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オンラインで(も)できる自閉スペクトラムの子の余暇支援(加藤 浩平:東京学芸大学研究員/藤野 博:東京学芸大学教職大学院教授)#つながれない社会のなかでこころのつながりを

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、子どもたちが友人や仲間と共に遊ぶ機会が失われています。そのような中で、自閉スペクトラム症(ASD)をはじめとする発達障害やその傾向のある子ども・若者たちが、オンラインで(&オンラインでも)仲間と楽しくコミュニケーションして過ごすユニークな2つの実践について、ご紹介いただきます。

「つながりにくい社会」だからこそ「つながれる」余暇支援を

 障害の有無にかかわらず、人にとって「余暇」は、精神的健康の支えとなり、より良く生きていくうえでとても大切なものです。特に、思春期やそれ以降の時期は、同年代の友人同士の関わりが生活の中心を占めるようになり、子どもたちには、学校とも家庭とも違う「第3の場」として、仲間と過ごすなどの余暇の場の存在が大事になります。そして「仲間とつながれる居場所」を維持していくことは、生活の質(QOL)や精神的ウェルビーイング、すなわち幸福感の面で重要であることがわかっています。

 現在、新型コロナをきっかけに、外で人と過ごす時間が制限され、在宅での活動が中心になったことで公的な時間・空間と私的な時間・空間が区別しにくくなっています。仕事や勉強などのオンタイムと余暇や趣味などのオフタイムの上手な切り替えが必要で、いまはその試行錯誤がなされている状況といえるでしょう。大人はオフタイムに、オンライン飲み会などで余暇の時間を楽しむ工夫をしていますが、子どもたちはどうでしょうか?

 外に出て仲間と遊ぶことを制限された子どもたちは、家の中でインターネットの動画サイトを観たり、本を読んだりするなど、自分なりの楽しみ方をしていることでしょう。しかし、友達と遊びたいという気持ちは強くもっているはずです。そして、それができないことに不満を抱えているに違いありません。

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 筆者らは自閉スペクトラム症(ASD)をはじめとする発達障害(またはその傾向)のある子どもたちの余暇支援に長年携わってきました。その中で気づいたことは、対人関係の障害とされているASDの子どもたちも、彼らに合った活動と場面の設定ができれば、仲間とのコミュニケーションを楽しむことができるということです。リアルに集うことを難しくしている現在の状況において、子どもたちにとって貴重な他児とのコミュニケーションの機会をどう守るかを考える中で得たアイデアが、ここで紹介するオンラインの余暇活動です。つまり、大人がやっているオンライン飲み会のように、インターネットを使った子ども同士の趣味の集いができるのでないかと考えたわけです。

 本稿では、思春期・青年期(主に10代~20代)の発達に特性のある子ども・若者たちが、オンライン“でも”仲間たちと楽しめている余暇活動の実践について紹介します。

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日曜余暇支援プロジェクト「サンプロ」

 私たちは、これまで、大学の院生・学生、そして保護者の協力のもと、ASDほか発達障害のある10代~20代の子たちが集まり余暇活動を楽しむ「日曜余暇支援プロジェクト(通称「サンプロ」)」の実践を続けてきました。リアルな集まりの中でコミュニケーションを楽しむ活動などをメインに取り組んできましたが、新型コロナウイルスの感染拡大が騒がれて以降は、ビデオ会議システムやネットのツールを使ったオンライン余暇活動にも活動を広げるようになりました。といっても、活動内容は、これまでと大きく変わることはなく、むしろこれまでの余暇支援の中で積み上げてきた経験(環境づくりやサポートの工夫)を、オンラインでの余暇活動にも応用したものです。格好良く言えば、「オンラインとリアルのハイブリッド余暇支援」とも言えます。

 以下、私たちが現在取り組んでいる2つのオンライン余暇支援の実践紹介をします。

実践紹介【その1】オンライン趣味トーク

 「オンライン趣味トーク」は、参加者が順番に自分の好きなアニメ・漫画・ゲーム等の単行本やグッズ、イラストなどを画面に出しながら、順番に、持ち時間の中で、自由にトークをおこない、仲間同士で話題を共有するシンプルな活動です。本来は実際に集まって実施していた余暇活動ですが、ビデオ会議システムを使ったオンラインでも実施しています。

 写真は、ASDやその傾向のある中高生の女の子グループによる「オンライン趣味トーク」の様子です。

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 司会進行は筆者(加藤)が担当し、サポートスタッフとしてアニメ・漫画・ゲームの好きな女子学生や大学OGが参加しています。司会進行役は、参加者のトークの持ち時間(発表タイム5分、質問タイム10分)を、多少余裕をもって管理しています。時間が近づいたら、TVのADのように「カンペ」でトーク中の参加者や他の参加者に知らせます。

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 趣味トークを進める上での手法やルールは、他の余暇活動や自助グループ活動、当事者研究などの実践報告を参考に下地を作り、同時に「趣味トーク」に参加している子どもたちの意見も聞きながら、現在は以下の「6つのルール」の形でまとまっています。

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 「趣味トーク」では、ソーシャルスキルトレーニング(SST)のように話し方・聞き方のルールや作法を指導することはせず、話し手は好きなことを好きに話してOK、聞き手も(話し手の邪魔をしなければ)どんな聞き方でもOKです。実際、布団にくるまって参加してる子もいますし、自作の仮面を付けて参加してる子もいます。ただし、「他の参加者の『好き』を絶対に否定しない」というルールは(司会者、スタッフ含めて)必ず守ります。このルールを全員で守ることで、参加者は安心・安全な環境のもとで他の子に気兼ねなく、自分の「好きなもの」を披露し、それについて熱く語ることができます。

 「オンライン趣味トーク」に参加している、ASDのある中高生たちに活動への感想や意見を聞いたところ、次のような回答がありました(抜粋)。

● 普段の(実際に集まって実施している)趣味トークと同じように楽しめた。むしろ自宅はネタがたくさんあるので、時間制限がなかったらいつまでも話せる。
● 最近家族以外の人と話す機会がなかったので、久々に他の人たちと好きな特撮の話とかできてスッキリした。
● 基本、自分にとって楽な体勢(心理的な面も含めて)で活動に挑めたのが良かった。
● ディスプレイなので、あまり他の参加者の目線を気にせずに参加できる。
● 画面を選択することで、リアルの活動ではできない「余計な情報を省く」ということができた。

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実践紹介【その2】オンラインTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)

 テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)とは、進行役の「ゲームマスター(GM)」と、ゲームの物語の主役(キャラクター)を担当する「プレイヤー」たちに分かれ、紙や鉛筆・サイコロを使って、コミュニケーションで架空の物語を楽しむ、会話型のテーブルゲームです。

 TRPGは本来、実際に集まりテーブルを囲んで楽しむアナログゲームですが、TRPGユーザーたちの中では、以前からチャット機能やSkypeなどのビデオ会議システムを使った「オンラインTRPG」が遊ばれてきていました。今は、洗練されたオンラインTRPGセッション用ツールを無料で利用することができます。

 現在「サンプロ」では、月1回のペースで、発達障害のある10代~20代の若者たちとオンラインのTRPGを楽しんでいます。ツールは「TRPGスタジオ」を利用し、TRPGは、初心者向けで、ルールブックが無料ダウンロードできるいただきダンジョンRPGなどを使用しています。写真は、実際にオンラインTRPGを遊んでいる様子、また使用しているルールブックとキャラクターシートです。オンラインTRPGでは、実際に話す代わりにテキストを打ち込み、サイコロはツール内に搭載されたダイス(サイコロ)機能を使ってます。

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 私たちが実施した「オンラインTRPG」に参加した発達障害のある若者たちに、活動へ参加しての感想や、実際に集まってのTRPG活動との違いについて意見を聞いたところ、次のような回答がありました(抜粋)。

● オンラインTRPGでも実際に集まってのTRPGと同じぐらいの充実感がある。
● テキストを打ち込むので、セリフが長くなりにくい。またセリフのログ(記録)が残るので、休憩時に振り返ったり、直前の会話の内容も確認したりできる。
● サイコロを振った結果に一喜一憂したり、プレイヤー同士の話し合いで方針を決めたりする楽しさは、オンラインTRPGも実際のTRPGも同じだと思う。
● オンラインTRPGだと(実際に集まるTRPGのように)移動時間などを考慮しなくてよいので、その分長めにプレイ時間を取れる。
● 実際のTRPGよりもロールプレイ(キャラクターになりきるプレイ)がしやすい。自分は演技とかが苦手なので(オンラインならテキストを打ち込む形で苦手意識を持たずにロールプレイができる)。

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「つながり」を求める子どもたち

 現在の外出自粛・臨時休校措置の中ですが、発達障害のある子どもたちの中には、一人で過ごすことで、むしろ他者に振り回されずに安定している子もいます。私が余暇支援でかかわる子の中にも、自宅で好きな読書や数学の勉強に没頭している子や、ぬいぐるみ作りやイラスト描きなどの創作活動に勤しんでいる子など、マイペースにマイワールドを満喫している子が多いです(いっぽう、不安などが強くなっている子や、生活リズムが乱れている子、ストレスで親子関係がギクシャクしている家庭もいます)。

 ただ、そんなマイワールドを生きる彼ら・彼女らも、オンラインの余暇活動を企画すれば積極的に参加してくれますし、「ひさびさに家族以外(萌え話ができる仲間)と話せて良かった」「仲間と再会できて嬉しい」と言います。従来、ASDのある人たちの余暇支援は一人で取り組む余暇実践の報告が多いですが、海外の調査研究では「ASD者は彼らなりに同世代の仲間との活動を求めている」という報告もあります。そして、自分らしさを無くさずに仲間と関われることが何よりもQOLを高めるようです。他者と共に過ごし楽しい時間を共有することは、発達障害の特性の程度にかかわらず、子どもたち・若者たちのこころの支えや発達にもつながっているのです。

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発達障害のある子たちのオンライン余暇支援を進めるために

 発達障害のある子どもたちをただオンラインで集めれば、自然に楽しい余暇活動や交流ができるとは限りません。ASD特有の認知特性から、対人関係やコミュニケーションのすれ違いやトラブルも起きますし、活動が続かずに自然消滅することもあります。発達障害のある子どもたちの余暇活動を継続するには、それなりの環境設定や、ファシリテート、活動中のさりげないサポートが大切になります。

※趣味トークとTRPGを通じた余暇支援の具体的なポイントについては、これまでの我々の研究論文や、以下のサンプロのWebサイト、本稿の最後に紹介している著作物などで紹介していますので、そちらをご覧いただければ幸いです。

 また最近は、小グループによる余暇支援で大切な要素の1つとして「内輪ネタの笑い」が注目されます。臨床心理学者の東畑開人氏は、著書『居るのはつらいよ』(医学書院)の中で「良きコミュニティには内輪ネタが存在する」と述べています。趣味トークの中でふと呟かれたマニアックなネタで笑い、TRPGの物語中の思わぬ物語展開で皆が大笑いする。その中でお互いが交流し、体験を共有し、時を忘れるほどに楽しみ、活動後は次の活動・仲間との再会を楽しみに帰っていく。内輪の笑いなど外から見れば何が面白いか分からないものですが、笑いの体験の共有を通じて、子どもたちの仲間の輪がコミュニティとして発達していくことを、余暇支援の実践者として実感しています。ASDの子どもたちは学校でクラスメイトとそのような内輪ネタを共有することができず辛い思いをしているかもしれません。しかし、今回紹介した活動の中でそのような経験ができることは彼らの欲求を満たし、自尊心をも支えることでしょう。

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余暇には「リラックス」と「リフレッシュ」の両方が大切

 最後になりますが、「余暇」には、一人で静かに過ごすなどして休息する「リラックス」と、趣味の活動を楽しむなどして気分転換する「リフレッシュ」の両方があり、どちらもQOLの維持には不可欠なものです。今回は、そのうちの「リフレッシュ」、中でも仲間と過ごす活動に焦点を当てました。限られた文字数の中で、一部の活動のみの紹介であることをご理解いただければと思います。

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 余暇の過ごし方に正解・不正解はありません(我々が今回紹介した実践も、あくまで数ある余暇の過ごし方の1つです)。支援者はじめ周囲の大人は「子どもの余暇はこうあるべき」と決めつけることなく、子どもたちの楽しめる活動の選択肢を広げる手助けの立場とファシリテーターの役割に徹し、子どもたちが主体的に楽しい時間を過ごす環境を守り・見守ることが大切ではないかと思っています。

(執筆者プロフィール)

加藤 浩平(かとう・こうへい)
金子書房編集者/東京学芸大学教職大学院 研究員(教育学博士)。専門は、発達障害やその傾向のある子の余暇支援、TRPGを通じたコミュニケーション支援。研究者と編集者の二足の草鞋で特別支援教育の世界に関わっている。
藤野 (ふじの・ひろし)
東京学芸大学教職大学院 教授。博士(教育学)。専門はコミュニケーション障害学、臨床発達心理学。発達障害とくにASDの人たちのコミュニケーション・スタイルと選好性の問題に最近は関心をもっている。

≪Special Thanks≫
保田 琳(遊学芸・ゲームデザイナー)
べに山べに子(イラストレーター)


<著書>

[参考文献]
綾屋 紗月・熊谷 晋一郎(2010)『つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく(生活人新書)』NHK出版
藤野 博(2017)『発達障害の子の「会話力」を楽しく育てる本(健康ライブラリー)』講談社
本田 秀夫・日戸 由刈(2013)『アスペルガー症候群のある子どものための新キャリア教育:小・中学生のいま、家庭と学校でできること』金子書房
加藤 浩平(2020)『発達障害のある子の余暇支援:TRPGで楽しくコミュニケーション(DVD)』ジャパンライム
加藤 浩平・保田 琳(2019)『いただきダンジョンRPG(2019年改訂版)』コミュニケーションとゲーム研究会
東畑 開人(2019)『居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書(シリーズ ケアをひらく)』医学書院

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