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若者の「働く」に新しい選択肢を ~ これからの社会とつながるために~(工藤 啓:認定NPO法人 育て上げネット 理事長)#こころのディスタンス

コロナ禍をきっかけに、私たちの働き方は大きく変わりつつあります。そうしたなかで、「働きたいけれども働けない」若い世代の人々が社会とのつながりを取り戻すために、今後どのような考え方が大切になってくるでしょうか。無業(ニート)・ひきこもり・フリーターの若者の就労支援に取り組んでいる、認定NPO法人 育て上げネット理事長の工藤啓さんにうかがいました。

コロナ禍が「働く」風景を変えた

 画面の向こう側に映る他国で広がる新型コロナウイルスの話は、あっという間に私たちの生活を覆い、暮らしを一変させました。外出制限がかかり、街からひとの姿が消えました。

 ある金曜日の夜に駅周辺の繁華街をジョギングしてみると、いつもはひとで賑わうエリアが静寂に包まれていました。飲食店は閉まっており、視野に入るひとはフードデリバリースタッフだけ。これまで見たこともない風景に少し気分が悪くなりました。

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 そのようななかで、私たちの「働く」にも少し変化が見られました。満員電車に揺られて職場に向かうのが当たり前の生活であったひとたちの一部は、自宅からインターネットを使って仕事をするようになりました。「少し」とつけたのは、やはりテレワークで働くようになったひとも一部に留まっているためです。

 飲食サービス業や宿泊業を中心にシフト減少や休業となるひとがおり、倒産や事業整理によって失業したひとも増えています。その一方で、必要不可欠な仕事―― 医療従事者、スーパーの店員、バスの運転手など ―― を担う「エッセンシャルワーカー」の仕事は人手不足となっている現状もあります。

予想していなかった若者の言葉

 認定NPO法人 育て上げネットは、これから働いていきたいと考えている若者への就労支援を行っている団体です。長く自宅から出ることが難しかったり、以前の仕事で心身にダメージを負って、働きたいけれど不安や怖さが残っている若者などが来ます。

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 本年(2020年)4月頃は、職員に対してテレワークを推奨していましたが、緊急事態宣言を受けて原則テレワークにしました。インターネットや電話を使って支援を継続しながら、自宅でどのような生活をしているのか、困っていることはないか、不安や緊張は高まっていないかなど、若者と連絡を取り合いました。

 ジョブトレという支援プログラムを経て、働いている「卒業生」にも休業やシフト減少、失業している若者もいるのではないかと、状況の把握に努めました。実際にそのような若者も少なからずいたわけですが、比較的「エッセンシャルワーカー」領域で働いている若者も多く、ダメージを受けているひとばかりではないことには安堵しました。

 私たちが予想しなかった話もありました。「もう限界、辞めたいです」という言葉が、若者の口から出てきたことです。ある男性は、販売業務を担っています。生活の安定を維持するため、週3、4日の勤務を継続していました。

 職場には多様な年齢層の方がいるのですが、小学校や保育園に預けられなくなり出勤が難しくなった方や、高齢の親と暮らしているため同じく出勤しづらい方も出たそうです。コロナ禍で働きづらくなった同僚のシフトを埋めるため、ほとんど休みなく働かなければならなくなったというのです。

 責任感の強い若者なのですが、いつまで続くのかわからない状況のなかで疲弊し、働き続けることがつらくなってきたと言います。似たような話はいくつか出てきました。仕事を失う若者、「働く」に向かう動きが制限されてしまった若者、そして、働いていることに限界を感じている若者と、コロナの影響はさまざまな形で若者と「働く」の関係性を変化させました。

新しい「働く」の選択肢

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 この数年、育て上げネットでは、若者に新しい「働く」選択肢を獲得する機会を提供しています。まだまだ手探りの段階ではありますが。

「働く」=「就職(雇われる)」

 多くのひとが無自覚的にそう思われているかもしれませんが、働くことは必ずしも企業に雇用されることだけではありません。最近では、副業が解禁されたり、複数の仕事を同時にこなしながら働くひとも増えていますが、まだまだ当たり前というほどではないのではないでしょうか。

 私たちは、雇われずにフリーランスで生きていけばよいと考えているわけではありません。一方、自分の得意なことや、やりたいこと、できることを「働く」につなげられるかもしれないという選択肢を持つことなく、「働くことは就職すること」、それだけを支援するのは若者の才能や可能性の一部だけを見ているに過ぎないのではないかと考えています。

就労支援はそのひとに合った「働く」を一緒に考え、伴走すること

 本来の就労支援は、そのひとに合った働き方を一緒に考え、少しでも安定して働き続けられるように伴走することだと考えています。もちろん、就職を望む若者がいれば、その実現のために寄り添います。

 他方、いつの間にか、私たち自身も働くことは就職であるという認識にとらわれてしまっていたのではないかという反省がありました。

 就職支援は、企業などに雇われるために支援をすることです。支援の内容は就職をゴールに、そこに向かって若者と方針を整えていくことからスタートすることになります。例えば、コミュニケーションが苦手であれば改善する。人混みが苦手なら少しでも慣れていく。病気を抱えていれば治療と並行して伴走する。どれも非常に大切な支援ではありますが、一方で、いまの若者が改善や治療を前提としなくても「働く」を実現できる可能性もあります。

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 ある女性は、対人不安が非常に強く、それでも働けるようになりたいと考えていました。職場に入り、仕事をしていくには少し時間がかかりそうでした。ただ、彼女にはイアリングやピアスを制作する趣味がありました。そこでひとつの「働く」チャレンジとして、それらの商品をフリマアプリを使って出品してみたところ、最初の商品は翌日に完売となりました。

 彼女はいまも無理のない範囲で出品を続けながら、週3日程度、事務職でアルバイトをしています。二つの「働く」選択肢を組み合わせ、安定した暮らしをしているようです。

 コロナ禍は、私たちにとって改めて生活や「働く」ことについて深く考えさせられる契機となっています。個人がコントロールできないことは手の打ちようがありませんが、自分自身がどう生きていくのか、働いていくのか、その考えや価値観は自分自身で作り上げることができます

 一人ひとりの若者にとって「働く」価値観や重点を置くところは異なりますが、外出に制限がある状況で、自分が安定できるには、「働く」選択肢を持っていることが改めて重要になってくると考えます。

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 どのような働き方を選ぶにせよ、本人が安定することがとても重要です。そして、どのような働き方を選んでも、社会的な安定や経済的な保障が公平に得られる仕組みは、私たちみんなが作っていかなければなりません。

 これからの社会を生きていく若者のために、社会が若者に何ができるかを考え、実践していきたいと思います。

【執筆者プロフィール】

工藤 啓(くどう けい)*認定NPO法人育て上げネット 理事長
1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立し、若者の就労支援に携わる。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。著書に『NPOで働く―― 社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン)、『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。
金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師、日本大学非常勤講師。「一億総活躍国民会議」「休眠預金等活用審議会」「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」委員など、内閣府、厚生労働省、文部科学省委員歴任。長男次男、双子の三男四男の父親。