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離婚や面会交流の狭間にいる子どものSOS(和光大学現代人間学部教授:熊上崇) #こころのSOS

親の離婚を経験した子どもにとって、別居親との面会交流はどういったものなのでしょうか。今回は和光大学現代人間学部教授の熊上崇先生にご寄稿いただきました。子どもの語りや調査結果の分析から、別居親との強制的な面会にともなう心理的負荷を読み解き、子どもにとってよりよい面会交流のあり方を検討します。

 親が離婚した子どもは年間20万人になる。親が離婚する理由はさまざまであるが、渦中にある子どもはどのような心理なのだろうか。また、離婚後に、別居親との面会交流を行っている子どもがいる。別居親に会えて嬉しいという子どももいれば、会うのが辛い子どももいる。心理職としては、どのような支援をしていけば良いのだろうか。米国で出版された絵本『ココ、きみのせいじゃない:はなれてくらすことになるママとパパと子どものための絵本』(ランスキー著、2004)では、親の離婚に直面した子どもは、悲しみや怒り、泣きたい気持ちがあるが、そのような気持ちは持って当然であり、その気持ちを表現しても良いのだよと話しかけ、両親は協力して面会交流を行い、子どもは両親から愛されている気持ちを感じている。このように離婚後も、親同士が子どものために協力できれば、子どもにとって離婚の心の傷が少なくなろう。

 一方で、両親が協力できず、離婚や離婚後の面会交流で紛争を行っている場合の子どもの心理はどのようになっているであろうか。ここでは、米国のワラースタインによる古典的研究(Wallerstain,2000)を紹介しよう。

 ワラースタインは、離婚後の子どもを数年ごとに、25年後まで定期的に面接調査をした。この結果、ワラースタインは、離婚後も子どもと関わりを持たず、大学進学費用などを負担してくれない別居親(多くは父親)に対して子どもは、別居親に見捨てられたとの不安や怒りから、思春期以降に非行や問題行動を起こす事例を多く記載している。確かに離婚後の子どもに別居親が音信不通であることは、子どもの心に不安を残すものである。

 一方で、ワラースタインは、「家庭裁判所の命令によりスケジュール通りに面会していたケース」も紹介している。裁判所命令による面会交流とは、面会交流の実施の有無や頻度、日程などについて親同士の争いがあり当事者同士で決められない場合に、家庭裁判所で、頻度や日時を決定する。これは裁判所命令で法的な効果があるために、子どもの意思に関わりなく、スケジュールに従い、別居親のもとに行かなければならないが、これについて子どものインタビューを以下のように描いている。(Wallerstain前掲書p273-275)
 
 14歳の誕生日に私(ワラースタイン博士)と面談した彼女は切羽詰まった様子でこう尋ねてきた。「いくつになったら、父さんとの面会を拒絶できるの?」「私は、父さんの家ではよそ者って気がするの。友達も居ないし、何もすることがないんですもの」「だっていかなくちゃいけないんだもの、バカな判事がそう言ったのよ、月に2回と、7月は丸1ヶ月よ」

「父さんは私を愛していないのよ。愛しているなら相手を尊重するはずだわ。父さんは一度だって、私が面会に来たいか、私が何をしたいか聞いたことがないわ。私が行かないことを絶対に許してくれないの」

「夏が近づくと、友達は皆ワクワクしているの。私はうんざりよ、7月なんか大嫌い、最悪だわ。去年の7月は、ずーっと泣き通しで、なんでこんな罰を受けるんだろうって考えたわ。私がどんな罪を犯したっていうの?私は寂しくて、友達に会いたくてたまらなかった。ポーラと私は毎晩泣きながら寝たわ」

「パパの家は大嫌いだったわ。月に2回の週末を別の親のところで過ごすなんて、子どものためにはよくないと思う。私の友達はいつのまにか、私が家に居る週末にすら誘ってくれなくなったわ」

 他にも、ワラースタインは週末の宿泊面会交流が命じられたために、少年野球チームの試合に出られない子どもや、週末毎に飛行機に乗る子どもの姿も描いている。

 ワラースタインはこうした子どもの研究から、「私の研究では、裁判所の命令の下、厳密なスケジュールに従って親を訪ねていた子どもたちは、大人になってから一人残らず、親のことを嫌っていた。大半は、訪ねることを義務づけられていた親の方に腹を立てていた。彼らは皆大きくなると、無理矢理訪ねさせられていた親を拒絶した。」と記載している。

 そのうえで、ワラースタインは「なぜ法制度は、子どもが自分の生活を決める計画に参加する権利を持つべきだという事実を把握していないのだろう。(同書p282)」と論じている。ワラースタインは、「裁判所命令によるスケジュール通りの面会交流」は子どもにとって辛い経験であり、別居後の親子関係はかえって悪化することもあることを指摘している。
 
 日本での研究を紹介しよう。

 東京大学のKita,et alらは、DV支援団体の協力を得て、DVにさらされた子ども(4〜18歳)の面会交流時の心理を研究している。この研究は、対象者を別居親(父親)との面会交流あり群(19人)、なし群(30人)に分けて、不安、抑うつ、子どもの行動チェックリスト(CBCL)で、子どもの状態を比較している。ちなみにCBCLは子どもの精神状態の評価で世界的に使われている質問紙である。

 結果は、DV親との面会交流あり群は、面会交流なし群と比較すると、CBCLの各指標のうち「ひきこもり」「身体的症状」「不安・抑うつ」「思考の問題」などが統計的に有意に高かった。また、CBCLの「内向的問題(うつなど、心の内向での問題、非行などは外向的問題)」と合計得点が、面会交流あり群の方が有意に高く、臨床域(医療にかかるような心配なグループ)の割合も多かった。そして、面会交流後の子どもの気分は、幸福(27%)、いつもと同じ(33%)、混乱(22%)、怒り(27%)、攻撃的(33%)であった。

 また、DVケースで面会交流あり群は、面会交流なし群よりも、不安や抑うつ、身体症状が有意に高く、結論として、DVケースでの面会交流では、子どもの精神保健や行動面に注意と支援が必要としている。

 以上のことより、子どもの気持ち、意思を尊重せずに面会交流を強制することは、たいへんな子どもへの心理的負荷となる。では、離婚後の子どもに関する面会交流については、子どもの意思や意見は尊重されているのだろうか、また、子どもの意思や意見が尊重される・あるいはされない場合の子どもの心理はどのようなものなのだろうか。

 熊上(2023)は、親の離婚を経験した15歳から29歳の人への調査を行った。対象は、面会交流をしていた群299人、していなかった群250人である。

 面会交流時の子どもの心理としては、「嬉しい・楽しい」「別居親に会うとがんばれる」といったポジティブな心理になる子どもがいた。一方で、「一緒にいる時間が苦痛」「会いたくはなかったので義務的に感じて辛かった」など心理的負荷があるケースや、「分からない」「何も思わない」「書きたくない」といった「無力感」があるケースがあった。

 そして子どもの意見表明については、面会交流あり群では、同居親に意見表明できたが50%、別居親に表明できたが28%、その結果が尊重されたのが48%、尊重されなかったが13%であった。面会交流なし群では、同居親に意見表明できたのが35%、別居親に意思表明できたのが6%であり、子どもの意思が尊重されたが35%、尊重されなかったが13%であった。子どもの意思が尊重された場合は「自分のことをとても考えてくれていたので、ありがたかった」「気が楽になった」といった安心感があるが、子の意思が尊重されない場合は、「大人だけのことじゃないし、子供も考える力はあるからちゃんと尊重してほしい」といった意見や、「辛さ」「苦しさ」「怒り」「憎しみ」など心理的負荷がうかがわれた。

 未就学児や障害等の影響がある場合の子どもの意見表明支援については、栄留ら(2021)は、児童養護施設におけるイギリスでの実践から、幼児への意見聴取の際に、たとえば「魔法の杖があったとしたら、どんな魔法を叶えて欲しい?」などと聞いたり、「ここは〇〇ちゃんのための、部屋だよ」などとポスターで歓迎し、「〇〇ちゃんの願いを星座表(スターチャート)に書いてね」などと、子どもが家庭の問題について意見を表明しやすくなるような工夫を報告している。未就学児であっても、子どもはさまざまなサインで意見を表明することができる実践もある。そうした工夫が親の離婚の狭間で悩む子どもの心理に関わる支援者に求められている。

 面会交流については、親の権利や意向よりも、子どもの意思を尊重することが重要である。現在、法制審議会家族法制部会では共同親権の導入などについて議論が行われている。子どもの進学などの人生の節目において、共同親権が導入された場合は、別居親の許可がいることになるが、これについても子どもの意思を尊重する仕組みにして、子どもが育つ権利を保障し、子どもの声に耳を傾けなければならないだろう。

引用文献

ランスキー、プリンス著、中川雅子訳(2004)ココ、きみのせいじゃない:はなれてくらすことになるママとパパと子どものための絵本、太郎次郎社
 
Wallerstein, J. S., & Lewis, J. M. (2000). The Unexpected Legacy of Divorce: Report of a 25-Year Study. Psychoanalytic psychology, 21(3), 353.(邦訳 ワラースタイン,ルイス それでも僕らは生きていく(2001)PHP研究所)
 
Kita, S., Haruna, M., Matsuzaki, M., & Kamibeppu, K. (2016). Associations between intimate partner violence (IPV) during pregnancy, mother-to-infant bonding failure, and postnatal depressive symptoms. Archives of women's mental health, 19(4), 623-634.
 
熊上崇(2023)面会交流に関する子どもの心理と、子の意見表明の実情に関する研究,子どもアドボカシー研究,1,60-74
 
栄留里美(2021)アドボカシーとは何か、アドボケイトの活動事例(栄留里美他、子どもアドボカシーと当事者参画のモヤモヤとこれから、p63-91,2021,明石書店)

【著者プロフィール】

熊上崇(くまがみ・さとし)
和光大学現代人間学部教授、専門は司法犯罪心理学。元・家庭裁判所調査官、公認心理師、特別支援教育士SV。この問題についての著書として、熊上崇、岡村晴美編著「面会交流と共同親権」(明石書店、2023)多くの当事者体験や研究者の論考から成ります。ぜひご覧ください。

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