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発達障害のある女性たちの葛藤(お茶の水女子大学生活科学部心理学科助教:砂川芽吹) #葛藤するということ

気づかれにくい女性の発達障害

 近年,発達障害のある女の子や女性が,少しずつ気づかれるようになってきました。ここで「気づかれる」という表現を用いたのには理由があります。

 研究者や支援者の間では広く知られていることとして,「発達障害と診断を受けている人の数は,男性が圧倒的に多い」という事実があります。ただこれは,必ずしも「男性の方が発達障害になりやすい」ことや「発達障害のある女性はさほど困難を抱えていない」ことを意味しません。実は,これまでに開発され,用いられている発達障害に関する基準や尺度,理解や支援のモデルのほとんどは,人数の多い男性の研究や症例がベースになっています。それゆえ,女性はたとえ発達障害の傾向があっても,発達障害だと診断されにくかったと考えられます。しかし近年,発達障害のある女性の研究が進み,女性の当事者の声が届きはじめるにつれて,これまで発達障害の枠組みで理解されてこなかった,あるいは見過ごされていた,女性の発達障害に特有の特徴がわかってきました。それにより,発達障害のある女性が,「気づかれる」ようになってきたのです。

 そしてもう一つ,女性の発達障害が見逃されてきた要因として,「カモフラージュ」が挙げられます。カモフラージュとは,「社会的状況において自閉症をはじめとした発達障害の特徴がなるべく出ないようにするために,当事者が意識的,無意識的に用いる方略」(Hull et al., 2020)を指します。カモフラージュは男性にも見られるものですが,女性はより慎重に自らの特性を隠す傾向にあるため,当事者が経験している困難が見えにくくなっていると考えられています。

 本稿では,発達障害のある女性が経験している葛藤や生きづらさの中でも,特に「カモフラージュ」に関連した3つの側面を紹介していきます。なお,発達障害のある人の性のあり方は多様であり,「女性」「男性」と2つの性のみに単純化できるものではありません。ただし本稿においては,分かりやすさの観点から,女性と男性に限定して話を進めることを予めお断りしておきます。

「人と関わりたいけど,うまくできない」

 発達障害のある女性が抱えがちな一つ目の大きな葛藤として,対人関係に関することが挙げられます。

 発達障害のある女性は,男性に比べ「人と関わりたい」という社会的動機づけが高く,対人関係を求める傾向にあります。人自体に対する興味を持ち,友達が欲しい,仲間に入りたいと思い,実際にグループの中に身を置くことも多いでしょう。あるいは,同調圧力や周囲の目を気にして一人ではいられないと思う傾向も,女性の方が高いと考えられます。

 このような女性に特有な対人関係の在り方は,特に思春期ごろから顕在化し,発達障害のある女性にとって大きな困難を伴うものになります。例えば,人間関係が複雑になり,ガールズトークなどが展開されるようになると,発達障害のある女性はその独特なコミュニケーションスタイルについていくことが難しくなります。また女性のグループは「異質」であることに敏感であるため,当事者が,仲間に入れてもらえない,排除されるということもあるでしょう。そのため,幼少期にはあまり問題がなかった発達障害のある女性でも,思春期ごろから周囲との間に違和感を抱き始めることが多いようです。

 それでも発達障害のある女性は,どうにか周囲に適応するように努力をします。自分の気持ちや行動を抑えて相手に合わせたり,受け入れられるようなキャラクターを演じたり,相手のコミュニケーションの仕方をそっくりそのまま真似たりして,発達障害であることが“バレない”よう,様々な形の「カモフラージュ」のスキルを身につけていきます。あるいは,グループの中で聞き役に回ることで表面的には適応しているように見えることもあります。しかしながら,実際には受け入れられているのではなく,ただ「いる」だけになっていることも多いのです。

 このように発達障害のある女性は,思春期ごろより,人と関わりたいという思いがある反面,どのように努力しても周囲についていけなかったり,なじめなかったりという現実との間の葛藤に直面することになります。そのような対人関係のネガティブな経験を積み重ねることで自己否定的な認識を強めたり,「人に受け入れられたいけど,人が怖い」などと,対人関係への拒否感を持ったりしてしまうのです。さらにその大きな問題として,周囲から当事者の抱える葛藤や生きづらさが理解されにくいということが挙げられます。周りから見ると,彼女たちは他の子と同様にグループに所属し,行動を共にしているよう「見える」ために,発達障害のある女性の困難や置かれている本当の状況が気づかれにくいのです。

「社会の中で女性に求められていることが,うまくできない」

 二つ目に,女性に対する社会的な役割期待に関連した葛藤が挙げられます。

 特に日本の社会・文化において,気配りや協調性,あるいは家事や育児のスキルなどは男性より女性に強く期待されがちです。それゆえ,それができない女性は,周囲から否定的な反応を受けやすい傾向にあると言えます。また,一般的に女性は複数の社会的役割を担い,それらをそつなくこなすことが求められています。当事者自身も,このような「女性はかくあるべし」という社会的規範に無意識にとらわれているということもあるでしょう。しかし,発達障害の特性から,彼女たちがこれらの社会的期待に応えることは容易でありません。周囲の女性と自分の状況を比べて落ち込んだり,周りの人に責められたりすることもあるでしょう。実際に,発達障害のある女性へのインタビュー研究からも,「自分らしく生きていきたい」という気持ちと,女性に対する社会的期待へのプレッシャーとの間で葛藤を抱いていることが示されています(Bargiela et al., 2016)。

 男性の場合,発達障害に伴う困難は主に職場や仕事の中で顕在化するため,社会的にも見えやすいと言えます。しかしながら女性が経験するこれらの葛藤は,家庭や身近な人とのコミュニケーションの中など,より生活に即した文脈の中で生じることが多いため,社会の中で問題化されにくいという特徴があります。さらに,女性自身もその生きづらさを捉え,うまく言語化できないために,困難を抱えていること自体が周囲に理解されにくいのです。このように,発達障害のある女性は,女性に特有の役割期待に起因する様々な生きづらさを抱えていますが,それらは気づかれにくいものになっているのです。

「何とか適応していくことで,余計に生きづらさを理解してもらえない」

 三つ目に,「カモフラージュ」することによって生じてしまう葛藤や生きづらさが挙げられます。すなわち,カモフラージュ自体が新たな葛藤につながりうるのです。

 まず,カモフラージュは非常に負担が大きいものです。カモフラージュに多大なエネルギーを使い,心身のストレス状態が高くなり,メンタルヘルスの悪化をきたすことがあります。またカモフラージュしている自分が受け入れられていくことで,本当の自分がわからなくなってしまったり,ありのままの自分ではやはり受け入れられないという自己否定的な気持ちが強まってしまうこともあります。さらに,カモフラージュによって,当事者の困り感に気づいてもらえないということが起こります。当事者は生きづらさに対処するためにカモフラージュするけれども,カモフラージュできてしまうことで「適応できている」と思われるために,助けてもらえない,困っていることに気づいてもらえない,本当の自分を理解してもらえない,という葛藤が生じてしまうのです。

発達障害ある女性が自分らしく生きるには?

 これまで述べてきたように,発達障害のある女性は,日々の生活の中で,「発達障害があること」かつ「女性であること」から,特有の生きづらさを経験しています。そして彼女たちは,社会との関係の中で様々な葛藤を抱きながらも,うまくカモフラージュし,何とか周囲に適応しようと試みながら日々を生きている,ということが見えてきました。

 ところで,ここまでの話から,カモフラージュはネガティブなものという印象を与えたかもしれません。しかし,発達障害のある女性が多様であるように,カモフラージュもまた多様な在り方があるでしょう。特に日本社会の中では,定型発達の人も,適応的な方略の一つとして“カモフラージュ”を用いていると考えられます。だからこそ発達障害のある女性にとって,また定型発達の人たちにとっても,カモフラージュも含めてその人のありのままを認められる,受け入れられる環境が大切なのではないでしょうか。

「私のことを障害というけれど,社会こそ私が生きるうえで障害になっている」

 ある女性当事者の上記の言葉は,生きづらさを抱えながらも前を向いて生きていこうとする女性と,その前に立ちはだかる「社会」という名の壁を想像させます。発達障害のある女性は,認められ,本来持っている強さを取り戻すことが必要です。そのためにも,まずは,発達障害のある女性がどのように世界を体験し,対処し,生きているのか,を知ることが重要なのだと思います。

【文献】

Bargiela, S., Steward, R., & Mandy, W. (2016). The Experiences of Late-diagnosed Women with Autism Spectrum Conditions: An Investigation of the Female Autism Phenotype. Journal of Autism and Developmental Disorders, 46(10), 3281–3294.

Hull, L., Petrides, K., Mandy, W., Lai, M., Baron-Cohen, S., Allison, C., & Smith, P. (2020). Gender differences in self-reported camouflaging in autistic and non-autistic adults. Autism, 24(2), 352–363.

執筆者

砂川芽吹(すながわ・めぶき)
お茶の水女子大学生活科学部心理学科助教。博士(教育学)。公認心理師,臨床心理士。専門は,臨床心理学,女性の発達障害,自閉スペクトラム症。
著書に『続・発達障害のある女の子・女性の支援: 自分らしさとカモフラージュの狭間を生きる』(共著・金子書房,2022)など。

著書


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