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不可視の攻防―日本社会の強みとは何か、あらためて考える(菅野泰蔵:東京カウンセリングセンター所長) #つながれない社会のなかでこころのつながりを

今回の感染症は、世界中の国々で、その国の事情に応じた様々な方策を取っていくのが見えました。そこには、各国の国民性も現れていました。この感染症への対応から見えた私たちの姿はどのようなものだったでしょうか。東京カウンセリングセンター所長の菅野先生が語ります。

自由と感染

 全世界的な拡大を見せる新型コロナウィルス禍だが、数ヶ月が過ぎ、さまざまな考察が可能になってきたように思う。私が関心をもつのは、各国の国民性や文化の違いが被害に多大な影響を及ぼしているのではないかということだ。

 その問題意識が強くなったのは、感染爆発が起こり始めたころのイタリアでの街頭インタビューを観たときである。画面では、若いイタリア人カップルが不敵な笑みを浮かべながら「状況はたいへんだけど、僕はキスもハグも止めないよ」と話していた。いまだ事態の深刻さを理解していないことや、世代特有の強がりが多分にあるのかもしれないが、少なくとも同じような日本の若者がカメラを向けられればほとんどこういう答えはしないだろうなと思った。

 そして思うのは、やっぱりラテン民族だなあということである。当時、ヨーロッパでもウィルス禍がとくに深刻なのは、イタリア、フランス、スペインであったことを思えば、この類推は間違ってはいないように思えた。

 しかし、もう一歩考えを進めてみた。イタリアの青年の発言が私たちに違和感や不快感を及ぼしているとすれば、他の災害と違って、感染の問題はそういった行動が許されないという認識があるからだろう。たとえば、台風が接近している海岸に出向き、高波にさらわれるという出来事があっても、それはその人が死ぬだけのことだ。しかし、感染症では、自分が感染すれば、自分だけにとどまらず、他の人をも危険にさらすことを意味する。いわゆる「自己責任」だけでは済まされないという認識である。

 けれども、このような認識は、日本人には自明のことであっても、海外では案外とそうではないのかもしれない。このような他者と自分との関係、言い換えれば「公」と「私」との関係、私たち日本人が自身の行動基準の寄る辺として、どのような比重のかけ方をするべきかいつも迷っているような人間関係のあり方や文化は、諸外国ではあまりなじみのないことかもしれない。

 そこで、当初は「ラテン系」という括りをした私だが、すぐにこれをいわゆる個人主義的な文化の強い国と修正した。そして仮説が立った。新型コロナウィルスの被害は、個人主義的な文化が強い国ほど、「私」が強い国ほど、甚大なものとなるのではないかと。「個人主義」ですぐに思いつくのはアメリカである。当初アメリカ人の多くは対岸の火事と見ていたようだったが、その後またたく間に世界でいちばん被害をこうむる国となった。

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ドイツの医療

 この仮説を逆証するものとして、ヨーロッパの中心にありながら、際立って低い死亡率を維持するドイツを例に挙げることができる。ドイツでは、さかのぼれば世界最古といわれる医療保険制度が綿々とあるが、その伝統に加えて、ベルリンの壁の崩壊による資本主義と社会主義の融合があった。それが所得税率40%、消費税率20%という、ほとんど福祉国家のような現在の国づくりにつながっているとも考えられる。
 ドイツには及ばないものの、日本の皆保険制度もなかなかである。が、世界を見れば、そもそもこのような制度を築くこと自体が困難な国が多い。たとえば、アメリカでは、自分の拠出金が他人の医療費に充てられることに多くの人が拒否感を持っており、そうした制度は「共産主義」であると揶揄もされる。
 けれども、日本でもドイツでも、自分たちが共産主義者だと思っている人はほとんどいないだろうし、それどころか自由主義経済の自由を満喫していると感じているだろう。しかし、そのような自由主義的な個あるいは「私」を持ちつつ、一方で同じように他者の利についても配慮することに重きを置くこと、それが人と人とのかかわり方の基本であるという考えがドイツや日本の社会の基盤となっていると思われる。とくに日本では、400年以上も内戦のない国に暮らしてきた中で、人々は互助、互恵こそが弱者がよりよく生きる方法だいう考え方が根づいていったのではないだろうか。

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日本の死亡率

 さて、日本での感染者数や感染率などの数字は、分母となる検査数が少ないことをもって当てになるデータではない。その中でひとつ指標となり得るのはこのウィルスによる死者数である。(感染者数が当てにならないので、致死率も当てにならない)

 人口あたりの死者数、すなわち死亡率で言えば、ドイツを除く欧米の死亡率に比べ、日本の死亡率は驚異的なほどに低い。今後、検査数が増えるほどに感染者数も死者数も増加するのは確実だが、死亡率にかんしては世界に比してひじょうに低い水準を維持するだろうと思われる。おそらく感染率にかんしても、同じ予測が成り立つのではないかと思われる。

 というのも、政府の失政により、当初は爆発的な感染が危惧されたけれども、お上があれこれと言う以前に、私たち日本人は「他の人に迷惑をかけない」「ルールを守る」といった、日本的な共同体性を発揮するからである。それは阪神・淡路、東日本の大震災のときにも発揮され、世界を驚かせたものと同根のものであろう。

 私たち日本人の多くは、このような共同体的な感覚を自分のうちに宿しており、それがこのような事態に対して何よりの強みとなっているように見える。たとえば、都市封鎖の施策を打ったところで、それが守られなければ意味はない。アメリカでは武装した市民が封鎖解除を要求する事態も起きた。個を重んじる自由主義の頂点にある国でのわかりやすい現象がこれである。

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自由と秩序

 心理学や精神医学のテキストにも載っているように、パーソナリティ論の中で、日本とドイツはよく似ていると言われてきた。緻密さ、生真面目さ、秩序を重んじることなど、それらは両国に多いうつ病の素養とも重なるが、コロナ禍にあっては、守るべきルールに対する遵守性はひじょうに高い。さらに、日独は、現在OECDの中でも1位と2位の少子高齢化社会であることも共通している。新型コロナウィルスは、高齢者に対してより死亡率を高めるわけであるから、両国の死亡率の低さはさらに評価を高めるだろう。
 ただし、礼賛ばかりでは難しい課題も残る。このような社会にあっては全体主義への芽が枯れることもないのだ。そう遠くない過去に、日独では、同じように専制的な軍事政権を生まれたことを忘れてはならない。
 一方、封鎖解除に対してデモが生まれるアメリカではあるが、ベトナム戦争当時においても全土で平和運動のデモがわき起こった。自国が戦争をしている中で戦争反対のデモが起こるというあり方、決して一色には染まらないあり方もまた自由主義ならではのことであり、これに対する尊意を捨てるべきではない。

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日本の特異性

 一方、自由主義下にありながらも、日本という国はかなり特異である。私たち日本人は、小さい頃から「他人に迷惑をかけないように」と訓育される場合が多く、そうやって培われる自-他意識が、見えない糸となってこの社会の基盤を織りなしているかのようである。それは自由主義というよりも、多分に土着的な社会主義と言えるかもしれない。

 たとえば、私はマスクの効用をあまり信じていない。しかし、それでも着用しているのは、周囲の人を不安にさせないためだ。そこには、実際に「迷惑をかけない」「移さない」こと以上の意味がマスクにはある。そのときマスクは本来の機能から遊離し、半分は人々に安心を導くための記号となる。私たちはマスクという記号を他人と共有することで、自分たちが同じ社会の中(共同体)を生きていることを不断に確認するのだ。私たちの自ー他意識、人とのつながりは「見えない糸」ではあるのだが、それがマスクというかたちとなって顕在化しているとも言える。

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 新型コロナウィルスのパンデミックは、各国の社会のあり方、人と人のつながりがどのようなものであるかを浮き彫りにする。世界で最強と目される国が、このような事態に対しては最弱となってしまう逆転現象に着目するならば、私たちはこれから先どのような社会を求めればいいのかを考えるよい機会を得ていると言えるだろう。(ちなみに、個々のレベルで見れば、このような状況下では、活動的で社交的な人にこそ危険が及び、最強は”引きこもり”の人である)

 そんな中で世界が着目するべきは、ほとんど何の対策準備もなく、オリンピックなどもあって初動も遅れた日本ではないだろうか。振り返れば、リーマンショック以前には経済大国であった日本に対して、欧米はその強みが日本独特の組織にあり方にあることを理解し、それを学ぼうとしていたのだった。あるいは、サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムは「日本を日本化する」と宣し、日本人が忘れている日本人の強みをチームの中核に置こうと試みた。

 そのような日本独特の組織のあり方、人と人とのつながりは、残念なことにバブルの崩壊以後かなり衰退したのだが、それこそが日本の大きな特長であり、そして強みであるということを、私たち自身も再確認することができればと思うのである。

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(執筆者プロフィール)

菅野泰蔵(すがの・たいぞう)
東京カウンセリングセンター所長。
カウンセリングを社会に定着させるべく、東京カウンセリングセンターを立ち上げ、現在その所長を務める。多くの読者を集めた『こころの日曜日』シリーズ(法研)ほか、著書多数。
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