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自分のレジリエンスに気づくために(お茶の水女子大学准教授:平野真理) #心機一転こころの整理

自分には何もないと思っている人の心の豊かな資源と、それに気づく方法について、平野真理先生にお書きいただきました。

 日本に暮らす多くの人にとって、新しい年度がはじまる春は、“気持ちを切り替えて、前に進む”季節として認識されているのではないでしょうか。つらいことや、後悔、悲しい別れを嘆いて落ち込んでも、4月を迎えたら、もう後ろを振り返らずに前を向き、新しい日々へと進んでいくというのが、この社会では暗黙のルールとして存在するような気がします。
 一方で、そのようにすっきりと気持ちを切り替えることができずに、落ち込む気持ちを引きずってしまったり、昔のことを考え続けてしまったりする人もいるでしょう。周囲からは、「もう過ぎたことなんだから、忘れよう!」「これからのことを考えなきゃ!」という声が聞こえてきます。そのように叱咤激励されても、なぜ私は皆のように前向きになれないのだろうか、と落ち込みに拍車がかかるだけです。

 レジリエンス(resilience)とは、つらい出来事に直面したり、大変な状況に陥っても、その苦しみや傷つきから回復し、適応していく現象のことを指す心理学の概念です。怪我をして身体に刻まれた傷が、時とともに癒えるように、心にもまた回復力があります。その回復のプロセスは、傷の大きさや質によって異なり、すぐに元に戻ることもあれば、大がかりな手当てや長い時間が必要なこともあるでしょう。またこうした心の回復のプロセスには個人差があり、回復がスムーズな人は、「レジリエンスが高い人」と呼ばれます。

 このような回復しやすさは、持って生まれた特性なのでしょうか、それとも鍛えられたスキルなのでしょうか。私の経験上、レジリエンスに興味を持つ人の多くが、この問いを抱いています。これはおそらくその背景に「レジリエンスを高めたい」という素朴で至極まっとうな願いがあるからでしょう。
 しかし実はこの問いに答えようとすると、レジリエンスの適切な理解から離れてしまいます。というのも、その答えがどちらであっても、レジリエンスの責任が個人に帰されてしまうからです。「レジリエンスは生まれつきの特性である」ということになれば、レジリエンスが低いのはその人のもともとの能力の問題であるとみなされます。反対に「レジリエンスは鍛えられるスキルである」ということになれば、今度はレジリエンスが低いのはその人の努力の問題であるとみなされます。どちらに転んでも、その個人の何かが足りないという理解につながってしまうのです。
 もう少し説明しましょう。道を歩いていて同じように転倒しても、擦り傷や軽い打撲くらいで済む人もいれば、捻挫や骨折で長期間治療が必要になる人もいます。この場合、みなさんは両者の違いをどう受け取るでしょうか。後者に対して、能力や努力が足りないと考えたりはしないのではないでしょうか。どちらかといえば、「すぐに冷やせなかったのかな」「早めに治療してもらえれば良かったのに」「運が悪かったね」というように、状況やタイミングの悪さの方に焦点が当たりやすいように思います。

 しかし、心の問題については、なぜか状況やタイミングよりも、その人自身が強調されてしまいやすいのです。“見方や捉え方を変えれば物事はうまくいく”“環境に不満があるならまず自分を変えよう”こうした言わば「自分次第論」は、現代社会に生きる私たちにとってとても強い説得力を持っています。

 話をはじめに戻します。
 多くの人が前に向かって進んでいくなかで、自分だけがなかなかうまく気持ちを切り替えられないとき、自分のレジリエンスが足りないと感じ、それを高める方法を求めるかもしれません。その際にまず忘れないでいただきたいのは、回復に時間がかかることの原因は、大抵の場合、個人の能力や努力にあるわけではないということです。個人の要因は、そのときの状況や、背景文脈や、周囲の環境のあり方が複雑に絡み合うなかの一要素でしかありません。個人要因より環境要因の影響の方が大きいことを示す研究もあります(Unger, 2013)。レジリエンスを高めるためには、個人よりもむしろ周りの状況を変化させることの方が重要なのです。

 ただ一方で、本来その人が持っているはずのレジリエンスがうまく発揮できない状態が続いてしまっている場合には、自分のレジリエンスを探す取り組みが役に立つかもしれません。ここでは、“自分はレジリエンスが低い”と感じている人が、本来自分が持っているレジリエンスに気づくために必要であると私が考えるポイントを、2つ挙げたいと思います。

 まず、レジリエンスは必ずしも“ポジティブ”な力ではないという点です。

 レジリエンスという言葉は、この数年で広く浸透してきましたが、そこにはなぜか「ポジティブ」という言葉がくっついていることが多いように見受けられます。個人的には、レジリエンスとポジティブという言葉はあまり結びつかないように感じるのですが、一般的にはレジリエンス≒ポジティブと認識されやすいようです。
 もちろん、ポジティブであること、すなわち物事を肯定的に捉え、前向きに行動することが、精神的健康にプラスに寄与することは確かです。つらい出来事やストレスを、笑顔で弾き飛ばせることは、人々がイメージする「メンタルの強い人」そのものと言えるでしょう。一方で、レジリエンスという言葉が含む心の強さは、そうした頑丈さだけではありません。固い粘土をじっくりと揉みほぐし、柔軟性や弾力性を育むように、少しずつストレスと対峙し、折り合いをつけていくような適応や回復もあります。そうしたレジリエンスを力として表すならば、例えば「考え続ける力」「留まる力」と言えるかもしれません。

 この社会では、心を苦しめる問題を抱えてしまったとき、その問題をすみやかになくすために取り組み、解決することが是とされているように思います。しかし、問題をなくして元通りにすることだけがレジリエンスではありません(平野他、2018)。
 私たちを取り巻く問題は、実際には元通りにはならないことや、簡単には答えを出すことができないこと、もっと言えば、強引に解決しようとすることで誰かを裁いたり傷つけることにつながってしまうようなこともたくさんあります。こうした時、辛い気持ちを抱えながらも考え続け、逡巡し続ける営みそれ自体が、シンプルに解決することのできない壁にぶち当たったときに大きな底力を発揮できるレジリエンスであると考えられます。

 また時には、感情を爆発させたり、涙が枯れるまで泣き続けたり、お皿を割ったり、しばらくひとりで閉じこもったり、ズルをしてさぼったり、愚痴を言いながら日々を乗り切ったりというように、いわゆる"よい"方法ではない形での回復手段をとることもあるでしょう。もちろん、自分や誰かを傷つける行動は避けるべきですが、それもつらさを乗り切るために、自分の心を守ったり、解放させるためのレジリエンスであることには変わりありません。

 このように、「心の強さ」の固定観念を崩してみると、自分の中にあるレジリエンスに気づくことができるかもしれません。

 もうひとつのポイントは、レジリエンスは個の中にあるのではなく、関係の中に生じるということです。

 レジリエンスは、個々人がそれぞれに持つ内的な資源、すなわち、よいパーソナリティや能力と言った「強み」によって導かれると説明されることがあります(Martínez-Martí & Ruch, 2017)。そのように言われると、「自分には強みなんてない」「長所はひとつもない」と思ってしまう人もいるでしょう。
 内的な資源と言われると、言葉どおり自分の「中」にあるものであるとイメージするのが普通だと思います。しかし実際には、その人の資源というのは、周囲との相互作用の中に生じるものです。
 例えば、自分ひとりでいるときはドライに生きている人であっても、目の前で困っている人を見たときに、その人の優しさや思いやりが引き出されるかもしれません。自分のことについては悲観的にしか考えられない人でも、大好きな人が何か挑戦しようとしていることには希望をもつかもしれません。
 このように人との関係の中に、その人が潜在的に持つ力が隠れていることがあります。それは人間関係がうまくいかないと思っている人であっても同じです。人間関係の中で繰り返し裏切られてしまう人は、人を信じる力があります。相手になかなか言いたいことを言えない人は、人を傷つけない力があるといえます。

 さらにレジリエンスは、人との関係の中に生じるだけではありません。自分の周りにある景色や物事との関係のなかにもレジリエンスが立ち現れます。何かをきれいだなと思えたこと、面白いなと感じたこと、時間を忘れて熱中してしまったこと、そうした記憶をたどると、自分が大切にしていることや、日々の中で自分の心を支えているものが見えてくるかもしれません。

 春はさまざまな記憶がよみがえり、心も揺れ動きやすい季節です。気持ちが落ち込む日があるかもしれませんが、あの時も、あの時も、あの時も、何とか心を回復させて生き延びてきた自分を労われたら、と思います。

<引用文献>

平野真理・綾城初穂・能登眸・今泉加奈江 (2018). 投影法から見るレジリエンスの多様性 回復への志向性という観点. 質的心理学研究, 17(1), 43-64.

Martínez-Martí, M. L., & Ruch, W. (2017). Character strengths predict resilience over and above positive affect, self-efficacy, optimism, social support, self-esteem, and life satisfaction. The Journal of Positive Psychology, 12(2), 110-119.

Ungar, M. (2013). Resilience, trauma, context, and culture. Trauma, violence, & abuse, 14(3), 255-266.

【著者プロフィール】

平野真理(ひらの・まり)
お茶の水女子大学准教授。臨床心理士、公認心理師、博士(教育学)。専門は臨床心理学、パーソナリティ。東京大学特任助教、東京家政大学専任講師を経て現職。レジリエンスの個人差について、尺度や投影法を用いて理解する方法や、レジリエンスがどのような体験・他者とのかかわりの中で身につけられていくのか、また、心理的に傷つきやすい人の持つよさを尊重しながらエンパワーする方法等について研究している。著書に「自分らしいレジリエンスに気づくワーク」(金子書房)、「レジリエンスは身につけられるか」(東京大学出版会)、「レジリエンスの心理学」(金子書房、共編)など。

著書


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