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【無料公開】『心理学における構成概念を見つめ直す―歴史・哲学・実践の次元から―』訳者まえがき

我々は構成概念を正しく扱えているのか――
構成概念とその妥当性,妥当性検証を歴史,科学哲学,心理学者の実践の観点から批判的に検討した書籍『心理学における構成概念を見つめ直す――歴史・哲学・実践の次元から――』(キャスリーン・スレイニー 著/仲嶺真 訳)が2024年6月に刊行されました。
本書の刊行を記念し,仲嶺真先生による「訳者まえがき」を無料公開いたします。

心理学における構成概念を見つめ直す――歴史・哲学・実践の次元から――』書影

本書は,Slaney, K. L. (2017) Validating psychological constructs: Historical, philosophical, and practical dimensions. Basingstoke, UK: Palgrave Macmillan. の邦訳で,シリーズ Palgrave Studies in the Theory and History of Psychology の中の1冊である(シリーズの他書について,邦訳の情報は現時点で私は聞いていない)。邦訳にあたっては,2017年に出版されたハードカバー版を底本としているが,原典に残っていた誤植については,訳者の気づいた範囲で原著者への確認のもと修正している。

原著者の略歴

原著者のキャスリーン・スレイニーは,マイケル・マローン(Michael D. Maraun)の指導のもと,2006年にサイモン・フレーザー大学で博士号を取得した。修了直後に同大学にて終身雇用職を獲得してキャリアを積み,2024年4月現在は同大学人文社会科学部の教授として副学部長も務めている。

スレイニー氏は,理論心理学,批判心理学を研究背景とし,心理学の方法論(テスト法,心理統計など)に関する歴史的,概念的な分析を中心に研究を行っている。たとえば,心理学における「一般化」という概念について,その多義的な用いられ方を分析したり(Slaney & Tafreshi, 2021),心理学において概念がいかに曖昧に使用されてきたかについて歴史的に分析したり(Slaney & Racine, 2011)している。また,メタ分析の実施法について理論的研究でいわれていることと現場の研究者が実際に実践していることとの間にどのような乖離があるかをレビューする(Slaney et al., 2018)など,現場の研究が実際にどのように行われているのかを分析することで,理論と現場をつなぐことも試みている。加えて,2019年には Journal of Theoretical and Philosophical Psychology 誌にて特集号「心理学の再現性危機」の編者を,2020年にも同誌にて特集号「心理学と学際的科学における女性の可能性」の編者を務めるなど,理論心理学,批判心理学を牽引する研究者のひとりである。

本書の概要

本書は,スレイニー氏がキャリアの初期から取り組んできた,心理学的測定,特に構成概念とその妥当性についての歴史的,概念(哲学)的分析,そして,実践のレビューをまとめた集大成であり,多くの心理学研究をどのようにすればよりよく進めていけるかについて考えを促すものである。

構成概念妥当性理論(Construct Validity Theory:CVT)は現代の多くの心理学者にとって空気のようなもので,それが「理論」であることを意識したこともない人が多いと思われる(本書を読むまで私もそうでした)。空気の比喩で言えば,CVTは空気そのものではなく,「空気」を排出する空気清浄機であったわけである。CVTは当然のように心理学生活に入り込んでいたので,それが生活内でどのような「空気」を排出しているかなど,現場の心理学者は多くの場合あまり考えたこともなかったであろう。しかし,その「空気」があまりキレイではない,むしろ「汚染」されているとしたらどうするであろうか。私たちはその「汚染」の源である空気清浄機を清掃したり,新しい部品に取り替えたりして「空気」を澄んだものにしようとするであろう。本書で試みていることはそのようなことである。すなわち,CVTは心理学の学範に溶け込んでいる一理論であること,その理論によって構成概念やその妥当性が曖昧になっていることを指摘し,理論を整理し,適切に使用するよう促す。それが本書の試みである。

第Ⅰ部では,その表題(歴史的次元からみた)にある通り,CVTがいかに作られ,どのように発展してきたのか,テスト法の中でのCVTの歴史的経緯を概観している。チャールズ・スピアマンの研究によって構成概念と妥当性が結びつく下地ができたこと,CVTの始祖文書によって構成概念が確立されると同時に構成概念妥当性という考え方も確立されたこと(初期CVTの成立),初期CVTには様々な批判が行われ,それに応えるかたちでCVTが徐々に発展してきたことが説明される。先の例で言えば,空気清浄機がどのように作られ,心理学生活内に溶け込んでいったのかを説明しているのが第Ⅰ部である。

第Ⅱ部は,構成概念についての科学哲学的背景を説明している。スレイニー氏も本書で述べているとおり,歴史(第Ⅰ部),哲学(第Ⅱ部)という区分はあくまでわかりやすさのためであり,第Ⅱ部でも科学哲学とCVTが歴史的にどのようなかかわりをもっていたのかがまず概観される。その後,CVTの科学哲学的な基盤についてどのような説明がなされているか(すなわち,複数の説明の仕方が存在すること)が紹介され,そのような曖昧さを反映するように,構成概念という概念もいかに曖昧であるか,それをどのようにしたら明確にできるかが整理される。先の例で言えば,空気清浄機の内部構造について,それによって「空気」が汚染されていることについて説明し,どうすればきれいにできるのかを提案しているのが第Ⅱ部である。

ところで,「空気」は空気清浄機の不備のみによって汚染されるのではない。空気清浄機の使い方を誤った場合も「空気」は汚染される。正しい空気清浄機の使い方をいくら整備しても,その使い方を知らずにいいかげんに使ってしまえば,きれいな「空気」は室内にめぐらない。第Ⅲ部では,私たち現場の心理学者の空気清浄機の使い方,すなわち,CVTに基づく妥当性確認実践が検討される。現場の心理学者はCVTをあまり理解せずに使いがちであることが示されるとともに,よりよいCVTの使い方についての指針が提案される。

以上のように本書では,心理学研究の多くの実践の中に深く埋め込まれているCVTを真正面から取り上げ,理論的に整備するとともに,現場の研究実践においてCVTをいかに活用できるかが論じられる。構成概念を扱って研究を実践する心理学者にとっては,CVTを採用するにしろ,しないにしろ,本書で整理されるCVTの扱い方を今後の研究実践の足場として活用できるであろう。

本書を読むための多少の整理

本書はかなり専門的であり,ページ数もそれなりにある。順を追って読んでいけば,CVTに対するスレイニー氏の整理や主張が理解できるようにはなっている。ただ,はじめに大枠を示しておくことは本書を読む助けになると思う。そこで,3つの観点から,本書を読むにあたっての事前知識をまとめておきたい。なお,以下の説明は,基本的には本書の内容を私なりに整理したものである。

心理学的測定実践におけるCVTの位置づけ

まずは心理学的測定実践におけるCVTの位置づけを示す(図1)。

図1 心理学的測定実践におけるCVTの位置づけ

心理学的測定の実践(実践であり,理論でないことには注意)には大きく分けて2つの枠組みがある。1つが公理的枠組みであり,もう1つが心理測定的psychometric(方程式的)枠組みである。この中の心理測定的枠組みにCVTは位置づけられる。

では,心理測定的枠組みとはどのようなものなのか。これを説明するために,測定の古典的理論,表現的理論,操作的理論について説明する。各理論については本書序章で簡潔な説明があるが,整理すると以下のように説明できるであろう(図2)。

図2 心理学的測定実践と測定の諸理論との関係

測定を形式的にとらえると,「測定とは属性(あるいは,何らかの性質)を数(測定値)にすること」である。古典的理論では,そのときの属性は量であると想定されており,そのため測定値も量である。古典的理論においては,「測定とは,ある量的属性のマグニチュードと,その量についての単位との比を発見あるいは評価すること」で,属性のマグニチュードが測定値に現れているか(属性→測定値の確認)が重視される。

他方,表現的理論では,属性が量であるか非量であるかは問わないが,属性を測定値として量で表現する。表現的理論においては「測定とは,経験的性質および関係を表すために数を使うこと」で,量的あるいは非量的な属性および属性同士の関係が測定値および測定値同士の関係に表現されているか(属性→測定値の確認)が重視される。

一方,操作的理論では,属性はその属性を観察するための操作と同一視される。たとえば,「電子はしかじかの値の負の電荷をもつ」という観察不可能な言明については,「こういう実験をしたらこういう結果が出て,こんな実験をしたらこんな結果になる,そしてこのような実験をしたら……」という非常に長い文の省略形としてとらえられる(戸田山, 2005)。操作的理論においては,「測定とは,数を生み出す,何らかの精密な仕様の操作」であり,属性は操作の結果である測定値群と同一視される(属性=測定値)。

これら3つの理論のうち,表現的理論と操作的理論を心理測定的枠組みは取り入れている。操作的定義という考え方によく表れているように,心理測定的枠組みでは属性を測定操作の観点から定義する。しかし,測定値(群)は属性そのものではない。測定値(群)はあくまで属性が表現されたものである。したがって,測定値(群)が属性を表現しているかどうか,言い換えると,測定値(群)が属性の表現として妥当であるかどうか(「測定値≒属性」として考えてもよいのかどうか)を評価する必要がある。この理論的枠組みを与えるのが心理測定的枠組みであり,その中の代表格といえる理論がCVTである。その意味で,CVT(ひいては心理測定的枠組み)は心理学的測定の理論ではなく,妥当性・妥当性確認の理論とされる。なお,本書で扱われない公理的枠組みは,測定の古典的理論と表現的理論を取り入れており,この枠組みこそが心理学的測定の理論(測定の形式「属性→測定値」における→を考える理論)であるとされている。

心理学における構成概念の起源について

次に,CVTにとって核となる概念である構成概念に関して,心理学におけるその起源についてまとめておく。

構成概念の起源は,バートランド・ラッセルの「論理的構成」にさかのぼることができる(しかし,構成概念を心理学の中に位置づけるのに重要な貢献をしたポール・ミールはその系譜を否定している)。このときの構成概念は「ある現象(群)に関して定式化された(=構成された)諸見解」のことであり,現在の心理学で使われることが多い「何かしらの推論された(理論的)実体」を指すわけではなかった。端的に言えば,コミュニケーションの道具であり,あくまで論理的に構成された「虚構」であった。

その後,構成概念の役割に関する科学哲学的議論が盛り上がるが,心理学における構成概念にとって決定的に重要だったのは,1940年代に盛り上がった,介入変数と仮説的構成体に関する議論である。なお,この議論の変遷については,岩原(1956, 1958)で,著者自身の見解とともに整理されている。

介入変数とは,独立変数と従属変数をつなぐ関数のことで,「論理的構成」につらなる,刺激と反応とを媒介する数学的に導出された(=論理的に構成された)ものにすぎなかった。しかし,厳密にそのような使われ方をしない事例が増え,介入変数を提案したエドワード・トールマン自身も「観察不可能な原因である理論的概念」として介入変数を考えるようになる。

そのような混乱の最中,マッコークォデールとミール(MacCorquodale & Meehl, 1948)が介入変数と仮説的構成体とを区別することを提案し,仮説的構成体は心理学の中に早々に定着する。なお,介入変数とは「独立変数と従属変数をつなぐ関数」という元々の定義を意味し,仮説的構成体とは,実在するが現在は観測不可能な仮説的な実体として定義されていた。

その後,教育的・心理学的テスト法のガイドラインである「専門的勧告」(APA et al., 1954)において構成概念妥当性が導入され,構成概念という用語が登場する。その際,構成概念には明確な定義がなかったものの,その説明からは2つの意味が読み取れた。1つがテスト・パフォーマンスに反映される「特性あるいは性質」,もう1つが観測変数の集合を要約するために使用される「理論的な構成物」であった。マッコークォデールとミールが区別しようとしたはずの仮説的構成体と介入変数とが,構成概念という名のもとに改めて混ざり合ってしまったと言える(ただし,厳密には介入変数と理論的な構成物は若干違う(後者はラッセルの意味に近い)が,構成された「虚構」という点で両者は類似しており,「虚構」と(理論的)実体が明確に弁別されなくなったという点で混ざり合ってしまったということである)。

専門的勧告から1年後にクロンバックとミール(Cronbach & Meehl, 1955)が構成概念を正面から論じる。構成概念とは,「テスト・パフォーマンスに反映されると想定される,人間のある仮定された属性」,「テストを解釈する際に我々が言及する属性」,すなわち,「母集団内において異なる(つまり,人によって異なる)が,個人が所有し,特定の行動に特定の方法で関連していると考えられる特定の属性や性質」であると定義された。極めて大雑把に言えば,仮説的構成体が構成概念になったということであろう。

しかし,このように構成概念を定義したにもかかわらず,クロンバックとミールによる説明では,別の内容も含まれていた。1つが,構成概念とはそのような属性や性質ではなく,「帰納的要約」として考えることができ,本質的に概念であるということである。すなわち,構成概念とは,観察可能なもの説明する観察不可能な実体ではなく,観察可能なもの説明(たとえば,すずめ,かもめ,めじろ,……を鳥類と呼ぶときの鳥類に相当する概念)であるということである。加えて,クロンバックとミールでは,自然法則についての不完全な知識ゆえに構成概念の意味を特定することは難しく,構成概念にはある程度の曖昧さが残ると論じていた。これが構成概念のもう1つの内容である。すなわち,構成概念は研究対象についての知識(の現状)を表しているということである。

まとめると,心理学における構成概念には当初から以下の3つの内容があった。そしてこのような内容が絡み合ったまま(弁別を意識されないまま),現状の構成概念の使用にいきつき,概念的な混乱を助長する原因になっている。

  1. 心理学研究において研究される,実在するが観察できない属性あるいは性質

  2. 観測対象の潜在的な集合を要約し,研究者コミュニティ内のメンバー同士でのコミュニケーションを容易にするための機能を果たす理論的ヒューリスティック

  3. 焦点となっている現象(=研究対象)についての知識(の現状)

妥当性の歴史的変遷

最後に,構成概念と同様に,CVTにとって核となる概念である妥当性に関して,その歴史的変遷をまとめておく。なお,以下のまとめは平井(2016)を参考にしている。

ニュートンとショー(Newton & Shaw, 2014)によると,妥当性の歴史は5つの期間に分けることができる。

  1. 胚胎期:1800年代半ばから1920年

  2. 結晶化期:1921年から1951年

  3. 分裂期:1952年から1974年

  4. (再)統一期:1974年から1999年

  5. 脱構築期:2000年から2012年

胚胎期では,テストが何かしらの判断(たとえば,成績判定)には活用されつつも,妥当性という考え方自体はまだ明確化されていなかった。20世紀初頭にカール・ピアソンが相関法を確立し,それがテストの計量的研究に取り入れられた。この時代のテストは将来のパフォーマンスを予測するためのもの(軍の入隊検査など)が多く,1920年代までには妥当性の基準関連モデルと呼ばれる考え方(テストは相関の高いものなら何に対しても妥当性がある)が成立した。この考え方は結晶化期の間一般的であった。なお,妥当性の古典的定義と呼ばれる「テストが測定していると称するものを測定している程度」という考え方が成立したのも結晶化期(1921年)である。

しかし,妥当性の基準関連モデルは,適切な基準変数を必ずしも入手できるわけではない,基準変数の妥当性や信頼性が問われていない,基準変数との相関が高ければテストの内容が何であれ妥当性が高いとされるなどの問題があった。そのような批判を受け,テストが測ろうとしている特性や,基準変数に反映される内容に対して,より関心が向けられるようになった。測定される特性の操作的定義やテストの内容分析などが行われるようになり,1940年代には妥当性の内容モデル(いわゆる内容妥当性)の考え方が生まれた。そして,このような妥当性の基準関連モデル(実証型)と内容モデル(論理型)の区別が妥当性の分裂の契機となった。

1950年代の初めは,基準関連モデルが成熟し,基準変数の内容に関する妥当性には内容モデルが用いられた時代であった。しかし,テストに適切な外的基準が存在せず,かつ,測定される内容のドメイン(境界範囲)を具体的に線引きできない場合があった。たとえば,パーソナリティ検査には明らかな外的基準がなく,内容のドメインも明確ではない。そこにあるのは測定したい特性を素描した理論で,測りたい特性は理論的に構成された概念(の指示対象)であった。このような場合の妥当性として登場したのが構成概念妥当性である。構成概念妥当性は専門的勧告で初めて登場したが,その予備案は1952年にアメリカ心理学会テスト規準委員会によって作成された。そのときに妥当性が予測的,状況(併存的妥当性に相当),内容,適合的(構成概念妥当性に相当)という4種類に分割された。妥当性の分裂期の始まりであった。

このような妥当性の分裂期にCVTは誕生した。これまでの妥当性の考え方とCVTにおける妥当性の考え方との大きな違いは,妥当性がテスト固有の性質であるのか,テスト得点の解釈に帰属されるものかという点にあった。これまでの妥当性では,テストがどの程度妥当であるかどうかと考えていた。一方,構成概念妥当性理論では,テスト得点の解釈がテストの使用目的および当該テストの焦点となっている構成概念に関する理論に照らしてどの程度妥当であるのかと考えた。そのため,その解釈を多くの実証的証拠によって保証する必要があるとされた(この点も,1つの証拠=基準との関連で妥当性を確認していたこれまでの妥当性確認との大きな違いである)。このような構成概念妥当性の特徴をもって,「科学的な観点からすると構成概念妥当性が妥当性全体である」(Loevinger, 1957)とも主張された。

しかし,1970年代半ばまでは妥当性の三位一体観(内容妥当性,基準関連妥当性,構成概念妥当性という3つの種類で妥当性は構成されるという考え方)が主流であった。1970年代の米国内では,雇用機会の均等に関するガイドラインが出され,採用試験や入学適正試験に関連した訴訟がいくつか起こっていた。そのような時代背景のもとでは,おそらくテスト使用の妥当性をいかに示すかに努力が注がれていたであろうが,当時は妥当性についての考え方の分裂が激しく,混乱しているような事態であった。そのような事態を解消するため,メシック(など)は,構成概念妥当性を基本に据えた妥当性概念の単一化の方向を目指したのである。

妥当性は本質的には構成概念妥当性であり,いくつかの部分に分かれるものではないという考え方を妥当性の単一観と呼ぶ。この考え方では,構成概念という枕詞は冗長であり,構成概念妥当性は妥当性と同等視される。「妥当性とは,蓄積された証拠と理論がテストの特定の使用案に対するテスト得点の特定の解釈を支持する程度」(AERA et al., 1999, 2014)として定義され,これは妥当性の統一見解的立場とされている(現状のCVT)。妥当性の脱構築期では,このような(構成概念)妥当性観に対して,異なる立場からの異議申し立てが行われた。

脱構築期の議論は本書のテーマから外れるため,本書では簡単に触れられているのみである。ニュートンとショーでは,その時期の論者として,ボースブーム,リッシッツとサムエルセン,エンブレットソン(など),ケイン,ミシェル,マローン,モスが取り上げられているが,本書「妥当性理論のそのほかの展開」では,ミシェル,マローン,モスは触れられていない。ここで簡単に説明しておくと,ミシェル,マローンは,心理学における属性(性質)はそもそも測定できるのかという点を批判している。ミシェルの批判は「測定できない」というものではなく,「心が量であるというのであれば,まずは量であることを経験的に証明しなければならない」というものである(Michell, 2000)。一方,マローンは「測定できない」という主張である。その理由を端的に説明するのは難しいが(ウィトゲンシュタインの規準あるいは文法という考え方を知る必要があるため),「測定」という考え方(文法)に「心(属性)」という考え方(文法)が合わないから測定できないとマローンは批判している(Maraun, 1998)。他方,モスの批判は,現状の妥当性観の理想主義に向けられている。「正しい状況,方法,人(試験官や受験者)でテストが実施・使用され,適切な解釈・介入・結果が得られるという想定が念頭にあるが,現実のテスト場面は理想通りではないゆえに現実主義的に考える必要がある」というのがモスの批判である(Moss, 2013)。

本書の翻訳のきっかけは,2017 年の日本心理学会第 81 回大会にある。私はそこで共同研究者とともに「構成概念宏大無辺」という今思うと大それたタイトルの発表をしたのだが,その発表を見に来てくれ,しかも「大切な研究ですね」という趣旨のコメントをくれたのが金子書房の井上誠氏(当時)と金子賢佑氏であった。

その後,本書の翻訳を考えたときに当時の言葉を思い出し,金子賢佑氏,井上誠氏とコンタクトを取った。重厚な専門書を翻訳出版するのは簡単ではないと思うが,すぐにご了承いただいた。途中,井上氏から岸航平氏に担当編集が変わり,原稿のチェックは岸氏にお願いすることになった。岸氏には大変お世話になった。原文から細かくチェックしていただき,訳文としてわかりにくいところや誤訳,誤植についても様々にご指摘いただいた。編集・校正も頼らせてもらった。岸氏がいなければ,この翻訳書は完成していない。もちろん,何か誤りがあれば,それはすべて私の責任である。そのほか,紙幅の関係でここに名前を挙げられなかった方にも多くのご協力をいただいた。関係者各位に対して感謝申し上げる。本書翻訳によって心理学における構成概念の使い方がすこしでも改善することを祈っている。

仲嶺真
東京,2024年4月

引用文献

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  • American Psychological Association, American Educational Research Association, & National Council on Measurements Used in Education. (1954). Technical recommendations for psychological tests and diagnostic techniques. Psychological Bulletin, 51 (2, Pt. 2), 1-38.

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  • 平井 洋子 (2016). 妥当性理論の歴史的変遷と心理学研究への適用に関する一考察――Standards を中心に―― 首都大学東京人文学報, 512-4, 15-26.

  • 岩原 信九郎 (1956). 心理学における概念構成 科学基礎論研究, 2, 254-258.

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  • 戸田山 和久 (2005). 科学哲学の冒険――サイエンスの目的と方法をさぐる―― NHK 出版

著者・訳者紹介

【著】キャスリーン・スレイニー(Kathleen Slaney)
専門は心理学史,心理測定,理論心理学。2006年に心理測定(psychometrics)理論に関する論文で博士号を取得。現在の研究の関心は,心理学と関連科学の哲学,理論的・応用的精神測定法,心理学における統計的推論の実践の検討にある。また,批判心理学ネットワークの主要メンバーの一人でもある。

【訳】仲嶺真(なかみね・しん)

公益社団法人国際経済労働研究所研究員,博士(心理学),荒川出版会会長。
1989年,沖縄県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。筑波大学大学院人間総合科学研究科心理学専攻博士後期課程修了。高知大学教育研究部人文社会科学系人文社会科学部門講師,東京未来大学モチベーション科学部特任講師を経て現職。専門は心理学論,恋愛論。
【主要業績】“Challenges marriage-hunting people face: Competition and excessive analysis”(単著, 2021, Japanese Psychological Research, 63(4), 380-392),『パフォーマンス・アプローチ心理学――自然科学から心のアートへ』(共訳, 2022, ひつじ書房),『心を測る――現代の心理測定における諸問題』(監訳, 2022, 金子書房),『恋の悩みの科学――データに基づく身近な心理の分析』(共著, 2023, 福村出版)など。

本書「著者紹介」「訳者紹介」より