今こそ大切にしたい「食」(小野寺敦子:目白大学心理学部教授)#子どもたちのためにこれからできること
家族が一緒にいる時間が増えたとき、食事についての話題も増えました。一緒に料理をしたなどという楽しい話題もある中、食費が増えた、用意が大変などの話題も出て来ました。これからの家族の食卓には、どのようなことが望まれるでしょうか。食ライフスタイルの研究をされている小野寺敦子先生に、現在の子どもの食事について、お書きいただきました。
はじめに
コロナウィルス感染症の拡大に伴い、最近、車を運転して出かけることが多くなった。しかし運転が苦手な私をいつもハラハラさせるのが、街にあふれるUber Eatsの自転車である。突然、自転車がバランスを崩して車道に飛び出してこないかヒヤヒヤしながら運転している。これは以前にはなかった心配である。Uber Eatsとは、海外でスタートした配車サービス(Uber)を応用し自転車を使って行う「料理宅配サービス」である。アプリで簡単に料理のデリバリーを依頼できるため、自粛で自宅にこもっていても気軽に好きなお店の料理を家で食べることができると好評である。急速に利用者が増えてきた背景には、日本には昔から蕎麦屋の出前文化があったからかもしれない。
また自粛要請によって、子どもたちが学校に長期にわたって行かれない状況があった。その期間、親たちは、三度の食事の準備が大変だと嘆き、子どもたちの昼ご飯にカップ麺やレトルト食品を大量に買いに走っているとテレビで報道された。コロナ禍のために、レストランで友達と食事を楽しんだり、家族で気軽にファミレスで食事をする人たちの姿は減少し、その分、自宅で家族と一緒に食事をする機会が増えた。すなわち誰もが予想もしなかった未知のコロナウィルス感染症の拡大によって、老若男女、すべての人が新しい生活様式にそって行動パターンを変えざるをえなくなっているが、その変容は食生活においても例外ではない。
では、コロナ禍の時代にあって生きていくために必要不可欠な「食」を私たちはどのように考えていけばよいのだろうか。
食ライフスタイルと親子関係
大学での授業をすべて遠隔で行うという初めての経験に、教員も学生も試行錯誤の日々が続いている。その担当授業科目のなかに『家族心理学』があった。この授業の目的は、家族関係を生涯発達の視点にたって考えることである。そのため家族の出発点となる結婚、親になることの心理学的考察、父親の育児参加、発達障害児のいる家族や虐待問題、中年女性と高齢の親との関係、高齢者がいる家族といったテーマについて講義を行った。そうした中で少し趣が異なる、「食ライフスタイルと家族」というテーマで授業を実施した。100人以上の登録学生がいるオンライン授業では、動画を撮影してそれを学生が視聴するという形式であるため、対面授業とは異なり学生の授業に対する反応や意見をその場で直接聞くことができない。したがって期末レポートの中で、「今回のオンライン授業の中で一番印象に残ったテーマはなんでしたか」と尋ねたところ、「食ライフスタイルと家族」をあげる学生が非常に多かったことは予想外であった。
その、学生が興味を一番もってくれた「食ライフスタイルと家族」の授業内容について解説しておきたい。授業で紹介したのは、小野寺が科研費をいただき3年間にわたって実施してきた食ライフスタイル研究の一部である。研究は食事に対する意識や態度は親から子へと伝承されており、それは親子関係にも影響を与えているという仮説をたてて実施した。1年目の研究では254組の日本人大学生とその母親から得られたデータを検討した。18項目からなる「食行動と食意識」尺度に基づいて大学生と母親の食ライフスタイルをそれぞれ導き出した。大学生では野菜やバランスの良い健康的食事を心がけ料理への関心も高い「理想的食スタイル」、コンビニエンスストアやファーストフードを頻繁に利用しお菓子などもよく食べる「ソト食スタイル」、家で健康的食事をしてはいるが料理への関心が低い「ウチ食スタイル」、そして「食」全体に関心が低い「食無関心スタイル」の4つの食ライフスタイルが抽出された。同様に母親データからも「母親理想的食スタイル」「母親ソト食スタイル」「母親食無関心スタイル」が抽出されたが、その他に家で料理もするが惣菜やコンビニなども積極的に利用する「母親気まぐれ食スタイル」の4つが抽出された。
さらに研究では大学生の子どもが評価した父親と母親との関係性および母親自身に子どもへの養育態度を尋ねた。これらの関係性を多重コレスポンデンス分析によって検討したところ母親の食ライフスタイルと大学生の子どもの食ライフスタイルは類似しており、それが親子関係とも関連していることが明らかになった(図1)。
(図1 大学生と母親の食ライフスタイルと養育態度との関連性)
たとえば健康に気を使った良好な食ライススタイルを母親がとっていると、子どもも健康的な理想的な食ライフスタイルをとっており、その場合の親子関係は良好であった。それに対し、母親も子どもも共に食に対して無関心である場合は、親との関係性は対立傾向にあり、子どもが「ソト食スタイル」の場合、親子関係はアンビバレントである傾向がみられた。
大学生の子どもと母親からのデータ分析で得られた知見は、幼児を持つ母親とその実母および韓国の大学生とその母親においても同様のものであった。以上のことから食ライフスタイルは親から子どもへと伝承されていく傾向があり、それが親子関係にまで影響をしていることが示唆されたのである。
以上の内容授業に対して、学生から下記のようなコメントがあった(太字は筆者によるもの)。
学生のコメント①
食事が大事だということを改めて感じました。自分の健康のためにはもちろんですが食ライフスタイルは養育態度まで関わると知り驚きました。食事は親子関係と関連があることにとても興味を持ちました。確かに食事の時間は、自然と家族が集まり会話が始まります。普段はあまり褒めない父が母に「これおいしい」といって母が喜んでいるという場面をよく見ます。食事はただ健康のため生きる為ではなく家族の関係を深める時間でもあるのだと思いました。
学生のコメント②
確かにコンビニの冷凍食品やレトルトなどを食べている子どもは、自分に親は関心がないのだと感じるだろうし、愛を感じることは少ないと思う。
学生コメント③
今までは、学校があるので朝食を少しでも必ずとっていたが、最近は(遠隔授業のため)ずっと家にいて出かけないので、朝食を取らずに、コンビニ弁当や間食でお腹が空いた時に適当なご飯を適当に食べるようになった。偏食気味なので、直したいなと思いました。
学生コメント④
養育態度に一貫性のないアンビバレントな母親が出来合いの料理を食べさせている傾向がみられるという結果はとても納得できた。実際、厳しいかと思えば甘やかすしつけを自分はうけてきたが、買ってきた惣菜とかがよく食卓に並んでいた家庭だった。
学生コメント⑤
我が家は、完全に「子どもソト食」の家だなと思った。よく「作るの面倒だから買ってきて」とお金を渡されることもあるので、たしかに食への興味は薄いなと思った。親子で食ライフスタイルが似てくる、そして親子関係に関わってくるので自分が大人になったら食事の時間を大切にしたいと感じました。
学生コメント⑥
オンライン動画をみて、母子の食ライフスタイルは似るんだなと理解した。一方で食が親子関係と関係することには驚いた。手作りの食事は、面倒だが親子関係を形成する上でとても大切なものなんだと思いました。
学生コメント⑦
食生活が家族の形を映す鏡になっているとは考えたことがありませんが、どういう食事をしているか聞くだけでも生活スタイルや家族仲がわかることが多いようで、面白いなと思いました。
今どきの大学生は、朝食は食べない、お昼は食べてもおにぎり2個、そして夜はバイトのまかないで済ませるといった不規則で栄養価に劣る食事をしている人が多いように思う。しかし遠隔授業という普段とは異なる授業をつうじて、食べることは単に栄養補給ということではなく、家族の絆を深める大切な営みであることに気づき、自分が将来家族を持った時に、家族でご飯を食べることの大切さを思い出してくれたら本授業は成功であったと思う。
楽しく食べることの大切さを体験させよう!
8月に「ニューヨークこどものくに<東京>」という英語クラスで、コロナ対策をしっかりと施し、こども英語サマーキャンプを二日間開催した。今回のテーマは、「野菜マルシェ」! 野菜の名前を英語で覚えたり、その野菜はどんな場所で育つのか? どんな葉っぱをしているかを英語で学んだり、野菜の英語の絵本を読んだりした。ランチは、ベーグルそしてキュウリやニンジンの野菜スティックやレタス、冷やしたパンプキンスープといったメニュであった。その後、紙で作ったお金を使って実際に野菜を買ってみる場面を英語で体験してもらった。
よく子どもが嫌いな野菜として人参やピーマンがあがる。なので最初、人参やピーマンを出しても子どもたちが食べてくれるか心配していた。ところが、今回のキャンプの子どもたちは、皆、野菜をバリバリおいしそうに食べてお代わりをしていたので、正直、私はびっくりした。「私レタスが大好きなんだ」と一年生の女の子がなんどもレタスをおかわりして食べる姿を見て、隣に座っていた(もちろんソーシャルディスタンスをとっている)5歳の男の子も「僕も!」とキュウリをおかわりしていた。そして英語キャンプのお土産は、「はつか大根の種」であった。その種を家で保護者といっしょプランターにまき、水をやって育て、収穫して家族で食べてもらいたい……というスタッフの願いがこもったお土産である。
今、思うと、この英語キャンプは、まさに英語による「食育」体験だったといえる。食育とは、高価な食材を高級レストランで食べることではなく、ごくありふれた日常の中で、友達と、家族と楽しく食べること、“おいしい”と感じて食べる経験をたくさんすることだと思う。コロナ禍のもとで開催した英語キャンプではあったが、私も参加した子どもたちから「楽しく食べること」の大切さを学ばせてもらい、有意義な時間を過ごすことができた。
今、子どもたち・私たちに求められているコトはなんだろうか。それは、このコロナ禍のために家にいることが多い毎日の生活において、「食」にもっと関心をもっていくことだと思う。面倒だからUber Eatsやインスタントカップ麺といった出来合いの食事にばかり依存するのではなく、簡単な料理を親子で作ったり、プランターでミニトマトなどを栽培してみるといったことを、食にかかわる時間を自粛が求められる今だからこそ、家族で大切にしていきたい。
執筆者プロフィール
小野寺敦子(おのでら・あつこ)
目白大学教授。発達心理学・家族心理学・ポジティブ心理学などを専門に、食ライフスタイルの研究やエゴ・レジリエンスに関する研究、発達障がいの子どもと親への支援、父親研究などを進める。著書に『手にとるように発達心理学がわかる本』(かんき出版)『パパのための娘のトリセツ』(監修・講談社)『女50代のやっかいな人間関係』(河出書房新社)『小学生のことがまるごとわかるキーワード55』(金子書房)などがある。
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