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絶望を希望に変えるためには(立命館大学総合心理学部教授:岩壁茂) #心機一転心の整理

人はどのようなときに絶望してしまうのでしょうか。またそこから希望を見出すためには、どのようなことが大切になるのでしょうか。岩壁茂先生にお書きいただきました。

希望を失うこと

 夢が叶わない、目標が手に入らない、と分かったとき、または、自分が大切にしていたものが壊れてしまったとき、私たちは前向きさを失います。「もう生きていても仕方がない」「このままなら死んだほうがましだ」と絶望を感じることもあります。希望のかけらも吹き飛んでしまったようなショック状態です。全身から力が抜けてしまい、作り笑いをしようものなら、涙が出てきてしまうかもしれません。これらははっきりと本人が気づく状態ですが、希望を失ったことを示すちょっとしたサインが他にも多くあります。たとえば、「どうせ……」「こんなもん」「大して」などといったことが口癖になっていることです。何事にも、悲観的になっていたり、結果に関して諦め気味だったりするのは、希望が薄れてポジティブな世界が見えにくくなっていることを示しています。優しさ、おおらかさ、寛大さが減り、イヤミや皮肉が思わず出てしまうのも、希望が薄れていることを表していることがあります。

希望の理論

 心理学者のSnyder (Snyder et al., 2002)は、希望には、目標に向かって進むための道筋をイメージできることと、その道筋を進んでいく行動と意志の2つが重要であることを指摘しています。とてもシンプルでありながら、希望をうまく表しています。自分の目標を実現する道筋が見えない、または道筋がはっきりしているのにどうしてもそれを叶えるための意志がくじかれるとき、私たちは希望が薄れてしまいます。希望があるとき、私たちのなかにエネルギーが生まれてきます。それはちょっとした嫌なことも向き合えたり、ここぞという局面でもう一息頑張れたり、失敗しても、諦めずもう一度挑戦することを後押ししてくれる力です。人の前向きさの原動力なのです。 

Entrapment―身動きがとれなくなること

 それではどんなとき人は希望を失うのでしょうか。1つは挫折や喪失です。一生懸命勉強を続けてきて不合格という結果を前にしたとき、とてもショックで、一気に希望が崩れ去る瞬間です。恋人から別れを告げられるときも、自分のなかに温めてきた希望が一瞬にして壊れてしまうでしょう。これまで育てて大切にしてきた何かが失われるとき、私たちは希望を失います。
さらにもっとゆっくりとですが、着実に希望が失われていくプロセスがあります。それがentrapmentがあります(岩壁,2019)。entrapmentとは罠にはまること、身動きがとれなくなることを指します。たとえば、「30年ローンでマイホームを建てた。仕事は本当にきつくてやり甲斐も感じない。上司にも冷たくされる。でも、辞めたら家族が路頭に迷うから定年までずっと我慢しなければならない」というような板挟みの状態です。「旦那が耐えられない、離婚したいが子どもも小さく、経済的にも自立できない。このままずっと息が詰まるようなアパートで夫と過ごさなければならない。子どもは小さいから家から出られない」というように、身動きのとれない、そして出口が見えてこないような状態です。蟻地獄にはまってしまったように、努力してもどんどん深く足元がとられてしまうような感覚を作りだします。これほど極端な状態でなくとも、日常的に似たような状況は数多く見られます。「自分に仕事があっていないと分かっている、でも勇気がなくて転職できない。満たされないままずっと過ごさなければいけないのだろうか」「今の生き方だと自分は満たされないのは分かっている。でもどんな一歩を踏み出せば良いのか手がかりももてない」このような状態がより一般的にみられるentrapmentです。
 
 Entrapmentの重要な要素は、一人で抱えているという主観的な感覚です。上のマイホームの例でも、妻や家族には打ち明けられない、または言ってはいけない、言っても分かってもらえない、と感じ、孤独のなかにこの無力さを生きている感覚が生まれます。苦しいけれども、それを分かってもらえる人がいないとき、希望が失われていきます。

からっぽの希望

 希望がもてないとき、私たちは偽りの希望を作ってしまうことも多くあります。たとえば、彼氏が出来たら幸せになれる、新しい車を買ったらモテるようになる、など、自分を思い込ませたりします。しかし、このような希望は実現しないことも多いのです。実際にそれらを手に入れたとき、自分が満たされないままであることに気づかされることも少なくありません。おそらく、これらのことは、自分のなかにある不安を隠すことになってしまい、自分のなかにある目を向けるべきニーズが見えないままになってしまうためです。もし、その部分に気づくことができないと、次から次へと偽りの希望でごまかし続けなければいけないからです。

失望を分かち合う

 それでは、希望を作りだすために何ができるのでしょうか。1つは、つながりを作りだすことです。孤独なときに、周囲に人がいてくれれば寂しさを紛らわすのに役立つかもしれません。一緒に賑やかにしてくれれば苦しい気持ちも吹き飛ぶかもしれません。ただし、周囲の人があなたの気持ちに気づいていないとき、あなたがその気持ちを隠して明るく振る舞っているとき、希望は生まれてきません。逆に、他の人たちの存在は疎外感を余計に強くすることにもなりかねません。他者の存在が、希望を生み出すのは、希望を失ったその辛い気持ちを理解してもらえるときです。自分が辛いことを、そのもっともひどく辛いどん底の気持ちを見せられることができると「分かってくれる」人がいると「解決するための道」が開かれるからです。「こんなにひどいことを話しても訊いてくれる人がいる」と感じられるとき一人ではなくなり、問題を解決するための道が拓かれます。

遊び心と発見

 希望を失ったときに希望を作りだすためのもう1つは、あなたの関心やクリエーティビティ、遊び心を刺激することです。クリエーティブと言っても、必ずしも絵を描いたり、音楽を演奏したりすることではありません。それは日常のちょっとしたことを意識して遊び心をもって物事に取り組むことです (Proyer & Ruch, 2011)。それは人によって異なり、1つの正解はありません。人によっては、毎日異なる紅茶を時間をかけて入れることかもしれません。毎朝、ちょっと早く起きて時間をかけて散歩することかもしれません。そして草木に目をやり、毎日の変化に気づくことかもしれません。人から認められる必要も、人に自慢する必要もない、何か密かな喜びで良いのです。意識をしながらやることで普段は気づかないようなことに気づき、驚かされ、いつもとは異なる世界が見えてくるのです。

 知らず知らずのうちに自分の生活に作られた枠から外に出ること、そして当たり前のようにやっている毎日の出来事に変化をもたせることで、ちょっとした発見が起こります。どんなことであれ、楽しみにすることがあると、私たちの生活は、活気が出てきます。これらの小さな力は少しずつ広がり、ちょっと大変なことでも、ストレスでも、なんとかがんばろうという力が生まれてきます。行き詰まった感覚から脱出するためのきっかけを作りだします。希望がもてなくなっているとき、私たちのポジティブな感情も起こりにくくなっています。ポジティブな感情を刺激して関心が広がるとき、新しい可能性がいろいろなところにあることに気づけるようになります。

現代社会の希望のもちにくさ

 コロナの世界的流行、経済危機、戦争、温暖化による深刻な環境問題や自然災害などが次々と起こり、明るい未来像を描くことはとても難しい時代です。そのようななかで希望を作りだしていくことは簡単ではありません。ただし、希望は人から人へ広がり、より大きな力になっていきます。

 希望がもてないとき、絶望を感じるとき、カウンセリングはとても役立ちます。希望を失ったとき、そこにはあなたの大切にしていた何かが壊れてしまっているはずです。それを振り返り、カウンセラーと見直すことによって、喪失から大切なことを学び、1つの経験として納めることが可能になります。一人で抱えずに、もう一人の他者とそれを分かち合うことで重荷を軽くし、解決法を見つけることが可能になります。行き詰まりを感じるとき、もやもやが続いているとき、口から思わずイヤミや皮肉が漏れてしまうとき、カウンセリングという道がそこに拓かれていることも知っていてください。

文献

岩壁 茂. (2019). 傷 ― 抱きしめること(embrace)・手放すこと (let go)  臨床心理学, 19, 1-6.
Proyer, R.T., & Ruch, W. (2011). The virtuousness of adult playfulness: the relation of playfulness with strengths of character. Psychology of Well-Being 1, 4.
Snyder, C. R., Rand, K. L., & Sigmon, D. R. (2002). Hope theory: A member of the positive psychology family. In C. R. Snyder & S. J. Lopez (Eds.), Handbook of positive psychology (pp. 257–276). Oxford University Press.

著者プロフィール

岩壁茂(いわかべ・しげる)
カナダMcGill大学大学院カウンセリング心理学専攻博士課程修了。心理学博士 (Ph.D.)。2000年札幌学院大学人文学部専任講師。2004年3月よりお茶の水女子大学大学院人間文化研究科助教授、2022年3月まで 同大学基幹研究院 人間発達科学系 教授。2022年4月から立命館大学・総合心理学部・教授。2020年The Society for the Exploration of Psychotherapy Integration理事長、2023年The Society for Psychotherapy Research副理事長を務める。専門分野は、心理療法のプロセス研究で、「人はどのように変わるのか」という変容プロセスに関する研究とプロセス研究に基づいた心理臨床の指導を行っている。研究テーマは、感情と心理療法、心理療法統合、セラピストの困難と治療的失敗、臨床家の職業的成長と訓練、心理療法における文化。英語、日本語の著書および論文が多数ある。主な著書として「改訂増補 心理療法・失敗例の臨床研究―その予防と治療関係の立て直し方」 (2022) 金剛出版.「はじめて学ぶ臨床心理学の質的研究―方法とプロセス (2010)」 岩崎学術出版社.など

著書


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