見出し画像

心のSOS:アタッチメント理論から紐解く(日本女子大学カウンセリングセンター専任研究員:北島歩美) #こころのSOS

自分で自分のこころのSOSに気づくのは難しいものです。いつもと変わらないように過ごしているつもりでも、他の人の方から指摘を受けて、やっと自分の心の疲労に気づくこともあるのではないでしょうか。そんな自分のこころのSOSに気づく方法について、アタッチメント理論から北島先生にお書きいただきました。

心のSOSのサイン

 私たちは、身体からのSOSについては、「発熱」「痛み」などを通して、比較的楽にキャッチできます。それでは、心の不調についてはどうでしょうか?

 心の調子が悪い時、私たちには「怒り」「悲しみ」「不安」「恐怖」「絶望」など、様々な不愉快な感情が生じます。しかし、これらの感情を捉えるのは意外と難しいものです。例えば、そんな不愉快な感情は感じたくないと蓋をしてスルーしてしまうこともあるかもしれません。また、感情が、その原因とはまったく異なる場所に出てしまうこともあります。職場で感じたイライラを、思わず家族にぶつけてしまったなどは、誰にでも経験のあることでしょう。

 心の不調に関しては、まずイライラ感はどこからくるのか、なんとなく暗い感じがするのはなぜなのか…と自分に問いかけ自覚をすることが第一歩といえます。

 怒り、イライラ、落ち込み、空回りする思考などの不愉快な感情、あるいは、睡眠の異常、食欲の変化などは、心のSOSのサインと考えられます。
では、このようなSOSをキャッチした時、私たちはどうすればよいでしょうか?今回は、アタッチメント理論に基づいて考えたいと思います。 

アタッチメントとは?

 アタッチメントというのは、イギリスの精神科医ボウルヴィが提唱した概念です。「個体がある危機的状況に接し、あるいは、そうした危機を予知し、恐れや不安の情動が強く喚起された時に、特定の他個体への近接を通して主観的な安全の感覚を回復、維持しようとする傾性」と定義されます。(Bowlby, 1969, 1973, 数井・遠藤, 2005)

 例えば、幼い子どもが初めて保育園に預けられた時、(客観的には全く危険な状況ではないにも関わらず)子どもは不安を感じ、泣きます。しかし、再び母親あるいは父親に抱っこされ、慰められるとぴたりと泣き止みます。このように主観的な危機状況で、不安などのネガティブな情動が喚起され、「泣く」「身体接触の求め」「相談」などの行動が生じ、親しい特定の人物による共感的な慰めを得ることで安心感を回復し、再び遊びや学習など自分自身の活動に戻るという一連の循環を「アタッチメント・システム」と呼びます。幼い頃、不安や恐怖を感じた時に「お母さん、助けて!」「先生、助けて!」という思いをもった経験はどなたにもあると思います。

 アタッチメントは「愛着」と訳されることが多いためか、しばしば「愛情」や「甘え」と間違って捉えられることがあります。しかしながら、そもそもアタッチメント・システムが、SOSの状態で発動されることを考えると、常時べたべたしている関係や、一緒にいて楽しい関係、子どものいいなりになる甘やかしなどとは全く異なる概念であることがわかります。

 アタッチメント対象というのは、危機的状況で逃げ込める「安全な避難所(safe haven)」と、いったん情動が落ち着いた後、外の世界に出ていく際に応援をしてくれる「安心の基地(secure base)」の二側面をもっています。「受け入れ」と「送り出し」と考えればわかりやすいかもしれません。不安や恐れなどの心のSOSを感じた時、私たちはアタッチメント対象を求めます。子どものうちは、両親がその役割を果たしますが、成長とともに、教師、友人、恋人、パートナーと対象は拡大し変化していきます。時に、医者、カウンセラーなどの相談専門家なども該当します。

 また、アタッチメントの安定は、探索行動と関係があることが指摘されています。アタッチメントが安定していれば、子どもでしたら、遊び、スポーツ、勉強など、大人の場合は、仕事、地域活動、家事など、自分自身の活動に集中できるのです。

アタッチメントの個人差

 アタッチメントについては膨大な研究データが積みあがってきています。アタッチメント研究の初期は、対象が乳幼児に限定されることが多かったのですが、徐々に思春期、青年期、成人と研究対象は拡大し、まさに「ゆりかごから墓場まで」、私たちのメンタルヘルスの維持にとって、アタッチメントは重要な位置を占めることを研究結果は示唆しています。

 アタッチメント研究では、一般的にアタッチメントは4つのタイプに分類されています。①「安定型」は、「危険な時は誰かが助けてくれる。私には助けてもらう価値がある」という仮説をもっています。そのため不安や恐怖を感じた時、躊躇せずにSOSを発信することができます。それに対して、②「回避型」は、「危機的状況になっても助けてもらえない。自分にはその価値がない」という仮説をもっています。そのため、SOSは発信せず、ひたすら我慢し、自力で解決しようと奮闘します。他方、③「アンビヴァレント型」は、「自分は助けてもらう価値はない。他者の援助は気まぐれなので最大限にサインを出し続けなくてならない」という仮説をもちます。そのため、情動が強く表現され、慰められてもなかなか安定しません。とはいえ、「回避型」「アンビヴァレント型」はいずれも仮説は存在するため行動には一貫性があり、アタッチメントは組織化されていると考えられます。そのため、不十分かもしれませんが、それなりの適応をしていきます。対して、後に発見された④「無秩序型」は、仮説自体をもっていないと考えられるタイプです。そのため危機的状況に陥ると深刻な混乱、フリーズなどが生じ、解決に向けた行動がとれないことがあります。

 アタッチメント対象となる誰かが、私たちの話に耳を傾け、共感的に聴いてくれることによって初めて、私たちは、自分たちの不安な心の中を、勇気を出して探索し、自分たちのもやもやっとした感情をとらえる言葉を見つけていくことができます。「なんとなく食欲がないな~」というぼんやりしたストレス状態を「あんなことがあって本当は嫌だと感じている」など、言葉にすると、対処行動をとることが可能となり、解決に結びつきやすくなります。

 「安定型」のように、他者の援助に対しての信頼感や見通しをもつことができれば、実際、心が疲れた時に、誰かに相談することが可能となり、その結果、自分自身の感情に言葉を与え、自身の物語を作り出すことができるのです。

 誰かに上手に頼れる人は、自律的に動くことができるという一見矛盾した結論に達します。

SOSへの対処:SOSを他者との間で調整する

 アタッチメント・システムは、「一者の情動の崩れを二者の関係性によって制御するシステム」(Schore, 2003)といわれており、アタッチメント理論は、情動調整にあたっては他者が必要であること、つまり私たちが心理的な関係性の中で生きていること示しています。このことは重要な指摘です。
日本人は、国民の気質なのか、頼ることを潔しとしない傾向があります。実際、アタッチメント理論を紹介すると、「一人で対処することは大事なんじゃないか」「頼ると甘えを助長するのではないか」というようなご意見をいただくことがあります。

 私は青年期の方の支援をすることが多いのですが、青年期は親離れの時期であり、自立がテーマとなるため心理臨床の現場においても、長らく親とは距離をとる方向で支援が行われてきました。しかしながらボウルヴィは、「安心の基地や家族の強力な支持は、これまで子どもの自立心を弱めるとされてきたが、今後は、それを大いに促進するものと考えるべきである」と述べ、アタッチメントの安定と自立が関連することを指摘しています。(Bowlby, 1973)

 ダイアモンド(Diamond et al., 2014)は、青年期の抑うつ状態や問題行動をアタッチメントの破綻が原因と捉え、青年と家族とのアタッチメントの修復を重視しています。ABFT(Attachment -Based Family Therapy)では、青年との個人面接では、青年自身のアタッチメント・ニーズを言語化することを手伝う一方、両親面接においては、両親自身が子どものアタッチメント・ニーズに応じられない理由を探り、両親自身のアタッチメントのテーマを取り扱います。最終的には、両親と青年の合同面接を行い、アタッチメントの再生(reattachment)を手伝います。

 また、EFT(Emotionally Focused Therapy)、EFFT(Emotionally Focused Family Therapy)を提唱したジョンソン(Johnson & Greenberg, 1985, Johnson, 2004)は、カップルの関係性の問題もアタッチメントのテーマと関連していると指摘しています。特に感情を重視し、怒りなどの二次感情は、アタッチメント・ニーズ(不安、恐れなどの一次感情)が防衛された結果としてとらえています。

 これらのアタッチメント理論を基盤にした家族療法においては、青年の問題行動もカップルの問題も、アタッチメント・ニーズに対する共感的な応答の失敗、アタッチメントの破綻と関連しているととらえるのです。

 心のSOSかなと思ったときは、ちょっと勇気を出して、信頼できる誰かに話してみませんか。アタッチメント・ニーズとは、孤独感を慰めてほしい、不安をわかってほしい、受け止めてほしい、応援してほしいという誰もが抱く素朴な気持ちです。

 もし、安心して話せる誰かが見つからない場合は、心理士、精神科医など専門家でもよいかと思います。

 生きていくためには、誰かに頼ったり頼られたりという相互依存が必須であることを私たちが受け入れられれば、誰もが安心して生きていける社会に近づくことができると思います。

【参考資料】

  • Bowlby, J. (1969/1982). Attachment and loss, Vol1: Attachment. Basic Books. (ボウルビィ,J. 黒田 実郎・大羽 蓁・岡田 洋子・黒田 聖一(訳)(1991).母子関係の理論Ⅰ 愛着行動 岩崎学術出版)

  • Bowlby, J. (1973). Attachment and loss, Vol2: Separation: Anxiety and anger.  New York: Basic Books. (ボウルビィ,J. 黒田 実郎・岡田 洋子・吉田 恒子(訳)(1995).母子関係の理論Ⅱ 分離不安 岩崎学術出版)

  • Diamond, G. S., Diamond, G. M., Levy, S. A. (2014). Attachment-based family therapy for depressed adolescents. American Psychological Association.

  • Johnson, S. M. (2004). The practice of emotionally focused couple therapy: Creating connection(2nd ed.). Brunner-Routledge.

  • Johnson, S. M. & Greenberg, L. S. (1985). Differential effects of experiential and problem-solving interventions in resolving marital conflict. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 53, 175-184.

  • 数井 みゆき・遠藤 利彦(2005).アタッチメント―生涯にわたる絆― ミネルヴァ書房

  • 北川 恵・工藤 晋平(2017).アタッチメントに基づく評価と支援 誠信書房

  • Schore, A. N. (2003). Affect regulation and the repair of the self. (L. Cozolino & D. J. Siegel, series Eds.). Norton Series on Interpersonal Neurobiolgy.  W. W. Norton & Company.

【著者プロフィール】

北島歩美(きたじま・あゆみ)
日本女子大学カウンセリングセンター専任研究員(教授待遇)  
大学の学生相談にて主に青年期とそのご家族を対象にカウンセリングを行っています。専門は家族心理学、コミュニティ心理学。