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遠隔心理学の歴史とCovid-19(平泉 拓:東北福祉大学総合福祉学部 助教) #こころのディスタンス

Covid-19の影響によって大きな注目を集めた遠隔心理学。テクノロジーとこころの支援がどんな歴史を歩んできたのか、遠隔心理学の研究と実践を重ねる平泉 拓先生にご寄稿いただきました。

はじめに

 遠隔心理学(遠隔心理支援サービス)は、遠隔コミュニケーションの情報技術を用いた心理支援サービスの提供を指す心理学の一分野です。細くて長い歴史があります。Civid-19禍では、災害後のこころの動き(「こころのディスタンス」)も考えなくてはいけないと思います。ここでは、遠隔心理学の歴史を概観し、災害後のこころの動きについて一考します。

東日本大震災からCovid-19へ

 クライアントが相談室に来談することは、社会的にも、心理的にも、物理的にもハードルが高いことです。私は東日本大震災後の心理社会的支援に従事し、このことに気づきました。

 そこで、東日本大震災では、相談室での対面型の心理支援のほかに、訪問型(アウトリーチ型)の心理支援を継続してきました。写真は、在宅でのカウンセリングの様子です。

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※クライアントの許可を得て撮影、写真は記者の提供によるもの。

 ところが、訪問型(アウトリーチ型)の心理支援サービスは、クライアントにとって相談のハードルが下がる大きな利点があるのですが、心理士にとって時間と移動のコストが相当かかるため持続性に難点があります。

 「すべての人がどこにいても心理支援サービスにアクセスできるようにするためには、情報技術を用いた心理支援サービスが必要」

 そう決心して、2015年に、遠隔式の心理支援サービスの研究と実践を始めました。ビデオ会議ツール(Zoom等)を用いた心理療法、コンサルテーション、eラーニングシステムを用いた心理教育の開発に取り組みました。ある程度の手ごたえを感じていた頃に、Covid-19拡大防止が発令。あと10年はかかると思っていた遠隔心理支援サービスの普及が、突然に、注目を集めるようになりました。

心理士にとってCovid-19が意味すること

 Covid-19は、心理支援サービスにとって、対面式から遠隔式のプラットフォームの使用への移行を意味しているかもしれません。ある論文では、2000年時点で、心理士596人のうち2%しかインターネットや通信技術を使用していませんでした。2020年のCovid-19以前では、最新の論文によると、米国の心理士で実践の一部にオンラインを利用しているユーザーが29%でした。Covid-19以降で米国に緊急事態宣言が発令された2週間後、米国の心理士の80%以上がほぼ全ての実践をオンラインで行っていました。

 公認心理師と臨床心理士(以下、心理士)にとっては、この3か月間は、対面式の心理支援サービスが提供できない中で、どのような対応をしていくかが問われた難しい時期でした。ビデオ会議ツール(Zoomなど)を使うことに慣れて、各種ガイドラインやマニュアルを遵守し、組織のなかの心理士としてどのように心理支援サービスを再構築するかが課題になりました。

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戦争・災害と心理支援サービスの発展史?

 Covid-19という天災によって、遠隔心理支援サービスは強く注目を浴びました。未曾有のできごとにより心理支援サービスが発展する例は、過去にもあります。
 実は、第一次世界大戦と第二次世界大戦という2つの戦争は、臨床心理学の発展に寄与したと言われています(Sammons, VandenBos, & Martin,2020)

 第一次世界大戦(1914-1918年)は、心理学的検査(特に知能検査)を成長させました。読み書きのできる兵士たちには「陸軍アルファ」テストが、読み書きのできない兵士たちには「陸軍ベータ」テストが使用されたことが知られています。賛否両論あるものの、集団実施型の知能テストは民間で瞬く間に広がりました。

 第二次世界大戦(1939-1945年)では、第二次世界大戦で負傷した兵士、または戦闘で心理的崩壊に苦しんでいた兵士を迅速にリハビリするために、心理的介入の開発に拍車がかかりました。米国退役軍人管理局、米国国立精神衛生研究所や、米国の主要な大学は、心理支援サービスの専門家を養成するプログラムの開発を行いました。トレーニングを受けた心理士は、世界中でさまざまな心理支援サービスに取り組み、今日の臨床心理学の普及と発展につながったといわれています。

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テクノロジーは心理支援サービスを刷新するか?

 この問いは、正しいと思います。戦争と災害のほかにも、テクノロジーが医学と心理学を発展させてきた歴史があります。1879年、世界的に権威のある医学誌『ランセット』では、不必要な診察を減らすために電話を使用することが議論されています。

 第一次世界大戦後の1920年代には、海軍の船上の診療所に、医学的アドバイスを与えるために無線が使用されています。時を経て、1980年代には、遠隔手術と実践が報告されはじめます。1980年代から1990年代にかけて、米軍で使用されていた高速インターネットが民間に開放されて普及し、無線PCと携帯電話の普及と相まってインターネットが利用されるようになりました。

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「こころのディスタンス」のパラドックス?

 Covid-19の拡大と対応は、戦争や災害と等しく、人々のあいだに「つながる(≒ 連帯)」のこころを一時的に高めているのかもしれません。人間にそなわった自己治癒力 ――解決しようとする力のあらわれ―― に見えます。筆者になじみのあるシステム概念でいうと、“ファースト・オーダー・サイバネティクス” ――自己制御性のあらわれ―― 、のようです。

 実際に、クライアントが心配になったり、何かしないといけないと思ったり、何もできないと無力感を感じたり、心理士にさまざまなこころの動きがありました。「オンラインカウンセリング」を検討するイベントが催され、さまざまな議論が行われました。

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 解決しようとする力が、切ないことに、逆説的に問題を生んだようにみえる事例があります。個人の不利益にならぬよう、加工いたしますが、こころあたりある読者の方が少なくないかもしれません。それは、ある教育・医療機関での事例です。心理士が、ビデオ会議ツールを用いた相談をクライアントに申し出て、これを約束し、組織が大慌てになったことがありました。

 実は、「つながり」を保つ手段には、ビデオ会議ツールよりも容易に導入できる、電話相談もあります。本来は、ビデオ会議ツールを用いる場合は、組織としてオンラインのサービスの方針を整備し、クライアントへの適合性(メリットとデメリット)を話し合い、十分な説明と同意の後に導入することが大切です。

 このように、災害禍のなかにあって、「つながり」を満たす、あるいは「つながり」を補う手段として、遠隔コミュニケーションを用いた遠隔心理支援サービス(遠隔心理学)に注目が集っています。しかし、平時(アフターコロナ)になると、「やっぱり遠隔心理支援サービスよりも対面式が一番」となるかもしれません。それはそれで自然なことと思います。

 遠隔心理支援サービスの導入は、急がなくてもよいのかもしれません。心理支援サービスの発展は、災害の直後ではなく、5年~10年単位で刷新されていくものだと歴史が教えてくれているからです。今は、遠隔心理支援サービスについて正しく理解し、ツールに慣れて、組織としてオンラインのサービスを整備していくことをじっくり検討する段階と思います。

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遠隔心理学(Telepsychology)とは

 ここまで、Covid-19や過去の社会的背景、テクノロジーに触れてきましたが、本記事の最後に「遠隔心理学」について整理します。

 遠隔心理学(Telepsychology)とは、遠隔コミュニケーションの情報技術を用いた心理支援サービスの提供を指す心理学の一分野です(※)。遠隔心理支援サービスを呼ばれることもあります。

(※)遠隔心理学の近接分野に、eヘルス(eHealth)またはeメンタルヘルス(eMental health)というインターネットを介して提供される健康および心理支援の分野もあります。2000年代には、アメリカ心理学会が「遠隔心理学」(Telepsychology)を定義し、遠隔心理学のためのガイドラインを作成しています。

 遠隔コミュニケーションの情報技術には、電話、モバイル機器やアプリ、ビデオ会議ツール、電子メール、ショートメッセージ、インターネット(例えば、ソーシャルメディア)などが含まれます。クライアントとリアルタイムでコミュニケーションをとる同期システム(例えば、ビデオ会議ツール、電話)と、タイムラグがある非同期システム(例えば、電子メール、チャット)があります。情報技術は、従来の対面式サービスを補完するものであってもよいし(例えば、対面式のセッションの後に心理教育用の資料をオンラインで提供するなど)、単独のサービス(例えば、ビデオ会議を利用して提供される治療や研修など)として利用されることもあります。

▼アメリカ心理学会による遠隔心理学のガイドラインは以下です。

 APA Guidelines for the Practice of Telepsychology

 日本心理学会は、遠隔心理学の特設ページを公開しています。有志によるAPA Guidelines for the Practice of Telepsychology 日本語版のほか、遠隔心理支援サービスを提供する側のチェックリストがあります。すべての心理士が利用できます。

 遠隔心理支援サービスを利用するユーザー目線では、サービス提供者のHPをみて、以下をチェックしていただくことも大切です。

〇 遠隔心理支援サービスに関するポリシーが掲げられているか
〇 これらのガイドラインやチェックリストに準ずる手続きがあったか

 本記事の続きでは、遠隔心理支援サービスの一つである、“遠隔心理療法” (Videoconferencing Psychotherapy: VCP)の実際と、 “遠隔コンサルティング”(Tele-Consulting)の実践例を紹介します。

執筆者プロフィール

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平泉 拓(ひらいずみ・たく)
東北福祉大学総合福祉学部 助教。博士(教育学)、公認心理師、臨床心理士。
著書として、『いちばんよくわかる図解臨床心理学』(成美堂出版:分担執筆)、『家族心理学ハンドブック』(金子書房:分担執筆)、『現代と未来をつなぐ実践的見地からの心理学(改訂版)』(八千代出版:分担執筆)、『震災心理社会支援ガイドブック』(金子書房:分担執筆)、『大震災からのこころの回復』(新曜社:分担執筆)など。

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