外国人少年の不適応と適応(文教大学人間科学部教授:須藤明) #若者の犯罪の心理 ①
外国人による犯罪の動向
令和4年版犯罪白書によると、平成元年から令和3年にかけての刑法犯検挙件数・検挙人員は、図1のような推移となっています。
平成3年以降増加傾向にあったものの、平成17年をピークに減少に転じていることが分かります。また、令和3年における刑法犯検挙人員総数(17万5,041件)に占める外国人の比率は5.4%でした。罪名別の構成比では、窃盗が59.6%と6割近くを占め、傷害・暴行11.6%、詐欺7.7%と続きます。検挙件数全体が減少傾向になる中で傷害・暴行は平成16年以降増加傾向にあります。また、外国人に限らないのですが、令和5年1月から6月までの全国の警察が認知した刑法犯の上半期速報値として、上半期の数字としては21年ぶりに増加に転じたとの報道もあり、今後の動向に注目したいところです。
一方、少年犯罪に目を向けると、外国人犯罪少年の家庭裁判所送致人員は、平成5年以降、成人と同様、減少傾向にあります。令和3年は総数658人であり、国籍別に見ると、ブラジル107人(26.5%)、中国89人(22.0%)フィリピン83人(20.5%)、ベトナム28人(6.9%)、ペルー21人(6.2%)の順でした。
ところで、外国人少年の犯罪を考えるときに、統計上では国籍が基準になりますが、日本国籍であっても外国籍の親を持つ少年もたくさんおり、特有の課題を抱えているため、日本国籍の有無にかかわらず、そうした少年たちの現状も考える必要が出てきます。そのため、本論では、少年が外国籍であるか否かという区分にこだわらず、父母若しくは父母のいずれかが外国籍である少年を「外国人少年」と操作的に定義して論じます。
外国人少年の非行事例を見ていくと、日本で生まれ育ったAパターンと、外国で出生し、その後来日したBパターンの二つに大別できます。Bパターンの場合、来日時の年齢は重要で、言語習得の問題が出てきますが、両者に共通しているのは、思春期におけるアイデンティティ、とりわけ日本と外国にわたるナショナル・アイデンティティを巡る葛藤に直面することになります。いわゆるアイデンティティ・クライシスが生じるわけですが、その背景には、いじめや差別などの根深い問題がうかがわれます。こうした点について、実際に事例を通して考えてみましょう。なお、事例は、私がこれまで担当した事例を組合せた架空のものです。
事例(傷害致死)
本事例は、17歳の男子少年が仲間と焼き入れと称する集団暴行をして、中学生の被害者を死亡させた事案です。
少年は、アフリカ系の父親と日本人の母親の間に日本で生まれました。父母は少年が幼少期から経済的な問題や価値観の違い等からけんかが絶えず、物心ついた時には、2歳上の姉も含めた家族4人で食事をとることはほとんどありませんでした。また、少年は、保育園のころから活動的な子でしたが、小学校2年生から同級生への暴力などを起こすようになり、心配した母親が児童精神科を受診させたところ、注意欠如・多動性障害(ADHD)という診断を受けました。実は、これらの問題行動の背景には、肌の色などを理由とした様々ないじめがありましたが、小学校高学年になると、身体が大きくなったこともあって、いじめは減っていきます。さらには、運動能力の高さからサッカーのクラブチームで活躍するようになりました。しかしながら、中学2年時、レギュラーを外されたことをきっかけに、不良仲間との交遊が増えていきます。その集団には、少年と同様に外国人の親を持つ友人が多数いましたが、日本人の友人も含めてそれぞれが複雑な家庭事情を抱えていたこともあって、差別やいじめはなく、少年にとっては居心地のよい場所でした。そのため、高校入学後も交遊が続くことになります。今回の事件は、そうした仲間と一緒に起こしたものです。
事件は、年下の被害者が少年らのグループを馬鹿にした言動をとったことがきっかけでしたが、少年は被害者と面識はなく、被害者へのリンチに積極的ではありませんでした。しかしながら、仲間のリーダーから「お前の実力を見せてくれ」と言われ、加担してしまいました。そのリーダーは日本人でしたが、少年に対して差別的な言動はなく、頼りになる存在であったため、気乗りはしなかったものの、“期待に応えなければ”という気持ちになったということです。
以上が概要になりますが、この事例を図式化すると以下のように整理できます(図2)。
図2から明らかなように、本件に至った要因は、少年の資質、成育歴、社会環境等が複雑に作用しています。特にいじめや差別の問題は日本社会への適応をより困難にさせますし、また、両親の不仲はナショナル・アイデンティティの確立に対する阻害要因として働きます。また、少年は父の母国に行ったことがありましたが、そこでは自分の肌が“中途半端な黒色”であることを知り、日本でも海外でも中途半端な存在であることを痛感させられるという体験をしていました。関口(2007)は、在日日系ブラジル人家族の子どもたちに関する研究から、「脱学校→周辺化・阻害化されたアイデンティティ」へという社会文化的ディスコースの中に置かれることが社会的排除に陥る最大のリスクであると指摘していますが、本事例も学校への不適応から自分を受け入れてくれる不良仲間との交遊に傾倒し、そこで自己のアイデンティティを見出そうとしたことが、結果的に被害者へのリンチ行為につながっていったと考えることができるでしょう。
多文化共生社会に向けて
日本人少年と外国人少年の非行事例を比較検討すると、思春期の発達課題等共通点もある一方で、外国人少年の場合、言語獲得や異文化適応といった負荷的要因が重層的に加わっているところに特徴があります(須藤、2019)。実は、そこには、少年だけではなく、外国籍を持つ親の課題も少なからずみられます。職業的に安定せず低所得であること、日本社会への不適応感から心理的な不安定さを抱えていることなどがあるわけです。したがって、外国人少年の非行を予防および更生の観点から考えると、少年と家族双方への支援がとても重要になってきます。
私が参加している共同研究(小長井・川邉・須藤・讃井、2022)では、異文化背景を持つ犯罪に至った人(保護観察対象者および少年院在院者131名)と一般の定住外国人(135名)を比較対象として、犯罪化に至る規定要因を分析しました。その結果として、「低年齢での来日」、「困難時の相談相手の欠如」、「日本人の友人の多さ」が反社会性への親和につながり、それが問題対処方略にマイナスに作用するモデルを見出しました。低年齢児での来日は日本語習得の上で有利に働きますが、差別等、受け入れ側からの排除という体験がむしろ多くなってしまうという別の側面も見られており、この問題が一筋縄ではいかないことを物語っています。また、彼らの多くが先を見通せない生活を送っており、これが問題対処能力の不足にも影響を与えていました。したがって、外国人の日本社会におけるキャリアパスの仕組みを整備することが社会統合を促す上で必要になってきます。
昨今においては、内閣府が「全ての国民が障害の有無にかかわらず、互いに人格と個性を尊重し合い、理解し合いながら共に生きていく共生社会の実現に向け…」(内閣府HP)と謳っているように、共生社会、ソーシャル・インクルージョン、ダイバーシティ(多様性)という言葉が現代社会のキーワードになっています。これは障害を持った人に限った話ではなく、社会的に躓いているすべての人に当てはまり、グローバル化に伴って海外から来日した人たちも同様です。今回、非行・犯罪臨床の立場からこの問題を取り上げましたが、外国人というスティグマ(=差別)の問題はまだまだ根深いものがありますので、共生社会の実現に向けて、社会制度の在り方、私たち一人一人認識や価値観、といったものに向き合っていかねばならないと思います。
文献
小長井賀與、川邉 譲、須藤明、讃井知(2022)、異文化背景をもつ犯罪者の特性と犯罪化の規定因、更生保護学研究第21号、3-15、2022年12月
内閣府HP
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h29hakusho/gaiyou/h01.html
関口知子(2007) 在日日系ブラジル人家族と第二世代のアイデンティティ形成過程:CCK/TCKの視点から、家族社会学研究、18(2)、66-81
須藤 明(2019)少年非行の実務と情状鑑定から見た外国人少年の現状と課題、罪と罰56巻3号、6-18、日本刑事政策研究会、2019年6月