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自己と他者と傷つき(金沢大学教授:岡田努先生)#自己と他者 異なる価値観への想像力

人とのかかわりが薄い、傷つきたくないなどと言われがちな現代の若者ですが、実際のところはどうなのでしょうか。自己と他者とのかかわりはどうなっているのでしょうか。現代の若者の対人関係を研究している岡田努先生にお書きいただきました。

傷つくことを恐れる関係性

 現代の日本の若者は、自分が傷つくことを恐れ、距離をとった関わりになってしまう、あるいは他人からどのように見えるかを気にして、自分の本音を出せなくなっている、とよく言われます。
 これは本当のことなのでしょうか?そして、そういう付き合い方は本当に好ましくないことなのでしょうか?ここではそうした視点から現代の若者の対人関係について述べてみたいと思います。

そもそも若者の人間関係の持ち方は変化したのか?

 現代の若者は本当に人と深く付き合わなくなったのでしょうか?岡田(2016)は1990年代初頭から2010年までの青年の友人関係に関する回答の変遷を調べています。その結果、「友だちを傷つけないようにする」傾向には若干の上昇があるが大きな変動と言えるほどではありませんでした。「友だちから傷つけられないようにふるまう」傾向も統計的にはほとんど変動が見られませんでした。当時アンケートに答えてくれた若者もすでに50歳台になっている人もいます。たしかにそれ以前の年代のことは分かりませんが、このデータに示されるように、「現代の」若い人たちの友だちとの付き合い方がとりわけ希薄で自己防衛的になったかというと、そのような証拠は見られないのです。

若者の多元性

 浅野(2006)は現代青年の友人関係は、付き合う内容によって別々のチャンネルとして付き合う相手を切り替え使い分けることが出来るようになってきたのだと主張しています。そして自分がどのような関係におかれ、どのような情報がそこで共有され,どういう文脈が前提となっているかを、絶えず見極める感覚の敏感さ、繊細さを身につけていると主張しています。つまり若者は、その場に合わせて人間関係を上手に選ぶことが出来るようになったのであり、必ずしも否定的な事柄ばかりではないというわけです。
 付き合う相手をうまく切り替えるということは、それぞれの場での自分も切り替わるということになります。浅野(2006)は、現代の青年は、どのような場面でも自分らしさを貫くことが大切だという規範意識が低下し、一つの一貫した自分ではなく、特定の関係や文脈の中で与えられる役柄(キャラ)を使い分けるように変わってきたと述べています。
 では自己をうまく切り替えられることと、その人自身の適応とはどのような関係にあるでしょう。大谷(2007)は、状況に応じて関係対象や自己のあり方を切り替えるつきあい方をする人ほど、抑うつ・不安、無気力、不機嫌・怒りといったストレスが高い傾向が見られるという調査結果を示しています。また岡田・榎本・下村・山浦(2021)によると、友だちと円滑な関係を持ち軽やかに対人関係を使いこなせるグループだけでなく、自分にこもり他者から侵入されたり傷つけられたりすることを恐れる自己防衛的とも言えるグループでも、その時々で関わる相手によって違った自分を見せる傾向が高いことが分かりました。またこの後者の自己防衛的な人たちは、自分自身を肯定的で価値のある存在だと思うかなどの「自尊感情」の程度が他のグループよりも低いことが分かりました。つまり相手によって見せる自分を使い分けることが「自己防衛」のためである場合には,必ずしもその人の適応とは結びつかないと言えるでしょう。さらに、このグループの人たちは、あまり自分を他人にオープンにしていないと感じていることが分かりました。見せる自分を使い分けることが、本当の姿を隠す手段となってしまい、それが適応感の低さと結びついているのかもしれません。

評価される時代に

 現代社会は、個々人の行動が何かにつけて「評価される」時代です。たとえば、大学入試などでも、現代では単に学力だけではなく「主体性」「内申書」など日常の生き方を含めたトータルな「人間性」として評価されるようになってきました。人と人が関わるコミュニケーションの場面では、相手の内面や気持ちを、間違えないように読み取らなければ、個人の評価が下がってしまい、下手をすれば加害者として断罪の対象にすらなりかねません。しかし、他人の内面は本来外から直接観察することはできません。どんなに頑張ったところで他人の心の内を間違いなく理解することは人間には不可能なのです。黒田(2014)は、ボーダーライン・パーソナリティ障害の人とのコミュニケーションの中で、近しい人が感じやすい特徴の一つに、全くつまずきのない、なめらかなコミュニケーションが暗に要求されてしまうことを挙げています。そのために、相手に自分の話を「なぞるように」聴くことが強いられ、それができないと責め立てられてしまうというわけです。こうした特定のシーンだけではなく、日常のあらゆる対人場面で、現実には実行不可能な行動が求められ、その結果について責任を求められるのが、現代社会の理不尽さなのかもしれません。
 しかし、コミュニケーションでの「つまづき」からこそ本来はお互いの理解が生まれるのだと黒田は述べています。社会心理学者の下斗米(2003)も、人と人がわかり合い親密になるプロセス(親密化過程)とは、お互いが自分を見せる(自己開示の交換)中で、似ている点だけでなく「違い」についても見えてくることの意義に注目しています。類似点と相違点がわかったところで初めて、お互いがどう振る舞うのがもっともよいのか、また相手に何が期待できるのかといった、相互の対人関係上の役割ができあがってくるわけです。「違いが見えてくる」過程では、思ったことがうまく伝わらなかったり、相手と感じ方が違ったりといった居心地の悪さを感じるでしょう。また意見の相違が生まれ「なめらか」ではない関係性も生じるでしょう。しかしそういうことを通して、お互いにとって最適なあり方が見えてくるというのが、この親密化の過程なわけです。関係が進展し、それぞれの役割が変わってきた時にも、このプロセスが循環することで、お互いの理解が進みより深い関係性が築かれると下斗米は述べています。

人目を気にするのは誰も当たり前

 傷つくことを恐れる傾向は、他人から自分がどう見えているかを過剰に気にすることと結びつきます。辻(2015)が行った「2008年度ウェブモニター調査」によると、アメリカ人でも「まわりから友だちがいないように見られるのは耐えられない」と思う若者は20-24歳で50%以上あり、年齢とともにそれが減少していくことが分かりました。また「ひとりで食事したり部屋にいたりするのは耐えられない」と思う傾向も同様でした。つまり若い人が、他人の視線を気にしてしまう傾向は日本独特のものではないと言えるわけです。
 周囲からの評価におびえず、自分が傷つくことを恐れず、他人に自分を積極的に見せていくことには勇気がいるでしょう。そのような勇気を無理にでも持つのは、つらいことかもしれません。人間の性格を構成する要素の一つに「外向性-内向性」と呼ばれる基本軸があります。外向的な人は、積極的に他人や外の世界と関わりを持つのが好きで、そういう人にとっては、自分を見せる行動はあまり苦にならないでしょう。他方、内向的な人はむしろ自分の世界を大切にし、人と関わるよりも自分の内面に目を向ける方が性(しょう)に合っています。そういう人にとっては、無理に自分の姿や思いを他人に晒すことは苦痛かもしれません。Cain(2012 古草訳 2013)によるとアメリカでは、外向型人間こそが適応的で望ましいあり方だとする意識が共有されているため、本来内向的な人までもが自分を偽って外向的に振る舞う「隠れ内向型」と呼ばれる人たちも少なくないそうです。しかし当然そういうあり方には無理があり、近年では、内向的な性格を再評価する動きも出てきているそうです。そう考えると、自分にとって無理のない自然体の関わり方がよいのかもしれません。

引用文献

浅野智彦 (2006). 若者の現在 浅野智彦(編)(2006).検証・若者の変貌:失われた10年の後に 勁草書房 pp.233-260.

Cain, S.(2012). Quiet: The power of introverts in a world that can't stop talking. New York: Inkwell Management.
(ケイン, S. 古草秀子(訳) (2013). 内向型人間の時代―社会を変える静かな人の力― 講談社)

黒田章史 (2014). 治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド 岩崎学術出版社

岡田努 (2016). 青年期の友人関係における現代性とは何か 発達心理学研究, 27 (4), 346-356.

岡田努・榎本博明・下村英雄・山浦一保 (2021). 青年の自己開示対象の多元性と認知された自己開示,適応,友人関係の関連 心理学の諸領域,10(1),3-12.

大谷宗啓 (2007). 高校生・大学生の友人関係における状況に応じた切替:心理的ストレス反応との関連にも注目して 教育心理学研究 55(4),480-490.

下斗米淳 (2003). 対人関係の親密化と悩ましさの発生メカニズム 中里至正・松井洋・中村真(編著)社会心理学の基礎と展開 pp.83-100.

辻大介 (2015). 現代的な友人関係の幸福と不安 シンポジウム「現代日本の若年世代の価値と行動」金沢大学・先魁プロジェクト(FS)「グローバル時代における若年世代の価値

執筆者

岡田努(おかだ・つとむ)
金沢大学教授。専門はパーソナリティ心理学,青年心理学。現代の若者の対人関係や自己の様相についての研究をしている。主な編著書として、

現代青年の心理学:若者の心の虚像と実像 世界思想社
榎本博明・岡田努・下斗米淳(監修)自己心理学(全6巻) 金子書房
山岡重行 編著 サブカルチャーの心理学:カウンターカルチャーから「オタク」「オタ」まで(分担執筆 第6章「鉄道オタク」担当) 福村出版

など。


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