不安・イライラから自分と家族を守るために(三枝将史:埼玉県所沢児童相談所担当課長)#つながれない社会のなかでこころのつながりを
コロナ禍で生活がガラリと変わり、その変化にこころが追い付いていない方も少なくないのではないでしょうか。家族とうまくいかなかったり、そんな自分に嫌気が差してしまったり。もしかするとあなたがそうかもしれません。そんなつらさを抱える方に、今回は児童相談所で長年にわたり家族関係のサポートをされている三枝先生から “こころが楽になる考え方” をお教えいただきました。
離れられない関係
新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的として在宅勤務の推奨や学校・幼稚園・保育園の休校(園)が行われた結果、家族が家庭の中で過ごす時間が急速に増加することになりました。さらに政府から緊急事態宣言が発令された結果、外出の自粛が求められ、文字通り家庭の中で過ごすことが求められています。
これが数日程度であればちょっとしたお休みとして楽しんで過ごすこともできるでしょう。しかし長期に渡るとどうでしょうか。仕事はやらなければいけない、または仕事のことが心配でしょうがない。でも家の中では暇をもて余した子どもが騒いでいる。かといって外出自粛が求められているため外で遊んでくるように言うこともできない。本当なら一緒にいられることで幸せを感じられる家族のはずなのに、近くにいること、離れられないことに辛いと感じる方もいらっしゃるかもしれません。
このような離れたくても離れられない関係は、着実にストレスを蓄積させます。その結果、最悪の場合様々な暴力の介在する関係へと至る危険を抱えています。
筆者は児童虐待等家庭内で起こる暴力の問題に対して相談や支援を行っています。どのような過程で暴力の発生に至るのか、そうならないためにはどのようなことを心がければよいのか、仕事の中でご家族にしているアドバイスの内容をご紹介することが少しでも皆様のお役に立てればと思います。
前向きの足枷
テレビや新聞では緊急事態宣言を受け、様々な制約の中で生活をしている人たちの様子が連日報道されています。国民の皆さんが工夫や努力をしてこの困難な状態を乗り切ろうと奮闘されていることが伝わってきます。その中で印象に残っているエピソードがあります。
両親が共働きで2人いるお子さんは小学生。お子さんの学校が休校、お父さんは在宅勤務となったものの、お母さんは仕事自体が在宅勤務で行えるものではなく、日中はお父さんとお子さんで過ごす生活を紹介していました。
お父さんはお子さんに学校と同じような時間割表を貼り出し、仕事の合間を縫ってお子さんたちの勉強をみていました。また、食事についてもお子さんと一緒に作り「普段は仕事が忙しく子どもと接する時間が取れなかったけど、在宅勤務になったおかげで貴重な時間を得ることができた」とご夫婦で笑顔交じりに話している姿を紹介している場面で終了しました。
このエピソードを見て、現状を前向きにとらえて努力している家族として自分も素直に見ました。ただ、一方で「これを真似しようとして苦しむ人がいないといいな」という思いも持ちました。
もし誰もが、このご家族と同じようなとらえ方をして毎日を過ごすことができれば、家族の中でストレスが蓄積されることも生じにくいですし、暴力に発展する心配などほとんどないかもしれません。
しかし、家族の抱える事情は様々です。お父さんもお母さんも在宅勤務ができない家庭かもしれません。在宅勤務どころか、お父さんかお母さんの収入が途絶えてしまう家だってあるでしょう。お子さんたちだって貼りだされた時間割通りに勉強をするとは限らないし、料理の手伝いなどしてもらえないかもしれません。そのときに「この前見た家族ではやっていたのに」と自分や家族を責めてしまうことが後の暴力につながってしまう危険性もあります。
筆者が普段相談に乗っている中でも、お父さんやお母さんが子どものかかわり方を一生懸命勉強した結果、本や講演の通りにならないことから自分や家族を責めはじめ、虐待へと至ることが少なくありません。
困難な状況の中で前向きになれることは素晴らしいのですが、誰しもがそうできるわけではないのです。前向きに生きる姿は私たちに勇気を与えてくれるものでもありますが、同時にそのようにしなければならないという足枷にもなりうるということを忘れてはいけません。
イライラするのは悪いこと?
このような前向きの足枷にとらわれてしまうと、前向きになれない自分やイライラしてしまうことを悪いことと考えてしまう人がいます。実はこれが一番危険なのです。
そもそも緊急事態宣言下の制約の多い生活は、私たちがこれまで暮らしてきた生活様式を大きく変えてしまっています。いつもできていたことができない、いつもならやらなくてよいことをしなければならない、そんなことの連続です。
ストレスは溜まりますし、イライラすることがあるのは当然のことです。しかし、先ほどのようにそれをうまく受け流している人を見ると自分を責めたり、外に原因を求めて誰かに原因を求めようとしたりしてしまいます。それが身近な人に対する暴力に発展しやすいのです。
イライラや怒りといった負の感情が生じたときには、「ああ、自分はイライラしたな(または腹が立ったな等)」とまずはその感情を認識しましょう。自分の感情から距離が取れると少し落ち着くことができます。その少しの落ち着きが負の感情が増幅するのを防ぎ、より落ち着く方法に気づく余裕につながるのです。
イライラするのが悪いのではありません。イライラが増幅されて自分や周りを攻撃してしまうことが悪いのです。イライラしたときには、自分がイライラしているという自分の感情に目を向けてください。そうすることで少しですが自分や誰かを攻撃するということは起こりにくくなります。
1割でOK
先ほどイライラするような場面で心掛けてほしいことを書きました。ただし、ここでもう一つお伝えしておきたいことがあります。それを説明するために筆者が相談の中でお子さんとのかかわり方についてアドバイスをした後、必ず言っていることをご紹介したいと思います。
それは「今お伝えしたことをぜひやっていただきたいと思っていますが、チャンスが10回あったとして1回出来ればそれで充分です。間違っても10回全部うまくやろうとは思わないでください」ということです。
お子さんとのかかわり方で悩んでいるお父さんやお母さんにはまじめな方が多く、相談の中でかかわり方のアドバイスをもらうと最初から完璧にこなそうとします。しかし最初からできるわけはなく、何度かうまくいかないうちに「こんなの誰にもできっこない」「どうせ何も変わらない」と考えて、せっかく実践しようとした工夫を投げ出してしまうことがよくあります。
本当はかかわり方を変えるチャンスに気づいただけでも長い目で見れば大きな前進なのです。完ぺきにアドバイスを実行しようとするあまり、少しの失敗が気になってその後の努力を放棄してしまうという残念な結果になってしまうのです。そのため筆者は必ず先ほどの言葉をアドバイスに添えることを心がけています。
10回のうち1回でも成功すればOK、それが2~3回出来たのならもうこれ以上にない成功です。そこでうまくいった理由を考え、徐々にうまくいく回数を増やしていけばいいのです。たとえ成功は1割だったとしても、それを繰り返していけば大きな変化になるため最初から完璧に実践する必要などないのです。
最後に
先日政府から緊急事態宣言が5月末まで延長されることが発表されました(執筆時時点)。近年経験したことのない、先行きの見えない日々がいましばらく続くことになります。私たちにとって先の見えない不安というものは様々な負の感情を引き起こします。それが暴力という形まで増幅されてしまうと皆さんや周りに深刻な影響を残してしまいます。
今心穏やかに生活をするということは難しくとも、近い将来に「あのときは大変だったな」と穏やかに話ができるよう、少しだけ自分の心に余裕をつくり乗り切っていくといいと考えています。
(執筆者プロフィール)
三枝将史(さえぐさ・まさし)
埼玉県所沢児童相談所担当課長。臨床心理士、公認心理師。専門は臨床心理学。埼玉県入庁後児童相談所の児童心裡司として子どもやその保護者の支援を行っている。