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子どもの友だちとの、そして社会や世界との葛藤(東京学芸大学教授:松尾直博)#葛藤するということ

2種類の葛藤

  「葛藤」の語源は、葛(かずら)や藤(ふじ)の蔦(つた)がもつれたり、絡まったりする様子とされています。そこから、現代の日常語としての葛藤は、「人と人との間で生じる対立やいがみあい」と「心の中に相反する気持ちが存在し迷うこと」の2つの意味を持ちます。心理学においても、人あるいは集団の間で生じる葛藤と、個人の心の中での葛藤(意識・無意識のレベルで)の両方が重要な研究対象であり、理論化や研究が行われてきています。本稿では、人あるいは集団の間で生じる葛藤に焦点を当て、現代の子どもの友だちや社会・世界との葛藤について考えていきたいと思います。

子どもの友だちとの葛藤とは

 子どもの友だちとの葛藤、と聞いて、どのような状態、あるいは行動をイメージするでしょうか。これは葛藤とその英語のconflictのニュアンスの違いとも関係しています。日常語としての葛藤は対立やいがみあいを指し、必ずしも激しい衝突を意味しません。一方、葛藤を英訳するとconflictになりますが、conflictはもっと激しい衝突、例えば「紛争」や「戦闘」の意味でも使われます。したがって、学術用語としてconflictを葛藤と訳し、例えば国と国との紛争や戦闘についても、「葛藤」という言葉が使われています。

    このようなことから、子どもの友だちとの葛藤と聞いて、激しい口論やけんかといった「衝突」を思い浮かべる人もいるかもしれません。また、子どもの友だちとの葛藤と聞いて、対立やいがみ合いはあるが、口論やけんかにはせずに、何とか解決しようとする「ジレンマ」状況を思い浮かべるかもしれません。蔦が絡み合って身動きが取れないイメージですね。ちなみに、発達心理学の研究などで子どもの友だちとの対人葛藤場面と使われるときは、「衝突」ではなく「ジレンマ」に近い意味で使われることが多いです。

    子どもの友だちの葛藤を激しい口論やけんかととらえた場合、昔の子どもと違って今の子どもは葛藤をうまく回避していると考えられるかもしれません。しかし、「ジレンマ」としての子どもの友だちとの葛藤は、現代の子どもでも減っていないのではないでしょうか。仏教用語の「四苦八苦」の中には、「怨憎会苦(おんぞうえく)」という、嫌いな人と出会って苦しむという苦が含まれています。そもそも、太古の昔から人と人が出会って共に生きていく過程でジレンマとしての葛藤は避けがたく、それを激しい衝突にしないようにという努力が行われ続けているように思います。

「友だち地獄」と「友だち幻想」

 子どもや若者の友だちとの葛藤について扱い、多くの読者の共感を呼んだ書籍があります。その一つは、土井隆義さんによる『友だち地獄−「空気を読む」世代のサバイバル』(2008年:ちくま新書)であり、この本では現代の若者や子どもの葛藤とサバイバルについて書かれています。現代の子どもや若者は、複雑化した人間関係をスムーズに営んでいくために、コミュニケーション能力を駆使して絶妙な対人距離を作り出して、互いに傷つく危険を避けているように見えます。そこには昔ながらの衝突のような葛藤はないのかもしれません。しかし、実際にはその場の空気を読み、ノリに合わせ、衝突を引き起こす地雷を踏まないようにという過度の緊張状態があり、ときには陰湿ないじめということにつながることを考えると、そこには明確に葛藤があるように思います。

 もう一冊、友だちとの葛藤に関する本で多くの人の共感を呼んだ書籍があります。それは、菅野仁さんの『友だち幻想』(2008年:ちくまプリマ―新書)です。本書の印象的な主張は、「「自分のことを百パーセント丸ごと受け入れてくれる人がこの世のどこかにいて、いつかきっと出会えるはずだ」という考えは、はっきりいって幻想です。」の部分です。そして、価値観が100%共有できるとしたらそれは他者ではなく、自分そのものか、自分の分身であると書かれています。これは、一見悲観的なことを書かれているようにも思われますが、肯定的なメッセージでもあると私は感じています。交換不能な唯一の「私」がいて「あなた」がこの世界にいることが尊く、意味があるというメッセージです。100%価値観を共有できない私とあなたがいるかぎり、葛藤は必ず起きます。その中で、互いを傷つけあわずに、同じ時間や空間を過ごすという作法を身に付けて、併存することができればお互いの幸せにつながることもあります。

友だちとの葛藤を乗り越えるには

 「自分らしくありたい」という願いと、「友だちを大切にしたい」という願いは、しばしば葛藤を引き起こします。例えば、昼休みに私はドッジボールをしたいけど、友だちは教室でおしゃべりしたいという場合、自分が入りたい部活と、友だちが入りたい部活が異なり、いっしょの部活に入ろうと誘われた場合などがあります。

 子どもが友だちとの葛藤を傷つけあう形ではなく、乗り越えるにはどのようにすればよいでしょうか。まずは、交渉、妥協、関係の修復などの葛藤解決の方法を身に付けることが考えられます。また、友だち同士が葛藤を抱えているときに、仲裁する技術も重要です。大人や年上の子ども・若者が、交渉、妥協、関係の修復、仲裁の手本を見せれば、子どもがこうした方法を身に付ける上で効果的です。残念ながら、実際には現実場面や、マスメディア、ソーシャルメディアなどで、悪い見本(葛藤を互いに傷つけあう形で拡大してしまう様子)を子どもが目にすることも少なくありません。

 方法レベルで葛藤解決をする技術を身に付けることも大切なのですが、こうした方法を使おうと思うためには、根本のところで自分も他者もどちらも大切にしたいと思えることが重要です。拙著『絵でよくわかる こころのなぜ』(松尾直博、2016年:学研プラス)では、いくつかの子どもが抱える友だちとの葛藤と、それを乗り越えるヒントが書かれています。基本としては、葛藤場面における自分の心に気づき、相手の心を慮り、両者の願いの重なりを見つめることが、葛藤解決のヒントとなります。このように自分の心に気づき、相手の心を慮るときに、コーチ、ガイド、カウンセラーのような役割を果たす大人や、年上の子どもや若者が子どもを取り巻く環境に多くいることが必要なように思います。

自分と世界との葛藤

 友だちとの葛藤は、思春期以降にさらに強くなることも多いです。それは、アイデンティティの形成が始まり、「自分らしさとは?」「人と違う自分になりたい」という気持ちが強くなっていくと同時に、他者や社会からの要請や期待を意識するようになるからです。友だちに合わせてばかりも嫌だし、かといって友だちを傷つけるのも避けたいし、というジレンマです。こうした葛藤をうまく乗り越えられればよいのですが、そうでないと自分を貫くために他者を傷つけたり、反対に自分を傷つけたりするような結果になることもあります。

 また、思春期になると、友だちや他者を象徴として、社会や世界との葛藤を抱えることもあります。自分らしくありたいという願いと、自分を抑圧する社会や世界からの要請との葛藤で苦しくなってしまうからです。極端に言うと、思春期や青年期には、自己を破壊するか、世界を破壊するかのような危機を迎える場合もあります。思春期以降は自ら命を絶つ若者が増加します。また、思春期以降の若者の通り魔的な事件の報道をしばしば目にすることもあります。それぞれの事件で動機は異なるのでしょうが、「世界」を破壊したい衝動が背景にあるのかもしれませんし、併せて「自己」を破壊したいという衝動を持っている場合もあるように思います。

自己と世界の葛藤を乗り越える新世代

 Z世代とも言われる現代の10代、20代はデジタルネイティブでICTを使いこなすという特徴に加えて、自分の価値観を大切にしつつ、社会問題に関心が高いと考えられています。Z世代の中には、自分の価値観を大切にする(「自分らしくありたい」)と社会問題への関心(「世界を大切にしたい」)という願いを調和、統合させている子ども・若者がいます。例えば、20代や大学生でNPO法人、あるいはソーシャルビジネスを行うベンチャーを立ち上げ、福祉や教育課題に挑戦している若者がたくさんいます。中高生でも、学校の活動や地域の活動に積極的に参加し、地域や社会、世界をよい方向に変化させる活動を行っている人も多くいます。大人が創った社会・世界に課題を感じたり、抑圧されていると感じたり、時には憤りを感じながらも、大人の世界を暴力的に破壊するのではなく、よりよい世界を創ろうとしています。このような若者はもちろん昔からいたと思いますが、デジタルによる発信力、ネットワーク力を手にしたZ世代の中には、今までと違う形で「私らしくありたい」と「世界を大切にしたい」という葛藤を乗り越えている子ども・若者がいるように感じます。

子どもが葛藤を乗り越える支えとなる

 友だちや社会・世界と激しい衝突をすることが少ないため、今の子どもはうまく葛藤を避けているように思われるかもしれませんが、他者や世界との葛藤を本質的に避けることは不可能であり、今の子どもも多くの葛藤を経験していると理解した方がよいと私は考えています。傷つきながら、静かな戦闘を続けている子どもも少なくありません。葛藤を経験することで成長する部分もありますが、自己の破壊・世界の破壊という衝動につながる危険性もあります。大人は、葛藤との向き合い方、乗り越え方についてコーチしたり、ガイドしたり、時にはカウンセリング的な関りをすることが必要です。そして、葛藤に関するSOSを出す相手として、葛藤を乗り越える支えとなる人として、子どもが我々を選んでくれるような信頼を得ることが大切だと思います。

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執筆者

松尾直博(まつお・なおひろ)
東京学芸大学教育学部教授。福岡県出身。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学、学校心理学など。主な編著書として、以下のものがある。

松尾直博・東京都八王子市立由木中学校(2022)ポジティブ心理学を生かした中学校学級経営 フラーリッシュ理論をベースにして 明治図書
杉森新吉・松尾直博・上淵寿(2020)コアカリキュラムで学ぶ教育心理学 培風館
松尾直博(2016)絵でよくわかる こころのなぜ 学研プラス


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