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別れることの難しさ -ホスピス・精神科クリニックでの印象に残る「別れ」- (徳田智代:久留米大学教授)#出会いと別れの心理学

出会いがあれば別れがあるのが常です。しかし、何度体験してもその衝撃は大きく、受け止めることは難しいものです。また同じ別れでも、人によって受け止め方は異なり、人生における意味合いも違っているのではないでしょうか。心理職として、多くの現場で出会いと別れを体験してきた徳田智代先生に、印象に残るエピソードについてお書きいただきました。

 「別れる」ってとても難しい!私は心理職(公認心理師・臨床心理士)として多くの方との別れを経験してきました。患者さんやクライエントの方と出会って上手に関係を築いていくより、上手に別れるほうがずっと難しいと感じています。

 ここでは、心理職として仕事をしてきた中で、印象に残るエピソードをいくつかご紹介します。(プライバシーに配慮して、内容を損ねない程度に改変しています。)

ホスピス緩和ケア病棟:20代Aさんとの「別れ」

 私が20代のころ、ホスピスの患者さんとの出会いがありました。余命を知って、身のまわりの整理をしたり、大切な人に感謝の気持ちやお別れを伝えたり…あっぱれな方々に、最初は驚き、圧倒されました。しばらく出向いていると、ここに至るまでの苦悩や葛藤が少しずつわかるようになってきました。(「わかる」なんて不遜な言い方ですね。いつまでたっても、本当にはわからないのだと思います。)

 精神科医であったエリザベス・キューブラー=ロスは、死に至るまでの心理的プロセスとして、「否認」、「怒り」、「取り引き」、「抑うつ」、「受容」という段階を示しています。つまり、自分が死ぬことを認められない段階から、なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階、なんとか死なずに済むように取り引きをする段階、喪失感が強まり何もできなくなる段階、最期の時が近づくのを静観する段階、というわけです。なお「希望」は、これらの各段階を通じてずっと存在し続けるともいわれています。
 一方、この5段階モデルに対しては、死にゆく過程はその人ごとに多様なものではないか、裏付けが不十分ではないか、などの意見もあります。

 ホスピスに話を戻しましょう。印象に残る出会いのひとつは、20代女性のAさんです。出会ったとき、AさんのがんはすでにステージⅣに進行していました。本人はもう長くは生きられないことを感じながらも、一人娘の小学校入学を見届けたいと頑張っていました。少し気分がよいときは、娘さんへの誕生日カードを毎年分、二十歳まで、一つひとつとても丁寧に書いていました。幸せそうにその話をしてくれるときもあれば、成長を見届けられない辛さをぽつりぽつりと語ってくれることもありました。筆者には会いたくない、という状態のときもありました。もともと医療関係の仕事をしていたAさんは、自身の状態もかなり理解されていたと思いますが、諦めることなく、希望をもって、一日一日を一生懸命生きていました。

 しかし、とうとう最期のときがやってきました。最後の数日間は、ご家族が一緒に過ごしました。娘さんはずっとAさんのそばにいました。Aさんは晴れやかにもみえる顔で、「棺に入れてほしい」と大好きなケーキとフルーツをリクエストされました。本当に見事なお別れでした。また、ご家族も奇跡が起きることを願いながらも、少しずつ少しずつお別れの準備をされていたように思います。

 Aさんが亡くなった後、ご両親の「いつまでも悲しんでいたら、頑張って生きたAがかわいそう」との言葉にただ頷くことしかできませんでした。そして、子育てをしたくてもできなかったAさんの分も、残された娘さんをしっかりと育てていこうというご家族の思いが、痛いほど伝わってきました。

 それから長い月日が経ちましたが、Aさんの大好きだったフルーツが出回る時期になると、Aさんとのお別れまでの日々、Aさんが一日一日希望をもって大切に生きていた姿、お別れのときに交わした短い言葉を思い出します。Aさんとの出会いと別れは、その後の患者さんとの向き合い方や筆者自身の生き方に、大きく影響していると感じています。

徳田先生 挿入写真 病院大きめ

精神科クリニック:小学5年生Bちゃんとの「別れ」

 20代前半に、研修先の精神科クリニックで出会ったBちゃん。小学5年生のかわいい女の子でした。「抜毛癖」のため、心配した母親が連れてきました。フリルのついたワンピースを着て、待合室で姿勢よく座っている姿は、お人形のようでした。

 しかし、ひとたび面接室に入ると、「戦闘ごっこ」と称して時間いっぱい暴れ回ることが数か月続きました。Bちゃんの有り余るエネルギーと動きの激しさに、筆者はときに青あざをつくり、毎回ヘトヘトになりました。ひとしきり「戦闘ごっこ」を続けるとすっきりしたのか、次はぬいぐるみを使った「おかあさんごっこ」に移行していきました。Bちゃんは赤ちゃんになって、何度もおかあさんから産まれました。そしてお母さん役の筆者に、抱っこしてもらったり、おっぱいをもらったり、子守唄をうたってもらったりしました。

 その後、筆者と一緒に絵を描くことに熱中していきました。Bちゃんは、小学生とは思えない緻密な絵をカラフルに、さまざまな色を使って描いていきます。ものすごい集中力とエネルギーでした。さらに数か月経ったころから、筆者をモデルにした人物を描き始めました。最初は筆者をアニメのキャラクターのように、かわいい女の子として描いていましたが、そのうち「むしゃむしゃむしゃ…」と言いながら、筆者と思われる人物のほっぺをかじったり、頭をかじったり…といった絵を描くようになっていきました。そのうえ、「ああ、おいしかった!」といいながら、たくさんのうんちを描く日もありました。

 心理研修生だった筆者は、なにがなんだかわけがわからず、Bちゃんの迫力に圧倒され、描く絵に引き込まれていました。Bちゃんについていくのに必死でした。そうしているうちに、少しずつ癖はおさまって髪の毛はフサフサになっていきました。Bちゃんは嬉しそうに鏡を眺めて、「Bちゃん、かわい~い」ということもありました。

 そして最後の面接では、Bちゃんは絵の中で、筆者を食べつくして、すっきりした顔で別れていきました。Bちゃんのもつ力に、とても多くのことを教わった出会いと別れでした。

 筆者を食べつくした絵は、筆者をBちゃんの中にとり入れた、ということになるでしょうか。「とり入れ」とは他者の考え方、態度、特徴などを自分のものとして吸収、同化したり、自分の一部としたりする心の働きを指します。とり入れは、乳幼児の心が発達していくときに、例えば母乳を飲む、母親の愛情的な態度を受け入れるなど、欲求を満たすような体験をめぐって起こります。心が健康に発達していくうえで、重要な役割があるといわれています。

徳田先生 挿入写真 お絵描き

コロナ禍における「別れ」

 二つのエピソードを紹介しましたが、新型コロナウイルスの感染が拡大している現在、「別れ」についていろいろと考えさせられます。

 常日頃より、心理職として「クライエントや患者さんとどのように別れるか(どのように面接を終結するか)」はとても重要だと考えています。「心理職がいないと生活していけない、生きていけない」と思われる(思わせてしまう)ことは最悪です。最終的には、「自分の力で問題を解決できた」と自信を持ってもらえることがなによりですし、面接が終結したら、心理職のことなどきれいさっぱり忘れてもらえたらと思っています。なかなかそううまくはいきませんが、それに近づけるよう、しっかりと別れる準備をしていきます。別れること(面接の終結)は、クライエントの方にとっては、心理職に「見捨てられた」と感じて傷つく体験になる場合もあります。そこで、その辛さや見捨てられたことへの怒りなどもできるだけ表明してもらい、それについて話し合える時間も残しながら、面接の終結を切り出すことにしています。

 しかしコロナ禍の今、心理職として時間をかけてお別れをすることが難しい場合があります。例えば、勤務している大学院には「心理教育相談センター」があり、一般の方のご相談をお受けしています。大学院生の教育・訓練機関でもあるため、大学の基準に沿って、突然の休館を余儀なくされた時期もありました。そのような状況の中で、クライエントの方は他機関で相談することを決められたり、相談センターを再開した際に相談に来られなかったりすることがありました。また、十分に話し合う時間を持てないまま、担当者の卒業により担当者交代となることもありました。

 また、医療現場での患者さんとご家族のお別れを考えても、ご家族は病院に入ることも難しく、別れをともに味わう時間や空間は大きく損なわれています。会えないままお別れをせざるを得ないことも多いでしょう。最期にひと目だけでも会いたかった、手を握ってあげたかった、もっとこうしてあげたかったのにできなかったなどの心残りは、残された方のその後の人生に、長く大きな影響を及ぼすことが懸念されます。

 コロナ禍を経験して、「ちゃんとお別れができる」ことの大切さを、改めて考えています。

徳田先生 挿入写真 別れ

執筆者プロフィール

徳田智代(とくだ・ともよ)
久留米大学教授。専門は家族心理学、臨床心理学。大学病院の精神科および小児科、ホスピス緩和ケア病棟、精神科クリニック、教育委員会、中学校、大学などでの心理臨床実践の中で、協働の重要性に気づき、研究を進めている。著書に『公認心理師のための協働の技術-教育と産業・労働分野における工夫-』(共著、金子書房)。

▼ 著書


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