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安心を生み出すマインドフルネス(湯川進太郎:白鷗大学教育学部教授)#私が安心した言葉

 心の安心・安定をもたらす考え方として、マインドフルネスという言葉を聞くことが増えていますが、このマインドフルネスとはどのような考え方なのでしょうか。心と身体の関係について研究を進めている湯川進太郎先生にご説明いただきました。

心配・不安な未来

 新型コロナウィルスという未曾有の疫病は、私たちの生活を一変しました。そこに横たわるのは、未来への心配や不安といった重苦しい感情です。ただ、世界にとってはコロナウィルスだけが由々しき問題ではありません。忘れてならないのは例えば、地球温暖化、格差と貧困、差別など、様々な問題が世界規模の検討課題として我々人類の面前に突き立てられています。

 各国政府から個々人のレベルまで、こうした喫緊の課題にそれぞれ真摯に対応していくことは必要なことです。確かにいずれの問題も深刻ですが、だからといって、眉をひそめて苦く暗い気持ちになる必要はありません。むしろ、問題の解決へ向けて明るく取り組むこともできるはずです。

 私たちは、決して未来に生きているのではなく(もちろん、過去に生きているのでもなく)、今ここの現在に生きています。ですから、たとえ幸せな未来のために取り組むのだとしても、相対的に今現在を不幸だと捉えることは間違いです。不幸だと捉えれば、今現在を生きることは辛く苦しいものになってしまいます。そのような捉え方をすると、今現在しか生きられない私たちは、永遠に不幸から逃れることができません。

 生きている限り、心配や不安が絶えることはないでしょう。であれば、必要以上に未来の心配や不安に苛まれることなく、できる限り明るい未来へ向けて今現在を健やかに生きていくべきです。今現在に生きる私たちにとって、それこそが安心を伴った日々の生活といえます。

湯川先生 挿入写真 過去現在未来

想像と現実

 そうはいいながら、未来を想像すると、なかなかすんなり安心はできません。おそらく頭の良い人ほど想像力(イマジネーション力)に優れていますから、そういう人は日々、心配や不安が絶えないでしょう。想像する力とはすなわち、心の中でシミュレーションをする力です。そして、想像力が豊かな人ほど、そのシミュレーションは幅広い範囲に渡り、かつ、具体的になるはずです。

 あらゆるリスクをあれこれと想像してしまい、かつ、そのリスクが具体的になればなるほど、ますます心配や不安は強くなります。そして、考えれば考えるほど、想像は現実味を帯びてきます。現実味を帯びた想像は、やがて現実そのものと区別できなくなります。未来の想像が現在の現実に侵食してくる、といっても良いかもしれません。こうなるともはや、バーチャル(想像)とリアル(現実)の境目がなくなってしまっているということです。

 この極めて豊かな想像力は、私たち人類が獲得した偉大な能力です。この力があるからこそ、現在の高度な文明・文化が構築できたといえます。しかし一方で、あまりに豊か過ぎるために、必要以上に考えすぎてしまい、身動きが取れなくなったり、苦しくなったりします。ですから、この想像力と上手につきあっていくことが、想像力に振り回されない賢い生き方ということになります。

湯川先生 挿入写真 想像

マインドフルに生きる

 自分の過剰な想像力に振り回されないためにはどうすれば良いでしょうか。その答えの一つが、「マインドフルネス」です。マインドフルネスとは、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」と定義されます(日本マインドフルネス学会)。心に浮かぶ様々な思考や感情などは、大半が想像力によって生み出された産物であり、現実ではありません。現実だと思っているものの多くが、過去に関する記憶や未来に関するイメージなどのバーチャルな想像です。マインドフルネスは、こうした想像と現実を区別し、現実である今ここの現在に意識を向けることを意味します。

 マインドフルネスという概念はもともと仏教のものであり、テーラワーダ仏教(南方仏教)の中心的な概念もしくはその修行方法である瞑想を指しています。ただ、南方だけでなく北方に伝わった仏教、すなわち、中国や朝鮮を経て日本に伝わった仏教にも、同様の概念は伝わっています。例えば、仏教における瞑想のことを漢語で「止観」(止行と観行)といいますが、これはテーラワーダ仏教におけるサマタ瞑想(止行)とヴィパッサナー瞑想(観行)に対応しています。

 一朝一夕でマインドフルネスを体得することは、普通、できません。体得するには根気よく練習を続ける必要があります。仏教諸派の伝統に従った様々な方法もありますし、近年のマインドフルネスの普及に伴ってたくさんの練習方法も考案されていますが、要するに「瞑想」によってマインドフルネスは鍛えられます。

 仏教における瞑想と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、我が国でも古より実践されているごく身近な方法、すなわち、「坐禅」です。中でも特に、只管打坐の道元禅(曹洞禅)は、坐禅している今ここの呼吸と身体に意識を向け続け、心のさまよいに気づいたら坐禅に戻り、眠気に気づいたら坐禅に戻ることをひたすら続けます。ただそれだけです。これは、やることは単純ですが、だからこそ、やり続けることは簡単ではありません。

 道元は、坐禅のやり方を分かりやすく説いた『普勧坐禅儀』という書物の中で、「いわゆる坐禅は習禅にはあらず、ただこれ安楽の法門なり」としています。仏教的に正しい解釈は専門家にお任せするとして、門外漢の素人が解釈すれば、坐禅とは悟りを得るための手段などではなく、坐ることそのものが心の安楽をもたらす、坐禅とはそういう手段なのだ、というような意味だろうと思います。つまり、今現在のまさにここにマインドフルにいることが、必要以上に過去や未来へと想像力を働かせないで済む一つのアプローチであり、その結果、無用な心配や不安を抱くことなく安心していられる、ということです。

 心配や不安でなんとなく生きづらさや苦しさを感じている方は、一度、坐ってみると良いかもしれません。坐るならできるだけ静寂で清潔なところが良いです。冬なら少し暖かく、夏なら少し涼しいところが良いです。そうして坐るひとときが、ホッと心の落ち着く安心の時間になると思います。

湯川先生イラストスイレン

執筆者プロフィール

湯川進太郎(ゆかわ・しんたろう)
白鷗大学教育学部教授。筑波大学人間系准教授を経て現職。日本感情心理学会理事長。専門は感情心理学、身体心理学、東洋思想文化論。怒りの制御、マインドフルネス、武術などを中心とした研究と実践を行っている。「禅僧沢庵 不動智神妙録」「実践 武術瞑想」(誠信書房)、「空手と禅」「老子の兵法」(BABジャパン)、「タオ・ストレス低減法」(北大路書房)、「怒りの心理学」(有斐閣)など、著書・訳書多数。

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