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「7割が男女交際制限」から、知的障害のある人の恋愛・交際に対するまなざしを問う(東洋大学福祉社会開発研究センター客員研究員:門下祐子)

「知的障害がある生徒が通う特別支援学校 7割が男女交際制限」

 これは2023年6月25日の東京新聞に掲載された記事の見出しである。

 筆者が2021年に実施した知的障害特別支援学校高等部(以下、高等部)における性教育の実態と男女交際ルールに関する調査の結果について、共同通信から継続的な取材を受けて配信された記事である。共同通信等のニュースサイトをはじめ、神奈川新聞や西日本新聞では一面に掲載されるなど全国30紙以上で取り上げられた(記事の詳細はこちら)。

 記事を目にした人々からは、「こんなに制限されているのか」「ルールがあることに驚いた」といった声や「学校現場のことを考えれば当然そうだろう」「彼らには適切な交際は無理なのでは?……だとすると仕方がない」との声まで、さまざまな意見が飛び交った。

 本稿では、筆者がこのような調査を実施した理由および調査から明らかになった現状について述べたい。 

なぜ男女交際ルールの調査を行ったのか

 筆者は元特別支援学校の教員であり、さまざまな障害のある児童生徒らと共に過ごしてきた。その中で彼らを取り巻く社会構造に課題を感じ、現在は研究の道に進んでいる。

 筆者にとって、知的障害のある生徒が通う高等部における生徒間の恋愛や交際は、あくまで日常的な一コマであり、取り立てて特別なものというイメージはない。無論、恋愛や交際にまったく興味のない生徒から、積極的に恋愛話をしたがる生徒まで、その実態は多様であるものの、生徒らは時にケンカをしたり、くっついたり離れたり、新たな交際が始まったりと、さまざまな表情を見せてくれていた。

 その中で、教員らは必要があれば相談に乗ったり、何かトラブルがあれば彼らの間に入って話し合いをすることもあった(筆者自身が指導のあり方に悩むことも多々…)。生徒らは自らが傷ついたり、相手を傷つけたりする経験を通して、自分の弱さや相手の痛みを知り、段々と成長していく様を目の当たりにしてきた。

 それゆえ、研究をはじめてから、ある報告を読んで障害児教育の現場での「男女交際禁止」や「男女交際ルール」の存在を知った時は本当に驚いた。筆者の目にしてきた光景は、全国的には「当たり前」ではないのかもしれない。そうであるならば、実態を調査し、その現状をまずは明らかにする必要がある。

 加えて近年、市井の人々から学校での性教育推進を求める声は大きくなりつつあるが、現状、高等部における性教育の授業内容やその目的は如何なるものか、今回初めて調査する交際ルールとの連関についても整理する必要があると考えた。

 そこで、高等部教員に対して質問紙調査を実施したところ、466名の回答を得ることができた。 

調査から明らかになった高等部の現状

 以下、門下(2022)の男女交際ルールと性教育との連関についての一部を紹介し、研究の概要を述べる。

・「男女交際は禁止していないが交際に関するルールがある」と回答した教員に対し、ルールで禁止している内容を尋ねた。「性交をする」(59.6%)、「保護者に許可なく会う」(56.5 %)、「交際相手と二人きりになる」(52.9%)、「キスをする」(52.6%)などであった。

・「性交をする」ことを禁止するルールが最も多く,交際上起こりうる様々な行動がルールによって禁じられていることが明らかになった。

・性教育の授業では、「男女交際」について8割以上の学年が扱っており、教員は高い必要性を感じていると言えるが、実生活においては、保護者に許可なく会ったり、交際相手と二人きりになることは望ましいとされない傾向にあった。

 

 「性交」を禁ずるのであれば、そもそも「性交」がどのような行為であり、その結果何が起こり得るのかなど、「性交」に関する学習はなされているのであろうか。性教育における「性交」等に関する学習の実施状況を見てみよう。 

・「性交」に関する学習を「十分にやっている」「少しやっている」と答えた学年は46.9%であり、「妊娠・出産」は58.5%、「避妊・家族計画」は45.3%、「性感染症」は42.2%、「中絶」は28.6%であった。

・ 一方で高等学校での実態調査(関根ら,2018)によると、「性交渉(の断り)」の授業実施率は79.4%、「妊娠」96.2%、「避妊(コンドーム使用)」80.0%、「避妊(ピルの適応等)」87.8%、「中絶(の時期)」95.6%、「性感染症(STIの原因)」92.8%であり、何れも7割以上の実施率であった。

・つまり高等学校と比較しても、知的障害特別支援学校高等部では、「性交」「避妊」「妊娠・出産」といった生殖に関する学習は積極的に行われているとは言えない現状にある。

 この結果の背景について、論文では以下のような考察を述べた。

 「性交」の結果の妊娠・出産・子育てについて、彼らには経済力や育児スキル等も含めその責任が負えないために、あらかじめ禁ずるとの見方が想定される。これは知的障害のない一般の高校生の事例とも類似するが、旧優生保護法による優生上の視点から、障害者らに対し強制的に不妊手術や中絶が行われていた歴史的事実を鑑みても、今もなお、知的障害児の「男女交際」は男女間の「性交」を想起し、「生殖に関わる行為」として「問題視」されている恐れがある。 

 以上が、主な概要である。あくまで筆者が行った調査における結果であるが、「高等部に通う知的障害児は、『性交』や『避妊』等について学ぶ機会が乏しい中で、行為を『禁止』されている傾向にある」ことが明らかとなった。

 ただし、質問紙調査のみでは、交際禁止やルールについての教員の思いや回答の背景にある具体的な現状について明らかにすることはできない。したがって、教員へのインタビュー調査も実施し、論文を執筆している。今後報告の機会があれば幸いである。

知的障害のある本人のニーズを踏まえた議論を 

 翻って、知的障害のある本人に対するインタビュー調査から、彼らの中には「恋愛」や「交際」「結婚」を望む者もいれば、「性交」やパートナーとの関係性をいかに深めていくかなど、「性」について学びたいというニーズを有する者がいることがわかっている(門下・小澤,2022)。

 私たちは、彼らのニーズを踏まえることなく、学齢期に「性」に関する知識を与えないまま、恋愛や交際を一部で禁止/抑制し、かつ成人期においても対処的な支援に終始しがちな現状について、議論する必要はないのだろうか。あるいは、なぜ、教員が禁止/抑制せざるをえないのか、支援者が対処的な支援に終始しがちなのはなぜなのか、といった点について、問うていく必要はないだろうか。

 本調査研究が、知的障害のある人の恋愛や交際に対する、それぞれの「当たり前」を問い直す契機となれば幸甚である。

引用文献

門下祐子(2022)知的障害特別支援学校高等部における性教育の実施状況と男女交際ルールの存在―全国実態調査にもとづいて―,福祉社会開発研究,(14),5-17.
門下祐子・小澤温(2022)知的障害者が語る,「性」に関する経験やニーズ,日本社会福祉学会第70回秋季大会当日発表資料.
関根志奈子・土肥眞奈・廣瀬幸美・叶谷由佳 (2018) 高等学校における性教育の実態と学校体制,日本健康医学会雑誌,27(2),125-136.

著者プロフィール

 門下祐子(かどした・ゆうこ)
修士(教育学)、博士(リハビリテーション科学)。

東洋大学福祉社会開発研究センター客員研究員、一橋大学非常勤講師、津田塾大学非常勤講師(2022年度津田塾大学「優良教育賞」受賞)、同 国際関係研究所客員研究員、一般社団法人“人間と性”教育研究協議会幹事 他。

特別支援学校の教員として働いた後、早稲田大学大学院教育学研究科(修士課程)、筑波大学大学院人間総合科学学術院(博士後期課程)で知的障害児・者の「性の権利」を尊重した教育および支援に関する研究に取り組んだ。現在も研究を進めながら、執筆や講演活動、社会福祉法人等へ「性」に関する支援のアドバイスなどもおこなっている。

著書に、『シンプル性教育 いっしょに話そう!くらす・はたらくに活かす「性」のこと』(一般社団法人スローコミュニケーション)がある。

著書


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