見出し画像

自閉スペクトラム症(ASD)と孤独(相模女子大学教授:日戸由刈) #孤独の理解

自閉症の人たちは孤独に強い?

 自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder;ASD)の中でも典型的な症状を示すタイプの人たちは、“孤独に強い”と考えられてきた歴史があります。1943年、自閉症を最初に報告したレオ・カナーは、「この子どもたちに顕著な病態特異的な基本障害は、人生の始めから、自分自身を普通のやり方で人や状況に関わらせることができないことである」、「物との関わりは良好で、それに興味があり、何時間でもそれで楽しく遊べるが、(中略)人との関わりはまったく異なる」、「深い孤立がすべての行動を特色づける」と記述しています。

 このような考え方は、研究者や臨床家に長らく支持されてきました。たとえば、自閉症の人たちに対するかつての「治療教育」では、国の内外で、日常生活スキルやひとりで取り組む余暇スキル、教科学習、成人期の就労や自立に向けた準備など、充実したカリキュラムが開発された反面、自閉症の人たちに仲間づくりを促すための試みは、十分には行われてこなかったように思われます。米国で1966年にスタートしたTEACCHプログラムは、治療教育や地域支援システムにかんして世界的に卓越した方法論と言えますが、1980年代半ば以降わが国で出版されたTEACCH関連の本の中に、仲間づくりを支援する項目はほとんど見当たりませんでした。

当事者による誤解や偏見の払拭

 自閉症の人たちの仲間づくりにかんするこうした古典的な考え方は、1990年代以降、当事者たちによって大きく否定されることになります。その端緒は、ASDの中でも知的な遅れがなく比較的症状が軽い、アスペルガー症候群/アスペルガー障害と呼ばれるタイプの人たちに、研究者や臨床家の注目が集まったことです。ASDの本人たちへの聞き取りや調査がなされるようになると、ASDの人たちは、人との情緒的な交流、とりわけ親密な仲間関係を、定型発達の人たちと同じように強く望んでいる実態が明らかになりました。たとえば、エドモンズらの著書が参考になります[1]。

 これらの調査では、多くのASDの人たちが、親密な仲間関係を望む一方で、日常生活で満足できる仲間関係を得ることができず、孤独や孤立を感じている実態も明らかになりました[2]。ASDの人たちの仲間づくりに対する長期にわたる誤解や偏見によって、研究者や臨床家の多くは、本人たちが訴える孤独や孤立に応える用意が十分にできていなかったのではないでしょうか。

SSTによって仲間はつくれるのか?

 ASDの人たちは、仲間を求める気持ちが強いにも関わらず、なぜ実際の仲間づくりが難しいのか。この問いに対して、1990年代よりいくつかの議論がなされています。

 最も支持されたのは、「ASDの人たちはソーシャルスキルが不足しているために、社会参加や仲間づくりが難しいのではないか」という仮説です。ASDの人たちに一定のソーシャルスキルが身につけば、日常場面でも対人交渉力が高まり、定型発達の人たちとの仲間づくりが可能になるかもしれない……そのような予測のもと、1990年代半ばより、ASDの人たちにソーシャルスキルをトレーニングするためのプログラム(以下、SST)が、さかんに開発されるようになりました。

 ところが、それから10年後、欧米ではSSTをどれだけ行っても、ASDの人たちは日常場面で定型発達の人相手に対人交渉力を向上させることができず、依然として孤独な状況に置かれ続けているという実態が、次々と報告されるようになりました[2]。考えてみれば、これは当然のことでしょう。日常場面から切り離された特別な場面で学んだスキルを、現実生活の中で応用し、使いこなすことは、自閉スペクトラムの特性の有無に関わらず、多くの人にとって容易ではないからです。

SSTによる予想外の副効果

 一方、SST場面で活動を共にしたASDの人たちは、ASDの人同士での仲間づきあいを大いに楽しみ、再会を待ち望んでいました。この成果を最初に報告したのは、TEACCHのディレクターを長年務めたゲーリー・メジボフ氏です[3]。彼は1980年代という早い時期から、知的な遅れのないASDの成人を集めたソーシャルスキル・グループの試みを始めていました。グループの当初の目的は、ASDの人たちに集団形式でSSTを行うことの効果検証でした。しかし、そこに参加したASDの人たちが、定型発達の人たちとは異なる独特のセンスでジョークを飛ばし合うなど、互いに気を遣い過ぎずのびのびと楽しむ姿を見て、メジボフ氏は心動かされ、グループの目的は大きく書き換わったのではないかと、私は考えています。

 米国ノースカロライナ州のチャペルヒル地区では、その後、知的な遅れのないASDの成人を対象とした社交グループがいくつか立ち上がり、多くのASDの人たちが、対等な関係のもと、互いの興味を共有し、特定のテーマについて話し合う活動を楽しんでいます。私も若い頃、視察旅行でこの地を訪れ、社交グループの人たちから暖かい歓迎を受けました。

ASDの人同士なら仲良くなれる?

 近年、認知科学の分野では、ASDの人たちを対象にニュートラルな立場からの研究が進んでいます。なかでも、ASDの人たちは、自分と似た人に対しては共感を示す一方で、自分と似ていない人には共感を示しにくく、定型発達の人たちもその点は共通するという米田英嗣氏の知見は、先述したSST場面で出会ったASDの人同士の社交グループでの成果を説明できる有力な仮説と考えられます[4]。

 もちろん、ASDの人同士が集まったからといって、自然発生的に楽しいやりとりが成立するとは限りません。むしろ、小学生のグループなどでは、全員が相手の話を聞かず一方的に主張し合い関係が成立しにくいことや、ルールに厳格ゆえ相手の些細なミスを互いに指摘し合い関係が険悪になりやすいことを、特に特別支援教育に携わる先生方は数多く経験されたことでしょう。SST場面という人間関係の基本ルールが明言化された空間は、対等な関係でのやりとりに不慣れなASDの子どもにとって、仲間づくりの導入グループとしての意義は大きいと考えられます[5]。

孤立しないために、地域の中に居場所を

 私たちは誰もが、家庭や職場・学校とは別に、居心地のよい特別な居場所を必要としています。自分の興味や自分の主張を承認してくれる仲間や、明日への活力を得ることのできる居場所の存在は、孤立を予防し、メンタルヘルスを維持するための最良の方法と言えるでしょう。しかし、多くの学校教育現場では、ASDの子ども同士でのSSTを、居場所づくり・仲間づくりに向けた導入や準備としてではなく、一般社会への適応促進の手段として活用しているように見えます。学校教育と地域が連携すれば、学校の導入グループの中で成功体験を積んだASDの子どもたちが、今度は地域の中で自分に合った社交や余暇のサークルを選択できるようになるのに……と残念に思います。

 もちろん、居場所の捉え方は人によって多様です。仲間とつるまず、ひとりで行動し、「お気に入りのモノや場所」に触れることに幸せを感じる人もいるでしょう。その場合も、親や教師などとの「縦の関係」だけでなく、同世代との「横の関係」を経験し、慣れておくことは、社会参加の幅を広げてくれるはずです。

 ここに述べた考え方は、ASDの人に限らず、私たちにとってもまったく通じる内容です。だからこそ、私たちが自然とできている当たり前の経験をASDの人たちに難しくさせる要因は何か、ASDの本人たちが子ども時代に「十分な成功体験を保障されていない」と感じることや、青年期以降に「アクセスが容易ではない」と感じることは何かを探っていかなければなりません。そして、ASDの人たちへの支援では、本人を変えようという発想ではなく、ASDの人たちの置かれた立場を真摯に理解し、周りが変わろうとするための“膨大な努力”が求められます。このことは、特にASDの子どもを育てる保護者や学校の先生にわかってほしいと、強く願っています。

文献

[1] G.エドモンズ、L.ベアドン(編著)、鈴木正子・室﨑育美(訳):アスペルガー流人間関係―14人それぞれの経験と工夫―.東京書籍、2011(Edmonds, G. & Beardon, L.: Asperger Syndrome & Social Relationships. Jessica Kingsley Publishers Ltd., London, 2008)

[2] 日戸由刈・藤野博:自閉症スペクトラム障害児者の仲間・友人関係に関する研究動向と課題.東京学芸大学 総合教育科学系Ⅱ、68;283-296、2017

[3] Mesibov, G.B.: Social skills training with verbal autistic adolescents and adults: a program model. Journal of Autism and Developmental Disorders, 14; 395-404, 1984

[4] 米田英嗣:自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症).榊原洋一・米田英嗣(責任編集)日本発達心理学会(編):発達科学ハンドブック8 脳の発達科学.新曜社、pp.268-275、2015

[5] 日戸由刈:学齢期の計画的グループから青年期以降の主体的な余暇グループへ.東條吉邦・藤野博(監修)高森明(編著):発達障害者の当事者活動・自助グループの「いま」と「これから」.金子書房、pp92-102、2020

執筆者


日戸由刈(にっと・ゆかり)
相模女子大学教授。専門は障害者障害児心理学(自閉スペクトラム症)、心理的アセスメント。主な研究・実践のテーマは、①自閉スペクトラム症児者同士の仲間集団が社会性の発達とQOLに及ぼす影響、②共生社会の実現に向けた知的障害者等への生涯学習プログラムなど。著書に『アスペルガー症候群のある子どものための新キャリア教育: 小・中学生のいま、家庭と学校でできること』(共著、金子書房、2013年)、『「子どもの気持ち」と「先生のギモン」から考える 学校で困っている子どもへの支援と指導』(共著、学苑社、2021年)、『発達が気になる子の子育て10か条: 生活スキルやコミュニケーションを伸ばすコツ』(共著、中央法規出版、2022年)ほか多数。

著書