【第一の達人登場!】ビジョントレーニングによる支援(増本利信:九州ルーテル学院大学心理臨床学科准教授(元長崎県小学校教員)/『ズバッと解決ファイル NEXT LEVEL』より)
『クラスで気になる子の支援 ズバッと解決ファイル NEXT LEVEL』を一部無料で公開する本企画。
前回は登校しぶりのあるマモルさんのケースを見てきました。今回はビジョントレーニングの達人、増本利信先生の登場です!第一の達人による支援、考え方をご一緒に見ていきましょう。
気づかれにくい見え方の違い
眼鏡を初めてかけた方が「世界にはこんなに奥行きがあったのか」と驚かれたという話を聞くことがあります。その方にとって視覚から得られる情報は生まれながらのものであることが多く、また、他人と比較することも難しいためにこのようなことが起こるのでしょう。つまり、私たちが見ている世界は一人ひとりにおいて同じではない。そう考えることが子どもにかかわる上で、まずは大切なスタンスになると思っています。
視覚機能の問題についてはいくつかの側面がありますが、今回は眼球運動を滑らかにするためのビジョントレーニングを切り口に考えていきましょう。
マモルさんは視覚機能になんらかの困りを感じている子どものようです。いくつかの要素が絡み合っていますが、できるだけ効果的に支援していくために、次の「三つの作戦+α」を立てることにしました。
作戦①「見え方チェック作戦」発動!
マモルさんは学習中に頭痛を訴えることがありました。その苦しさをカウンセラーに「勉強が大変」と訴えています。このような子どもの中には、見え方に何らかの難しさのある子がいることがあります。
まず、「近視」や「遠視」といった「屈折異常」がないかを確認することが挙げられます。保健の記録から、視力の状態を確認しましょう。
また、子どもによっては検査結果がよかったり悪かったりと一定しない子もいます。そのような子には「乱視」が影響していることがあるようです。
他にも、左右の視力に差がある子どももいます。そのような子どもの中には、「斜視」や「斜位」があったり、それによって引き起こされる「複視」(対象が二重に見える状態)などの症状があったりと、左右の目の協調がうまくできていないことがあります。
いずれの場合も、トレーニングをする以前にまず「見える」という状態を提供するよう、眼科医の診察を受け、点眼薬を使用したり、適切な眼鏡の処方を行ったりすることが必要になります。
マモルさんは、マス目に字をうまくおさめることができなかったり、姿勢が乱れがちだったりするようです。同じような状態の子どもを、オプトメトリストという視覚機能の専門家に診てもらうと、上下に対象が分かれて見える「複視」の状態であったことがありました。その子どもの場合はプリズムレンズによって光を屈折させることで改善し、頭痛が軽減しました。
姿勢が悪いから見えにくいのではなく、見えにくいから姿勢を崩して調整していたのかもしれません。
作戦②「目玉ぐりぐり作戦」発動!
ものさしの目盛りをうまく読めなかったり、音読時の行とばしや逐次読みがあったりするマモルさんには、眼球の運動が若干滑らかではない可能性があります。
普段意識することはありませんが、眼球は左右それぞれ六本の筋肉で操作しています。目だけで上を向いたり下を向いたり、眼球をぐるっと回したりする童歌がありますが、そのように滑らかに動かすには練習が必要な子どもと出会うことがあります。
いくつかの簡単なトレーニングを紹介しますので、参考にしてください。
(1)ゆっくりと動く目標をじっと見る
指人形などを子どもの目の前に見せ、左右や上下、斜めや円状に動かしてみましょう。その際に子どもの目が滑らかに追いかけているかを観察します。
たとえば、対象をじっと見続けることが難しい子どもは、同じ場所に眼球をとどめておくことが難しいということが考えられます。じーっと一か所を見ようと思っても、微妙に視点が動くので、文字が揺れるように見えてしまうのかもしれません。
また、左右に対象を動かし、ちょうど中央部分を通過する際に、眼球の動きががたつく子どももいます。この部分を正中線といい、左目中心から右目中心の情報へ切り替える瞬間に乱れが現れるポイントでもあります。この部分で困っている子どもは不器用であったり、ものさしの目盛りを順番に数えるといった左右の動きが苦手だったりすることが予想されます。
これらの困りのある子どもについては、指人形を目で追わせることに加えて、卓上でのジャンボコリント(障害物のある盤上でビー玉などを転がすゲーム)や、パソコンソフトによるトレーニングが考えられます。
写真1 卓上でのジャンボコリント
(2)点から点へ見る場所をジャンプする
文章を読む際に、眼球はどのように動いているのでしょうか。子どもの読む様子を映像で見ると、眼球は前へ進んだり戻ったりとせわしなく動いています。つまり、滑らかに読んでいくために、文章の中の単語を探し、文の切れ目を判断しているのです。また、行末から次の行頭に向けて正確にジャンプする必要もあります。これらの動きがうまくできないことが、行とばしや逐次読みにつながることもあるようです。
眼球を上手にジャンプさせるトレーニングとしては、両手の親指を立て若干開いて構え、リズムに乗せて交互に見ることが最も簡単です。また、学級みんなで取り組む際は、黒板の四隅にそれぞれ違う番号札等を貼り、先生の指示に合わせてそちらを見るという遊びも面白いと思います。また、かるた遊びや間違い探しなど子どもたちが大好きな活動も、見方を変えると立派なトレーニングとなりそうです。
作戦③「ギュッと寄り目作戦」発動!
マモルさんはボールを使った遊びが小さい頃から苦手だったということです。また、板書の転記にも時間を要する姿も見られます。
私たちに眼が二つ備わっている理由の一つに、「奥行き」をとらえる働きが挙げられます。両方の眼を寄せたり離したりすることによって、対象との距離をとらえようとしているのです。
ボール遊びが苦手だったり、板書など遠くの文字を近くに書き写したりする際に時間がかかる子どもに、この両眼の寄せが苦手な子がいます。
トレーニングの仕方としては、親指を正面に構えて、ゆっくり鼻先へ近づけてみましょう。一本に見えた親指が二つに分かれるポイントがあるので、その直前でしばらくがまんします。子どもであれば、五センチメートル程度まで近づけても指が一本に見えることを目指すとよいと思われます。その他にもキャッチボールをしたり、ボールをバットで打ったりすることも有効な遊びです。テレビや携帯ゲームといった平面での遊びをする機会の多い子どもたちにとって、両眼の寄せは大切な動きだと言えます。
最後に、「きついなら助けよう作戦」発動!
作戦②と作戦③では、眼球を上手に動かすためのトレーニングを紹介しました。動きにくい眼球をトレーニングで動くようにすることは大切な視点です。加えて、そのようなトレーニングは苦手な子にとってきつい思いを与えるということを忘れるべきではないと思っています。
目盛りを読むのが苦手な子どもには、目盛りの見やすい定規を与えたり、音読の際に見える範囲を狭くする紙(写真)を与えたりすることで、その子どもに達成感を味わわせる視点ももっておきたいと思います。
写真2 定規や紙の活用例
成功する体験があってこそ、次へのファイトが湧いてくる―― これは子どもも大人も同じですものね。
「ズバッと」カードNo.1-1
「私たちが見ている世界は、一人ひとりにおいて同じではない」
というスタンスから始めよう!
さて、いかがでしたでしょうか?
続いて、増本先生とは違った視点から、同じケースについて第二の達人である川上康則先生に解説をいただきます。
[参考文献]
リサ・A・カーツ(著)、川端秀仁(監訳)、泉流星(訳)『発達障害の子どもの視知覚認知問題への対処法―親と専門家のためのガイド』東京書籍、2010年
奥村智人・若宮英司(著)、玉井浩(監修)『学習につまずく子どもの見る力』明治図書、2010年
北出勝也『学ぶことが大好きになるビジョントレーニング』図書文化、2009年
竹田契一・北出勝也(監修)『しっかり見よう(DVD)』理学館、2005年
執筆者プロフィール
増本利信(ますもととしのぶ)
九州ルーテル学院大学心理臨床学科准教授(元長崎県小学校教員)。専門は、特別支援教育、ビジョントレーニング。
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※ 本記事は『クラスで気になる子の支援 ズバッと解決ファイル NEXT LEVEL』を底本とし、使用上の都合により適宜編集を加え掲載したものです。