見出し画像

転向療法のこれまでと今(鳴門教育大学大学院心理臨床コース教授:葛西真記子) #誘惑する心理学

非規範的な性のあり方をめぐる社会の姿勢は、時代とともに変化してきました。20世紀には性的マイノリティを「望ましい」あり方に変えようとする転向療法(コンバージョンセラピー)が台頭し、一部地域では今日でも行われ続けています。今回は、この転向療法としてどのような「治療」が行われてきたのか、転向をめぐる精神医学・心理学の立場の変遷について、鳴門教育大学の葛西真記子先生にご執筆いただきました。

1. はじめに

現在、LGBTQ+やSOGIという言葉が広く知られるようになり、人間のセクシュアリティやジェンダーは多様であるという認識が広がってきたと感じている。2020年の電通の調査では、LGBTという言葉の国民への浸透率は80.1%に上っている。しかし歴史的には性的指向のマイノリティである同性愛・両性愛や性自認のマイノリティであるトランスジェンダーは個人や社会に受け入れられず、マジョリティである異性愛やシスジェンダーに転向させなければならないと考えられていた。そしてそのような行為は転向療法(コンバージョンセラピー)と呼ばれている。

転向療法が実践されてきた背景には、人間の性的指向や性別の自己認識は変えることができ、また、そうすることによって個人にとって、家族にとって、社会にとって望ましい結果となると信じられてきたという背景がある。転向療法では、個人の性的指向や性自認を変える、「修復する」、「治す」と宣言している。しかし、現在は、ほとんどの主要な医学や心理学関連の学会は、有害であるという証拠と科学的根拠の欠如から、この療法を非難している(CPA, 2015; Bhugra et al., 2016)。にもかかわらず、転向療法は、世界のあらゆる地域で、医療専門家、宗教家、地域社会や家族によって、あるいは国家の支援を受けて行われている。2020年4月にIRCT(International Rehabilitation Council for Torture Victims)によって発表された転向療法の世界的な実践に関する調査結果によると、現在も60以上の国や地域で転向療法は実践されている(IRCT, 2020)。実践者は、主に保守的な宗教的観点から、同性愛や性の多様性を不自然または不健康と見なさない現在の医学会や心理学会の見解に同意していないのである(Haldeman, 1991; Higbee, et. al., 2022)。そこで本稿では、転向療法としてどのような実践が行われてきたのかを整理し、転向療法の取り扱いをめぐる歴史を簡単に振り返ることとする。

2. 転向療法とは何か

医療専門家や活動家によると、「転向療法」という用語は「療法」という意味になるが、これは正規の治療法ではないため、誤用であると考えられている(Haldeman, 2022)。別の用語としては、性的指向変更努力(SOCE)や性同一性変更努力(GICE)という用語で言及されたり、両方を合わせて性的指向・性同一性変更努力(SOGICE)と呼ばれたりすることもある(Csabs, et. al., 2018)。その他にも「修復療法(レパラティブセラピー)」は、転向療法全般を指す場合もあれば、その下位療法を指す場合もある。

IRCT(2020)によれば、転向療法のために用いられてきた方法には、以下のようなものがある:

  • 集団療法を含むカウンセリングまたは心理療法(例えば、原因を特定するために人生の出来事を探求する)

  • 薬物療法(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、精神作用薬、 ホルモン注射など)

  • 眼球運動による脱感作と再処理法(心的外傷の記憶に焦点を当て、同時に両側から刺激を受ける方法)

  • 電気ショック療法または電気けいれん療法(ECT)(頭部に電極を取り付け、その間に電流を流して発作を誘発する)

  • 嫌悪療法(手や性器に電気ショックを与えたり、ホモエロティックな刺激を提示しながら吐き気を誘発する薬を投与したりする方法など)

  • 悪魔祓い(聖句を読みながらホウキで叩いたり、頭や背中を焼いたりする)

  • 強制給餌または食物剥奪

  • 他の人がいるところで、裸にさせたり、服を脱がせたりすること

  • 行動条件付け(特定の服装や歩き方を強制されるなど)

  • 隔離(長期間の場合もあり、独房監禁や 外界との交流を禁じられる)

  • 言葉による虐待や屈辱

  • 催眠

  • 病院での監禁

  • 強姦を含む、殴打やその他の「矯正的」暴力

これらの中から特に嫌悪療法と電気ショック療法または電気けいれん療法、カウンセリングや心理療法を紹介する。

2-1. 嫌悪療法

嫌悪療法とは、医療専門家が、手、頭、腹、性器への電気ショックとホモエロティックな刺激の提示を組み合わせた嫌悪的治療を行うものである(Jones et. al., 2018; Mallory et. al., 2018)。また、吐き気を誘発する薬を投与したり、同性的なイメージや思考に興奮するたびに手首にゴムバンドを巻き付けて痛みを誘発させたりする方法も、一般的な治療法である (Mallory et. al., 2018)。電気ショックが使用される場合、その電流がどの程度の強さであるかは、一般的に公表されていないが、個人は大きな痛みを経験し、その実践中に縛られたり拘束されたりすることがあるという報告もある (HRW, 2015)。Haldeman(1991)は、行動条件付けの研究は同性愛的感情を減少させるが、異性愛的感情を増加させるわけではないとも述べている。嫌悪療法は、1950年から1970年代半ばにかけて西洋で実践されていた。1970年代、行動療法家Hans Eysenckは、同性愛者に対して、倦怠感を誘発する薬物や電気ショックによる反条件づけを主に提唱し、この治療は50%近くの症例で成功したと報告している(Rolls, 2019)。しかし、1972年にゲイの活動家のPeter Tatchellによって、この方法は、拷問の一形態であり、それを受けたゲイの男性のうつ病や自殺を誘発すると非難した(Spandler & Carr, 2022)。

2.2 電気ショック療法

電気ショック療法または電気けいれん療法(ECT)については、頭部に電極を取り付け、その間に電流を流して発作を誘発する治療法で、治療抵抗性の生命を脅かすうつ病などの病気に対する最後の手段として用いられる重篤な治療法であり、これによって、著しい意識障害、認知障害、逆行性健忘症を引き起こすこともある。麻酔薬や筋弛緩薬を用いない場合、激しい痙攣を引き起こし、関節脱臼や骨折に至ることが多いとも言われている。様々な治療報告の中で、行われた処遇がECTなのか、それは嫌悪療法の一環としての電気ショックとは違うものなのか、しばしば曖昧である。ECTと嫌悪療法の一環としての電気ショックの両方を表現するために、「電気ショック」または「エレクトロ・ショック」という用語が誤って用いられることがあるからのようである(IRCT, 2020; Sebastian & Vikram, 2015)。

2.3 カウンセリング・心理療法

カウンセリングや 心理療法は、最も一般的な治療法のひとつである。いくつかの心理療法的アプローチは、トラウマが非異性愛指向やアイデンティティの根本的な原因であり、それに対処しなければならないという信念を前提としている。心理療法家は、性的虐待や両親の不和といった「根本的な原因」を特定し、それに対処しようとするために、個人の幼少期や人間関係を分析することがある。例えば、精神分析理論であれば、同性愛を発達停止の一形態とみなしていた(Drescher, et. al., 2016)。あるいは、同性愛は「幼少期の不適切な養育によって引き起こされた異性愛への恐怖症的回避」であると主張した(Drescher, et. al., 2016)。

3. 転向をめぐる歴史的展開と今日の状況

1970年代以降、人間の性的指向や性自認は変えることができないと主張する性科学者のKinseyなどが転向療法を批判した。Kinseyは、同性愛は人間の発達における正常な変化であると主張した。そして、同性愛者の活動家たちはアメリカ精神医学会と対立し、同性愛を障害として列挙すべきか再考するよう同学会を説得した。その結果アメリカ精神医学会は1973年に同性愛の登録を解除した(Drescher, et. al., 2016)。1980年代には、性的指向の発達は、思春期ごろに始まり、人生を通して固定的であるという考え方が徐々に浸透してきた。しかし、2001年のアメリカ精神医学会においてSpitzerによる「性的指向は変えることができる」という研究が発表された。SpitzerはDSMから同性愛を除外するのに大きく貢献した精神科医でもあったが、その後、同性愛者であるとする200人に電話によるインタビューをしたところ、同性愛から異性愛に変わった人がいたことを示した(Spitzer, 2001)。しかしその後、その研究には欠陥があったとして、2003年にSpitzerは論文の撤回を示した(Currin, Hubach, & Crethar, 2015)。また、性的指向を変えようという転向療法は効果がなく、逆に対象者に苦痛を与えた結果になったということも示された(Drescher & Zucker, 2006)。そして、同性愛を異性愛に修正しようとした転向療法は倫理的ではなく、反対にLGB当事者たちを傷つけ苦しめてきたということを認めた(American psychiatric Association, 2000; Drescher, 2002; Forstein, 2002; Just the Facts Coalition, 2008; McGeorge et al., 2015; Senovich et al., 2008)。転向療法は、長期的に重大な心理的危害を引き起こす可能性があるということも実証され始めた(Higbee, et. al., 2022)。 これには、転向療法を受けた人のうつ病、薬物乱用、その他の精神衛生上の問題の割合が、そうでない人よりも有意に高いこと(Haldeman, 1991)が含まれ、自殺未遂率はそうでない人のほぼ2倍である(Forsythe, et. al., 2022)という研究結果などで示された。

アメリカ精神医学会やアメリカ心理学会は、同性愛・両性愛やトランスジェンダーの人々に対して倫理的であるようにガイドラインや倫理規定を作成(American Psychological Association, 2005, 2015)し、医療関係者や心理支援者、教育関係者等にも適切な対応を求めている。日本では、2009年のアメリカ心理学会のTask Forceが作成した「Appropriate Therapeutic Responses to Sexual Orientation」を邦訳したものが日本心理臨床学研究に掲載され(佐々木ら, 2012)、また、セクシュアルマイノリティの方々への心理的支援に関する研究や書籍も出版されており(e.g., 針間ら, 2014; 葛西ら, 2019; 葛西, 2023)、心理支援に携わる者の対応も適切で効果的になってきていると思われる。

引用文献

  • American Psychiatric Association, (2000). Sexual orientation, therapies focused on attempts to change (reparative or conversion therapies). Washington DC: Author.

  • American Psychological Association (2005). Lesbian & gay parenting: Committee on lesbian, gay, and bisexual concerns, Committee on children, youth, and families, and Committee on women in psychology. APA, Washington DC.

  • American Psychological Association (2015). Guidelines for psychological practice with transgender and gender nonconforming people, American Psychologist, 70(9), 832-864.

  • Bhugra D, Eckstrand K, Levounis P, Kar A, Javate KR. (2016). WPA Position Statement on Gender Identity and Same-Sex Orientation, Attraction and Behaviours. World Psychiatry, 15(3), 299-300. https://doi.org/10.1002/wps.20340

  • Canadian Psychological Association. (2015). CPA Policy Statement on Conversion/ Reparative Therapy for Sexual Orientation. https://cpa.ca/docs/File/Position/SOGII%2520Policy%2520Statement%2520-%2520LGB%2520Conversion%2520Therapy%2520FINALAPPROVED2015.pdf

  • Csabs, C., Despott, N., Morel, B., Brodel, A., Johnson, R. (2018). The SOGICE Survivor Statement. http://socesurvivors.com.au/wp-content/uploads/2020/12/Survivor-Statement-A4-Doc-v1-2-Digital.pdf

  • Currin, M.J., Hubach, D.R., & Crethar, C.H. (2015). Multidimensional assessment of sexual orientation and childhood gender nonconformity: Implications for defining and classifying sexual/affectional orientations. Journal of LGBT Issues in Counseling, 9(4), 240-255.

  • Drescher, J. (2002). Ethical concerns raised when patients seek to change same-sex attraction. Journal of Gay and Lesbian Psychotherapy, 5(3-4), 181-204.

  • Drescher, J., Schwartz, A., Casoy, F., McIntosh, C. A., Hurley, B., Ashley, K., Barber, M., Goldenberg, D., Herbert, S. E., Lothwell, L. E., Mattson, M.R., McAfee, S. G., Pula, J., Rosario, V., & Tompkins, D. A. (2016). The Growing Regulation of Conversion Therapy. Journal of Medical Regulation, 102(2), 7–12.

  • Drescher, J., & Zucker, K. J. (Eds.). (2006). Ex-Gay research: Analyzing the Spitzer study and its relation to science, religion, politics, and culture. Harrington Park Press/The Haworth Press.

  • Forstein, M. (2002). Overview of ethical and research issues in sexual orientation therapy. Journal of Gay and Lesbian Psychotherapy, 5(3-4), 167-179.

  • Forsythe, A., Pick, C., Tremblay, G., Malaviya, S., Green, A. & Sandman, K. (2022). Humanistic and Economic Burden of Conversion Therapy Among LGBTQ Youths in the United States. JAMA Pediatrics, 176(5), 493–501.

  • Haldeman, D. C. (1991). Sexual orientation conversion therapy for gay men and lesbians: A scientific examination. In J. C. Gonsiorek & J. D. Weinrich (Eds.), Homosexuality: Research implications for public policy (pp. 149–160). Sage Publications, Inc. https://doi.org/10.4135/9781483325422.n10

  • 針間克己・平田俊彦(2014). セクシュアル・マイノリティへの心理的支援. 岩崎学術出版

  • Higbee, M., Wright, E. R. & Roemerman, R. M. (2022). Conversion Therapy in the Southern United States: Prevalence and Experiences of the Survivors. Journal of Homosexuality, 69(4), 612–631.

  • Human Rights Watch. (2017). “Have You Considered Your Parents’ Happiness?”: Conversion Therapy against LGBT People in China. HRW. https://www.hrw.org/report/2017/11/16/have-you-considered-your-parents-happiness/conversion-therapy-against-lgbt-people

  • IRCT (2020). It's Torture Not Therapy: A global overview of conversion therapy: Practices, perpetrators, and the role of states. IRCT. https://www.ohchr.org/sites/default/files/Documents/Issues/SexualOrientation/IESOGI/CSOsAJ/IRCT_research_on_conversion_therapy.pdf

  • Jones, T., Brown, A., Carnie, L., Fletcher, G., & Leonard, W. (2018). Preventing Harm, Promoting Justice: Responding to LGBT Conversion Therapy in Australia. www.hrlc.org.au.

  • Just the Facts Coalition (2008). Just the facts about sexual orientation and youth: A primer for pricipals, educators, and school personnel. Washington DC: American Psychological Association.

  • 葛西真記子編(2019). LGBTQ+の児童生徒学生への支援. 誠信書房

  • 葛西真記子(2023). 心理支援者のためのLGBTQ+ハンドブック. 誠信書房

  • Mallory, C, Brown, TNT, & Conron, K. J. (2018). Conversion Therapy and LGBT Youth Executive Summary. The Williams Institute. https:// williamsinstitute.law.ucla.edu/wp-content/uploads/Conversion-Therapy-LGBT-Youth-Jan-2018.pdf.

  • McGeorge, C., Carlson, T.S., Toomey, R.B. (2015). An exploration of family therapists’ beliefs about the ethics of conversion therapy: The influence of homophobia and clinical competence. Journal of Marital & Family Therapy, 41(1), 42-56.

  • Rolls, G. (2019). Classic Case Studies in Psychology: Fourth Edition. Taylor & Francis.

  • 佐々木掌子・平田俊明・金城理枝・長野香・梶谷奈生・石丸径一郎・松高由佳・角田洋隆・柘植道子・葛西真記子(2012). アメリカ心理学会(APA)特別専門委員会における『性指向に関する適切な心理療法的対応』の報告書要約 心理臨床学研究,30,763-773.

  • Sebastian, S. & Vikram, K. (2015). Exposed: Delhi doctors who claim they can “cure” homosexuality with hormone therapy, seizure-inducing drugs... and electric shocks. https://www.dailymail.co.uk/indiahome/indianews/article-3098146/Exposed-Delhi-doctors-claim-cure-homosexuality-hormone-therapy-seizure-inducing-drugs-electric-shocks.html. Published 2015. Accessed July 17, 2023.

  • Senovich, J.M., Craft, S.M., Toviessi, P., Grangamma, R., McDowell, T., & Grafsky, E.L. (2008). A systematic review of the research base on sexual reorientation therapies Journal of Marital and Family Therapy, 34(2), 227-238.

  • Spandler, H. & Carr, S. (2022). Lesbian and bisexual women's experiences of aversion therapy in England. History of the Human Sciences, 35 (3–4), 218–236. https://doi.org/10.1177/09526951211059422.

  • Spitzer, R. L. (2001). Values and assumptions in the development of DSM-Ⅲ and DSM-Ⅲ-R: An insider’s perspective and a belated response to Sadler, Hulgus, and Agich’s “On values in recent American psychiatric classification.” The Journal of Nervous and Mental Disease, 189, 351-359.

執筆者プロフィール

葛西真記子(かさい・まきこ)
大阪大学人間科学部・同大学修士課程修了後、同大学修士課程修了後、アメリカのミズーリ―大学にて博士号(カウンセリング心理学)を取得。
現在は鳴門教育大学大学院学校教育学部教授として臨床心理士・公認心理師の養成を行っている。セクシュアルマイノリティの団体であるSAG徳島の代表も務めている。
専門はLGBTQ+、異文化等の多様性、精神分析的自己心理学。
著書に「セクシュアル・マイノリティへの心理的支援」 岩崎学術出版 共著。「LGBTQ+の児童生徒学生への支援」 誠信書房 編著。「心理支援者のためのLGBTQ+ハンドブック」誠信書房 単著。「Reproductive Justice: A Global Concern」Praeger 共著。「ポスト・コフートの精神分析システム理論」誠信書房 共著。「Sexual Orientation, Gender Identity, and Schooling」Oxford University Press 共著。などがある。