共有体験にあふれた「古くて新しい生活様式」を!(近藤 卓 日本ウェルネススポーツ大学教授)
いのちの教育、自尊感情、PTG(ポスト・トラウマティック・グロウス)など、生きる上で大切なこころの在り様について探求して来た近藤 卓先生。
近藤先生が語る、今、心がけたい人と人との間の共有体験について、あなたはどう考えますか。
広がっていく「果てしない網の目」
現代社会では、とにかく人とつながること、交流することが重要視されています。SNSは、そのための道具として急速に発展し、人々の間に浸透していきました。現在進行中の人との関係だけでなく、かつて関係があった人とも、さらには見知らぬ人とでさえつながれます。
とにかく、ありとあらゆる引っ掛かりを機械が見つけ出して、社会的な網の目を作ってしまいます。つながりが増えて、複雑に絡み合って、交流が深まる部分もあるかもしれません。
とにかく、そこでは「友だち」をたくさん作ることとか、「いいね」をたくさんもらうことが大切です。顔が見えなくても、ときには名前さえわからなくても、誰かが自分を知ってくれている、見てくれていることが支えになります。「こんなに多くの人たちが私を見ている。だから自分には価値がある」という思いで、「すごい自分」(社会的自尊感情)が支えられます。ここで大切なのは、どこまでも広がっていく無限に「果てしない網の目」です。
身近なつながりの「閉じた網の目」
でも本当は、つながることの一番大切なことは、身近なつながりを確実なものにすることなのだと思います。特に子どもにとってみれば、親や親に代わる養育者、きょうだいなど、身近な人たちとのつながりを強固で確実なものにすることが、人や社会を信じることができるようになるための出発点で、最も大切な心の土台になるのだと思います。
今折しも感染症の広がりで、外に出られない、人と会えないことによって、そのことが、図らずも実現されている面もあるようです。事情によってさまざまだとは思いますが、家族が揃って家で過ごす時間が増えている家庭も、あるのではないかと思います。そんな状態が、数ヶ月も続いています。かつては当たり前だった、「古くて新しい生活様式」が広がり、浸透しつつあるように感じられます。
大切なことは、たくさんの人や、縁遠い人とつながることではないのです。特に子どもにとっては、家族と少数の限られた友だちが最重要です。「ありのままの自分」(基本的自尊感情)を育むために必要なことは、身近な人との共有体験です。それが、しっかりと子どもを支える、安全網としての「閉じた網の目」を作っていくのです。
ほんの数人でも「大切なすべて」
芸能人や人気商売をしている人にとっては、多くの友人や支持者の存在が大切でしょう。今や、一億総芸能人化の様相を呈しているように思われます。その傾向は、マスメディアの時代から、ソーシャルメディアの時代に入って、ますます顕著になってきたようです。
誰もが、容易にメディアの発信者になれるようになったからです。人気を得ることや「いいね」をもらうことが大切だという、思い違い、勘違いです。
でも、普通に生活している子どもたちにとって、友だちをたくさん作ることや、多くの人々の人気を得ることが必要なのではないのです。みんなと友だちになること、誰とでも仲良くできることが大切なのではなく、数少ない信頼できる心を許せる友だちが大切なのです。大切なのは、ほんの数人の、心許せる友だちです。子どもにとっては、それが世界のすべてです。
「みんな持ってるから、ぼくにも買って」とせがまれた親は、
「みんなって誰なの」と問いただします。
子どもは、ほんの数人の名前をあげます。
「それは、みんなじゃないでしょ」と、親は子どもの要求を却下します。
でも、子どもにとっては、その数人がみんなであり、小さな社会であり、世界であり、そして「大切なすべて」なのです。
「すごい自分」と「ありのままの自分」
「果てしない網の目」で育まれる「すごい自分」も大切です。誰でも、ほめられたいし、認められたいものだと思います。でも、それだけに頼って生きていくのは、辛いものだと思います。いつでも、必ずうまくいくわけではないからです。失敗したり、負けたりした時、「すごい自分」はしぼんでしまいます。
そんな時に、支えになるのが「閉じた網の目」で育まれる「ありのままの自分」です。ほめられなくても、失敗しても、負けても、自分は自分なのだと、自分をありのままに受け入れ認める気持ちが育っていることが大切です。
この気持ちを育てるために、なくてはならないのが「閉じた網の目」の中での、身近な家族や友だちとの共有体験です。一緒に時間を過ごして、同じものを見たり、同じように感じたりすることです。道端に咲いた一輪の花を見て、一緒にきれいだなと感じることです。そのことを通して、子どもたちは「自分の感じ方はまちがっていない」「自分はこのままでいいのだ」と確認し、「ありのままの自分」がしっかりと育まれていくのです。
「すごい自分」にばかり目が行っていたこれまでの生活から、「ありのままの自分」をしっかりと意識した、共有体験にあふれた「古くて新しい生活様式」に転換する絶好の機会なのかもしれません。「すごい自分」と「ありのままの自分」という二つの意識の、調和と均衡が求められているのです。
(著者プロフィール)
近藤 卓(こんどう・たく)
日本ウェルネススポーツ大学教授。専門は健康教育学。子どもの自尊感情といのちの教育を主として研究と実践を行なっている。
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