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子どもの感情と社会性を育むSEL(浜名真以:洗足こども短期大学専任講師)#私が安心した言葉

SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)と呼ばれる心理教育プログラムをご存知でしょうか?
少し前に、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンは「非認知能力」という概念を提唱し、幼児教育がその後の学力だけでなく所得や生活に影響すると提起しました。
日本でも、『学力の経済学』(中室牧子、2015)がベストセラーになったこともあり、「非認知能力」が注目されました。
一方で、諸外国ではSELは「非認知スキル」と同様に注目されてきたものの、日本ではまだまだ知られていません。
SELはなぜ諸外国の教育場面で取り入れられるほど重要なのでしょうか。ご解説いただきつつ、子どもが安心する言葉がけについて、浜名真以先生にご寄稿いただきました。

SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)とは

 良好な人間関係を築き、適切に問題に対処し判断できるようになるためには、自分についてよく理解し、思いやりを持って他者とかかわることが大切です。現在、世界ではそのための社会性や感情のスキルを育てる心理教育プログラムが数多く開発され、学校に導入されています。それらのプログラムは総称してSEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング Social and Emotional Learning*)と呼ばれています。

*日本語では、社会性と感情の学習、もしくは、社会性と情動の学習などとも訳されます。

 SELのプログラムが導入されると、子どもの学校での問題行動が減り、メンタルヘルスの問題が改善し、さらには学業成績が高まることがわかっています。そして、このSELによる効果は何年も続くことがわかっています。

 なぜ社会性と感情のスキルを身につけることで学業成績が改善するのでしょうか?第一の理由は、社会性と感情のスキルを身につけた子どもたちは、友達や先生と良い関係を築き、協力しながら勉強に向かうことができることです。第二の理由は、自分をよく理解し自信を持っている子どもほど、目標をもって自分を律しながら努力することができることです。

 ここでは、SELのプログラムで育てる5つのスキルを見ていきます。

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① 自分を理解するスキル(self-awareness)

 1つ目のスキルは、自分の感情や行動を振り返り、客観的に捉えるスキルです。自分の感情状態をよく理解するには感情に関するボキャブラリーを増やし、自分の感情に名前をつけられるようになることが必要です。例えば、友人に裏切られて「悲しい」のか、「悔しい」のか、「腹が立っている」のか。自分の感情を丁寧に観察することは、その感情にどう対処すればよいかを考えることにも繋がります。

 感情というのは「ただただ嬉しい」、「ひたすら悲しい」、というような単純なものばかりではありません。例えば、試合で優勝できて嬉しいけれど実はズルをしていたので後ろめたい、初めてバイクに乗るとき不安もあるが高揚感もある、といったように複数の感情が入り混じる場合もあります。豊かな感情ボキャブラリーを持つことは、このような複雑な感情(mixed emotion)を認識することにも役立ちます。

 感情に限らず、自分らしさを知っておくことも重要です。自分がどんな人間か、自分の長所や短所、できることとできないことなどをよく理解しておくことで、自分の課題を克服したり、長所を伸ばしたりと成長することができます。自分らしさを知るための方法として、「who am I?テスト」というものがあります。「私は…」の後に続く文章を20個考えてみましょう。ほかの人の回答と自分の回答を見比べてみると、自分についての理解が深まります。

② 自分をコントロールするスキル(self-management)

 2つ目のスキルは、自分の感情や行動を上手にコントロールするスキルです。例えば、友人が自分の悪口を言っているのを聞いてしまったとしましょう。打ちひしがれて部屋に引きこもってしまったら、その友人と仲直りするチャンスは得られません。一方で怒りに任せて友人を殴ってしまったら、ショックだった気持ちがうまく伝わらないばかりか、さらなるトラブルの火種となりかねません。そういうときは深呼吸をしていったん落ち着き、どうしたら良いか考える時間を作りましょう。

 ストレスへの対処方法は大きく2つに分けられます。問題に焦点化した対処と感情に焦点化した対処です。問題に焦点化した対処とは、ストレスを引き起こした状況を改善しようと努力する方法です。上記の例では、友人が悪口を言っていた原因を探したり、友人と話し合ったりすることが考えられます。感情に焦点化した対処とは、状況を改善するのではなくネガティブ感情そのものを調整しようとする方法です。例えば気分転換に音楽を聴いたり本を読んだり、自分が好きなことをすると心が落ち着きます。誰かに助けを求めるのも良い方法です。

 このようにストレスや衝動、不安などをうまくコントロールし、感情や行動を調整できるようになることは、挫折や失敗を克服し、やる気を持って目標に向かうことにも繋がります。

③ 他者を理解するスキル(social awareness)

 3つ目のスキルは、他者を理解し共感するスキルです。共感とは、他者の立場に立ってその人の感情を理解し、同じ感情を共有しようとすることです。あの子はどんな気持ちかな?この後どうするのだろう?自分が同じ立場だったらどう感じるだろう?…他者の感情に思いをめぐらせ、その人の立場になって考えることができるようになれば、学校でも家庭でも将来的にも周りの人と良好な関係を築けるはずです。

 英語のことわざで、「他人の靴を履く(put oneself in a person's shoes)」というものがあります。このことわざは、相手の立場に立って物事をとらえるという意味で共感を説明するのに使われます。

浜名先生 写真 靴

④ 関係を築くスキル(relationship skills)

  4つ目のスキルは、周りの人と良好な関係を構築し、維持するスキルです。私たちは他者とコミュニケーションをとり、協力したり交渉したりすることで大きな課題や困難を解決していくことができます。その際には、グループの中で役割を持つことも重要です。時には意見や価値観が合わない人とも関係を築き、協力することも求められます。人間関係上のトラブルを防いだり解決したりすることも大切なスキルです。これらのスキルには自分をコントロールするスキルや他者を理解するスキルも深くかかわっています。

⑤ 責任を持って意思決定するスキル(responsible decision-making)

 5つ目のスキルは、責任を持って物事を判断し選択するスキルです。建設的な選択をするには、物事の全体を捉えてよく分析する必要があります。例えば、怠けて学校を休みたくなったとしましょう。学校を休めば、一日中テレビを見たりゲームして遊んだりできるので、その時は楽しく過ごせるでしょう。しかし、そこで本当に休んでしまったら、進学があやうくなったり、先生をがっかりさせてしまったりするかもしれません。人生は選択の連続です。自分がどうなるかは勿論、他の人がどう思うかまで考えをめぐらすことができれば、自身や他者の幸福に繋がる良い選択ができます。

 SELではこれら5つのスキルを身につけることを目標に、社会性や感情の育ちを支援していきます。

子どもたちが安心する言葉かけ

 さて、今回の特集は「私が安心した言葉」です。 子どもに対しては子どもが安心する言葉をかけていきたいですし、子ども自身にも周りの人を嬉しい気持ちにさせる言葉をかけてあげられる人に育ってほしいですね。ここからは、SELで育てるスキルに注目しながら、子どもたちが安心する言葉がけを紹介します。

気持ちを受けとめ、言葉にして伝える

 つらいことがあったときや落ち込んでいるときには、気持ちを受けとめ支えてくれる存在が必要です。例えば、小さい子が転んで泣いているとき、大人はどのように声をかけたら良いでしょうか。大人が「こんなことで泣かないの。痛くない痛くない。」と声をかけてしまったら、子どもは自分の気持ちを否定されたように感じるかもしれません。そうではなくて、「痛かったよね」、「びっくりしたね」と子どもの気持ちに寄り添い、子どもの気持ちを言葉にして伝えましょう。そうすることで、子どもは自分の気持ちをわかってもらえたという喜びや満足感を得ることができます。このような経験を通して、子どもはありのままの自分の気持ちに気づき、言葉で伝えられるようになっていきます。自分を理解するスキルが育つということです。

 子どもの気持ちを言葉にして伝えたら、「ママが来たからもう大丈夫」、「パパがお薬塗ったからすぐに治るよ」といったように、安心して良いこととその理由を伝えましょう。このような言葉かけを続けていくことで、自分をコントロールするスキルが身につきます。子どもは、別の困難に陥ってもネガティブな気持ちに浸りきらず、ゆくゆくは自分自身で立ち直ることができるようになっていきます。

浜名先生 写真 父子

あたたかい言葉をかける

 「人一倍頑張ってるの、私はちゃんと見てるよ。」、「お料理上手だね。忙しいのに毎日ご飯を作ってくれてありがとう。」こんな言葉をかけてもらったらあたたかい気持ちになりますね。それに、相手の頑張りや相手の素敵なところを見つけてそれを伝えると、言った方まで照れくさいながらほっこりした気持ちになります。

 法政大学の渡辺弥生先生は、小学生を対象に「友達にあたたかい言葉をかける」というSELの授業を実践なさっています(渡辺、2019*)。あたたかい言葉がけは、相手の自信につながり、友人関係をより豊かなものにします。授業ではそのことを子どもたちに伝え、褒め言葉に気づかせたり、友達とあたたかい言葉をかけあう練習をさせたりします。こうした実践により、他者を理解するスキルや関係を築くスキルが育ちます。子ども同士の信頼関係がいっそう深まり、お互いを認め合うあたたかいクラスの雰囲気が作られていきます。

*渡辺弥生.(2019).  感情の正体:発達心理学で気持ちをマネジメントする. 筑摩書房.

執筆者プロフィール

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浜名真以(はまな・まい)
洗足こども短期大学専任講師。専門は発達心理学。子どもの感情の発達や親子間での感情にまつわるやりとりについて研究を行っています。

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