見出し画像

感染症対応者(レスポンダー)の心理社会的支援のガイドラインの紹介(小林智之(筆頭著者:福島県立医科大学)、佐藤秀樹 青木俊太郎 竹林由武(分担著者:同上))

1. はじめに

 国際機関の常設委員会IASC¹から、新型コロナ感染症の対応者ガイドが発行されました。
 新型コロナの感染が拡大する中、感染の不安、人との接し方に悩みを抱える人が増えています。とくに他人と関わる仕事についている人(たとえば医療者や接客業など)は常に気を張っていて、真面目に働いていても人から心ない言葉を浴びせられるなどのストレスもあります。
 このガイドは、コロナ禍の社会で働く人々へ向けて、ストレスケアのポイントや他人との接し方について絵で説明してくれます。

¹ WHOやユニセフといった国際機関によって常設された委員会

2. 誰のためのものか

  コロナ禍では、感染の不安や、他人との接し方の難しさにたびたび直面します。
 嫌なことや悩みごとがあっても我慢していませんか。
 まずは自分に優しくしてください。それは他人に優しくするためにも大切なことです。

竹林先生 写真 大切

コロナ禍で働く人 このガイドは、自分をまもり、他人を大切する、ポイントや方法を教えてくれます。医師、看護師、地域で各家庭を訪問する医療関係者、スーパーやドラッグストアの店員、警察官、学校の先生、行政の職員、運送業者の人々など、日常業務で他人と接する機会がある人に役立つでしょう。もちろん、パートやアルバイト、ボランティアの人もです。

リーダーや雇用主 このガイドは、とくにリーダーや雇用主の人にとって重要です。従業員のメンタルヘルスをまもることは、組織の業績を上げ、連携を強め、なにより従業員の命をまもることを知っていてください。今は、チームや社内でルール作りが必要です。ぜひともこのガイドを参考にしてください。

一般のすべての人 このガイドで紹介されているストレスケアのポイントや方法は、働く場面に限らず、ひとりでいるときや、友人や家族と接するときにも参考になります。学校や会社の指示で、自宅などでひとりで過ごさないといけない人もぜひ一度目を通してみてください。

3. ガイドのポイント

 このガイドの中から特に皆様にお伝えしたい点を4つに絞ってご紹介します。a) 自分を大切にすること、b) 思いやりのあるコミュニケーションをすること、c) ストレスに気づき呼吸を落ち着ける方法、d) 管理者や上司などリーダー的な立場にいる人の立ち振る舞いです。

a. 自分を大切にする
対応者であるあなた自身の心身の健康は大丈夫?

 周囲の人への心理的な支援を行うにためには、まずは自分自身の心身の健康状態(ウェルビーイング)が安定していることが大切になります。自分自身のウェルビーイングを大切にすることが活力を生み、有効な支援へとつながります。ただ、昨今の大変な状況では、一定のストレスを感じるのが避けられないのが現実です。とりわけ感染症の対応者は、感染のリスクに晒されながら、場合によっては長時間働き続けなければ行けない状況に追い込まれます。さらには、感染を恐れる周囲の人から偏見や差別に基づく言動によって傷つく体験をされている人も対応者の中にはいるかもしれません。だからこそ、いつも以上に入念なセルフケアを心がけましょう。

竹林先生 写真 セルフケア2

どんな反応が起こっていますか?自分に丁寧に目を向けてみましょう。

 強いストレスを経験すると、一般的に、心身に様々な症状が出現します。

-身体面:頭痛が出たり、睡眠のリズムが乱れたり、食欲不振になることもあります。
-行動面:仕事や趣味のことなど普段なら楽しんでやれていることが億劫に感じられたり、飲酒量や喫煙本数が増えたりすることもあります。
-感情面:強い不安や恐怖を感じ落ち着かない気持ちが続いたり、急に涙が溢れて悲しみや怒りの感情がコントロールできなくなることもあります。これらの反応は、強いストレスを感じた時に、一般に見られる自然な反応です。ただし、こうした反応が1ヶ月以上、頻繁に、強く生じる場合には、専門的な治療が必要になる場合があります。

自分を大切にするためにできることを試してみましょう。

 ストレス反応を長続きさせないために、この状況下で下記のリストからできることを試してみましょう。リストに記載されている活動は、多様な心理学の研究からウェルビーイングの維持に良いとみなされている活動です。

1. 感染症の最新情報を入手する。情報に触れる時間は数分以内と制限する。
2. しっかりと食事をとり、十分に睡眠をとり、適度に運動をする。
3. 毎日、自分が楽しい、有意義だと感じられる活動をする (趣味など)。
4. 友人、家族、信頼できる人に自分の気持ちを話す (1日5分程度)。
5. コロナ対応の仕事に不安を感じている場合は、周囲の人に相談する。
6. 毎日の日課を決めて守る。
7. アルコール、カフェイン、たばこの摂取量を抑える。
8. 毎日の終わりに、自分や周囲に向けて感謝の気持ちをリストにする
9. 自分でコントロールできることとできないことを整理する
10. 筋弛緩法、ストレッチ、ヨガ、呼吸法など、リラックスする活動を試す。

b. 思いやりのあるコミュニケーション方法

 みなさんは周囲の人とどのようにコミュニケーションをとっていますか?

 私たちがより良いコミュニケーションをすることは、相手が私たちを信頼し、私たちの言葉に耳を傾け、そして、安心できることに繋がります。どのようなコミュニケーションが相手の安心につながるのでしょうか?

 相手が安心してコミュニケーションをとれるように、私たちの見え方や聞こえ方に注意をしましょう。

 相手のことをきちんと見る、腕を組まない、適度な声の大きさで、ゆっくりとした口調で話す、(ソーシャルディスタンスを保つためにという説明をしたうえで)物理的距離を保つといった工夫ができます。

3つのステップで相手の話を良く聴きましょう。

注意深く聴く 相手の視点や気持ちを理解しながら、話が終わるまで、静かに聴きましょう。静かに聴けない環境であれば、もっと静かな場所に行きましょう。心を落ち着かせて、相手や相手の話に集中しましょう。

繰り返す メッセージや鍵となる言葉を繰り返してみましょう(例:「仕事をしながら子どもの世話をするのは大変だ、ということですね」)もし、理解できなかったことがあれば、相手に尋ねましょう。

要約する 相手が言ったことの重要なポイントを特定し、伝え返すことで、あなたが正しく理解しているかどうかを確認しましょう(例:「今お聴きした話から、あなたが○○について心配していると理解しましたが、それでよろしいでしょうか?」)

 時間がない中で、相手のお話をゆっくり聴くのは難しいことです。皆さんの生活にあわせて、できそうな部分からコミュニケーションにとりいれてみませんか?

竹林先生 写真 スリーステップ

c. ストレスの気づきのリラクセーション

 大きなストレスを抱えているときは、そのつらい状況に圧倒されてしまい、具体的に何がどのようにつらいのかに目が向きにくくなりがちです。これは裏を返すと、ストレスのサインに気がつけるようになることで、その後に適切な対処につなげやすくなることを意味します。そのため、まずはストレスのサインに意識を向けることが大切です。

 そのうえで、代表的なリラクセーション法として呼吸法があり、この対応者向けガイドの中でも紹介されています。五十嵐(2015)は、呼吸法による効果として以下の2つを挙げています。

1. 身体に対する効果:鼻腔からの呼気は鼻腔内の末端神経を刺激することで,副交感神経を優位にし、神経系を落ち着かせる
2. 考えに対する効果:呼吸の状態や身体の変化に意識を向けることで、つらい状況のイメージから視点を逸らすことができる

 呼吸法のやり方としては、鼻腔から1, 2, 3とゆっくりと息を吸い、少しだけ息を止めてから、口を「ふー」の形にして1, 2, 3, 4, 5, 6と息を吐いていきます。この時、お腹が膨らむような腹式呼吸を心がけ,息を吸って吐くときの身体の感覚(鼻からお腹に息が入っていく感覚,鼻の中がひんやりする感覚,お腹が膨らんだりしぼんでいくような感覚など)に意識を向けるとより効果的です。

竹林先生 資料

 呼吸というのは身体の自動的な反応だからこそ、その乱れに気がつきにくいものです。そのため、あえて意識的に呼吸を整えることでストレスを和らげ、気持ちの切り替えるために有効活用できるといいですね。

引用:五十嵐 透子(2015).リラクセーション法の理論と実際第2版 医歯薬出版株式会社

d. リーダーや雇用主の気をつけること

 スタッフやボランティアの安全で健康的な生活のため、リーダーや雇用主にできることがあります。

職場でできること11個

① セルフケアに取り組むように積極的に働きかける
② 健康的な働き方を指導する(残業させない、他人に親切にする、など)
③ コロナ禍での働き方について定期的な研修を行う
④ 正確な情報をわかりやすく提供する
⑤ お互いの心配ごとを話し合うための機会を作る
⑥ 定期的に休憩をとらせる。家族や友人と連絡するための時間を作る
⑦ 2人ずつのバディを組むなど、スタッフ同士のピアサポートを奨励する
⑧ 匿名で受けられる支援を用意する
⑨ 誹謗中傷などの被害を受けている人がいないかを常に警戒する
⑩ だれでも相談できる相談員を用意する(直属の上司じゃない方がいい)
⑪ チーム内でおもいやりのある交流を促す。対立は積極的に対処する

竹林先生 写真 オフィス

4. おわりに

 このガイドは、コロナ禍の社会で重要な5つの要素をそれぞれ2~3ページで図解してくれます。最後にはそのまま使える付録もついています。

 自分に関係しそうなところだけでも十分です。ぜひ目を通してみてください。

 個人で使っていただくのもよいですし、職場のルール作りの参考にもなります。

 もちろん、ここに書いていることですべてのストレスや悩みが解決されるわけではありません。個人で解決できることにも限界があります。つらいと感じたら、あるいはまわりにいる人でつらそうにしている人がいたら、専門機関に相談してください。

 新型コロナウイルスの脅威が続く中、せめて人と人とは、お互いに思いやりのある社会であることを願います。

執筆者プロフィール

小林先生(ご本人お写真)

※お写真は小林智之先生です。

小林 智之(こばやし・ともゆき)
1990年生まれ。博士(心理学)。同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程を修了後、福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座で特別研究員。その後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在は福島県立医科大学医学部災害こころの医学講座に助教として在籍。差別やスティグマを専門として、災害後の地域のウェルビーイングや集団間葛藤について研究している。
Twitter:@tomokoba10

▼ 関連記事


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!