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家族のこころの問題の整理(岩手大学教授:奥野雅子) #心機一転心の整理

人間関係の始まりである家族の心の問題は、こじらせると長く人生に影響を及ぼすように思われます。家族のこころの問題を整理したい人に向けて、家族心理のキーポイントを奥野雅子先生にお書きいただきました。

 家族のこころの問題を整理したいという想いはすべての人にあるのではないでしょうか。やはり一番多いのは親子関係についていろいろなエピソードが思い浮かぶと思います。親は神様ではないので、そのときに余裕がないまま子どもに関わってしまい、結果として子どものこころを傷つけてしまうことが起こっても自然なことだといえます。でも、子どもはそのことを大人になっても覚えていて、なかなか整理ができなくて苦悩するということはあると思います。

家族の問題は渦中では気付かない

 家族のこころの問題を整理したいときはどんなときなのでしょうか。家族の問題の渦中にいるときは、問題の本質が何なのかをなかなか気付かないものです。たとえば、お父さんとお母さんがケンカをする日が続いていると、両親と自分が一緒にいるような食事の場面で緊張した空気を感じるので、子どもである自分は自然と饒舌になったりします。あるいは、両親を笑わせようとがんばったりもします。そのとき子どもは必死なので体が勝手に動いてそのようにふるまってしまうということがあるのです。このように、両親が不仲の場合には、子どもは巻き込まれる状況が起きるのですが、子どもにとっては自分が巻き込まれているという意識はありません。しかし、青年期になって、あるいは成人してから、親子関係をしみじみと振り返るようになります。そして、本当は両親からいっぱいほめられて認められたかったのに、自分は愛されていなかったのではないかと悲しくなったりします。あるいは、親が自分ではなく、自分のきょうだいばかり可愛がったように思えたり、そんなきょうだいを敵視しきょうだいの仲もあまり良くなかったと感じたりもします。このように、自分が育った家族で傷ついた体験やエピソードはさまざまあると思います。

アダルトチルドレン

 家族のこころの問題、親子関係の問題については、さまざまな表現が用いられてきました。まず、アメリカで1960年代から用いられた「アダルトチルドレン」という言葉は当初、親がアルコール依存症の家庭で育って成人した人を指していましたが、その後、機能不全の家族で育ち、生きづらさを抱えた人全般を意味するようになりました。1990年代から日本でも頻繁に用いられるようになり、親との関係での何らかのトラウマがあり、過度に「いい子」でいることを余儀なくされたなどの経験があることで、自己のアイデンティティに不安定さを抱える人を示すようになりました。つまり、子どものころの家族の経験をひきずり、現在生きる上で支障があると思われる人たちのことです。「アダルトチルドレン」は学術用語ではなく、病気の診断名でもないのですが、これまで世間一般に大変注目されてきた概念となりました。

親ガチャと毒親

 最近になって用いられるようになった言葉に「親ガチャ」や「毒親」といった表現があります。「親ガチャ」は2021年の流行語大賞にノミネートされました。「親ガチャ」はネットスラングで「生まれてくる子どもは親を選べない」ことをスマホゲームの「ガチャ」に例えています。そこには、自分の能力は親や環境で決まってしまうという主張が含まれています。さらに、もっとネガティブな意味合いが強い言葉が「毒親」です。毒になる親の略で、悪影響を子どもに及ぼす親、子どもが厄介と感じるような親を指す俗的概念とされています。学術用語ではなく、スーザン・フォワードがつくった言葉とされ「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」を指しています。

家族の問題が現在にリンクする

 このように、さまざまな言葉で家族の問題は表現され注目されてきました。大人になっても多くの方が家族のこころの問題に今もなお向き合っているのだと思います。そして、家族の問題にこころを馳せるというのは、現在に何か解決すべき問題が浮上したことがきっかけになるのです。たとえば、自分の子どもに何か問題が発生し、そのことが自分の親との関係にリンクするということになります。

 私が実際にカウンセリングを行ってきたクライエントのAさんにも、そういったことが起こっています。プライバシーなどに配慮して、本質を損なわないように改変を加えさせていただいて紹介致します。Aさんは40代の母親です。Aさんの娘が不登校になったことで来談されました。夫との関係もギクシャクしていて苦悩しています。また、現在もなお実母からの命令的な発言に服従しているのでとても疲れています。実は、夫との関係がギクシャクしているのは、夫からの命令的な発言に服従してしまうことへの葛藤があるのです。夫の命令に嫌悪感を抱きつつも面倒くさいから服従してしまう方を選択し、そして、夫からの命令的発言は続いていくという悪循環になっています。この状況では、実母と自分の命令服従のパターンを、夫婦関係で再現していることになります。一方、子どもは夫に服従して苦しむ母の味方になり母のケアを無意識で行っています。この現象は夫婦関係の危うさに子どもが巻き込まれているということなのです。そして、子どもは不登校という行動を呈することで夫婦関係が壊れるのを守っていることになるのです。なぜならば、問題を起こしている間は夫婦は一緒にそれを解決すべく何らかの行動について取組まざるを得ないからです。さらに、ここにはAさんにとって二重の母子関係の課題があります。Aさんが娘としての母との関係、Aさんが母としての娘との関係です。このように、自分の親との関係が自分の配偶者や子どもとの関係に影響するのです。

コミュニケーションを少しだけ変えてみる

 家族のこころの問題が現在の問題にリンクすることについて述べてきました。したがって、家族のこころの問題を整理するというのは、現在向き合っている問題を整理することでもあるのです。この「整理する」という行為は、黙ってじっと考え込んで気持ちを整理することではありません。今、自分が他者に対して行っている「コミュニケーションを少しだけ変化させて観察してみる」ということです。このときの「他者」は、現在の問題に関与している他者です。現在の家族であることが多いかもしれません。

 さきほど例に挙げた家族のコミュニケーションの相互作用は、命令されたから服従した、服従するから命令した、のように循環しています。このような命令服従の悪循環を断ち切るためには、妻が夫にたまには自己主張してみるということになります。その時に夫はどんな反応をするのか、子どもはどんな反応なのかを観察してみると、こころの整理が進みます。これまでの命令服従のコミュニケーションの悪循環のパターンが一瞬止まることになります。夫はちょっとびっくりするかもしれません。子どもはきっとうれしそうにすると思います。本人はたまには新しいコミュニケーションを使ってみようと実感するはずです。家族のこころの問題を、自分の家族によって乗り越えようとステップを踏み出したことになります。

誰も悪くないと思える時が来る

 現在抱えている問題は、家族の問題だけではなく、恋人や友人との関係、あるいは職場や学校での対人関係の問題かもしれません。たとえ、現在の問題が解決の方向に行ったとしても、過去に家族で傷付いた体験が全く消えるわけではありません。親のふるまいで傷付いた自分があるとしたら、その親もきっと過去に傷付いた体験があったのです。誰かが悪いと決めつけるとき、こころの整理や解決は遠のきます。悪者探し、犯人探しの追及は家族の代々にさかのぼって果てしなく続きます。なので、現在に焦点を当てていきましょう。今、目の前にいる人とどんな関係になっていきたいのかを目指して、新しいコミュニケーションを使っていきましょう。立ち止まって考え込まなくても、新しい行動を選択しながら、少しずつこころの整理は進んでいきます。

<参考文献>

Forward, S.(1989).Toxic Parents, Overcoming Their Hurtful Legacy and Reclaiming Your Life. Bantam Books.(玉置悟訳(2021).毒になる親 毎日新聞出版)
Black, C. (1982). It Will Never Happen to Me! Children of Alcoholics: As Youngsters - Adolescents - Adults. Medical Administration Co(斎藤学訳(1989).私は親のようにならない―アルコホリックの子供たち 誠信書房)
田代仁美・奥野雅子(2021).長期間のうつ状態を抱える母親への家族療法による支援 心理臨床学研究,39 (5), 396-406

【著者プロフィール】

奥野雅子(おくの・まさこ)
岩手大学教授
博士(教育学)、臨床心理士、公認心理師、薬剤師

東北大学薬学部卒業。薬剤師として13年勤務した後、渡米し、3年間ニューヨーク在住。その間アメリカの大学院に入学して心理学を学ぶ。帰国後、東北大学大学院教育学研究科に入学。博士課程在学中から臨床心理士として、教育や医療の現場で相談業務を行う。薬剤師のコミュニケーション教育にも従事。東北大学大学院教育学研究科博士後期課程修了後、2010年、安田女子大学心理学部准教授を経て、2013年4月から、岩手大学人文社会科学部准教授。2019年4月から同大学教授。専門は臨床心理学、家族心理学、コミュニケーション。著書に『専門家が用いる合意形成を目的としたコミュニケーションに関する臨床心理学的研究』(ナカニシヤ出版)などがある。また、YouTubeチャンネル【心理学講座 奥野雅子】を公開している。