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子どもの発達における葛藤の役割(AFL発達支援研究所代表・東北大学名誉教授:本郷一夫)#葛藤するということ

 人は発達していく中でさまざまな葛藤に出会う。葛藤には個人と個人の間で起こる葛藤と個人の中で起こる葛藤がある。ちょっと考えると葛藤を経験しないですむ方がよいようにも思えるが、葛藤によって発達が促進されるという側面がある。また、発達することによって新たな葛藤が生まれることがある。その点で、葛藤と発達は切り離せない関係になっている。

個人間の葛藤と発達

 個人間の葛藤、すなわち対人葛藤には様々なものがある。たとえば、親子の葛藤と子どもの成長との関係は、発達心理学の中で古くから着目されてきたトピックである。また、子ども間の葛藤は、親子間の葛藤とは別の特徴をもち、社会性の発達に大きな役割を果たす。子ども同士の典型的な対人葛藤として、物の取り合いを挙げることができる。保育所などで1歳前後に見られる初期の物の取り合いでは、子どもたちは物にしか興味がないため、子どもは相手の顔を見ることもなく、もっぱら物に視線を集中させる。しかし、1歳半を過ぎる頃から、相手の顔と物を交互に見ながら、あるいは相手の顔を見ながら物を取るようになる。物の取り合いが対人的様相を帯びてくるのである。

 このような関わりは一見すると望ましくない事態にも思えるが、子どもはトラブルを通して様々なルールを学んでいく。たとえば、最初に使っていた人に優先的な所有権があるといった「先行所有のルール」はごく初期に獲得されるルールの一つである。その後、相手の持っている物をいきなり取るのではなく、「かして」といった要請を最初にするようになる。また、順番などのルールも獲得されるようになる。さらに、トラブルを回避するための方略だけでなく、トラブルになった時の解決方法も学んでいく。4歳頃になると、第3の子どもが2者間のトラブルの仲介に入ったり、物を取られた子どもを慰めたりすることもみられるようになり、対人葛藤は一層社会的な文脈に位置づけられるようになる。このように、一見否定的に思える対人葛藤を通して、子どもは社会性を発達させていく。

個人内の葛藤と発達

 個人内の葛藤というと、青年期における悩みや葛藤、いわゆる「危機」を経験することによってアイデンティティの獲得がなされることが思い浮かぶかもしれない。しかし、個人内の葛藤は青年期特有の問題ではない。ピアジェは、4段階からなる乳幼児期から青年期にかけての認知発達理論を提唱した。その中で、子どもの発達は同化と調整によって進むと考えた。同化とは、外側の環境を自分の枠組み(シェマ)に取り込むことである。しかし、自分の枠組みとは合わないもの・事態に出会うと、自分の枠組み自体を変える必要がでてくる。一種の葛藤であり、これが調節である。なお、ピアジェは、子どもの発達には同化と調節のバランスが取れている状態(均衡化)が望ましいと考えた。すなわち、常に葛藤状態にあって、自分の枠組みを変化させ続けるのではなく、同化によって自分自身の枠組みを豊かにすることも重要だと考えられる。その点で、発達には葛藤が重要であるが、葛藤だけでも発達は進まないといえるであろう。

 発達連関も葛藤と関係する。発達連関とは、個人内において、各領域の発達は独立したものではなく、関連しながら進むことを指す。たとえば、認知の発達によって言語の発達が促される、逆に言語の発達によって認知の発達が促進されるということである。これは、ある領域の発達が他の領域の発達を促進するという意味で、正の発達連関と呼ばれる。一方、負の発達連関もある。乳児期後期には、運動発達が遅れている子どもは言語の発達が早くなるといった現象が観察されることがある。これは、運動発達が遅れていると自分で移動して欲しいものを手に入れることができないため、周りの大人に言葉や指さしで働きかけて取ってもらおうとするためであると考えられる。領域間の葛藤を通した発達ともいえる例であろう。ただし、これは一時的な現象であり、後の運動や言語の発達にそのまま影響するわけではない。

発達と適応における葛藤

 ベネズエラにはココデモノと呼ばれる木があるらしい。この木がつけるアーモンド状の実は、とてもおいしいがその皮をむくのが難しく、非常に器用なサルだけがその実を食べられる。しかし、皮肉なことに、その実には毒があり、食べたサルはまもなく死んでしまうという。発達をしている個体の方がむしろ適応が難しいという例である。

 個人の発達と対人葛藤との関係にも似た側面がある。たとえば、発達障害の診断はなされていないものの、集団での適応に難しさを抱える子ども、いわゆる「気になる」子どもの場合、言語が発達している方が対人的なトラブルが多い傾向にある。一般には、子ども同士のトラブルは、言葉で十分に気持ちを伝えられないために起こると考えられる。しかし、知的な遅れがない「気になる」子どもの場合、言葉が発達をすることによって、かえって相手の気に障るようなことを言ってしまい、トラブルが激しくなってしまうのである。

 発達と適応の問題は、個人内でも認められる。「9歳の壁」という用語に代表されるように、9歳頃になると、子どもたちは学習につまずいたり、劣等感をもったりするようになる。これは、この時期に抽象的な学習内容が増えることと同時に、子どもが自分自身を客観的に認識できるようになることと関係している。すなわち、発達することによって個人内の葛藤が生まれるのである。

 このように、発達をすれば単純に適応が増すわけではなく、時としては不適応状態になってしまうという点で、発達と適応は一種の葛藤状態に陥ることがある。しかし、適応するためには発達をしない方がよいということではない。個人の中の発達は、ある時期、新たな対人葛藤や個人内の葛藤を生み出すことがある。しかし、これらは発達の過渡的な現象であり、さらに発達することによって、その事態は改善される。葛藤はある種の矛盾を作り出すが、それが次の発達を促す契機や原動力となる。したがって、子どもにとって、ほどよい葛藤は重要であり、それを経験することによって子どもは発達していくことができる。その点で、周りの大人は、子どもの葛藤を回避させようとするのではなく、葛藤中の子どもを支え、葛藤が次の発達につながるようなサポートをすることが望ましいと考えられる。

執筆者

本郷一夫(ほんごう・かずお)
AFL発達支援研究所代表・東北大学名誉教授。博士(教育学)。専門は発達心理学,臨床発達心理学。現在は,社会性の発達とその支援に取り組んでいる。主な著書に「シリーズ 支援のための発達心理学」(全8巻)(シリーズ監修・金子書房),『幼児期の社会性発達の理解と支援―社会性発達チェックリスト(改訂版)の活用』(編著・北大路書房),『認知発達とその支援』(共編著・ミネルヴァ書房)など多数。

著書


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