なら3~5分程度の時間で終わります。
さて、スポーツ選手の場合、例1のように、「活気」の得点が高く、ほかのネガティブな感情尺度得点は抑えられている傾向(氷山型と呼ばれる)が見られることが多いものです。また例2は、同じ競技者で、「競技前」「直後」「翌日」「1週間後」の気分の変化を表したものです。「競技前」は「緊張」得点がやや高く、「直後」は「疲労」得点がかなり上がり、そこから徐々に低下、氷山型に戻る傾向が多く見られます。
一方、スポーツ分野ではオーバートレーニングの評価にいち早く取り入れられた経緯がありますが、例3は、それを表したものです。スポーツスケジュールの「過密期」は、「疲労」が高く、「活気」が低下。明らかに氷山型が崩れ、軽傷から中等症のオーバートレーニング症候群が疑われます。そこで十分な休養を取ると「休養後」のように氷山型に戻り、回復の傾向が見られます。
このように『POMS』をうまく活用すれば、大事に至る前に、それを防ぐこともできますし、あるいは元気がない人がスポーツを取り入れ、メンタルの状態を改善していくという活用法も考えられます。
例4は、まったく運動をしていなかった中高年がスポーツを始めた例で、開始前と開始後では、以下のような変化が見られる傾向があります。運動前は「活気」が低く、ほかのネガティブな感情尺度得点が高めだったのに対し、運動を始めたあとは「活気」が上がり、ほかは抑えられる氷山型へと改善されています。
オーバートレーニング症候群をチェックするなどトップアスリートの現場で活用される傾向は強いかもしれませんが、例えばお年寄りや、あるいは趣味や健康を目的に運動する人にとっても、『POMS』はポジティブな効果を測れるなど、活用分野はさまざまな場面と考えていいかと思われます。
指導者が、選手が、
客観的に判断できる
『POMS』検査は、頻繁に行うよりも、2週間に1回とか月に1回など、一定の間隔をあけて実施することで、傾向の変化を見ることが可能となります。例えば、日常のトレーニング時と試合前などに定期的にチェックすると、気分の安定度やネガティブな要因の有無なども判断できるでしょう。
いろいろな場面でさまざまな活用法が考えられる『POMS』ですが、スポーツの現場では、指導者も、そして選手自身も状況を客観的に判断できるのがメリット。以後の活動を考えていくうえでも『POMS』は貴重な情報になるでしょう。
解説/横山和仁
順天堂大学教授、医師・医学博士
本記事は『Sports Japan 2016年5・6月号(vol.25)』(pp.14-16)を一部修正のうえ転載したものである。転載にあたっては公益財団法人日本スポーツ協会(発行元)ならびに日本文化出版株式会社(編集)の許可を頂戴した。
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