見出し画像

孤独と成長:コロナ時代の大学生(大阪教育大学名誉教授:白井利明) #孤独の理解

人が成長するためには、孤独も必要だという考えがあります。すぐに人とつながってしまえる現代にも、同じことは言えるのでしょうか。青年心理学がご専門の白井先生に、今の大学生たちの現状を踏まえて、お考えをお書きいただきました。

孤独とは

 かつて哲学者の三木清は「孤独は山になく、街にある」と述べた。孤独は周囲に人がいないから感じる孤立ではなく、周囲に大勢の人がいるなかで一人である自分を感じてしまうところから生まれる。青年期は、自我が目覚める時期であり、孤独に向き合うことで自我を成長させていく時期である。

 青年心理学者の牛島義友は『牛島 青年心理学』(1954年)を著し、「孤独は社会意識の再出発点」と書いた。青年は孤独により非社会的になり、これまでの子ども社会から離れ、やがて政治意識をもつに至ると述べている。

 孤独はどのような社会意識を青年にもたらすのであろうか。

つまづいた大学入学

 現在の大学生は、歴史的に稀に見る特殊な世代である。というのは、新型コロナウィルスが突然猛威を振い、志村けん氏が亡くなって緊急事態宣言が初めて出た、ちょうどそのとき大学に入学した世代が含まれているからである(以下、新型コロナウィルスの流行下にあった時代を「コロナ時代」と呼ぶ)。

 2020年6月ころ、かれらが新入生だったときに心境を聞くと、入学式もなく、大学で対面の行事もないため「大学入学早々につまずいている」「友達が少なくて寂しさに勝てない」「何も楽しくないし、何もやる気が起きない」と訴え、全てオンライン授業で「情報が右耳から入って左耳から抜けている」「単位をほぼ落としかけたりしている」と嘆き、そして一人暮らしの学生は「独り言で気を紛らわしている」と述べていた[1]。かれらは入学からつまづいていたのである。かれらの悲鳴を聞いて私も心を痛めていた。

孤独が社会意識をもたらす

 かれらは当時、社会についてどう考えていただろうか。

 ある女子学生は人生で初めて差別を受けたという。メディアがニュースで流したせいで、若者だからというだけの理由で、バスに乗ると乗客にすごくいやな顔をされ、にらまれ、舌打ちをされたという。私も当時から首相の談話のなかで、何かというと若者が目の敵であるかのような扱いをされていることが気になっていた。実際に若者は肩身の狭い体験をしていたのである。その学生はメディアで出回っている情報をうのみにしない人は少ないことを学んだという。

 ある男子学生は国がマスクを2枚配るだけでこんなに時間がかかるのかと頭を抱えた。そして、自分の身は自分で守らなければならないことがわかったという。だから選挙にもっと若者が参加しなければならないと考えた。実際に、翌年にあった第49回衆議院議員選挙(2021年10月)で10代の投票率は42.3%であり、18歳選挙権が始まった2016年からの5回の選挙において一番最初の国政選挙(第24回参議院議員選挙、2016年7月)の46.8%に次ぐ高さだった。

 ちなみに国民全体の投票率を見ても、同じ5回のうち、その回が最も高かった。コロナ時代が政治意識を高めたのは大学生だけではなかったのである。だから、かれらの政治意識が高まったのは孤独のせいだけではないだろうが、孤独もかれらが一歩引いて社会を自分と重ねて見るのに一役買っているのではないだろうかと思う。

孤立が成長を奪う

 かれらに特に注目するには訳がある。実は、図1の全国調査でも、かれらの世代は全国大学生活協同組合連合会が調査を開始して以来、最低の大学生活充実度を示している。しかも気になることに、かれらの充実度は2年生になって上昇するものの、同じく新型コロナウィルス流行下にあった翌年2021年入学の1年生を下回っている。大学生活へのトランジッション(移行)でつまずいたかれらは、状況が変わっても、それをひきずっているのである。

図1 大学入学年度ごとの学生の大学生活充実度(10〜11月調査)

全国大学生活協同組合連合会 (2022年1月31日). 第57回(2021年秋実施)学生生活実態調査 速報
(2022年6月30日閲覧)より作成

 しかも、重要なことは、かれらの孤独は成長につながると単純に考えることができないことである。ベネッセ教育総合研究所[2]によると、かれらは大学生活で「成長を実感しない」という割合が39.6%と、同じ時期の他の学年よりも高く、同時に大学内に「悩み事を相談できる友だちがいない」が29.1%、「学習やスポーツで競い合う友だちがいない」が52.7%と、同時期の他の学年より高くなっている。しかも、パス解析という統計的分析によると、友だちの少なさが学びの充実度を低め、成長感を下げていることがわかった。つまり、孤立が学びの不在をもたらして、かれらの成長を奪っていたのである。

 ここでもう一度、「孤独は山になく、街にある」という言葉をかみしめたい。つまり、成長につながる孤独は、決して孤立といったものではなく、さまざまな人と身近につながっているなかで自分を見つめるものなのである。

試される社会へのトランジション

 私たちの関心は、新型コロナウィルスの流行が終息したら、それで終わりになってしまうかもしれないが、それでいいのだろうか。かれらの成長するはずだった大学生活は戻ってこない。かれらがこれから進路を決めて社会への移行を果たそうとするとき、本当の意味で孤独の体験が成長につながったかが試されるのではないだろうか。そして、孤立に追い込まれた学生がどのように社会に移行できるのかを真剣に考えなければならない。そのとき、大人がかれらにどうかかわったかが試されるだろう。

文献

[1] 白井利明 (2022). 18歳選挙権施行時における大学生の民主主義観と社会の時間的展望 実践学校教育研究(大阪教育大学初等教育部門), 24, 25-34.

[2] 株式会社ベネッセホールディングス (2022年7月28日). 「第4回大学生の学習・生活実態調査」結果速報(2022年7月29日閲覧)

執筆者

白井利明(しらいとしあき)
愛知教育大学卒業、東北大学大学院博士課程中退、大阪教育大学助手、助教授、教授を経て、2022年4月より大阪教育大学名誉教授。専門は、発達心理学・青年心理学。主著は、『<希望>の心理学』(講談社(現代新書)、2001年)。第5回青年心理学会賞受賞(2011年)。第3回国際時間的展望学会招待講演(デンマーク、2016年)。現在、日本青年心理学会理事長。

著書