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葛藤は共通財産、修復しながら生きる:修復的対話(埼玉県立大学 保健医療福祉学部 社会福祉子ども学科 教授/修復的対話の会:梅崎薫)#葛藤するということ

修復的対話って、聞いたことありますか? 犯罪に伴う被害を回復させるために始まりました。
しかし、今日ヨーロッパでは、地域福祉の対話として広がっています。地域社会の中で、お互いの多様性を認めあい、差別や偏見を乗り越えて、関係性を修復しながら、より良い暮らし、実りある人生を共に歩んでいくためです。新しい生き方の潮流がはじまっています。

(1) 生きることとは、対話すること

 人生というのは、葛藤に満ちたプロセスです。なにごともなく平穏に生きたいと、私たちは望むのですが、なかなかそうはいきません。葛藤のない暮らし、葛藤のない生活をしたいと思うのですが、私たちは人生の段階ごとに、次々に生じる葛藤に出会い、一つ一つそれらを乗り越えて生きているのです。なんて、大変なことでしょうか。

 しかし、この葛藤を乗り越える経験こそが、私たちを成長させてくれることも知っています。歳を重ねるごとに、葛藤によって得た自分自身の成長とその財産に気づくのです。

 ロシアの思想家ミハイル・バフチン(1895-1975)は、「生きることは対話することだ」と言いました。その対話論のなかで、「在るということ」すなわち、生きているということは、「対話的に交通するということ」だと言っているそうです。たとえ言葉がなくても、そこに、お互いに作用する何かがあれば、対話的関係がそこにあるということであり、対話的関係こそが、人間にとって生きることの根本的なのだということです。

生きるということは、対話に参加するということなのである。すなわち、問いかける、注目する、応答する、同意する等々といった具合である。こうした対話に、ひとは生涯にわたり全身全霊をもって参加しているすなわち、眼、唇、手、魂、精神、身体全体、行為でもって。

桑野隆著「生きることとしてのダイアローグ バフチン対話思想のエッセンス」岩波書店 2021

(2)人が複数集まれば、そこには必ず葛藤がある

 ところで人が複数人集まれば、実は、そこには葛藤が必ずあります。なぜなら、ひとりひとりが固有の異なる存在なので、当たり前ですが好みも考えも違うからです。特に、何を大切にしているのか、何を譲れないのか、などの信念や価値は、人が生きていく上で、その人の支えになるものなので、他の人から、それを変更すべきだと言われても、そう簡単には変えることはできません。

 交渉の場や合議する場などでは、何かを決めなくてはならないので、そこにある葛藤は対立として強く意識されます。教える/教えられる、指導する/指導される、助ける/助けられるという関係性においても、葛藤は意識されやすいかもしれません。

 しかし、ひとりひとりが持つ信念や価値というのは、お互いに異なると言っても、共通しているものも多いので、同じ文化圏、同じ年代の人々の間では、その異なりをあまり意識することがないかもしれません。その場合には、まるで、そこには葛藤など全くないように感じるかもしれません。

(3)葛藤は解決せずに、変容させるだけ

 ところが、お互いの信念や価値が大きく異なる場合には、自分自身に影響が大きく及ぶことになるので、葛藤として強く意識されることになります。自分は変えたくない、相手こそ変わるべきだ、と思うのです。しかし、相手を変えさせるということは至難の業です。相手を変えたいときには、実は、自分も変わるしかないのですが、自分は変わりたくないので、葛藤は強く強く意識されることになります。まるで、その時まで葛藤など全くなかったかのようです。しかし葛藤は、既にお互いの間にあって、あなたが意識していなかっただけなのです。

 葛藤は、解決が難しければ難しいほど、苦痛を伴います。ですから、葛藤はしっかり解決したい、変容するだけなんて不十分だと思われるかもしれません。しかし、他の人を短時間で変えてしまうような魔法はありません。どうしても課題解決と呼べる状況に至るには時間を要します。急がばまわれ、なのです。関係者が集まって、時間をかけて対話的関係を持ち、お互いの異なりと共通点をより深く知り、合意に向けて、つながりを生みながら、お互いを軌道修正して、歩を進めていくことが、最終的には確実で持続する合意と課題解決につながっていきます。

 葛藤解決に関する学問領域では、今日、多くが葛藤変容を強調しています。私たち人間が葛藤とともに生きる存在であるということ、葛藤は解決してしまうことがとても難しいので、少し変容させて共に抱えながら、お互いの共通財産として対話を続けることが大切であると強調しています。対話的関係を維持して、平和的に共存できるように、お互いの多様性を認めあい、差別や偏見を乗り越えて、関係性を修復しながら、より良い暮らし、実りある人生を共に歩んでいこう、という潮流が広がっています。

(4)安全な場での対話が気付きを促してくれる

 ところで、信念や価値に関する対話とは、大切なことなのに話しづらいものです。いじめやハラスメント、差別や偏見などについて対話しようとすると、こんな微妙で難しい話題を果たして安全に話し合えるのだろうか、と不安になる人も多いでしょう。

 修復的対話サークルは、このような話題を話し合うときの助けになります。トーキングピースという話し手を示す物を用い、トーキングピースを持っている人だけが話すという約束のもとに対話をするからです。参加者は輪になって座り、サークルキーパーという対話の担い手が、トーキングピースを時計まわり、または時計の反対まわりで、隣の人へ順に手渡して対話を開始し、問い、終了します。参加者は、トーキングピースが手渡されたら話す番、それ以外の時は聴く番と、はっきり分けられているので、言い争いになることを防ぐことができます。

 またトーキングピースは、すべての参加者に手渡されるので、トーキングピースがすべての人に、平等に発言の機会を与えます。一方、トーキングピースが手渡されても、発言するか否かは、その人が決めることができます。発言しない権利も保証されているのです。その場にいる参加者は、サークルキーパーを含めて、皆が等しく参加者として対話します。修復的対話サークルの中では、グループ療法とは違い、その場に責任を持つ人、特別の権限を持つ人は誰もいません。全員が、社会正義と民主主義を意識して考え、対話することになります。

 サークルは、このように、すべての人が安心して平等に、対等に対話に参加できるように考えられた構造を持っており、この安全な場での対話が、私たちを導いてくれることになります。

(5)修復的対話サークルによる癒しとウェルビーイングの向上

 ところで、地域で修復的対話サークルの会を開催していると、サークルに参加した人たちがなぜかみんな元気になっていきました。1回の参加だけでは変化を感じないのですが、3回、4回と参加された頃から目に見えて参加者の様子が変化していきます。海外の人たちも同様の経験をしています。あまりにも不思議なので、学生さんたちや精神医学・精神看護・理学療法などを専門とする教員にも協力してもらい、実証実験を行ってみました。

 修復的対話サークルと雑談会に各1回参加した効果を、不安を測定するSTAIという心理テストを用いて比較してみたところ、たった1回の参加でも、サークルに参加した場合、パーソナリティに起因する不安も低下することがわかりました(梅崎,2020)。

 次に、サークルに継続して3回以上参加した場合について、今度はSTAIに加えて、気分プロフィールというネガティブとポジティブの両方の心理を測定するPOMS2という心理テストと、ウェルビーイングというポジティブな心理を測定するPERMA-Profilerという心理テストで比較してみました(梅崎他,2022)。その結果、サークルに参加するとSTAIは毎回低下すること、3回継続して参加すると3回目参加の1-2週間後にはPOMS2の下位尺度、抑うつ-落ち込み、疲労-無気力、緊張-不安が低下して、活気-活力が上昇していました。ウェルビーイングを測定するPERMA-Profilerでは全ての下位尺度で、統計的に有意な上昇を認めました。

 驚く結果でした。修復的対話サークルに定期的に参加すると、その参加者が元気になることを実証研究により改めて確認しました。また、この参加効果が参加直後よりも1週間程度、少し後になって現れて持続する遅効性が推測されたので、ウェルビーイングの向上には、定期的に参加することが大切と言えそうです。

(6)関係修復とは、自分自身との修復

 私たち日本人は、集団の和のために、自分の気持ち、自分の考えを強く主張せず、我慢しようとする傾向があると言われています。また、自分の気持ちや考え・主張は、ことさらに述べなくても察してほしい・察するべきだという文化も持っています。黙っていることを美徳とする文化があるのです。

 しかし、世界はグローバル化し、かつての日本とは大きく異なる文化や風習をもつ人々と共に暮らす時代になりました。同じ日本人でも、地域によって異なる文化や風習を持っています。時代の変化がとても速いため、世代間ギャップが生じる世代の幅は狭くなり、年齢差による異なりも大きくなっています。様々な理由で、私たちが生きる社会の価値や文化の多様化が進んでおり、言葉を使わないで対話的関係を築くことなど至難の時代となっています。

 先に述べた、修復的対話サークルの実証研究に協力してくれた学生さんたちの感想は、次のようなものでした。「聴くということを初めて知った気がした」「他の人と気持ちや考えを共有することの大切さに気付いた」「短時間に落ち着ける場を作れることがわかった」「多様な視点を獲得した」「話すことへの安心感が増え、抵抗感が減った」「人に対する恐怖が減り、認識が変化して行動が変化した」などです。

 私たちは、いろいろな人と出会い対話すると、多様性を受け止めること、新たな気づきを得て自分自身と向き合うことができるようになります。自分が自分であっていい、他の人と同じであっても、違っていてもいいことが実感できるようになります。こうした安心な場から得られた対話的関係が、自分自身に気づかせ、新たな自分自身を形成します。誰にも助言されることなく、自らの信念や価値が変わるのです。成長すると言えるかもしれません。

 修復的対話サークルで定期的に対話すると、私たちは葛藤という共有財産を介して、ともに大きな葛藤に直面した時にも、お互いに、それを乗り越えていけるエネルギーを蓄えることができます。まさに、関係修復とは、他の人との対話を通して行う自分自身との対話が自分自身を修復してくれる、自分自身との関係修復と言うことができるでしょう。

引用文献

Ball, Jennifer , Caldwell, Wayne and Pranis, Kay Doing Democracy with Circles, Living Justice Press, 2010
Boyes-Watson, Carolyn & Pranis, Kay, Circle Forward –Building a Restorative School Community-, Living Justice Press, 2015(=ボイズ- ワトソン&プラニス著、梅崎薫和訳監修「修復的対話サークル リソースガイド–学校を安全なコミュニティにするために-」修復的対話の会 2022)
Kay Pranis, The Little Book of Circle Processes-A New/Old Approach to Peacemaking-,Good Books, 2005
桑野隆「生きることとしてのダイアローグ バフチン対話思想のエッセンス」 岩波書店 2021
Mark S.Umbreit, The Handbook of Victim Offender Mediation: An Essential Guide to Practice and Research, Jossey-bass Inc, 2001(=マーク・S・アンブライト著、藤岡淳子監訳「被害者-加害者調停ハンドブック-修復的司法実践のために-」誠信書房 2007)
梅崎薫「修復的対話トーキングサークル実施マニュアル」はる書房 2019
梅崎薫「日本版修復的対話トーキングサークルと雑談会における参加者の不安低下に関する比較研究」保健医療福祉科学 2020 年 10 巻 p. 16-25
梅崎薫, 横山惠子, 川添学, 佐藤晋爾「日本版修復的対話トーキングサークルの継続的参加体験が青年期の大学生に与える心理的影響」保健医療福祉科学 2022 年 12 巻 p. 1-14

執筆者

梅崎薫(うめざき・かおる)
埼玉県立大学教授 1959年生まれ 修士社会福祉学、博士医学、社会福祉士
社会福祉学と疫学を学び、高齢者虐待を予防する研究に従事。
高齢者虐待を未然防止できる可能性があると、世界で唯一報告されていた、修復的正義の対話に2013年より取り組む。
実践するために、修復的対話の会というNPO法人を設立した。
著書「修復的対話トーキングサークル実施マニュアル」
和訳「修復的対話サークル リソースガイド-学校を安全なコミュニティにするために-」

著書

NPO法人 RJ 対話の会のFacebook


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