不自由の自由を泳ぎわたろう~親子でブックコミュニケーション~(村中 李衣:児童文学作家/ノートルダム清心女子大学児童学科教授)
『あららのはたけ』(偕成社)で第35回坪田譲治文学賞を受賞した児童文学作家の村中李衣さん。休校や在宅勤務で家にいることが多いなか、注目されている「読書」について語っていただきました。
困っているようで困っていないこの世界
勤めている大学の授業がすべてオンラインとなったので、自宅にいる時間が長くなり、今までほったらかしにしていた畑の様子が気になり始めました。野菜の元気がないぞ。肥料をやるのを怠けていたせいかなと反省していたちょうどその時、地元の動物園が休園中で、昼間仕事がないから注文があれば<ゾウさん堆肥>を自宅まで届けてくれると聞き、早速お願いしました。ゾウさん堆肥とは、ゾウさんのうんちに藁を混ぜたもので、滋養たっぷり、土がふかふかになるのです。1袋30キロの堆肥袋をトラックから次々におろしながら、動物園の職員さんたちに話しかけました。
「わざわざ皆さんに運んで来てもらって私は助かりましたが、お客さんが誰もいない動物園は、さみしいですよね。」
私のこの言葉の奥には動物園に限らず観客を失った様々な興行をされる方々へ向けたお気の毒にという気持ちがありました。ところが、です。職員さんたちは、ふっと息を吐き、「動物たちはむちゃくちゃ元気ですよ。だってやつら、日頃は四六時中人間の気配に緊張しっぱなしなんです。それがまったくないんですから。あ、まぁ僕たちのことは人間とは認識してないみたいで大丈夫なんですけど、お客さんたちは、警戒すべき に・ん・げ・ん ですからね。」
なるほど、自分の見方考え方は、一方向でしかないんだなぁ~、としみじみ。帰り際、職員さんたちがトラックの窓を開け「今回お届けしたのは、ノーストレスの極上うんこです。きっととびきりいい野菜や果物ができますよ。」と叫んでくれました。世の中の自然ないのちの循環をこんな風に学べる大地に今立っているのだと、ウィルス感染に怯える今日の日の見方が少し変わりました。
そうだ、ブックコミュニケーションのチャンスじゃないか!
こんな風に、大したことじゃないけれど、ちょっと自分の心が沸き立つような出来事って、つい「ねえねえ、聴いて!」って誰かに話したくなりませんか? この「ねえねえ」は、親と子のあいだでも、話しかける側と聴く側の対等な関係を自然に作ってくれますよね。いつもの会話だと「ははぁーん、どうせかあさんはおれに~~させたいんだろう。」とか「ほうらきた。とうさんは結局~~っていいたいわけね」と子どもたちにその会話の意図を先読みされてしまうけれど「ねえねえ、この間うちの畑に、動物園からびっくりするものが届いたんだよ。」から始まるようなコミュニケーションは、語り出す親自身が生き生きしているから、子どももいっしょにいることが楽しくなってしまう。つまり、会話を通して隣り合う関係そのものを丸ごと味わえるのです。そして「ねえねえ」の次に「そういえば」がくると、いよいよブックコミュニケーションの始まりです。
たとえば、こんな具合に。「そういえば昔あなたといっしょに『みんなうんち』(福音館書店)っていう絵本読んだよね。覚えてる? あの絵本、ゾウさんだけじゃなくて、いろんな生き物のうんちが出てたけど、うんちって言葉だけで、あなた大笑いしてたっけ。でも今ならもっと大真面目に読めそうだよ。今度図書館で借りてこようか? いっしょに久しぶりに見てみたら、突っ込みどころ満載かもね。」
あるいは、こんな具合にも。「そういえば、ゾウさんのうんちは、我が家の畑の肥料になるだけじゃなくて、繊維質が多いから、紙にリサイクルすることもできるんだって。『ぼくのウンチはなんになる?』(ミチコーポレーション)は、スリランカの工場でゾウさんのうんちから作られた再生紙を使ってできた絵本なんだよ。ほら、これがその絵本。さわってごらん。なんだか柔らかい手触りだよ。せっかくだから、いっしょに読んでみようか?」。
誰にも狭められない自由な場所で
決して望んでのことではないけれど、こんな風に行動が制限される日々の中で、隣り合うことの意味がぐんとリアルに見えてきたんじゃないかと思います。物わかりのいい人ばかりに取り囲まれるのでなく、おせっかいだったり、意見のさっぱり合わない誰かもいてくれる方がいい。泳ぎやすい海よりもやっかいな海を泳ぎわたることこそが人生の醍醐味。そのための基礎体力(たぶんそれは想像力)をつけてくれるのが、読書。その読書をバネにした自由な泳法がブックコミュニケーション。どうぞ、「ねえねえ」と話しかけたくなる小さな出来事を見逃すことなく、親子で何度でも何度でも、新しいものがたりを紡いでください。
最後に少し宣伝を。親子だけでなく教室でも、先生と生徒という関係を取り払い、時には横並びの関係で、本を通したいろんな話をしてみるのも面白いのではないかと考え、『はじめよう!ブックコミュニケーション』(金子書房)を出版しました。子どもたちの年齢に合わせ、4月から翌年の3月まで、絵本や詩集、科学の本や写真集を用いていろんなテーマで語り合う具体例を紹介しています。
学校のいろんな活動に利用してもらえたらうれしいなぁ。早くそんな日常が戻ってきますように。
村中李衣(むらなか・りえ)
児童文学作家,ノートルダム清心女子大学児童学科教授 小児病棟や老人介護施設・刑務所などさまざまな場所で、絵本を介したコミュニケーションの可能性について研究・実践中。