心理支援アクセスの問題を改善するためにー心理検査のオンライン化が目指すもの(金子書房 代表取締役常務:金子賢佑)
はじめに
私たち金子書房は、2020年10月に心理検査をオンラインで実施・採点できるプラットフォームをリリースいたしました。本プラットフォームは、リリースから2カ月で150を超える医療機関や企業、大学などの研究機関から導入の申し込みを受けています。
心理検査のオンライン化は、なぜ今求められているのか。そして、私たちは本サービスを通じて、何を目指すのか。データを読み解きながら、日本における社会課題としてのメンタルヘルス、心理支援アクセスの問題、テクノロジーを通じて達成したいビジョンについて本記事では記載します。
心理検査とは、「心理的援助を求める人の特性を、観察・測定を通じて把握。今後の治療計画に役立てる」もののことです。血液検査やレントゲンと同じく、症状の原因を把握したり、今後の治療や支援の方針を立てるという点では医学的な検査と役割は近似しています。日本の診療報酬制度の対象ともなっており、医療場面でも活用されています。(*1)
・「D283 発達及び知能検査」
・「D284 人格検査」
・「D285 認知機能検査その他の心理検査」
臨床で使用される心理検査は海外ではすでにオンライン化が進んでいたにもかかわらず、日本ではほとんど進んでいませんでした。
国内でも多くの心理検査を刊行してきた会社として、この領域において、ITという新たな選択肢を増やしたいと思います。そしてIT化を通じて「メンタルヘルス」という社会課題に挑んでいきます。想いの丈を込めた記事です。どうか最後までお読みいただけると幸いです。
メンタルヘルスという社会課題
まず、日本におけるメンタルヘルスに関わる数字を整理してみましょう。人口10万人あたり自殺者数は、主要先進国(G7)の中ではワーストの14.9人です。(*2)
(OECD (2021), Suicide rates (indicator). doi: 10.1787/a82f3459-en (Accessed on 13 January 2021より筆者作成))
精神疾患の患者数もまた、増加の傾向にあります。最新のデータでは419.3万人です。2002年から2017年までの15年間でおよそ161万人増えました。日本で2番目に人口が多い都市である横浜市の人口が374万人ですので、それよりも多い患者数が記録されていることがわかります。(*3)
(出典)厚生労働省 患者調査より筆者作成
また、 全国健康保険協会 傷病手当金支給データによると、若い世代を中心に「精神および行動の障害」での申請が多かったことが報告されています。(*4)
(全国健康保険協会 現金給付受給者状況調査(平成28年度)より筆者作成)
そして、若い世代の死因のトップには自殺が多いというデータもあります。この統計も、先進国の中ではワーストクラスの水準です。(*5)
(出典)(厚生労働省(2009).教師が知っておきたい子どもの自殺予防より)
こうした統計データが示すように、メンタルヘルス領域において、日本は課題が多い国であるということは間違いありません。そして、スマートフォンを当たり前に持っていて、SNSを活用するような、そんな若い世代も多くの悩みを抱えていることがわかります。
心理支援アクセスという課題
メンタルヘルスにおける課題先進国の一つであることについて述べました。では、こうしたメンタル不調について早期に発見し、対応できる状況は日本においてどの程度整っているのでしょうか。
もともと、心理支援のアクセスは多くの人にとって、あまり積極的な手段ではないことが考えられます。独立行政法人中小企業基盤整備機構「市場調査データ 心理カウンセリング」の調査(*6)では、心理カウンセリングを「利用したことがない」が全体の94%でした。また、「あまり利用したくない」「全く利用したくない」は合わせて67%でした。このように、一般に心理支援に対するそもそもの社会・心理的な課題があることが挙げられます。
(独立行政法人中小企業基盤整備機構(2020).「市場調査データ 心理カウンセリング」をもとに筆者作成)
これらに対して、メンタルヘルスに対する啓発活動などでハードルを下げるというアプローチももちろん重要ですが、そもそも構造上支援を受けにくい人達がいることは見逃せません。例えば、勤労世代であれば、日中に病院に行くのは会社を休まなければならないなど時間的な制約や、そもそも地域によっては遠くてアクセスしにくいといった物理的、距離的な制約を受けてしまうという難点があります。結果として、「もっと早くこうしておけば…」となりかねない状況になっています。
もっとアプローチしやすい手段を用意することで、心理的な支援を受けるということがもっと一般的になっていくかもしれません。その意味では、メンタルヘルス支援の供給構造自体が変わっていかなければならない部分もあると考えられます。
例えば、自動車が普及する前は、馬が長距離移動の手段でした。T型フォードの登場で、安価に購入できる自動車が普及したことで、人の移動範囲や物流は劇的に変わり、今やあるのが当たり前になりました。「車に乗る」ということに疑問を持つ人は今ではほとんどいないでしょう。このように、そもそも普及の仕方が変われば、「心理支援を受けたいかどうか」という人の意思も大きく変わる可能性は十分にあると考えられます。人の意識は、大いにその社会環境に左右されるものだからです。
現在は、政府も民間もこの環境の改善のために取り組んでいます。公的な制度であれば公認心理師の国家資格化や、ストレスチェックの義務化など支援のための法的制度も整備されました。支援の手段としても遠隔診療やオンラインカウンセリングなど、時間や距離的な制約を乗り越えられるテクノロジーを活用した手段もいくらか準備されています。
こうした新たな取り組みもあり、その市場規模は年々大きくなってきています。シード・プランニング社は、2012年から2020年にかけてEAP・メンタルヘルス市場がおよそ3.2倍になるという予測をしました。(*7)また、この領域で事業を展開している東証一部上場企業である㈱アドバンテッジ リスク マネジメントなども年々連結売上高を伸ばしています。(*8)詳しく調査したデータが少ないものの、00年代に比べれば10年代は心理支援へのアクセスは年々、改善したと考えられます。
しかし、カウンセリングの利用にあまり前向きではない層が多いデータが示すように、浸透はまだまだと思われます。さらなる発展が必要な領域であると考えられます。
心理支援アクセスと心理検査の関係
-わたしたちが心理検査のオンライン化が必要だと考えるようになったきっかけ
さて、ここまで私たちがメンタルヘルスの課題先進国であること、そして心理支援アクセスの問題について触れました。心理検査もまた、心理支援アクセスの問題に関係してきます。
日本の医療政策を決める重要な役割を担っている中央社会保険医療協議会(以下、中医協)という機関があります。中医協とは、日本の健康保険制度や診療報酬の改定などについて審議する厚生労働相の諮問機関のことです。
中医協にて、2015年10月23日の資料に児童精神科に関する論点がまとめられました。(*9)
そこには驚くべきデータが記されていました。
・児童・思春期精神疾患においては、症状に気づいてから、専門医療機関を受診するまで、平均で2.2年を要していた。
・児童・思春期精神科診療を担う医療機関においては、未だ診療の待ち時間が長い状況が続いている。
・児童・思春期精神科においては、診療に時間を要することが多く、診察を希望する児の多さ、診察ができる医師の少なさ等と相まって、診療待ちの期間の長期化につながっている。(画像)
そこには、弊社の刊行している心理検査とともに、児童・思春期精神科の診療に時間がかかってしまう点が記載されていました。ADOS-2も、ADI-Rも、弊社の大事な商品です。
心理検査は、質問紙法に加え、観察方式や面接方式など、様々なレパートリーがあります。ここに挙げられたADOS-2やADI-Rにおいて、丁寧かつ時間をかけて実施するのは質の高い支援のために不可欠です。
そして、児童・思春期精神科領域は慢性的な医師不足もあり、検査だけが待機患者問題を発生させているとは限らないでしょう。
しかし、この資料は心理検査に時間がかかることが、心理支援アクセスの問題に直結するという重要な示唆を私たちに提供してくれました。ここから着想を得て、心理検査のオンライン化という解決策に進むことを決めます。
臨床場面で使われるような心理検査は、ほとんどが紙と検査用具を中心としておりいわばアナログの商品が中心です。紙であるメリットも、もちろんあります。柔軟に書き込むことができますし、手で渡して回答してもらうという形式のやりやすさもあるでしょう。しかし、紙の限界もあります。手採点が中心にどうしてもなってしまいがちですし、遠隔で実施しようものならば郵送して往復だけで数日かかってしまいます。
ソフトウェアという選択肢がなく、こうした手間がかかってしまうことは、結果として専門職の仕事を多忙にさせ、早期介入が必要な人がなかなか予約が取れないということに繋がってしまうといっても過言ではありません。
また、本来はもう少し丁寧にアプローチが必要な人にも、検査が遠隔で実施できないがゆえに適切な介入ができない可能性があります。
こうした状況を鑑みて、小さな会社ですが、社運をかけてこのサービスを開発する決断をしました。
心理検査オンラインが可能にすること
心理検査のオンライン化は、以下のようなことを可能にします。
①時間や場所にとらわれず、検査を実施することができるようになります。
これにより、忙しくてなかなか時間を取れない人や、物理的な距離で支援へのアクセスに時間がかかる人のハードルを下げることができます。
②検査者は、回答者が回答したらすぐに結果を閲覧することができます。
採点が自動になることで、手採点にかかっていた時間をより他のことに充当することができます。結果として、よりクライエントのことを考えることができるようになるかもしれません。
また、研究面においては結果データを紙であれば都度スコアなど結果をPCに打ち込まないとデータを取扱いにくいという難点がありますが、こうした作業もカットすることができるでしょう。
③オンラインカウンセリングの質の向上
オンラインカウンセリングにおいて、デメリットとして挙げられているのは「得られる情報量が少ない」「相談員がどんな人なのかが、見えにくい」「言語能力が低い人の場合、相談が深まりにくい」といった点です。(杉原保史、宮田智基 編著(2019)『SNSカウンセリング・ハンドブック』より)(*10)
現在、おもにオンラインでのカウンセリングはZoomや通話などのコミュニケーションツールを使った対話型のものや、SNSやメールを活用したテキストをベースにしたものにしたものが主でしょう。
この「得られる情報の少なさ」に対し、オンラインでの検査を同時にできるようになると、「悩み」を把握する上で重要な情報をつかむことができるきっかけになるはずです。
スクリーニングなどがもっとオンラインで出来るようになれば、場合によっては医療機関にリファーすべきかどうかまで含めてカウンセリングの場面でももっと意思決定がしやすくなるでしょう。
メンタルヘルスという社会課題に挑む
現在、心理検査オンラインに搭載されている検査は、性格検査のTEG3のみです。しかし、今後はより多くの検査を搭載し、あらゆるメンタルヘルスの介入がワンパッケージでできるシステムにしていくことを目指します。
例えば、Nintendo Switchやプレイステーションのようなゲーム機を買えば、ゲーム機がプラットフォームとなって多くのゲームソフトを楽しむことができます。
心理検査オンラインもまた、アカウントを取得するとあらゆる検査ソフトを実施できるプラットフォームを目指していきます。
心理検査のオンライン化は、メンタルヘルスという社会課題に向き合うための一つのツールとなりうると私たちは信じています。
SDGsには、「03.すべての人に健康と福祉を」という項目が挙げられています。既に見てきたように、メンタルヘルスという社会課題が日本にはあります。少しでも助けを求める人が、適切な支援にたどり着くためには、「すべての人に健康と福祉を」という理念のもと、心理支援へのアクセスが改善していくことが重要であることには変わりがありません。
この記事は、どちらかといえば心理検査オンラインに関心を持っていただいている専門家の方向けに書きました。
少しでも助けられる人を増やしたい
その想いはきっと私たちと共有できるものではないかと思っています。
一緒に、日本のメンタルヘルス業界の2020年代の歴史の1ページをつくっていきませんか。この業界をよりよくしていくことを一緒に考えていきませんか。
勇気ある一歩をお待ちしています。
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■執筆者プロフィール
金子賢佑(かねこけんすけ)
金子書房 代表取締役 常務執行役員
2012年 早稲田大学卒。マツダ株式会社 経営企画本部を経て、現職。同社のDXに注力。noteによるオウンドメディア、"メンタルヘルス×IT事業"として「心理検査オンライン」、研究機関として金子総合研究所を立ち上げる。メディアを通じた情報発信と、実践ツールとしての心理検査の開発・販売を通じ、「人のこころを大切にする社会づくり」への貢献を目指す。
■参考資料
(*1)Understanding psychological testing and assessment / APA をもとに記述
(*2)OECD (2021), Suicide rates (indicator). doi: 10.1787/a82f3459-en (Accessed on 13 January
(*3) 精神疾患患者数 より図表を筆者作成
(*4) 全国健康保険協会 現金給付受給者状況調査(平成28年度)
(*5) 厚生労働省(2009).教師が知っておきたい子どもの自殺予防より
(*6) 独立行政法人中小企業基盤整備機構「市場調査データ 心理カウンセリング」をもとに筆者作成
(*7) https://www.seedplanning.co.jp/press/2016/2016122701.html
(*8) https://www.armg.jp/ir/highlight.html
(*9) 中央社会保険医療協議会 総会(第308回) 議事次第
(*10) 杉原保史、宮田智基 編著『SNSカウンセリング・ハンドブック』
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