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コーチングを活かした関わりで、 子どもの楽観性を伸ばす(稲垣友仁:共創コーチング® ファウンダー)#子どもたちのためにこれからできること

出口の見えないトンネルを進むような日々のなかにあって、それでも子どもたちの未来に明るい展望が開けることを願わずにはいられません。不安と閉塞感の時代を生きていく子どもたちに、どんな力を育めばよいのでしょうか。プロコーチとして企業の人材育成支援に携わるとともに、高校・大学で教鞭をとられている稲垣友仁さんは、「楽観性」に注目しています。

予測不能な世の中を生きる子どもたち

 普段は何ごとも自分自身で進んで行い、これまで問題が見当たらなかった高校生の娘さんが、ある日いきなり、友だちから相談を受けて苦しかったこと、今までの過去に親から言われて嫌だったことを泣きながら訴えだしました。まじめだった男子中学生は、とつぜん涙が止まらなくなり、気持ちが不安定になりました。

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 緊急事態宣言による長期間の休校で、いつもと違う心と身体の不調を訴える子どもたちの話を多く聞きました。医療関係の方によると、大人にも、原因のわからない心身の不調や自律神経失調症、聴覚過敏症などが蔓延しているそうで、子どもたちが大きな不安やストレスを抱えていることは想像に難くありません。

 その後、学校が再開し、先ほどの子どもたちも少しずつ元気を取り戻しつつあります。一方で、予測不能な世の中は今も続いています。このような中で、子どもに対し、どのように未来への希望を持たせながら、成長をサポートできるのでしょうか

優等生でも心は一杯いっぱい

 私は現在、企業の人材育成でリーダー向けコーチとして活動を行うとともに、大学の非常勤講師として学生とも関わっています。また、大学が主催しているグローバルサイエンスキャンパスという、将来、科学分野において、グローバルに活躍したいと思っている高校生向けの教育プロジェクトに関わるなど、子どもと大人の教育に携わっています。

 グローバルサイエンスキャンパスに通う高校生は何ごとにも前向きで、受験でいうと難関大学を受けるような生徒が多く、非常にハイレベルなことができてしまう生徒たちです。この生徒たちのコーチとして関わって6年目になりますが、いろいろな生徒と出会いました。

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 学校ではクラスのリーダー的存在で、理解力があり、きちんと要望に応えてくれる生徒たちなので、私たちも本当にやりがいがあります。しかし、スキル的にはハイレベルで、何でもできるように見える彼らですが、1対1でコーチングを行っていくと、それぞれに課題を持っている普通の高校生でもありました。

 部活のキャプテンとして、部がまとまらないことに対し、部員に何を言ったらいいか悩んでいたり、先生方からの期待が大きく、いろいろな提案を持ち掛けられて心がパンパンな状態になっていたり、友だち関係に悩んでいたり、そのような中で、ちょとしたことで学校へ行けなくなってしまう生徒、頑張りすぎて身体を壊してしまう生徒もいました。

 そうした生徒たちを見てきた一方で、同じような負荷がかかっていながらも、いろいろなことをサラリとやってしまえる生徒、世の中をスイスイ渡っているかのような生徒がいました。

 その生徒たちは他の生徒たちと何が違うのでしょうか。いろいろなデーターを取って研究しているのですが、最近特に私が感じているのは、そのような生徒たちは「楽観性」が高いのではないかということです。

 大人でも子どもでも、特に、このような予測不能な世の中をうまく生き抜き、逆にそれをバネにしている人たちは、そんな力が高いと感じています。

楽観性とは

 アメリカの心理学者であるマーティン・セリグマンさんが、1991年に「オプティミストはなぜ成功するか」という著書を紹介し、「楽観主義」という考え方が広まり始めました。

 彼は著書の中で下記のように述べています。

「ペシミスト(悲観主義者)の特徴は、悪い事態は長く続き、自分は何をやってもうまくいかないだろうし、それは自分が悪いからだと思い込むことだ。オプティミスト(楽観主義者)は同じような不運に見舞われても正反対の見方をする。敗北は一時的なもので、その原因もこの場合にのみ限られていると考える。そして挫折は自分のせいではなく、その時の状況とか、不運とか、他の人々がもたらしたものだと信じる。このような人々は敗北にもめげない。これは試練だと考え、もっと努力するのだ」(マーティン・セリグマン『オプティミストはなぜ成功するか』講談社、1991)

 オプティミストというのは日本語では楽観主義者、要するに楽観性の高い人という意味になります。

 楽観性については、パーソナリティ心理学の観点から、次のようにも論じられています。

「パーソナリティ特性としての楽観性は、素質的楽観性(dispositional optimism)と呼ばれ、『物事がうまく進み、悪いことよりも良いことが生じるだろうという信念を一般的に持つ傾向』と定義される」(cf. 戸ヶ崎泰子・坂野雄二 [1993].オプティミストは健康か? 健康心理学研究,6[2], 1–11)
「楽観性はポジティブな結果を期待するため、望んだ結果や目標を得るための努力を増やすことが指摘されている」(cf. Solberg Nes, L., & Segerstrom, S. C. [2006]. Dispositional optimism and coping: A meta-analytic review. Personality and Social Psychology Review, 10, 235–251.)
「楽観性が高い場合には、粘り強く努力を積み重ねるため、結果的に望んだ結果や目標を獲得し、多くの資源が得られる」(cf. Segerstrom, S. C. [2007]. Optimism and resources: Effects on each other and on health over 10 years. Journal ofResearch in Personality, 41, 772–786.) 

(橋本京子・子安増生[2011].楽観性とポジティブ志向および主観的幸福感の関連について.パーソナリティ研究,19[3],233-244より)

楽観性を高めるための3つの「見る」

 では、楽観性を高めるにはどうしたらいいのでしょうか?

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1.止まって見る(意識をそらす)
 悲観的に考えがちな人の習性として、頭でずっと同じことを感情に任せて考えてしまっているということがあります。それがぐるぐる頭の中で回っている。要するに止まらないんです。

 これは、人間関係によるいざこざなどで悲観的になったときに、誰もが経験することでもあるでしょう。こういう状態に対する一番いい解決方法が、考えるのを止めるということです。

 何か、怖いことを考えてしまった、それが怖くて不安で不安で仕方ない、ああどうしよう、これも、あれも……というときに、考えることを止めてみるのです。5、6秒ぐらいすると、先ほどまで不安だった感情がスーッと抜けていくことがあります。すべてが、そううまくいくわけではないですが、とても有効な方法です。

 子どもに「感情を止めろ」と言っても、止められるものではありません。そんなとき、大人は子どもの意識をほかにそらすよう努めるのではないでしょうか。赤ちゃんが泣いているときに「いないいないばあ」をしたら笑う原理と同じです。

 子どもが、友だち関係のいざこざや、悪い点数をとったテストのことを話すうちに、いやな気持ちを思い出して感情的になってきたら、最近話題のアーティストの話や、その子のマイブームに話を振ってもいいかもしれません。

 場所や環境を変えてみるのも有効です。ちょっとベランダに出たり、散歩に出かけて話すのでも構わないと思います。逆に、家で叱られて落ち込んでしまったときは、学校に行って友だちと関わることで気分が晴れるかもしれません。まずは意識をほかにそらすことが大切、ということです。

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2.レンズを引いて見る(客観視させる質問をする)
 私がおこなっているコーチという仕事は、相手の方が自分自身について振り返ることができるように支援する仕事です。

 通常、自分ひとりで自分のことを深く知るのは難しく、コーチが質問をしたり、見えている状態を伝えることで自分自身の位置や形が何となく見えて、いろいろなことに気づくものです。私たちは全体像が見えると落ち着きますし、やるべきことが自然と見えてきます

 日本における幸福学の第一人者である前野隆司さんのオンラインサロンで、こんな話を聞きました。

 ある図形を見せたときに図形の全体像に着目するか、部分的なものに着目するかという実験を行ったところ、図形の全体像に着目した人たちのほうが幸福度が高かったそうです。

 これを拡大解釈すると、視野の広い人が幸福度が高いということになるのではないかと、前野さんは思われたそうです。そのような人は悩みがあったとしても、「自分は悩みがあるなあ」と、一歩引いて自分自身を客観的に眺めることができる。つまり、全体を見渡せる状態にすることが大事なのではないかというお話でした。

 これこそがまさに、「レンズを引いて見る」ことであり、楽観性を高めるポイントといえるでしょう。

 例えば、何かの作業を頑張っている子どもに対して、その頑張りを褒めたとします。多くの場合、褒められれば嬉しいものですが、ある子は「僕ばかりやらされてるんだ、ほかの子は誰も手伝ってくれない」と、状況を悲観的に捉えていたとします。

 あなたならどう声を掛けますか?

 いろいろな声掛けの方法がありますが、ここでは相手に全体像を見渡してもらえるようにするために質問をしてみます。

例えば、

「あなたがそれをやることで、どれだけの人が助かっていると思う?」
「あなたが頑張っているなと思っている友だちはどれぐらいいると思う?」
「もしあなたが逆の立場だったら、そんな友だちの様子を見てどう思う?」

など、客観視できるような質問を投げかけるのです。

 客観視できる質問のことを、コーチングでは「ディソシエイトの質問」といいます。

3.見方を変えて見る(リフレーミングする)
 2019年4月に、先ほど紹介したマーティン・セリグマンさんが来日し、お話できる機会にめぐまれました。

マーティンセリグマン

「楽観性を高めるのに大切なことは何ですか」という質問に対して、彼の理論を聞かせていただいたなかで私が解釈したひとつに、「リフレーミングする」ということがありました。

「リフレーミング」というのは、目の前にある事象に対して、考え方の枠組みを変えることで問題解決をはかるというものです。

 例えば、クラスがうるさいとお悩みの先生がいたとします。これをリフレーミングすると、このクラスの子どもたちは「元気がある。パワーがある。エネルギーが余っている」というふうに捉えることもできます。

 そのものの本質を変えずに、見方だけを変える。リフレーミングをうまく用いる先生ならば、子どもたちにどんどん意見を言わせて、ディスカッションの楽しさを教えていくうちに、自然と規律ができあがるように流れを作っていくかもしれません。子どもたちも楽しさを味わいたいので、「静かにしなさい」と言われなくても、自分たちで自然に規律を守ろうとする意識が生まれてくるでしょう。

 では、どのようにリフレーミングを使うかということですが、「2.レンズを引いて見る」で書いた子どもの悩みを例にしてみましょう。彼にどのように伝えることができるでしょうか。

「サボっている子のことに気づくということは、あなたは、周りの状況をよく見てるんだね」
「ということは、あなたは、皆から努力を認められてるんだね」
「ということは、あなたは、皆が嫌がることを引き受けられる広い心があるんだね。そういう人こそ将来、学校の先生とか政治家とかリーダーになってもらいたいね」

 違う角度からの見方を伝えることで、本人の捉え方も変わり、そこから視野が広がって、悲観から楽観に抜けだせる可能性が高まります。

 物事がうまくいかないと思ったときにこそリフレーミングしてみましょう。そこにある本質的な流れを理解し、捉えなおすことで、解決の糸口が見えてくるかもしれません。

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大人こそ楽観性を磨こう

「何とかなるさ」と心で思いながら、最善の努力を尽くせること。それが、子どもに楽観性を育てるうえでの目指すところです。

 何より今、楽観性はわれわれ大人にとっても必要な要素ではないでしょうか。力を抜いて、レンズを引いて今を眺めてみる。そして、未来に希望を見つけ、一歩ずつ今を歩んでいきたいものです。

【執筆者プロフィール

稲垣友仁(いながき・ともひと)
共創コーチング®︎ ファウンダー
国際コーチング連盟(ICF)認定プロフェッショナルコーチ
宇都宮大学工学部非常勤講師
コーチングを活かした才能教育の実践と研究に携わる。宇都宮大学が主催する高校生向けのスクール(宇都宮大学グローバルサイエンスキャンパス)は、コーチングの要素を取り入れた才能教育プログラムの開発において、科学技術振興機構(JST)より最高評価を受けている。


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