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「言葉の力」は、「生きる力」~言葉を学ぶことで身に着くことは何か~(二瓶弘行:桃山学院教育大学教授)#私が安心した言葉

言葉を学んでいくことで、人が身につけられるのは、どのようなことでしょうか。それは人生で、どのような力を発揮するのでしょうか。子どもたちに言葉の力を育てる教育に、並々ならぬ熱意を注いで来られた二瓶弘行先生に、ご自身の教師体験を通して、お書きいただきました。

1.子どもたちの生きる「今」

 私の教室を卒業していった教え子たちが一年生を終わる早春、大きな事件が起きた。本校の近くの幼稚園に通う五歳の女の子が命を奪われるという事件だった。当初、その子が行方不明のニュースが連日流れた。

 ちょうど同年代の子どもを持つ私の教室の親達は、彼らに繰り返し語った。
 「知らない人に決してついていってはいけない。きっと恐ろしい目にあう。」
 学校でもまた同じように、彼らに話した。「知らない人に関わるな」と。

 教え子たちの中に、学校の近くから歩いて通学する女の子がいた。ある日、彼女が学校帰りに町のにぎやかな通りを一人で歩いていたら、突然、後から背中をたたかれ、見知らぬ若い男から「ジュースを買ってやろうか。」と声をかけられた。彼女は様々なことを一気に思い出したのであろう。思わず泣き出し、走り逃げた。

 この「事件」はそのまま終わった。けれども、その翌日から、彼女はもう二度と一人で町を歩けなくなっていた。毎朝、親が学校の門まで手をつないで連れてきた。帰りには親が門まで迎えに来た。親が無理なときは親戚の方が手をつないだ。

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 二年生になっても、その状況は変わらなかった。どんなことがあっても、彼女は一人で町を歩かなかった。七歳の彼女の心の傷の深さを思った。なんという酷い時代に、子ども達は生きているんだと思った。

 そして、だからこそ、彼らに教えようと思った。言葉を通して人と関わることは、本当はとっても素晴らしいこと。人は誰でも言葉を通して人と関わりながら生きていること。

 多くの国語科単元を組んだ。絵本『いつでも会える』を学習材に、自分の「語り」(暗誦)を様々な人に聞いてもらう単元も実践した。全国の先生方に『故郷東京』の自慢をする単元も展開した。その過程で「言葉を通して人と関わる力」を育むことを意図した。それは、七歳の彼らがこの社会で生きていく、まさに「今を生きる力」を獲得させることに他ならない。

 以下に概要を述べる「単元ZOO」も、そんな私の思いを込めて展開した実践である。

2.単元ZOO『私は動物博士』の授業

① 学習活動への意欲づけ 

 単元第一次「上野動物園への詩の創作旅行」を終えた彼らに提案する。「次は、好きな動物の博士になって、上野動物園のお客さんに、動物の秘密を教えてあげよう。」

 歓声を上げて喜ぶ彼らに真剣な顔で話す。
「『動物博士』になるということは、とても大変なことです。その動物についていろいろなことを調べなければなりません。博士なんだから、その調べたことをみんな覚えて、話をしなければなりません。それができて初めて『動物博士』です。」

 六月末に上野動物園を再訪することを伝え、それまでに立派な「動物博士」になるために学習することを確認する。

② 動物に関する情報の収集

 まず自分が調べる動物を選択・決定する。何故その動物を選んだのか、理由が必要なことを話す。自分で意思決定することは、その後のすべての学習活動のエネルギーを生み出す。安易な選択は、学習を持続させない。

 どの動物の博士になるかを決めると、その動物の情報収集する。子ども達は、学校の図書室・地域の図書館から本や図鑑を借り出してコピーにとったり、ノートに書き写したりする。また、親に協力してもらい、インターネットを利用して関連資料を印刷してくる。

 けれども、そのほとんどは二年生の彼らには使えない情報だった。集めた動物の情報をどう取捨選択し、自分の情報として、どう整理するか。その力をつけることが重要な学習となる。

二瓶先生 挿入写真 調べもの

③ 文章の『お部屋』-説明文の学習-

 説明的文章『いろいろなふね』を学習材にして、集めた動物の情報の整理の仕方を学習させた。まず、文章はいくつかの『お部屋』(意味段落)からできていることを説明する。次に、子ども達が集めた「動物の秘密」をノートに整理するときに、この『文章のお部屋』を使うことを指導する。自分の文章の『お部屋』をいくつにするかは、自分の調べた動物の秘密がいくつあるかによって決まる。

 こうして、集めた多くの情報は取捨選択され、使える情報(自分にとって有効な情報)と使えない情報とに分別されていく。子ども達には、このようにしてまとめた文章が、そのまま上野動物園で博士として話すときのスピーチ原稿になることを伝えた。

二瓶先生 挿入写真 原稿

④ 博士のリハーサル -音声言語学習-

 本番に向けて、教室の中でクラスの仲間を「お客」にして、話す練習を開始する。本単元の大きなねらいでもある、「生きたコミュニケーション能力」の学習である。

 教室での練習は、基本的に二人組になり、話し手とお客さんの役に交互になって行う。相手の顔をしっかり見て、相手の反応を確かめながら、話すことを指導する。スピーチ原稿をただ一方的に話して終わってはお客さんに失礼だと話す。

⑤ 私は動物博士 -上野動物園にて- 

 いよいよその日が来た。子ども達が待ちに待った上野動物園での本番の日である。 

 広大な敷地の中で、二年生の子ども達が基本的には一人で活動しなくてはならない。保護者の補助を頼んだ。十数名の母親達に園内の地図を配り、一人数名の子どもの担当するように配置する。子ども達と一緒にはいないで、目立たないように近くから見守り、子ども達の様子を写真とビデオに記録するように依頼する。

 活動開始。彼らは各自の動物の檻の前へと散らばる。手に自分の書いた動物のポスターを持って。その後、一時間半。彼らの奮闘は続いた。その全ては、母親達の撮ったビデオテープと写真によって記録されている。多くのドラマがあった。その日、彼らは見事に「動物博士」になった。

二瓶先生 挿入写真 動物園

3.「言葉の力」は「生きる力」

 上野動物園へは、電車に乗ってクラス全員で出かけた。その電車の中で、「彼女」はずっと私の手を握りしめていた。気持ちが痛いほど伝わった。

 動物園で、その子は一人で立派に動物の秘密を話した。彼女がその日書いた日記がある。

 何回も何回もとっておきのひみつを教えた。九人の人に言った。パンフレットもわたした。あくしゅをしてくれたおじさん。すごく話を聞いてくれた子どもたち。「がんばって」「へえ」「すごいね」と言ってくれた人がいた。私はなんだかとってもうれしくなった。
 思いきってやれば、人は何でもできることが分かった。大人になっても、フラミンゴのとっておきのひみつだけは、わすれないように、上野動物園の思い出をいつまでもだいじにしたい。
 わたしは、心に太陽をもった。

 上野動物園の翌日、彼女は、けれど、やはり一人で学校に来ることはできなかった。知らない人がうごめく街をどうしても歩けない、その状況は続いた。

 それからの二年生の一年間、多くの「言葉を通して人と関わる」単元を組んだ。彼女は懸命に活動した。

 二年生の終わる春休みのある日、彼女は突然、お母さんに言った。

 「これから、学校まで一人で歩いてみる。」

 そして、彼女は一人で街を歩いた。あの「事件」の日から、実にちょうど一年の月日が経っていた。帰ってきて、涙ぐみながらもすごく喜んでいましたと、私宛の手紙に母親が書いてきた。そして、ありがとうございましたと。ずっと苦労され続けた親の嬉しさが、よく分かった。その後、彼女は卒業まで毎日元気に一人で登校した。あの一年間がまるで何もなかったように。

 子どもたちに、確かな「言葉の力」を育むこと、それは、まさに、人として「生きていく力」を育てることである。そして、この「言葉の力」の育成は、私たち教師の仕事。

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※ プライバシーに配慮し事例の一部を改変しています。

執筆者プロフィール

二瓶先生ご本人お写真

二瓶弘行(にへい・ひろゆき)
桃山学院教育大学教授。新潟県の公立小学校に勤務後、筑波大学附属小学校で20年以上勤務し主幹教諭も務める。その後、桃山学院教育大学教授。全国国語授業研究会理事。日本国語教育学会常任理事。
主な著書に『夢追う教室』『二瓶弘行の「説明文一日講座」』『実践 二瓶メソッドの国語授業』など多数。日本47都道府県のすべてで、国語教育の県大会・市町村地域研修会・校内研究会などで、講師として講義や講演を行う。