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大学生の読み書き困難を評価するRaWF(読字・書字課題)とRaWSN(読み書き支援ニーズ尺度):高橋知音(信州大学学術研究院 教育学系 教授)#金子書房心理検査室

「レポートが書けなくて、単位が取れない」「文献をたくさん読むのが苦痛」「実験の授業で、データを見落としてしまう」――大学での学びに影響を及ぼす読み書きの苦手さを評価する検査 RaWF(読字・書字課題)とRaWSN(読み書き支援ニーズ尺度)がこのたび開発されました。学修に困難のある大学生への支援にRaWFとRaWSNをどのように活用したらよいか、開発者である信州大学の高橋知音先生に解説いただきます。

大学生の読み書き困難を評価する検査の必要性

 高等教育機関に在籍する発達障害のある学生の中で、限局性学習症(SLD)のある学生の割合は非常に小さくなっています。2020年度に実施された調査では発達障害全体で7,654人だったのに対し、SLDはわずかに222人でした (独立行政法人日本学生支援機構, 2021)。これは発達障害のある学生の2.9%です。アメリカの高等教育機関での調査結果から同様に割合を計算すると、SLDは60.8%になります (Raue & Lewis, 2011)。なぜ、このような違いがあるのでしょうか。

 理由はいろいろと考えられますが、その一つとして大学生年代を対象とした読み書きの検査がなかったことがあげられます (高橋, 2019)。SLDの診断には読み書きの検査が必須です。また、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)は自己報告型の尺度がありますが、大学生に実施可能なSLD関連の尺度はなく、読み書きに困難があってもSLDの可能性を検討することさえ難しい状況でした。

 日本では、障害者差別解消法によって合理的配慮の提供が義務化されました。視覚や運動機能の障害などSLD以外の理由も含め、何らかの機能障害によって読み書きに困難があれば、試験等で合理的配慮を受けられる可能性があります。読み書き困難の根拠を示すためにも、標準化された読み書きの検査の必要性が高まっていました。こうした状況をふまえて開発されたのが、読み書きの速さと正確さを測定できる読字・書字課題(Reading and Writing Fluency task: RaWF[ローフ])と、SLDの可能性を調べることができる読み書き支援ニーズ尺度(Reading and Writing Support Needs scale: RaWSN[ロースン])です。

RaWF

 RaWFは、全般的知的能力や背景知識に影響を受けにくい読字能力と書字能力を評価する課題です。黙読課題、音読課題、視写課題の3つの下位課題から構成されています。それぞれの概要は表1にまとめました。

 黙読課題は文字認識から文理解までの言語情報処理の速さを測定できるので、読むことに関して合理的配慮が必要な場合の根拠資料として利用できます。

 視写課題は文字を手書きする際の速さを測定する課題ですので、記述式の試験に関する合理的配慮の根拠になります。一方で、この課題で文章構成力を評価することはできません。

 音読課題で用いられている非単語(RaWFでは無意味なひらがな4文字の単語)の音読は、SLDやディスレクシアの背景要因の仮説の一つである音韻処理障害の程度を評価できると考えられています (Herrmann, Matyas, & Pratt, 2006)。英語圏では、音韻処理障害がSLDにおける読み書き困難やディスレクシアの背景要因の一つと考えられています。音読の遅さやエラーの多さは、SLDの判断の手がかりになることが期待されます。

 RaWFの対象年齢は18歳以上、20代までとなっています。大学、大学院受験、就職のための採用試験や資格試験などで配慮が必要な人の多くをカバーしています。

表1 RaWF下位課題の概要

RaWSN

 RaWSNは読み書きを中心とした学習上の困難経験について評価する自己報告尺度です。SLDやディスレクシアのある人が経験しやすい困難を項目としているので、高得点の場合は背景にSLDがある可能性があります。ただし、主観的な自己報告ですので、この結果のみでSLDの有無に言及することはできません。また、読み書きの困難を生じさせるのは、SLDだけではありません。RaWSNの結果や聴き取りの内容もふまえ、より詳しい検査を実施することが必要となります。

 RaWSNは大学生として学修面で感じる困難に関する44項目と、小学生時代に感じていた困難に関する49項目の計93項目から構成されています。項目数が多いので、目的に応じてより少ない項目で実施できるように、さまざまな短縮版が用意されています。各短縮版の特徴を表2に、それぞれのバージョンの下位尺度を図1にまとめました。

 大学生の現在の学修困難に関する項目による尺度と小学生時代の項目による尺度には、それぞれ別の名前がついています。現状を把握することが主目的であれば現在の困難に関する項目だけで良いと思いますが、背景要因について詳しく検討したい場合は、小学生時代の項目による尺度を実施します。標準化データの分析結果によると、大学生関連の尺度得点より、小学生時代の尺度得点のほうが、実際の読み書き速度と関連が強いことが示されました。大学での学修では、専門領域によっても求められる読み書きの質と量が大きく異なります。一方、小学生時代は多くの人が同じような学習経験を持っています。そのため、SLDの傾向がある場合、小学生時代の尺度得点のほうがその特徴を把握するには適していると考えられます。

表2 読み書き支援ニーズ尺度と短縮尺度の概要(高橋・三谷,2022)
図1 読み書き支援ニーズ尺度と短縮版の全体構成(数字は項目数)(高橋・三谷, 2022)

読み書き困難の評価のためのテスト・バッテリー

 読み書き困難を評価し、支援につなげるためには、どのような検査をしたら良いでしょうか。評価すべき観点としては、①読み書き困難の状態②読み書きに直接影響を与える機能障害③読み書きに間接的に影響を与える関連要因に分けられます。これまで、大学生年代で読み書き困難の状態を検査する方法がありませんでしたが、RaWFの黙読課題、視写課題はここを評価することができます。ただし、視写課題は見て書き写す課題ですので、漢字の知識や文章作成に関する困難を評価することはできません。

 読み書きに直接影響を与える機能障害にはさまざまなものがあります。RaWFとRaWSNのマニュアルにもなっている書籍『読み書き困難の支援につなげる 大学生の読字・書字アセスメント』では、これらの機能障害を全般的認知機能、言語系、視覚系、聴覚系、運動系、ASD関連、脳損傷に分けて紹介しています。これらのすべてについて詳細な検査を実施することは不可能です。聴き取りを通して関連のありそうな機能障害について仮説を立て、検査によってそれを支持する結果が得られるかどうかを検証するようなイメージで検査を選ぶとよいでしょう。RaWSNを実施するとSLDを中心に関連の影響因について手がかりを得ることができます。尺度得点を算出することに加え、個別の項目への回答を見ていくことで、読み書きの中でもどのような側面で特に困難を感じているのかがわかります。マニュアルでは、個々の項目にあてはまる場合に考えられる背景要因の仮説の例も紹介しています。

 読み書き困難に影響を与えるのは認知機能の障害だけではありません。メンタルヘルスも含めた健康状態や、パーソナリティなども影響します。たとえば、抑うつの傾向があれば、学修への取り組みや授業への出席が難しくなるでしょう。不安が強いと、試験で力を発揮できないということがあるかもしれません。また、環境要因も学修に大きな影響を与えます。具体的には、所属する学部、専攻、そして個々の授業で求められる読み書きの量がどの程度なのかという点です。たとえば、手書きの論述試験が多ければ、書くことの遅さの影響が大きく出てきたり、文献資料を多く読まなければならない専攻では、読むことの遅さが困難につながったりします。

 効果的な支援のためには、幅広い情報収集が必要です。学修の基盤となる読み書きの速さについて、これまで客観的に調べる方法がありませんでしたが、RaWFの開発によってその情報が得られるようになりました。また、RaWSNによって、読み書き困難の状態を詳しく把握することが可能になりました。これらの検査を活用することで、読み書きに困難のある学生が必要な支援を受けられるようになることを期待しています。

引用文献

Herrmann, J. A., Matyas, T, & Pratt, C. (2006). Meta‐analysis of the nonword reading deficit in specific reading disorder. Dyslexia, 12, 195-221.

Raue, K, & Lewis, L. (2011). Students with Disabilities at Degree-Granting Postsecondary Institutions. First Look. NCES 2011-018. National Center for Education Statistics.

高橋知音 (2019).LDのある大学生への合理的配慮 小貫悟・村山光子・小笠原哲史(編) LDの「定義」を再考する(p. 116ー123) 金子書房

高橋知音・三谷絵音 (2022). 読み書き困難の支援につなげる 大学生の読字・書字アセスメント: 読字・書字課題RaWFと読み書き支援ニーズ尺度RaWSN 金子書房

独立行政法人日本学生支援機構(2021).令和2年度(2020 年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書

 ◆執筆者プロフィール

高橋知音(たかはし ともね)
信州大学学術研究院 教育学系 教授。Ph.D.(University of Georgia, Graduate School of Education)。公認心理師、臨床心理士、特別支援教育士-SV。専門は教育心理学、臨床心理学。
日本LD学会副理事長、全国高等教育障害学生支援協議会理事。日本学生支援機構障害学生修学支援実態調査/分析協力者会議委員。

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◆著書



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