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[第3回]相手を理解するための「聴く」ということ(森川早苗:えな・カウンセリングルーム代表) #アサーション

 新しい生活様式が求められるいま、日常のルールになれなくて余裕を失っている状況において、立場や考え方・個人がもつ背景のちがいなどから、これまで意識していなかった人間関係の問題が表面に表れて悩んでいる人も多いかもしれません。
 そのような問題を抱えている方が人間関係を結びなおすためのヒントとして、この連載では、「私はOK、あなたもOK」という自他尊重の「アサーション」の視点を紹介してきました。今回は、相互理解の基本となる、自分の気持ちを「伝える」・相手の気持ちを「聴く」のなかでも、後者の「聴く」ということに焦点をあてて考えてみましょう。
 長年、アサーション・トレーニングを実践され、カウンセラーとして「聴く」ことの専門家でもいらっしゃる森川早苗先生にご寄稿いただきました。

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自他を理解することとアサーション

 アサーションとは、自分も相手も大切にする自己表現です。自分のことを「伝える」と、相手のことを「聴く」がセットになっています。

 ところが、時には自分自身が何を感じているのか、ぴったりした言葉が見つからなかったり、いろんな気持ちがあって、どうしたいのか決められなかったりすることがないでしょうか。自分の欲求や気持ち価値観などを自分が十分理解できておらず、それらを相手に伝えたいのかどうかもはっきりしない時に、「言えないけれどもわかってほしい」「言わないけれども察してほしい」と、相手に期待してしまうことも起こります。

 自分を理解してアサーティブに表現すること自体がとても難しいですし、相手にも同じプロセスが起こっていることがあるかもしれません。人はみんな異なる育ち方をして、異なる経験をして今があるのだから、同じものを見たり聞いたりしても、そこで何を感じるかは、みんな違いますし、それをどう表すかもさまざまです。アサーティブに表現できる人ばかりいるわけではなく、自分の内面を見せたくない人もいれば、表現したくても上手に出せない人もいるからこそ、相手を理解することはとても難しいのです。

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「聞く」と「聴く」

 今回の新型コロナウイスル感染症が広がった状況下で、私たちは気軽に人と会って話すことができなくなってしまい、ちょっとした雑談が実はとても意味があったことを実感した方も多かったのではないでしょうか。「こんなことがあってね、こんなことを思ったよ」と、軽く話を聞いてもらうという積み重ねが、お互いの関係にとっては必要なようです。

 一人暮らしで自粛生活をしていた人や、SNSやリモートなどを使えなかった人は、この新型コロナウイルス感染症拡大の状況の中で、不安を一人で抱えたまま、苦しさがより大きかったのではありませんか? テレビや新聞から流れてくる情報に圧倒され、不安を喚起され、気持ちを切り替えることができないまま、心身の状態が悪くなった方もいます。

 私自身は、リモートを使って久しぶりに相手と顔をみてやりとりすると、うれしいという気持ちをもちました。問題が解決するわけではありませんが、話して聞いてもらって、少しすっきりして、また自粛生活に戻っていくという効果もありました。ほかの人の話を聞いて「みんな不安なのだな」とちょっと安心し、「わかる、わかる」「それはひどい」と言ってもらって、詳しく伝えたわけではないけれども、受けとめてもらえたような気がしたのかもしれません。時には、ただ「聞く」だけでも十分なことがあるようです。

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相手が本当に言いたかったことを「聴く」

 家族と家にこもっていることで、家族の存在や一緒に過ごす時間の大切さを再認識したという声を多く聞きました。その一方で、これまで見過ごせたことや知らなくてよかったことが露わになり、お互いイライラしてけんか、DV、虐待、離婚が増えたというニュースもありました。これまでならば、ストレスをいろいろな形で解消できていたのに、できないことが増え、一人一人が不安や不満を抱えて過ごすことになりました。

 家族の中で、その不安をお互い素直に伝えられなくて、つい「同じこと、何度言ったらいいの!」と怒鳴ってしまったという場面で、実は怒鳴ってしまった人は、「しまった!」と思っているかもしれません。こんなにイライラして人に当たってしまう自分のことを情けなく思っているかもしれません。しかし、言われたほうもいきなり怒鳴られてびっくりして、こわくて、困ってしまって、つい「うるさい!」と言い返してしまったりすることもあります。こんな時、相手の言葉や声の調子だけで「怒っている」と受けとってしまうと、お互い傷ついて自分を守るために、もっと言い募ることになりがちです。

 「聴く」は、相手が言葉にできていない、本当に言いたかったことをわかろうとすることです。何を言ったかということだけにこだわると、本当の気持ちや想いが見えなくなります。

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「聴く」ために

 表情や、動作、言葉の間やためらいなどの情報が、相手の伝えたいことを理解する大事な手がかりとなります。たとえば「何度言ったらいいの!」と怒鳴った後、目を伏せたとか、ちょっと唇をかんだとか、「うるさい!」という時に声が震えていたとか、ビクッとしたとかいった動作や表情が、何かを表しているのかもしれません。

 相手が自分とどういう関係にあるのかによっても、理解のしかたが異なります。とても親しい関係だからこそ出てしまった表現かもしれません。こちらに余裕があるときには、自分が望んだ反応を返さない相手に対して、理解しようとする努力ができやすくなります。でも自分に余裕がない、つらくて、いっぱいいっぱいの時には、自分のほうこそ、相手にわかってほしいという気持ちが大きくなるために、相手の話を聴くことは難しいのです。相手はただ、何と言ってよいのか困っているだけなのに、「拒否された」「嫌われた」と感じることもあります。相手は十分に自分の気持ちが表現できていないだけだというのに、言葉通りに受けとったり、悪意に読みとったりすることがあるのです。

 こちらがどんな状態にあるのか、まず知っておきましょう。人の話を聴くとき、自分はどうなりがちなのか、どういう人だと素直に聴けるけれども、どういう人は苦手なのかなど、自分をしっかりモニタリングできるといいですね。そして自分のほうが、その不安や困っていることをアサーティブに表現できれば、相手を脅かすことなく、相手の話しを聴きやすくなるでしょう。

 置かれた状況、立場が違えば、まるで違う景色が見えたであろうことに、今回の自粛生活の中で、気づいた人は多かったと思います。違いが間違いではないと知れば、自分とどう違うのだろう、この違いは相手にとってどういう意味をもつのだろう、何があったのだろうと好奇心もわいてきます。「聴く」とは、相手に関心をもつことであり、一生懸命に知ろうとしてくれる態度は信頼につながります。

 今回のコロナの事態を経て、私たちが当たり前だと思っていたことは大きく揺らぎ、今後もこれまで通りにはいかないということを知りました。「これが当然」「当たり前」という自分の基準でしか人を見られず、相手の異なる価値観を理解しにくかった人にとって、大きな揺らぎの体験となり、有意義な変革の機会ともなるでしょう。

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 私たちは、多かれ少なかれ、自分のことを理解してほしいし、認めてほしいと思っています。それは自分だけではない、相手も同じかもしれないと想像すると、相手を理解することが自分を理解してもらうための、つまりお互いの存在を認め合い、尊重し合う関係をつくっていくための近道かもしれないと気づくでしょう。

著者プロフィール

森川早苗(もりかわ・さなえ)
えな・カウンセリングルーム代表。臨床心理士・公認心理師・家族心理士。個人やカップルのカウンセリング、アサーション・トレーニングなどの研修を行っている。
✿ 金子書房での主な書籍
カウンセラーのためのアサーション』(分担執筆,2002年)
「夫婦間の親密さとジェンダーの問題」『親密な人間関係のための臨床心理学』(2011年,31-42頁)

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