子どもに安心を与える言葉とかかわる姿勢(井戸ゆかり:東京都市大学人間科学部教授)#私が安心した言葉
子どもが安心できる大人の言葉かけにはどのようなものがあるでしょうか。逆に子どもの安心を奪ってしまう言葉かけにはどのようなものがあるでしょうか。発達臨床心理学がご専門の井戸ゆかり先生に、子どもの心理に寄り添った言葉かけについてお書きいただきました。
子どもが健やかに成長するには
誰もが子どもの健やかな成長を願うことと思います。そのためには、子どもが安心して生活できるという環境がとても大切です。子どもは安心して生活できる環境が保障されることで、情緒が安定し、自らの人生を切りひらくのに必要な自発性、社会性、知的能力などが伸びていきます。しかし、不安が生じると、情緒不安定になったり、人の目を気にしたりなど、自発性や社会性などの発達が遅滞することがあります。
子どもだけでなく、大人も不安になった時や自信を喪失した時に、情緒が不安定になったり体調をこわしたりすることがあります。たとえば、新型コロナウイルスの出現により、私たちの生活は一変しました。見えないウイルスに不安を抱いたり、それまであたりまえにできていたことができなくなったりと、生活においても制限されることが増えました。勤務形態が職場への通勤から在宅ワークになったケースも多く、人と直接会う機会が減り、家族関係の変化も見られています。子どもにとっても、緊急事態宣言の発出により休校、休園になった時期があり、友だちと一緒に遊んだり学んだりすることができず、不安を抱いたケースも少なくありません。家族関係においては在宅ワークが増え、自宅で過ごす人が多くなり、家族と過ごす良い時間が増えた一方で、家族といる時間が長くなりそれがストレスになっているケースもあります。
そのような中で、子どもの健やかな成長を願い、できるだけ子どもが安心して生活できるようにするにはどのようにしたらよいのか、とくに言葉かけとかかわる姿勢を中心に考えてみたいと思います。(事例は個人が特定できないように配慮しており、名前は仮名です)
子どもに安心を与える言葉の例
①「大丈夫よ!」
子どもが不安になっている時や、自信を失っている時に、子どもの気持ちを受容しながら、「大丈夫よ!」と声をかけることで不安が軽減されます。
〈事例1〉
小学4年生のまさみちゃんは運動に苦手意識があります。体育の時間に縄跳びがあり、毎回縄跳びを跳んで級をとっていくのですが、二重跳びができずなかなか先の級に進みません。体育のある前日の夜になると、決まって、「明日の体育をお休みしたい」と言います。ある時、お母さんは、まさみちゃんの気持ちを受けとめながら、「お母さんもね、小学生の時に一人だけ二重跳びができなかったの。みんなができてお母さんだけできなくて嫌だった。でもね、練習しているうちにできるようになったの。だから、まさみも大丈夫よ!少しずつ練習してみようね。きっとできるようになるから」と言われ、まさみちゃんは、「お母さんも二重跳びができなかったの?」と問い、「うん、練習してみる」と言いました。
事例のように、子どもの気持ちを受容しながら、「大丈夫よ!」という言葉かけをすることで不安が軽減されます。さらに、事例1の場合は、母親も小学生の時に一人だけ二重跳びができず嫌な思いをしたことを話したことで、子どもは「お母さんにもそういうことがあったんだ」と安心できたのではないかと思います。また、「少しずつ練習してみようね。きっとできるようになるから」と励まされたことも大きかったと思われます。一方で、もし子どもの辛い気持ちを受容せずに、安易に「大丈夫よ!」と声かけした場合には、「お母さんは大丈夫と言うけれど、私の気持ちなんてわかっていない」と子どもが感じることがあるので気をつけましょう。
②「一緒に〇〇してみよう!」
子どもが何かに取り組んだ時、「できる」と思ってやったことが「できなかった」という場合があります。そして、子どもはどうしたらよいかわからなくなって親に甘えてきたり、自信をなくしてやる気を失ったりすることがあります。そのような時、「お母さんと一緒にやってみよう!」と声をかけることで、母親に見守られていることを感じ、安心できる子どもが多くいます。
〈事例2〉
4歳のまさとさんは、ネコを飼っています。いつもネコが飲む水はお母さんがかえています。ある日、「ママ、まさとが(水を)あげる」と、水のとりかえをしたいと話しました。お母さんが、「やってみる?」と言うと、「うん」と言って水を入れる器を持って台所に行きました。まさとさんは器に水を一杯に入れて、ネコのところに持って行きました。その時、途中で水をこぼしてしまい、器を戻す時にはほとんど水が残っていませんでした。急にまさとさんは泣き出しました。お母さんが、「どうしたの?」と聞くと、「だって…」と言って泣きじゃくっていました。そこでお母さんが、「こぼしちゃったから泣いているのかな。大丈夫よ。一緒にもう一度お水を入れて、チャチャ(ネコの名前)にあげよう!」と言うと、しばらくうつむいていましたが、器を持ったお母さんのそばに来て一緒に水を入れて器を戻しました。今度はほとんどこぼすことなく運ぶことができ、「上手に運べたね。チャチャが喜ぶよ」とお母さんに言われ、まさとさんに笑顔が見られました。
事例2のように、子どもが「やりたい」と思ったことに取り組んだ時に必ずしもうまくできるとは限りません。「できる」と思ってやっても、実際には「できない」ことも多く、とくに幼児の場合はどうしてよいかわからず泣いたり、甘えてきたりということがあります。まさとさんの母親は、「一緒にやってみよう!」と声かけしています。そのことにより、一人ではなく、母親が見守ってくれている安心感を得て、「またやってみよう」と思ったと考えられます。また、この事例では、こぼさずに水を運ぶことができた後、母親が「上手に運べたね。チャチャが喜ぶよ」という声かけをしており、まさとさんに達成感と自信を与えたと思われます。
もし、まさとさんが水をこぼしてしまったことについて、母親が、「こぼしちゃったのね。だめじゃないの」「やっぱりこぼすと思ったわ」などと否定的な言葉かけをした場合、自信が失われ、意欲の欠如にもつながったことでしょう。そのような言葉かけは避けたいものです。
子どもにも影響する周囲の大人のかかわる姿勢
個人差はありますが、子どもは生後8か月頃から初めて出会う人や事象についてどのようにしたらよいのかわからない時、信頼のできる身近な人(母親など)の表情や態度を手がかりとして自分の行動を決めることがあります。たとえば、近くにあるおもちゃに手を伸ばそうとした時、信頼のできる身近な人がダメというような怖い表情や不安な表情をした場合、伸ばそうとした手を引っ込めてしまいます。一方で、笑顔で大丈夫よというような表情をしている時には、その表情を手がかりに手を伸ばしておもちゃを取ろうとします。これを社会的参照といいます。
今、コロナ禍にあり、感染リスクやなかなか収束の見えない状況に不安を抱いている人は多いと思います。感染しない、感染させないために、皆が手洗いやうがいを徹底し、自宅以外ではマスクをつけて過ごしていることでしょう。子どもにとっても日常の風景が一変してしまい、親も神経質にならざるを得ないことと思います。
しかし、1歳に満たない子どもであっても、信頼できる身近な人の表情や態度を手がかりに自分の行動を決めることがあると述べたように、周囲の大人が不安な表情をしたり、否定的な言葉かけをしたりしていると、これまでの日常の生活とは異なるさまざまな制約下の中で、子どもは安心感を得られず情緒不安定になる、ストレスが溜まるなどの影響が出やすくなります。コロナ禍が収束するまでの間、大人も不安をぬぐいされないと思いますが、できるだけ笑顔で子どもに肯定的な言葉かけをして子どもが安心して生活できるようにと思います。
子どもに安心を与える肯定的な言葉かけと安心を奪う否定的な言葉かけ
肯定的な言葉かけには、「(手伝ってくれて)ありがとう!」「(りんごの絵を描いていて)そのリンゴ、おいしそうね!」「最後までよく頑張ったね!」「お母さんも嬉しいな!」などいろいろあります。この中で「ありがとう!」は魔法の言葉ではないかと思います。家族間や学校、職場などで、心のこもった「ありがとう!」という言葉がよく聞かれるところは、良い雰囲気であることが多いと感じています。
その反面、親自身に不安がある場合や、ストレスでイライラしている場合は、心にゆとりがないため、普段であれば叱らなくてすむことでも叱ってしまったり、否定的な言葉かけをしてしまったりすることがあるかと思います。否定的な言葉かけの一例を紹介すると、「何度言ったらわかるの」「どうしてできないの」「お母さんのいうことをきかないからダメなのよ」「まだ無理だと思った」などがあります。しばしば親は悪気なく安易にそのような言葉かけをしてしまうことがありますが、不安を抱いたり自信を喪失したりしやすくなるため、できるだけ避けたい言葉です。また、「あとでね」「あとにしてね」という言葉かけは誰もが言ったことがあるのではないかと思われます。しかし、「あとにしてね」と言われると、子どもは母親に受け入れてもらえていない、自分のことを真剣に考えてくれていない、嫌われたのかもしれないなど、安心感を得ることが難しくなります。できるだけ「あとにしてね」という言葉や否定的な言葉かけを減らすように心がけましょう。
心にゆとりをもって子どもと接することができるように-それが子どもの安心感につながる-
肯定的な言葉かけは自己肯定感にもつながりとても大切ですが、心にゆとりがないとなかなかそのような言葉かけや姿勢を示すことができません。コロナ禍ということもあり、親自身もさまざまな不安を抱えている場合も多いと推察されます。まずは、親自身がストレスを低減するようにし、できるだけ心にゆとりをもてるようになるとよいと思います。在宅ワークで家族との時間が増え、子どもとのコミュニケーションがとれる時間がもてるようになって良かったという家庭がある一方で、仕事中に子どもが話しかけてきたりするため仕事に集中できずイライラしてしまうという家庭もあり、家庭の状況にはさまざまだと思います。ゆえに、無理のない範囲でできるところからやってみていただけたらと思います。
親子でストレスを低減するには
ストレス低減の方法は人によって異なると思います。歌を歌ってストレスが低減する人もいれば、誰かと話をしてストレスが低減する人もいます。コロナ禍でいろいろな制約があり、難しいこともあると思いますが、子どもと一緒に歌を歌ったり、音楽に合わせて体を動かしたりするのも、ストレス低減につながるかもしれません。また、「〇〇しなければならない」と考えるのではなく、「〇〇できたらいいな」のように、「ねばならない」という考えを変えるとストレスから解放されることもあります。誰かに話を聞いてもらうのもよいと思います。
無理のない範囲で、まずはできるところから始めてみましょう!
〈文献〉
井戸ゆかり編著(2019)『保育の心理学-実践につなげる、子どもの発達理解』萌文書林
おおたとしまさ監修・こどもまなび☆ラボ編(2020)『究極の子育て 自己肯定感×非認知能力』プレシデント社
執筆者プロフィール
井戸ゆかり(いど・ゆかり)
東京都市大学教授。東京都市大学二子幼稚園教育アドバイザー、渋谷区子ども・子育て会議会長、横浜市子育てサポート研修講師などを務める。『「気がね」する子どもたち~「よい子」からのSOS』(単著、萌文書林)、『保育の心理学Ⅱ-演習で学ぶ、子ども理解と具体的援助(第2版)』(編著、萌文書林)など著書多数。