《書籍の序文をまるっと無料公開シリーズ》 自分の困っていることを、みんなで「研究」しよう! 子どもたちが変わる「自分研究」とは?
書籍の序文をまるっと無料公開シリーズ
現在、学校教育の世界では、発達障害をはじめ特別な支援が必要な子どもたちが注目を集めています。2012年の文部科学省の調査では、全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする小中学生が6.5%に上ることが明らかになっています。
そんな特別な支援ニーズを持つ子どもたちにとって、自身がどんな特徴を持つかを理解し、その上で他者や社会とどう関わっていくかという「自己理解」と「対人関係(社会参加)」の課題は、教育現場において長年に渡り関心の高いテーマです。
自己理解や対人コミュニケーションについて、これまでは「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」などの訓練型のアプローチが教育現場で取り組まれてきました。ですが、最近は、本人主体で自己理解や対人関係を進めるアプローチに現場の関心がシフトしつつあります。
今回ご紹介する書籍『特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメ』の著者である森村美和子先生は、成人の精神障害・発達障害の人たちを対象に取り組まれて来た「当事者研究」を、特別支援教育の実践として取り入れ、本書の監修者である熊谷晋一郎先生(東京大学先端科学技術研究センター)と連携しながら、子どもが主体的に自己理解と自己の苦手の対処法の検討を進める「自分研究」(「子どもの当事者研究」)として長年取り組んでこられています。
本書を通じて、森村先生が実践されてきた「自分研究」のノウハウとエッセンスをぜひ読者の皆さんにお届けしたいと思います(なお本書の内容は通級や特別支援学級などの教育現場をはじめ、放課後等デイサービスなどの支援の現場や家庭などでも応用が可能なものです)。
そこで、今回は本書の刊行を記念して、特別に本書の第1章を本記事で公開したいと思います!
第1章 自分の困っていることを研究しよう:よりよい未来を切り拓くために
1 学校で出会う「生きづらさ」を抱えた子どもたち
「先生,ぼくってばかなのかな?」
思いつめた顔でつぶやくごーくん(仮名)。実は,ここ数年そう思い続けていたけれど誰にも言えずにいたと言います。いつもおどけて,ふざけた様子で,どちらかというと無頓着で何も気にしていなさそうなふるまいからは想像もできない子どもの言葉に,はっとします。
彼の言い分はこうです。いつも黒板を写すのが遅く,みんなが書き終わる頃にまだ半分しか書けていない。一生懸命書くと話が聞けず,話を聞くとノートをとるのが追い付かない,字をみんなと同じペースで書くことができない。他にも,すぐに忘れ物やなくし物をしたり,友達とうまくいかなくなっちゃったり,なんだか違和感を持っていたと言います。
「みんなが当たり前にできることがぼくにはできない」
そんな自分がおかしいのかなってずっと感じていたとのことです。でもそんなこと,口に出してもなかなかわかってもらえないと隠していたと言うのです。彼はこう続けました。
「普通になりたいだけなんだ」
学校に来るものの教室に入れずにいたふーちゃん(仮名)がこう言いました。
「先生,私ってへんかな?」
「みんなが元気に普通に通っているのになんで自分だけ?」
ふーちゃんも「学校に行かなきゃ」と思っています。でも学校が見えると震えてしまいます。教室に入れません。
「お友達との間に厚い壁があるみたい」と言います。
ふーちゃんは人が少ないほうが好き。教室の音がうるさくて,他の人が怒られているのを見るだけで怖くなってしまいます。
筆者は公立小学校の教員で,特別な支援ニーズを持つ子どもたちにかかわっています。子どもたちの中には,
「普通と違うよね?」
と感じ,悩んでいる子たちがいます。多くの人ができる「普通」に一生懸命合わせようとしながら,うまくいかず,傷つく子どもたちに出会ってきました。
何年もの間,傷つき葛藤してきている子どもたちもいます。言葉で誰かに伝えることができない子もいて,多くは,暴れる,飛び出す,固まるなど言葉以外の手段で表現したり,集団から離れることを選択したり,あきらめてしまったり,そんな自分の状況さえもわからずにいる子もいるかもしれません。
絵が上手で,宇宙の話なら人が知らないことも知っていて,アイディアが豊かで,好きなことなら何時間でも取り組めて。そんな素敵なところがいっぱいある子どもたちが,学校で傷つき,生きづらさを抱えてしまっている。
「いいところたくさんあるよ!」と言葉をかけて励ましたいし,「へんなんかじゃないよ,そんなことないよ!」と伝えたいのだけれど,上滑りしてしまう感覚に支援者としての無力さを感じ,どうしたらいいんだろうと筆者は悩んでいました。あなたのよさ,苦手さも困っていることも含めて「あなたって素敵!」というメッセージを送る方法はないだろうかとも考えていました。
学校現場では,特別支援に関わる教員だけでなく,通常学級の先生も校長先生もみんな子どもたちをなんとか元気にしたいと願っていますが,多忙な日々の中,なかなかうまい方法が見つからず,筆者のみならず支援者側が無力感にとらわれることが時としてあります。
2 「自分研究(当事者研究)」との出会い
そんなときに出会ったのが「当事者研究」の考え方でした。東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎先生(本書の第4章で,当事者研究の意義について解説してくださっています),同センター講師で自閉スペクトラム当事者の綾屋紗月さんの「発達障害の当事者研究」という考え方と出会ったときは,目からうろこが落ちたような衝撃を味わいました。当事者研究とは,当事者が中心になり,自分と仲間と自分の困っていることを語り,「研究」し「分析」していく過程の中で,等身大の自分を自分の言語でとらえ形作っていくというものです。学校現場にはない発想でしたが,仲間と共に自分の困っていることを研究したり,自分の好きを語り見つめていくことが,学校で子どもたちにも生かせるのではないかと考えました。そこで誕生したのが,本書で紹介する「自分研究」の活動です。
「自分研究」は,子どもたちを支援するさまざまな方法がある中のあくまでも一例に過ぎません。
それでも,新しい試みの一つとして,子どもたちも,保護者も,支援者も,困りごとを抱えるほかの仲間たちも笑顔になれる方法のヒントになると筆者自身実感してきましたし,他のみんなにとってもそうなることを願っています。
3 「自分研究」とは――困っていることを仲間と研究しよう!
ある日の通級指導教室(以下通級)。
小集団のクラスには児童が5,6名います。いつもなら,コミュニケーションの学習をする時間ですが,その日先生(筆者)がこう言いました。
「今日からここは,自分研究所です。自分や友達の困っていることを仲間と共に研究していきます! みなさんは研究員です。先生は,自分研究所の所長となり共同研究をします。この研究は,世の中の困っている子どもたちの参考になるかもしれませんよ~」
「おもしろそう,やりたい!」と研究に興味を持つ子,「なにそれ?」と少し様子をうかがう子など反応はさまざまです。
「自分研究」とは,困っていることや学び方などを自分で研究し,先生や仲間と一緒に対処方法を考えていく活動です。教室を研究所に見立て,子どもたちを研究員,先生を共同研究者として活動を進めています。自分研究の授業の流れはさまざまです。自分の好きなことを語る段階や自分の学んだことをまとめていく段階,自分で困っていることを分析し仲間と研究していく段階など,子どもの実態に合わせて取り組みます。中には自分研究を始める前に,安心した二者関係を築いていく段階が必要となる子もいるかもしれません。事例は、本書の第2章,研究の心得は第3章で紹介していますが,型にはまらず自由に,楽しんで研究を進めましょう。
自分研究の一例として,困っていることを分析してキャラクター化(外在化)し,ネーミングをしていく活動があります。キャラクターに対する対処方法をグループで話し合い(ブレインストーミング),対応を考え「対応カード」を作成するなどして対応を実験(実践)し,研究発表(プレゼンテーション)をしてシェアをするという活動です。
他にも,キャラクターは作成せずに,自己の学び方について研究する児童や,使用するグッズや教材の研究を行う児童もいます。また,発表の仕方もさまざまで,人前で発表するだけではなく,冊子を作ってまとめたり,本やマンガにしたりと本人の得意や個性を生かしたやりやすい方法を考えて行うようにしています(詳しくは本書の事例をお読みください)。
「仲間がいるから頑張れる」
自分研究に取り組む子どもたちがそう教えてくれました。
研究には,失敗がつきものです。しかし,失敗は成功のもと,困っていることがたくさんあるほうがいい研究ができたりします。苦手や失敗を隠すのではなく,仲間と自分のやり方をシェアし,「あるある!」「同じ!」と苦手や失敗について話せる点も自分研究のいいところだと感じています。研究を通じて,自分だけじゃないんだという安心感が生まれます。また,落ち込み,前に進めなくなっている子でも,研究を進めている他の子の実践を見て「変われる可能性」を知り,少しだけ希望が生まれることもあります。問題はすぐに解決するわけではありません。でも,なんだか,未来が少しだけ明るく感じられる気がしてくるようです。
「困ったこと=悪いこと」という枠組みから少しだけ飛び出し,困ったことは「発見,探究のスタート」「研究の対象」ととらえられたら,ほんの少しだけ明るい気持ちになれるかもしれない。そんな思いで,自分研究はスタートしました。
すぐに何かができるようになったわけではないけれど,研究を進めていく中で子どもたちはなんだかたくましく,前より少しだけ強くなっている気がします。支援者としての悩みはつきませんし,日々どうしていいかわからない困難の中にあると感じることも多いのですが,子どもたちも支援者も,レジリエンス=折れない・しなやかな心を育むために,自分研究の実践を一緒に進めていけたらと思っています。
参考文献
綾屋紗月・熊谷晋一郎(2008)発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい.医学書院
綾屋紗月(編著)澤田唯人・藤野博・古川茂人・坊農真弓・浦野茂・浅田晃佑・荻上チキ・熊谷晋一郎(著)(2018)ソーシャル・マジョリティ研究―コミュニケーション学の共同創造.金子書房
続きは書籍をお読みください!