大人になった教え子たちへ(樺澤徹二:高崎経済大学学生サポートセンターカウンセラー・臨床心理士)#出会いと別れの心理学
入学式や卒業式で校長先生のお話を聞く。教室で先生のお話を聞く。誰しもが体験してきたことです。
そんな児童生徒だった私たちが、先生や校長先生たちと同じくらいの歳になったとき、かつての先生や校長先生は、大人になった私たちに、どのようなことを語りかけてくれるでしょうか。
群馬県で校長先生を務められていた樺澤先生に、いま、大人になった教え子たちに伝えたいことをお書きいただきました。
はじめに
今回のテーマの依頼を受けたとき、これまでどれほどの教え子に出会って別れをしたかを、振り返ってみました。教え子が「高校・大学に進学しました」「社会人になりました」「お仲人をお願いします」「親になりました」等々、自らの成長を知らせてくれるたびに、卒業後のそれぞれの人生を心の中で思い描いていました。
大人になった教え子に出会うと、話題は「ライフサイクルと家族の危機(crisis)」にかかわることが主になっても、幾つになっても担任したときのままの姿で私に接してくれます。私も当時の担任になりきってしまいます。そこには出会いと別れが同居しており、とても豊かな気持ちを覚えます。
今回はそんな教え子たちに今一度、担任の気持ちとなって文章を書いてみたいと思います。
1.出会うことと別れることとは
親として新しい命と出会った感動やスペースシャトルのドッキングでの出会いは深い感動を呼びます。病死や災害等でかけがえのない人やモノとの別れは過酷で耐えがたい苦しみを長期にわたって背負うものです。
「出会い」や「別れ」には、入学や卒業のように成長にかかわるポジティブな面と、経験したくない出会いや死別など辛いネガティブな面とがあります。
「出会い」と「別れ」を並列的に捉えると、両者は真逆な方向にありますが、両者は交わることはないものでしょうか。ここでは両者が一体的存在でもある視点で述べてみます。
◇「出会い」
「出会い」の「あう」は合う・会う・逢う・遭う・遇うが用いられます(広辞苑)。この「あう」は「モノとモノ」「コトとコト」「人と人」の距離がなくなり一体感をもつもので、親和性があり、関係の中で一つになることが特徴です。
「出会い」は、始まり、新鮮さ、楽しみ、喜び、期待等のプラスイメージがあります。日常的なことで、だれでもいつでも経験できるものです。偶然巡り会うことに喜びを感じることもしばしばです。出会っているときは「別れ」をあまり意識しません。出会いは多くの場合「良い人間関係」をもてるという先入観をもたせてくれます。
◇「別れ」
究極的な別れは愛する人、親しい人との死別で、異論の余地がありません。「出会い」により関係が生まれますが、「別れ」は関係の中に存在しなくなることで、今までの関係を取り戻すことが困難な状態となります。死別であれ、生別であれ辛く悲しいできごとです。「共にいたい、話し合いたい」と思うが相手がいない、かかわれないという現実に直面します。相手が大切に思える人であればあるほどダメージは大きく苦しみます。別れることは単に忘れることや手放すことではありません。別れをやむを得ないことと受け止める場合もあれば意図的に別れの状態を生み出すこともあります。
◇ 出会いと別れの関係
別れはさみしさや不安だけでなく、どのような別れをするかによって出会いの在り方が変わってきます。卒業時に卒業後の同窓会の計画があるのは希ではありません。別れは悲しい終わりだけでなく、希望や誕生として受け止めることもできるものです。
「人は一人では生きていけない」といわれていますが、本来一人では生きていけないことに気づいている人は、出会いの時から個々人の違いやその関係を尊重できている人なのです。相手との違いが誤解や失敗を生み「別れ」となる場合もありますが、その経験を通してお互いの関係が親密になる「出会い」となることもあります。物理的に一人になっても、関係性は持続しており、別れがお互いの関係の再発見や再確認になることもあります。
「出会い」と「別れ」を時間軸でみると、出会いの後に別れがあると捉えがちですが、内面では出会いと別れは同時に起こることもあるのです。
2.教え子と私との出会いと別れ
小学校の卒業式で別れてから30余年、教え子のA君に再会したのが某市教委主催の中堅教員研修会の会場入り口でした。「先生、ご無沙汰しております。教え子のAです。」といって近づいてきました。大人になったA君と小学校6年生だった姿、表情・仕草が瞬時に重なりました。「出会い」と「別れ」は同時に存在するものと意識した瞬間でした。「別れ」から「出会い」が生まれることが確認できた体験でした。卒業時の別れは「終わり」「辛い」「避けたい」「耐え難い」というマイナスイメージでしたが、A君との再会は「懐かしさ」「喜び」「感動」などプラスイメージをもたらしてくれました。あわせて「出会い」と「別れ」は「モノ」や「コト」とともにメンタルなものとの理解を深めました。
◇ 最初の出会いで語ったこと
A君との最初の出会いは小学校6年の始業式でした。彼は次の事を思い出として語ってくれました。
6年生になって最初の出会いは学級会でした。先生は冒頭、急速に変化する社会の中で、自分を取り巻く環境や状況が変わっても「これがあれば頑張れる」という心の拠り所となるものを身につけようと話してくれました。心の拠り所があれば芯の強い人間になれると思った。この話を聴いて自分の将来を意識しはじめました。子どもの将来に影響を及ぼす教職は自分に合っている、頑張ってみる値打ちがあると思いました。先生が拠り所として挙げたのは、自分の潜在能力、生活の自己管理、家族、特に両親、友達などの支援力だ。人間ひとりでは生きられない、「人との出会いを大切にしよう。担任として子ども達との出会いを大切にする1年間でありたい」と話してくれました。今日あるのは先生との出会いがあったからです。
教師となり出会った子どもたちへの指導や保護者への対応をできる限り相手の話に積極的に興味を持ち、相手の語りを喜び、相手のポジティブな体験との出会いを大切にし、良好な関係性を発展させ、豊かな人間関係を最大化することに心がけてきました。
A君との再会は次に会う約束に発展しました。ポジティブな出会いは新たな出会いの意欲を湧き立ててくれます。
3.かつての私と同じ年頃となった教え子たちへ
教師の立場から人生の充実期を迎えた教え子たちに再会したとき、「出会い」と「別れ」を話題にして語ってみようと思います。
この世代の人達が直面する共通課題は「家庭生活の危機」と「昇進による職務上の役割や資質」です。
彼が直面している問題は、思春期の我が子への対応(ライフサイクルと家族の危機:crisis)と新しく学年主任に昇進した職務への対応です。この危機を「ピンチの裏にチャンスあり」の諺のように好機と捉え、ピンチを「変化」「成長」という新たな出会いというポジティブな視点で捉えると前向きになれるものと伝えます。
◇ 親として生きる君たちへ――思春期の我が子への対応
A君は、中学2年の長男が口数は少なくなり、時には反抗的な態度が見られ、かかわり方が分らず戸惑っていました。子ども時代から大人時代への過渡期にあたる思春期を迎え、今まで家庭に働いていたホメオスタシス(恒常性)の機能が低下した状態に出会っていたのです。
家族の危機はライフサイクルの過渡期に生じ易いものです。家庭は本来しっかりした絆で結びあっているものですが、子どもは成長に伴って、この絆が身動きできない状態となることもあるのです。子ども時代、絆を支えていた親の愛情やしつけを子どもは素直に受け入れていたのに、思春期の子どもにとっては足かせとなって、親子関係に距離を置くようになり(今までの親子関係の「別れ」)、新たな絆との出会いを模索し始めます。思春期の子どもはかつて経験したことのない「自分」に出会っているのです。
思春期は心身が大きく変化する時期で、とくに対人関係のもち方や他者の自己に対する視線や評価に敏感になります。この時期は他者からの評価を経由して自己を捉える視線が先鋭化します。他者との比較や違いに敏感になり、違いが自分らしさの根拠となるのです。多方、他者と同質であることを望み、目立つことや突出することを避けようとすることもみられます。この一見矛盾したことが、固有の自分らしさとの出会いとなるのです。
親の子どもへの新たな関わりで大切なのは、子どもの「自分らしさ」との出会いへの支援です。子どもは親への依存から精神的に自立しようとしています。親からの「別れ」という側面だけでなく、子どもが新たな自分らしさへの「出会い」を見つけることも含まれているのです。
思春期の親子が出会う危機を乗り越え、危機と別れ、そして新たな出会いというライフサイクルの理解を深めると、親子関係の面白さや楽しさに出会えるのです。
◇ 教師として生きる君たちへ――新任学年主任への対応
人生の充実期にはいずれの職場でも立場や職務内容が変わるものです。A君ははじめて学年主任を打診されたとき、不安が先だったが、「出会い」を大切にという言葉に促され受諾したといいます。
新しく学年主任なったA君には学年主任の職務内容を整理し、これまでの経験を生かして学年主任としての新たな「出会い」の理解を深め、ミドルリーダーとしての資質向上を期待します。優れた職務の遂行は依拠する法的理解が基盤となります。
学年主任は「校長の監督を受け、当該学年の教育活動に関する事項について連絡調整及び指導・助言に当たる」(学校教育法施行規則第22条の3④)の役割があります。学級担任としての役割の他に、校長の指示や指導を受けて学年の教育活動(学校行事・学年行事等)に加え、生徒指導・他学年との連携・協働・保護者との連携等)について関係職員への指導助言や円滑な学年運営に必要な連絡調整を行うことが求められます。
A君の学年の実態や学校の課題等を再点検し、独自の学年経営をする姿勢をもつことも大切です。
学年主任として学校の経営に役立つ情報の提供や学年の教育水準の向上を図るための関係職員への指導・助言、連絡・調整も重要です。学校運営の中核的存在としての自覚をもつ「出会い」を大切にしたいです。
学年主任としての新たな出会いは学級担任と比べて人間関係が多様化しています。よりよい人間関係を構築した職場づくりにも寄与する「出会い」を大切にしましょう。
◇ おわりに
日頃から教員研修の講師として受講される先生方に依頼されたテーマに沿って職能成長が図れるよう講義してきました。A君との出会いは受講する先生方のライフサイクルを内容に含めることにより職能成長の支援力となると自覚した自分に出会うことができました。A君との出合いは、今日までの講義の姿勢に変化(「別れ」)を生み、受講する先生方の課題解決に資するため、家庭人・職業人・社会人として充実した日常が送れるよう配慮する必要性を示唆してくれた有意義な「出会い」でした。
おわりに
教師の道を歩んでいるA君は、私の社会人としての人生と重なり、卒業時から現在という縦の時間軸と横の教師の職務の軸が交差して、出会いと別れを織りなしてくれたことが、とても嬉しく印象的でした。A君と全ての教え子たちの活躍を先生は願っています。
執筆者プロフィール
樺澤徹二(かばさわ・てつじ)
1937年群馬県生まれ。東京学芸大学卒業後、群馬県内公立小学校教諭、群馬県教育センター教育相談課・群馬県教育委員会青少年課指導主事、群馬県警察本部少年課課長補佐、群馬県公立小・中学校校長、群馬大学客員教授、東京学芸大学・明治学院大学・高崎経済大学非常勤講師を歴任。現在は高崎経済大学学生サポートセンターカウンセラーを務める。著書に『スクールカウンセラー活用の考え方・進め方』『学校カウンセリングの考え方・進め方』(監修・福島脩美)がある。