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子ども虐待への不安~求められる親子のニーズに敵った早期支援(増沢 高:子どもの虹情報研修センター研究部長)#不安との向き合い方

 自宅にいることが増え、家族の重要性とともに、危険性もクローズアップされてきました。また、人との接触を避けることから、困難を抱える家庭への支援が届きづらくなっている状況もあるようです。そのような中、日本社会の深刻な問題である子ども虐待は、どのようになっているのでしょうか。どのような支援が可能でしょうか。子ども虐待及び、非行・暴力などの思春期問題に対応している、子どもの虹情報研修センターの増沢高先生にお書きいただきました。

 1989年(平成元年)子どもの権利条約が国連で採択され、日本はその5年後の1994年に条約を批准した。批准にあたっての当時のムードとして、日本のような経済的に恵まれた国の子どもは皆幸せで、この条約は貧困国家や戦時下にある子どもに必要なものとの認識が多数派だった。しかし、その後に児童相談所が家庭内虐待への介入を強めていったところ、虐待によって悲惨な状況下にいる子どもが想像以上にいることが分かっていった。さらに貧困状況にある子どもも少なくなく、ひとり親家庭の2組に1組は貧困であることを知っていく。さらに居所を転々として所在がつかめない子どもたちも多数いることが分かっていった。「日本の子どもは恵まれている」との認識が神話であり、困難な状況にいる子どもが少なくない現実に向き合うことになったのである。

 1990年台後半からアメリカを中心に始まったACEs(Adverse Childhood Experiences)研究は、子ども時代の逆境的体験が、成人後の心身の病気、逸脱行動、就労の問題などと深く関連していることを示唆した。子ども時代の逆境的体験とは、日常的な身体的暴力に曝されること、言語等による心理的暴力を受けること、性的被害にあうこと、心理的拒否や無関心の対象となること、ネグレクトされていること、離婚等による実親との分離体験、DVの目撃、アルコールや薬物乱用の親の下にいること、親の精神疾患、家族の収監などである(Donna J. N,2015)。こうした逆境的環境が長期化すれば、逆境状況は拡大し、やがては深刻な虐待へと進行してしまう危険をはらむ。そして子どもは将来にわたる心理、精神的な問題を抱える可能性を高め、そればかりでなく、身体的問題、さらには犯罪や貧困などとも関連していく懸念も指摘されているのである。地域社会はこれを防がなくてはならない。そのためには、地域社会が家庭内の逆境状況に関する認識を共有し、その問題が小さい早期の段階で、当該の子どもと家族に必要な支援を届けることである。

増沢先生支援写真

 さて、いま世界はコロナ禍に直面している。コロナ禍は世界中の子どもと家庭に以下の状況を発生させている(井上、2020)。

① 仕事や収入を失うことによる貧困と食糧難の増加
② 人やオンラインによる教育へのアクセスのできなさ
③ 子どものスマホ等のデジタル活動の増加と養育者による監視の減少によるデジタル・リスクの拡大
④ 学校やケアプログラムによって確実に供給された栄養価の高い食事の消失
⑤ 子どもや養育者にとって重要な仲間や人間関係の崩壊
⑥ 子どもや養育者のための地域や社会支援サービスの崩壊
⑦ 子どもや養育者の日々のルーチン活動の停止
⑧ 青年や養育者による飲酒や薬物使用の増加
⑨ 場当たり的な養育方法(コロナ禍の養育をどうしていいのかわからない)

 以上のことは緊急事態宣言発令前後の4月から6月にかけて日本の国内でも多くの家庭で起きた現実であろう。政府はコロナの感染予防に勢力を注ぎ、学校を休校とし、子どもは家に留まることとなった。親子での濃密な暮らしは、互いにストレスを高め、しかし他に行く場がなかった(公園に行っても責められる親子がどれほどいたか)。中には経済的に行き詰まり、子どもだけ長時間家に残して働きに出ざるを得ない家庭もあった。行政の子育てサービスも止まり、子育て支援を必要とする親たちは孤立し、追い込まれていった。

 先述した逆境状況にある子どもと家族にとっては、コロナ禍はさらなる追い打ちをかけ、事態の悪化に油を注ぎ、虐待のリスクを確実に上昇させたといえよう。しかし休校などによって学校や保育園などの身近な機関から子どもの状況が見えなくなり、家の中で深刻な事態が発生しても気づけない事態が続いた(4月から6月にかけて通告数が減った自治体は多い)。

 その後、登校は再開し、コロナと共存しながらの経済活動が再開し始めた。子どもへのまなざしが増えたのか、ここにきて児童相談所等への通告件数は増加しているようだ。重要なことは、関係機関が早期に家族とつながり、すぐにでも必要な支援を届けることである。それは指導や監督をするようなものではなく、求めている物資や必要な手立てを届けることである。

 そんな緊急事態宣言下のとき、財界の有志の方々の助成によって、児童家庭支援センター(注1)や地域のNPOなどが、困っている家庭を訪問してお弁当や食材を届け、支援を行っていた事実がある(子どもの食緊急支援プロジェクト、2020)。プロジェクトの報告によると、家庭を訪問し、食を届けたことで、家族から信用され、その後の支援関係が築けていった親子が多かったという。また地域の機関同士の良好な支援ネットワークが構築されていったという。感染防止策をとった上での、こうした活動がいかに貴重で尊いものであったかを思う。こうした活動は他にも様々なレベルで行われていたのだと思う。しかし、日本全体からすれば一部の地域に留まるものであった。

 コロナの克服は重要課題である。しかしその後ろ側に置かれやすい子どもの暮らしに目を向けてほしい。上記のような良き支援モデルが、日本中で展開できることを期待したい。緊急事態だからこそ、自分のことだけでなく、困っている子どもと家庭に目を向けて手助けできる地域社会であり、人でありたい。

増沢先生家族写真

注1:児童家庭支援センターは、児童福祉法に定められた児童福祉施設の一つであり、子育て短期支援事業(ショートステイやトワイライトステイ)、相談支援、学習支援、訪問支援など、子どもとその保護者のニーズに合わせて支援を行っている機関である。

参考・引用文献
・Andrea Denese and Eamon McCrory(2015)Child maltreatment(小野善郎=訳(2018)子どものマルトリートメント.IN ラター児童青年精神医学第6版.明石書店,p455-469)
・Donna Jackson Nakagawa,(2015)Childhood Disrupted(清水由紀子=訳(2018)小児期のトラウマがもたらす病.パンローリング
・井上登生(2020)コロナ禍と子ども虐待.日本子ども虐待防止学会ウェビナー報告資料(7月10日実施)報告資料より引用
・子どもの緊急支援プロジェクト(2020).https://ff.1m-cl.com/s/

執筆者プロフィール

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増沢 高(ますざわ・たかし)
子どもの虹情報研修センター研究部長。千葉大学大学院教育学研究科教育心理修士課程修了。千葉市療育センター、児童心理治療施設「横浜いずみ学園」でセラピスト、同学園副園長を経て、2002年より子どもの虹情報研修センターに研修課長として勤務。2019年より現職。著書に『ワークで学ぶ子ども家庭支援の包括的アセスメント~要保護・要支援・社会的養護児童の適切な支援のために』(明石書店)、『虐待を受けた子どもの回復と育ちを支える援助』(福村書店)などがある。

著書

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