ヤングケアラーの理解と支援(奧山滋樹:仙台市青葉区宮城総合支所 心理相談員)#子どもたちのためにこれからできること
困難な状況にある人がいても、その状況の何が問題なのか、なかなか認識されにくいことはよくあります。それでも、そのことに気がつく人が増えることで、解決の糸口が見つかることがあります。みなさんは、ヤングケアラーと呼ばれる若者たちのことを知っているでしょうか。ヤングケアラーの研究をされている奥山滋樹先生に、彼らの苦労とその支援についてお書きいただきました。
はじめに
皆さんは自身が子どもの時、家族が病気や怪我に見舞われ、その家族をケアする経験をしたことはありますか?
私自身の経験でいえば、母が体調不良になった際には誰に命じられるでもなしに家事を手伝うなどして、その負担の軽減を図ろうとしたことが思い起こされます。普段は友人との遊びに夢中だった私もその時ばかりはなんとなく、自分が「しっかりしないといけない」、あるいは「迷惑をかけちゃいけない」と感じて、外に出掛けずに家事の手伝いや看病をしていました。そして、数日して母親が回復すると、喉元過ぎれば熱さを忘れるのごとし、私はそれまでのように外遊びを楽しむ少年の日常に戻っていました。
恐らく多くの人は私の例と同様に、家族の一時的な体調不良や怪我などによって、日常的な家のお手伝いの延長としてのケアを経験したことがあるかと思います。普段は自分を優先する子どもや青年が、不意に家族を支える必要に迫られ、自身の都合や欲求よりも家族へのケアを担う。このような一時的なケアの経験は子どもにとって他者に対する労わりや助け合いのこころを育むことに繋がり、成長を後押しするものとなるかもしれません。
では、もしそのような家族へのケアが常態化した状態に置かれたならば、それは子どもや青年にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
ヤングケアラーとは?
家族に対して、日常的に介護・ケアを提供する役割を担っている子どもや若者をヤングケアラーといいます。文献や媒体によっては18歳未満までをヤングケアラー、それ以降の20の年齢層は若者ケアラーと呼ぶ場合もありますが、本稿では両者を総称するかたちで「ヤングケアラー」という言葉を用いていきます。
ヤングケアラーが家庭の中で担う行為は多岐に渡ります。これまでの国内外からの調査からは、疾病や障害のある家族に対する身辺介助や移動補助などの介護行為から、励ましや傾聴などの情緒的なケアや家事や年少のきょうだいに対する育児の代行、家計の管理など、その家庭の状況に応じた様々なタスクを担っていることが明らかにされてきています。多くの場合、ヤングケアラーは一人で複数のケアタスクを担い、その負担や責任が成人と同程度の大きさになる場合もあります。
現在の日本国内には3万7000人程度のヤングケアラーが存在するとされています(「毎日新聞」2020年3月21日付)。ただし、この数字は15歳~19歳までの年齢層を抽出したもので、20代を含めていません。年齢幅を29歳まで広げた場合には、ヤングケアラーの数は20万人以上にものぼると推定されています。これは同年代の人口比のおよそ1%にあたり、子どもや若者の100人に1人がヤングケアラーとして日常的に家族の介護・ケアを担っていることが示唆されています。
子どもや若者がヤングケアラーとなる背景
子どもや若者がヤングケアラーとなる背景には、家族の疾病や障害といった要因があるものの、それだけで説明できるものではなく、複数の要因が想定されます。まず、第一の要因として、その子どもや若者と家族の関係性の近さが考えられます。読者のなかには意外に感じられる方もいるかもしれませんが、ヤングケアラーは自発的に家族を支えることを選び取っていることが少なくないとされています(渋谷, 2018)。家族仲の善し悪しはともかくとして、そもそも関係性が疎遠であるならばヤングケアラーにはならないのではないかと思われます。
また、経済的な要因も無視できません。ヤングケアラーのいる家庭の多くは月の世帯総支出額が国の平均額を下回ることが報告されており(渡邉ら, 2019)、外部サービスの利用による経済的な負担を避けるための方策として子どもや若者による介護・ケアが選び取られていることも示唆されます。また、都市部ではシングルマザー家庭に、小都市や農村では三世代同居世帯に、それぞれ多くなる傾向にあることも明らかとされています(渡邉ら, 2019)。この結果からは、都市部では孤立したシングルマザー家庭で母親が心身の不調をきたした際に子がケア役にまわり、小都市や農村部では共働きなどで両親が働いている隙間を埋めるかたちで子が祖父母世代の介護を担うという二つの構図が浮上してきます。
このほかに、開放性などの家族のシステムとしての性質、地域の風土、更にはコミュニティが有する資源の多寡といったことも関係してくると思われます。
ヤングケアラーが直面する困難
ヤングケアラーである当事者は、しばしば様々な苦難に直面しています。まず、その子どもが学校に通っている場合にはケアを理由とした欠席や遅刻、時間的にも体力的にも余裕が持てないことによる学業不振などが生じます。このような学校生活上での不利は、後年にも影響を及ぼすことが考えられます。私が行った研究では、家族のケアを理由とした欠席や遅刻の頻回から内申点が低下し、それによって志望校のレベルを下げざるを得なくなったという例が報告されています(奥山, 2020a)。このような不利は就業に移行するうえでも困難をもたらすことが考えられ、将来的な貧困に陥る危険性も懸念されます。
また、友人関係上でも困難を経験しやすいと考えられています。ヤングケアラーは家族のケアをする必要から、家の外での友人たちとの交流や部活動などで時間を共にすることが難しくなります。一方、一般の家庭で育った同年代の友人たちには、子どもや若者が家族のケアを担うという状況が殆んど想定されていません。そのため、当事者であるヤングケアラーは周囲の友人関係のなかで孤立を経験することが少なくなく、周囲からの無理解がいじめにまでエスカレートする危険性も指摘されています。エルドリッジら(Aldridge et al.,2017)によれば、11~17歳のヤングケアラーとそうではない同年代の子どもとの間でのいじめ被害の経験について比較検討をした結果、普通の同年代の子どものいじめ被害の経験が3%に留まったのに対し、YCでは16%がいじめ被害に遭った経験が報告されています。
そして、これらの逆境的経験はヤングケアラーの心身の健康を損なう恐れも指摘されています。また、一般の青年とヤングケアラー経験者の青年との比較を行った研究では、ヤングケアラー経験者の方が一般の青年よりも特性不安が高い性格傾向にあるという結果が示されており(奥山, 2016)、その経験が当事者の心理的な発達にも及ぶことが示唆されています。ただし、「ヤングケアラーである」という経験が当事者である子どもや若者に常に破壊的な影響を及ぼすかというとそういう訳ではなく、その経験には成長促進的な面もあるのではないかという議論もあります。例えば、当事者はヤングケアラーとしての経験が自身への誇りや自尊心の獲得に繋がったと捉え,(Bolas et al, 2007)更には自身の経験を将来的な自立に役立つ有用なスキルの習熟の機会にもなったと評価する面もあるようです(Clay et al, 2016)。
家族の特性とヤングケアラー
成人の家族介護者研究では、家族成員間の関係性や家族システムの特性といった要因と介護者の負担やストレスが関係することが示されてきています。そのような家族要因の関与はヤングケアラーにおいても、当事者の生活適応に影響を及ぼすことが考えられます。
私が行った研究からは、家族内の力関係が均衡している場合、すなわち、親などの大人と子の間での力関係に明らかな差が認められず、問題への対処を図るときに子にも大人と同等の影響力がある家族の場合、そのなかでケアを担っているヤングケアラーは生活上への影響や負担が高くなる傾向にあることが示されました(奥山, 2020b)。そして、このような結果からは、そのような特徴を有する家族のシステムが病理的であることを示唆するのではなく、大人と子の間での勢力が均衡に近い状態にあることでヤングケアラーがケアに積極的に関与しやくなり、その帰結として負担が過多な状況が生まれているのではないかと考えられました。この結果は、表向きに当人が積極的に家族を助けているようにみえる状況であっても負担や生活上の困難とは無縁ではなく、支援を考慮する必要性があることを物語っているといえるでしょう。
コロナ禍でヤングケアラーに起きている変化
今春からの新型コロナウィルスの流行は、当事者の方の日々の生活にも変化を及ぼしました。今回、この原稿を執筆するにあたってヤングケアラーのオンライン・コミュニティ「Yancle community(ヤンクル・コミュニティ)」を運営されている、宮崎成梧さんにお話をうかがわせていただきました。宮崎さんに、コロナ禍でのヤングケアラーの生活の変化についてうかがうと、主に3点の変化があることが分かりました。一点目は、在宅時間の増加によるケア負担の増加です。それまでは仕事や学校で家の外に出ることが出来ていたものの、コロナ禍においては仕事も学習も自宅が中心です。そのような条件で、ケアと仕事・学業が一体化した生活を送らざるを得なくなっています。在宅ワーク・学習となったために、職場を休まざるを得ないという状況は無くなったという面もあるようですが、全体的にはケアに費やす時間や労力が増えているようでした。二点目は、外部サービスの供給の制約や縮小です。それまでは訪問介護やデイ・サービスによってサポートを得られていたものの、それらのサービスが一時的にストップされ、その分のケアを当事者が背負うという現状があるようです。事業者としては感染リスクの回避に加えて、「介護する人間が在宅で家にいるのだから」と委ねてしまう面もあるのかもしれません。三点目は、ケアしている家族の病状の変化です。これは特に精神疾患がある場合にはその影響が顕著なようです。例えば、不潔恐怖をともなう強迫性障害の家族のケアを担っている方の場合では、除菌シートや手袋が入手困難となったために、その家族の症状が一時的に不安定になり、家族内での混乱が大きくなったということがみられたようでした。
このように、新型コロナウィルスの流行によってヤングケアラーの負担は以前にもまして高まってきているようです。ヤングケアラーにとって、「巣ごもり生活」というのは、ケアとケア以外の生活の区切りがない生活を意味しているのかもしれません。では、専門職はヤングケアラーの支援に向けて、どのような点に気を払うべきなのでしょか?
「発見すること」の重要性
現在、私は行政の中で児童虐待などの家庭問題への対応を行う部署で働いています。勤務の傍らでこれまでのケース記録に目を通すことがあります。目にするケースのなかには「これはヤングケアラーだったのではないか」と思われるものも少なくないのですが、経過のなかで実効的な介入がなされたと思われるケースは稀であり、そのようなケース記録の蓄積はヤングケアラーという存在がいかに公的な福祉から見過ごされてきたかを物語っているようにも感じられます。すなわち、ヤングケアラーという問題は昔から私たちの日常にあったのです。そのため、まずは子どもや若者に携わる機会のある支援職が「ヤングケアラー」という問題を認識し、その当事者を積極的に発見していくことが大切なのではないかと思われます。
そして当事者が直面する困難を認識するともに、彼ら・彼女たちの頑張りにも目を向けていくことが必要でしょう。先にあげた「Yancle community」には、現在88名の方が参加しています。その殆んどは現在も当事者であり、日々のケアのなかでの経験や感じたことをコミュニティに投稿しています。その中で、「今日頑張ったこと」というチャンネルがあります。これは日々のケアのなかで当事者の方が頑張ったことや、達成したことを書き記すスペースです。そのスペースでは当事者の方が些細ではあるものの、日々の生活のなかで達成したことを記し、それに対してコミュニティ内の他のメンバーが承認の印としてコメントや顔文字でリアクションを返すというコミュニケーションが続いています。
私は、そのようなコミュニケーションのあり方に支援のヒントがあるのではないかと感じました。すなわち、支援に携わる人々が、身近にいるYCを発見し、当事者の頑張りに注意を払い、そのささやかな達成に承認のかたちを与えること。体系的な支援方策が定まっていない現状においては、ケアの実際的な負担を軽減するとともに、当事者間のコミュニケーションにみられるような「あなたの頑張りを私は気に掛けているよ、理解しているよ」というメッセージを発信していくことも重要なのではないだろうかと思われます。
ヤングケアラーの当事者の方は自ら進んで、自身の境遇を明かし、他者に援助を求めることにためらいを覚えることが少なくありません。「どうせ自分の境遇を話しても理解されないはずだ」といったある種の諦めや、スティグマへの懸念が当事者の方々の口を重く閉ざせてしまうようです。まずは現状においては、支援に携わる側がヤングケアラーを積極的に発見するとともに、その困難に理解を示していくことが重要となるでしょう。そのような、ヤングケアラーが直面する問題についてのコンセンサスを確立していくことによって、当事者がためらいを覚えずに援助を求めることができるようになっていくのではないかと思われます。
・引用文献
Aldridge, J., Cheesbrough, S., Harding, C., Webster, H., & Taylor, L 2017 The lives of young carers in England omnibus survey report:Research report. London:Department for Education.
Bolas, H., Wersch, A. V., & Flynn, D 2007 The well-being of young people who care for a dependent relative:An interpretative phenomenological analysis. Psychology and Health, 22(7), 829–850.
Clay, D., Connors, C., Day, N., Gkiza, M., & Aldridge, J 2016 The lives of young carers in England:Qualitative report to DfE. London:Department for Education.
毎日新聞 3月21日掲載 「『家族を介護する10代』全国に3万7100人 負担重く、学校生活や進路にも影響」
奥山滋樹 2016 ヤングケアリング経験と心理的諸変数の検討, 山形大学心理教育相談室紀要, 14, pp1-10.
奥山滋樹 2020a 公立中学校教員を対象としたヤングケアラーに関する生活状況および校内での支援に関する調査, 臨床心理学, 20(2), 220-228.
奥山滋樹 2020b ヤングケアラーにおける介護負担感に対する影響要因の検討―家族の関係性,介護・ケアによる心理的体験の側面から―, 家族心理学研究, 33(2), 73-85.
渋谷智子 2018 ヤングケアラー ―介護を担う子ども・若者の現実―, 中央公論新社.
渡邊多永子・田宮菜奈子・高橋秀人 2019 全国データによるわが国のヤングケアラーの実態把握 -国民生活基礎調査を用いて-. 厚生の指標, 66(13), 31-35.
執筆者プロフィール
奥山滋樹(おくやま・しげき)
仙台市青葉区宮城総合支所 心理相談員。公認心理師、臨床心理士。著書として、『家族心理学 理論・研究・実践』(遠見書房:分担執筆)、「事例で学ぶ 生徒指導・進路指導・教育相談 中学校・高等学校編」(遠見書房:分担執筆)がある。
▼ 関連サイト
Yancle community
現役のヤングケアラーや経験者が中心となって運営されている、ヤングケアラーのための会員制のオンライン・コミュニティ。今回の原稿執筆の際に、当事者が現在直面している問題について示唆をいただいた。現在はコミュニティ内に13のチャンネルがあり、ケアにともなう実際的な問題の解決から恋愛に関することなど、様々な事柄に関するやりとりが交わされている。コミュニティを立ち上げた宮崎さん自身が中学生の時から15年もの間、実母のケアをしてきた当事者であり、その経験から仕事との両立や孤立、更には将来に対する不安などの当事者が直面している課題を解決したいという思いから立ち上げた。参加申請は、https://yancle-community.studio.design/より行うことができる。