見出し画像

孤独と自殺~SOSが出せない社会~(元防衛医科大学校 精神看護学教授/一般社団法人髙橋聡美研究室 代表理事:髙橋聡美) #孤独の理解

自殺は、現実生活のさまざまな要因が引き金となってしまうのでしょうが、孤独という要因は、どのような影響を与えているのでしょうか。長年にわたって自殺予防教育に取り組んでいる髙橋聡美先生にお書きいただきました。

折れない心を作る教育の弊害

 レジリエンスという言葉が、「強靭な心」というように訳され、折れない心を育てるレジリンエス教育をよく見聞きするようになりました。レジリエンスという言葉はもともと困難から回復していく力を指し、心折れても、失敗してもそこから立ち上げっていく力のことです。失敗のない人生はないし、基本的に、人の心はくじけたり折れたりするものだと思うのです。

 レジリエンス教育が折れない心を作るというように勘違いして伝った結果、「折れる心はダメなんだ」「自分は弱い人間だ。もっと頑張らないとだめだ」と、悩みを抱えてしまう人が増えたのかもしれません。

 私は小中学校高校の児童生徒対象にSOSの出し方教育を全国で行っています。「体の傷は見える。でも心の傷は外から見えない。だから言って見せて」「体の傷は手当てをすれば治りが速い。心の傷も同じ。手当てをすれば治りが速いし、小さい傷ほど治りが速い。だから手当てを受けてください」と授業でお話をしています。

 子どもたちの感想に「弱音を吐いていいんだとわかった」というのが一番多く、今の子どもたちが弱音を吐くのは良くないことだと認識していることを痛感します。また、「できないというと、自分の評価が下がる」と周囲の評価を気にしていていたり、「親に心配をかけたくない」と優しいがゆえに家族にSOSを出せずにいたりしています。「親に死にたいと言ったら、そんなことを言わないでとすごく泣かれて以来、親には絶対に悩みは言わないようにしている」という子どももいます。

SNSと孤独

 私が行った高校生のWEB授業アンケートでは、「悩みを誰に相談するか」相談相手を尋ねた項目で、「SNSの知らない人」と答えた生徒が2割を超えていました。自分の評価を気にしたり、周りに迷惑をかけたくないという想いから、身近な人に相談しにくい現状が浮き彫りとなりました。実際、若者はSNSで表の顔と裏垢(匿名のアカウント)や鍵垢(特定の人しか見ることができないアカウント)などいくつかの顔を持ち、顔も知らない人たちとのコミュニティで毒を吐いたり、弱音を吐いたりしています。

 自分のドロドロした感情をSNSで暴露して炎上するということが多発するのは、毒を吐けない、本音を言えない現実の日常があるからなのかもしれません。いずれにしても、若者に限らず、誹謗中傷やバッシングが起きやすいのはSNSで、周りの人に知られないように発信している場合は、そこで起きている惨状を身近な誰にも相談することもできず悩みを抱えることになります。SNSは人の孤独を紛らすこともできる一方で、ひとたび標的になると、瞬時に人を窮地に追いやる寛容性に乏しい世界なのだと感じます。

家族がいる人の孤独

 小さな子どものいる人が自殺した時に「あんなに小さな子どもがいるのになぜ?」という言葉がよく聞かれます。その言葉の裏には「子どもを置いて自殺するなんてありえない」という自分の価値観があるのだと思います。お父さん・お母さんを亡くした子どもは「自分は自殺を止める存在になれなかった」と思うことでしょう。まるで止められなかった自分が悪いかのような構図です。2002年のあしなが育英会の自死遺児の調査でも、自殺で親を亡くした子どもの多くが「自分のせいで亡くなった」と感じていることがわかっています。お父さんお母さんの自殺はその子のせいでもないですし、どんなに小さな子どもがいても、その子をどんなに愛していても死にたい気持ちがある時は、人は死に追いやられてしまいます。

 自殺する人はきっと孤独だったのだろうと思われがちですが、実際はこのように子どもがいる場合もあります。自殺した人の家族の同居率を見ると、亡くなった男性の6割以上、女性の7割以上に同居する人がいました。つまり、誰かと住んでいても自殺は起きるというわけです。

 2006年に自殺対策基本法が制定され、3万人台だった自殺者数は2万人台に減っています。

「自殺の原因別に」みると、健康問題と経済・生活問題に関しては自殺者数が減っています。一方で、家庭問題に関しては減っていないのです。

 自殺に至る家族の問題とはどのようなものなのでしょうか。

 家族問題で一番多いのは「夫婦関係の不和で全体の3割を占め、世代別にみると40代が最多となっています。夫婦間の不和が原因での自殺は全ての年代で男性の方が多いです。

 家族問題で自殺の原因として次いで多いのが「親子関係の不和」14%で、とりわけ20代が突出しています。また、60代では最小なのに対し、定年を迎えた後の70代以降で親子関係の不和で悩み自殺していることも伺えます。

 家族がいるから支えがあるとは限らず、むしろ家族の問題は人を孤独にさせることもあります。家という形はあっても居場所がない人たち、そこが安全ではない人たちもいます。

警察庁 自殺の概要資料より筆者作成

ありのままを受け止める

 誰かに頼ることや、何かをあきらめたりすることが「甘え」だと捉えられたり、誰かと違うことをするとはじかれたり、ちょっと失敗をすると謝罪をしろとバッシングを浴びる、弱音を吐きづらい社会の延長に孤独があるのだと思います。家族や沢山の人たちに囲まれていても、本当のことはSNSでつぶやく、そのSNSも決して安心で安全な場所ではないです。

 人の心は折れるもの。でも立ち上がることができます。人は一人では傷つきません。誰かに傷つけられます。そして、癒しもまた人との間で生まれます。一人では癒されないのです。もし、人の心が薬だけで治るなら世の中の精神疾患や悩み事は薬で消えることでしょう。もちろん、薬が必要な時もありますが、ただ薬を与えているだけでは人の心は癒えないのです。

 ありのままの自分をまるっと受け止めてくれ、わかってくれる他者がいること。それは家族かどうか関係なく、失敗してもくじけても、いつも変わらず寄り添ってくれる安心で安全な他者がいるということが人を孤独から救いだすのだと感じます。

参考引用文献

原因・動機別の自殺者数の推移
警察庁令和2年中における自殺の状況
警察庁 平成18年における自殺の概要資料 平成19年6月

執筆者

髙橋聡美(たかはし・さとみ)
元防衛医科大学校 精神看護学教授
一般社団法人髙橋聡美研究室 代表理事

1968年鹿児島生まれ。精神科・心療内科で8年間看護師をした後、スウェーデンで2年間、医療福祉政策の調査を行う。2006年より自死遺族・遺児支援を行い、2016年から全国の学校で自殺予防教育を実施。全国の市町村の自殺対策計画策定委員会や自殺対策連絡協議会で委員およびスーパーバイザーを務める。宮城大学助手、つくば国際大学教授、防衛医科大学校精神看護学教授を経て、2021年より一般社団法人髙橋聡美研究室を立ち上げ自殺予防活動に取り組む。全国の市町村の自殺対策策定スーパーバイズを行うと同時に小中学校高校で自殺予防教育の授業を行っている。

著書

ほか多数


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!