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ニューロダイバーシティからの『3つの問い』 ~支援者、教育者に必要な基礎リテラシーとしての神経多様性理解のお話~(村中直人:臨床心理士・公認心理師)

近年注目が集まる「ニューロダイバーシティ」。なぜ支援者、教育者にこそ必要とされているのでしょうか。今回はニューロダイバーシティをご専門の一つとされる村中直人先生にご解説いただきました。

『ニューロダイバーシティ』という言葉を知っていますか?

 ニューロダイバーシティという言葉があります。

 日本語に訳すと「脳多様性」や「神経多様性」とされる言葉ですが、単純に「脳や神経の在り方は多様である」という事実を伝える言葉に留まりません。ニューロダイバーシティという言葉は、社会運動としてのより積極的な文脈のある言葉です。「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方を含んでいます。

 この言葉を「知っている」「聞いたことがある」という方でも、ニューロダイバーシティを「発達障害の別の表現」、もしくは主に自閉スペクトラム症の「障害者雇用」のキーワードとして理解されておられるかもしれません。しかしながら、それらの理解では不十分だと言わざるを得ません。ニューロダイバーシティはより広い意味や文脈をもつ概念です。この言葉の持つ本質的な意味から考えると、尊重すべき脳や神経由来の多様性の持ち主は、発達障害とカテゴライズされるようなニューロマイノリティ(神経学的少数派)の人たちだけでなく、多数派を自認される方を含めた「すべての人」が対象となるのです。

竹中先生 写真 脳

対人支援や教育に「ハード面(神経・生理)」からの理解の視点をもたらす

 歴史的に見るとニューロダイバーシティという概念は、自閉スペクトラム者の権利擁護運動の文脈で生み出されました。そのため、多様性尊重社会を実現するためのダイバーシティ運動の一環であると考えることも可能です。しかしながら、ジェンダーや人種などの他のダイバーシティ運動と異なっていることもあります。その最も大きな1つに、脳・神経科学の発展による科学的知見を背景文脈として持っていることがあげられます。つまりニューロダイバーシティ運動は、脳や神経に関する自然科学の成果を(少なくとも人間理解のメタファーとして)背景に持つ社会運動なのです。

 脳や神経は人間の知的な活動の「ハード面」と言うことが出来るでしょう。その為、ニューロダイバーシティな人間観の普及や、その視点に基づく支援や教育には、今までブラックボックスとされることが多かった人間のハード面のメカニズム理解を活用しようとする文脈が含まれているのです。このことは、支援領域や専門性を問わず、あらゆる対人支援者、教育者にとって重要な意味があると私は考えています。

(ニューロダイバーシティについては金子書房様より入門書を出版させて頂きましたので、詳しくはそちらをご参照いただけますと幸いです。)

 今回の記事ではニューロダイバーシティという視点が、「あらゆる対人支援者、教育者」にとってインストールしておくべき基礎リテラシーであるということを「3つの問い」としてまとめ、お伝えしたいと思います。

ニューロダイバーシティからの『3つの問い』

問い①:あなたは自身の「脳や神経由来の文化」や「認知機能の特徴」を説明することが出来ますか?

 →もしかしたら多くの人は「ニューロダイバーシティは自分に関係ない」と思っているかもしれません。しかしながら、本来的な意味でニューロダイバース(神経多様性者)なのは、この地球上に存在する「すべての人」です。つまり、この記事を読んで頂いている支援者や教育者(場合によっては保護者)のみなさんにも、何らかの脳や神経由来の特性が存在しています。自閉スペクトラム者の当事者の人たちは、自分たちの脳や神経由来の特性のあり方のことを「自閉文化(autistic culture)」と表現しました。自身の脳や神経由来の特性や、それに基づく「文化」を自覚すること、またその視点で他者(特には被支援者)との違いをフラットに理解する眼差しは、これからの時代の支援や教育実践に不可欠なものだと私は思っています。

問い②:ニューロマイノリティとされる人たち(ex. 自閉スペクトラム者など)が多数派である「社会」を具体的に「想像」することが出来ますか?

 →ニューロダイバーシティという発想は、「何かが欠けている」「どこかが劣っている」という欠損、欠如や優劣の発想からの脱却でもあります。そのことをより具体的に考えるための方法に、私が「多数派入れ替え発想」と呼んでいるものがあります。今、マイノリティとされている人たちが「圧倒的多数派である社会」の仮定です。その社会においては、今の社会とは異なるルールや価値観が存在しているかもしれません。また、現状多数派とされている人たちの特性が「障害」と位置付けられている可能性も高いでしょう。

 こういった「仮想社会」をよりリアルに描き出すためには、ニューロマイノリティな人たちの特性を優劣の文脈を離れて、フラットかつ客観的に理解する必要があります。読者のみなさま、どこまで詳細に「多数派が入れ替わった社会」を描きだすことが出来ますでしょうか?これはなかなか難しいことではありますが、脳や神経由来の多様性が尊重される社会の実現に向けて、とても大切な思考実験ではないかと思っています。

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問い③:あなたは、今までニューロマイノリティな人たちに対して「(脳や神経由来の)文化の抑圧や強制をしてこなかった」また「これからもしない」と言えますか?

 →この問いは、私自身が常に自分に問い続けている戒めの問いでもあります。脳や神経由来の「特性の違い」は、目に見えにくく分かりにくい場合が多いです。そのため、私たちは無意識に、無邪気に、時に残酷に、他者の生来的なあり方を否定し、自分が思うあるべき姿に強制(場合によっては矯正)しようとしてしまうリスクを抱えています。ニューロダイバーシティという発想は、発達障害とカテゴライズされる領域で起こる話だけでなく、あらゆる人の「自然なあり方」を尊重するための基礎リテラシーとなり得る概念だと私は考えています。

あなたもニューロダイバーシティの推進者になりませんか?

 いかがでしょうか。ニューロダイバーシティという発想や概念に興味を持っていただけましたでしょうか?

 ニューロダイバーシティという概念は世界的に見てもまだ20年ほどしか歴史がなく、日本においてはまだほぼ浸透していないと言ってよいかと思います。つまり、まだまだこれからの概念です。そしてこの発想が本当の意味で日本に根付くためには、単純な海外タームの紹介に留まらない、日本の風土や文化に合った「日本型ニューロダイバーシティ」の探求が必要なのだと思います。あなたも、あらゆる人が生きやすい社会の実現のために、ニューロダイバーシティの推進者になりませんか?個人的には2021年が「日本におけるニューロダイバーシティ元年」と後に振り返られるような年になればと願っています。

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執筆者プロフィール

村中直人先生 ご本人お写真 new

村中直人(むらなか・なおと)
臨床心理士、公認心理師/一般社団法人子ども・青少年育成支援協会 共同代表/(株)クリップ・オン リレーションズ 取締役
臨床心理士として公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野で勤務し、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズを持つ子どもたち、保護者の支援を行う。支援を行う中でニーズに対する支援の少なさを実感し、一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会の設立に参画。あすはな先生事業の立ち上げに従事し、特別なニーズを持つ子どもたちや保護者への支援活動を多数実施。現在は発達障害サポーター’sスクールの運営を通じ、全国に正しい知識を持った理解のある支援者を増やすべく取り組んでいる。著書に『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房, 2020)。ほかに「そだちの科学」(日本評論社)にて「ラーニングダイバーシティの夜明け」を連載中。

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