遠隔心理療法のエビデンス(福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座 助教:竹林由武)
covid-19の感染拡大に伴い、遠隔心理療法のニーズが急速に高まっています。その中で、心理療法をオンラインで実施して問題ないのか、迷っている専門家も少なくはないと思います。そこで、遠隔心理療法について、covid-19の感染拡大後にインターネットを通じて積極的な発信をされてきた竹林先生に「遠隔心理療法」のエビデンスというテーマでご寄稿いただきました。
はじめに
遠隔心理学(telepsychology)は、アメリカ心理学会の定義に基づくと、サービスを受ける人と提供する人が物理的に距離の離れた場所にいる状況で、遠隔コミュニケーション技術を使って提供される心理支援サービス全般を指します。遠隔心理療法の定義は様々ですが、ここでは遠隔心理学の中でも特定の精神的な問題の改善を目的に治療行為として提供されるものを指すことにします。遠隔心理療法は様々な情報機器を介して提供されます。ビデオ通話が可能なスマートフォンやビデオ会議システム、クライエントが自習可能なインターネット上のプログラムやスマートフォンのアプリなど様々です。
コロナ禍であらゆる場面で物理的距離の確保が必要となり急速に遠隔心理療法への社会的な需要が高まる中、臨床心理学の研究者である私自身が何かできることがないかと模索しました。その中で手にした光の一つが、アメリカ心理学会の臨床心理学部会が作成した「臨床心理士のためのCOVID-19関連情報: 遠隔心理学の査読付き論文リスト(COVID-19 RESOURCES FOR CLINICAL PSYCHOLOGISTS: PEER-REVIEWED PAPERS ON TELEPSYCHOLOGY)」でした。私は臨床心理学者として、何か特定のオリエンテーションを尊重するというよりも、クライエントさんの価値観を尊重してエビデンスを活用する科学者-実践家モデルのスタンスを重視しています。そして、心理的な健康に役立つ情報の普及啓発に努めるといった公認心理師の職責も重んじています。そこで、このAPAのリストに掲載されているエビデンスの情報を共有することが自分の役目だろうと思うに至り、プロジェクトをスタートしました。Twitterで有志を募ってこのリストに掲載された論文の概要を抽出してまとめました(https://ytake2.github.io/APA_telepsychology_evidence_list/)。
このプロジェクトでは、Twitterの呼びかけから数日のうちに数十名の方が協力を表明してくださり、1ヶ月ほどで情報抽出と整理が完了し迅速に公表することができました。ボランティアでご協力いただいた方々に改めてこの場をお借りし感謝申し上げます。コロナ禍でメンタルヘルスに関する情報発信の様々なプロジェクト(例えば、アメリカ心理学会の遠隔心理学ガイドラインやイギリスカウンセリング・心理療法協会のガイドの翻訳、遠隔医療実施時のラポール形成のTipsの翻訳)を進めてきましたが、その度に大学院生など若い方が強力なサポートをくださったことで色々な情報を迅速に発信することができました。世のため人のためという思い半分、コロナ禍でグチャグチャな自分の感情をなんとか学術的な活動で昇華したいというやましい気持ちも半分という状態でみなさんを巻き込んでしまったことは反省しております。が後悔はしていません。そうしたボランティアの方々に私自身のこころを救っていただいたことも、ここで感謝の意を述べさせていただきます。本当にありがとうごいました。
遠隔心理学のエビデンス
さて、APAのエビデンスリストに掲載された論文の概要を眺めてみると、諸外国ではコロナ禍以前から、遠隔心理療法が特定の精神的な問題の改善に有効であるかを検証するために、たくさんの臨床試験が実施されてきたことが分かります。また、有効性の検証がなされている多くの遠隔心理療法は、新規に開発された療法というよりも、既に有効性が頑健に示されている心理療法であり、それを遠隔技術にトレースしたものがほとんどです。その代表的なものは認知行動療法です。認知行動療法の多くは、手続きが簡素かつ明確、行動レベルで教示しやすい、臨床試験を通じて多くのマニュアルが出版されているのでプログラムしやすいなどといった特長があるため、そうした特長も遠隔心理療法との相性が良いのかもしれません。
遠隔心理療法を提供する媒体は様々であることを先に述べましたが、提供のされ方も様々です。導入から終結まで遠隔心理療法のみが提供される場合もあれば、対面の心理療法を補強する形式で提供される場合もあります。物理的距離を確保する感染症流行下では、セラピストと終始非対面で実施される遠隔心理療法の有効性に関するエビデンスが重宝するでしょう。以下では、そうしたセッティングで提供される遠隔心理療法のエビデンスの代表的なものをご紹介します。
対話を介した遠隔心理療法
電話、ビデオ通話、ビデオカンファレンスなどは対話を介した遠隔心理療法です。これらは対面で提供していた心理療法をそのまま電子機器上に投影する形になるため、遠隔支援の提供方法の中では最も対面の心理療法と類似した体験が得られます。実際、エビデンスを眺めてみると、対話を介した遠隔心理療法は、対面での心理療法に劣らないことが示されています。例えば、Norwoodら(2018)は、ビデオ通話による心理療法が対面の心理療法と比較して効果が劣らないかを検証することを目的とした無作為化比較試験(非劣性試験)の系統レビューを行いました〔1〕。文献検察から4件の研究が該当し、それらの結果をメタ分析によって統合した結果、心理療法の実施前後で対面でも遠隔でもアウトカム(特定の精神疾患症状)は顕著に改善し、その改善度はビデオ通話を用いた遠隔心理療法が対面の心理療法に劣らないことが示されました。メタ分析に含まれた個々の研究を見てみると、対象とされた疾患は、うつ病、不安症、PTSD、過食症で、提供された心理療法はいずれの疾患に対しても認知行動療法でした。このメタ分析とは別に、対面実施との直接的な比較はありませんが、強迫症に対してもビデオ通話を用いた遠隔心理療法の有効性がメタ分析によって示されています〔2〕。PTSDや強迫症、あるいは不安症の認知行動療法では、不安や恐怖の源泉となっている対象と向き合うような侵襲度の高い介入手続きが含まれますが、そのような介入を遠隔で行っても有効性を発揮できるのというは、遠隔心理療法を提供するセラピストにとって少しの安心材料となるかもしれません。
Norwoodら(2018)では、治療同盟といったクライエントとセラピストの良好な治療関係を反映する指標についても検討しています。アウトカムの改善を検討している研究と同様の4件の研究が該当し、それらの知見をメタ分析によって統合しました。その結果、心理療法の開始前後で遠隔と対面の双方で治療同盟が顕著に向上したものの、その向上の度合いは遠隔が対面に劣ることが示されました。これらの知見は、ビデオ通話を用いた遠隔心理支援の有効性は認められる一方で、それを運用する際のコミュニケーションには一層の配慮が必要であることを示唆しています。一方で、アウトカムの改善度は両者でかわらないため、治療的な効果を発揮するために必要な程度の治療同盟はビデオ通話でも十分に確立できるといえるかもしれません。
ビデオを用いない電話による遠隔心理療法の有効性は、Proctorら(2018)による多発性硬化症を対象とした心理療法の系統レビューで検討されています〔3〕。このレビューに含まれた研究には、認知行動療法の他に感情焦点療法も含まれていました。11件の無作為化比較試験の結果をメタ分析によって統合した結果、電話介入群は, コントロール群(通常ケア群や待機リスト群)と比べて、介入後の抑うつ症状が顕著に改善することが示されました。
ウェブベースドプログラム
ウェブベースドプログラムは、既に特定の問題に関して有効性が確立されている心理療法の内容をウェブ上にテキスト、画像、映像を用いて提示し、クライエントがウェブにアクセスし自学式に学習する形式で提供されます。インターネット認知行動療法は、ウェブベースドな遠隔心理療法の代表的なものです。日本ではU2plus(うつプラス)というサービスが有名です。
インターネット認知行動療法は、同じ内容であってもそれを提供する際に対面でのセラピストのサポートがある場合とない場合のそれぞれでエビデンスが蓄積されています。特にうつ病に対する有効性の検討が盛んです。例えば、Wrightら(2019)は、一定のうつ病症状を抱えるクライエントに対するインターネット認知行動療法の効果を検討した無作為化比較試験を系統レビューし,40件の無作為化比較試験の結果を統合したメタ分析を実施しています〔4〕。その結果、インターネット認知行動療法は、統制群(通常治療群や待機リスト群など)と比べて、治療終了後の時点で抑うつ症状に顕著な改善が認められることが示されました。また、セラピストのサポートがある場合とない場合、どちらの場合でもインターネット認知行動療法の有効性が示されたものの、セラピストのサポートがある場合の方が顕著に効果が高いことが示されました。さらに、セラピストの主なサポート方法をメール対応、電話対応、対面での対応に区別すると、対面でのサポートがある場合に最も効果が高く、順に電話、メールでのサポートと効果が弱くなることが示されています。インターネットプログラムが有効である一方で、うつ病の治療においては、対話をすることそれ自体にもやはり一定の臨床的効果があるのでしょう。
インターネット認知行動療法は多様な問題を対象に有効性が検証されています。不眠症に対しては、セラピストのサポートがないインターネット認知行動療法が対面で実施する認知行動療法に劣らないというメタ分析が報告されています〔5〕。その他、摂食障害〔6〕や自殺念慮〔7〕、疼痛〔8〕、がん患者に併発する抑うつ症状〔9〕に対しても、セラピストサポートのないインターネット認知行動療法の有効性がメタ分析レベルで示されています。
1次2次予防としての遠隔心理療法
Deadyら(2017)は、精神的健康度が臨床域に達しない健常レベルの一般人口を対象として、主にインターネット認知行動療法の効果を検討した無作為化比較試験を系統レビューし、10件の無作為化比較試験のメタ分析を実施しました〔10〕。その結果、インターネット認知行動療法群はコントロール群(待機リスト群、通常ケア群)と比べて、介入終了後に抑うつ症状や不安症状が顕著に改善し、6ヶ月後のフォローアップ期間においてもコントロール群との差が認められました。同様の知見が、大学生や労働者を対象とした1次・2次予防研究においても報告されています〔11〕, 〔12〕。
産後うつなど、産前産後の周産期のメンタルヘルスの改善のためにインターネット認知行動療法の有効性も検討されており、抑うつと不安それぞれ4件ずつの無作為化比較試験の結果を統合したメタ分析によると、抑うつと不安のいずれにおいても介入後に、インターネット認知行動療法群は統制群(通常治療群や待機リスト群)と比べて抑うつ症状や不安症状が顕著に改善していました〔13〕, 〔14〕。児童・青年のうつ病や不安症へのインターネット認知行動療法の有効性を検討した25件の無作為化比較のメタ分析によると、介入後にコントロール群(主に待機リスト群)に比べて抑うつや不安症状が改善したことが報告されています〔15〕。
終わりに
遠隔心理学が多様な問題に対して有効であることを示唆するエビデンスを紹介してきました。こうしたエビデンスが存在しかつ、実施のためのガイドラインも整備されています(https://psych.or.jp/special/covid19/telepsychology/)。そうした現状で、心理療法の選択肢の一つとして遠隔心理療法の提供を心理師が放棄することは、心理師の怠惰として非難されても仕方ありません。提供施設の制度面での問題のハードルが高いなど、導入にあたっての困難はありますが、エビデンスを眺めていく中で、それらのハードルを乗り越えてでも提供する価値が遠隔心理療法に期待できると私自身は確信を持つようになりました。この記事が遠隔心理療法の導入に躊躇されている方の背中を押す一助となれば幸いです。
引用文献
〔1〕. Norwood, C., Moghaddam, N. G., Malins, S., & Sabin‐Farrell, R. (2018). Working alliance and outcome effectiveness in videoconferencing psychotherapy: A systematic review and noninferiority meta‐analysis. Clinical Psychology & Psychotherapy, 25(6), 797-808.
〔2〕. Wootton BM. Remote cognitive-behavior therapy for obsessive-compulsive symptoms: A meta-analysis. Clin Psychol Rev. 2016;43:103-113. doi:10.1016/j.cpr.2015.10.001
〔3〕. Proctor, B. J., Moghaddam, N., Vogt, W., & Das Nair, R. (2018). Telephone psychotherapy in multiple sclerosis: A systematic review and meta-analysis. Rehabilitation psychology, 63(1), 16.
〔4〕. Wright, J. H., Owen, J. J., Richards, D., Eells, T. D., Richardson, T., Brown, G. K., ... & Thase, M. E. (2019). Computer-Assisted Cognitive-Behavior Therapy for Depression: A Systematic Review and Meta-Analysis. The Journal of clinical psychiatry, 80(2).
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〔14〕. Bayrampour, H., Trieu, J., & Tharmaratnam, T. (2019). Effectiveness of eHealth Interventions to Reduce Perinatal Anxiety: A Systematic Review and Meta-Analysis. The Journal of Clinical Psychiatry, 80(1).
〔15〕. Grist, R., Croker, A., Denne, M., & Stallard, P. (2019). Technology delivered interventions for depression and anxiety in children and adolescents: a systematic review and meta-analysis. Clinical child and family psychology review, 22(2), 147-171.
執筆者プロフィール
竹林 由武(たけばやし・よしたけ)
福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション講座助教、ふくしま国際医療科学センター放射線医学県民健康管理センター健康調査支援部門リスクコミュニケーション室兼務。公認心理師、臨床心理士。
専門は認知行動療法、ウェルビーイング、自殺予防、災害メンタルヘルス、医療・心理統計、患者報告式アウトカムなど。
近著として、『たのしいベイズモデリング』(共著/北大路書房/2018)、『ベイズ統計モデリング』(共著/共立出版/2017)などがある。
積極的な学術活動のみならず、地域を対象としたセミナーや研修などの社会貢献活動も精力的に行っている。
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