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未来を切り拓く:転機への適応とキャリア形成の秘訣(ユースキャリア研究所代表:高橋浩) #転機の心理学

何度も訪れる転換期

 キャリア心理学における「転機」には、いくつかの考え方がありますが、ここでは人生の節目となるキャリアの転換期(transition)に焦点を当てたいと思います。転換期とは、ある発達段階から次の発達段階への移行を指します。例えば、キャリア心理学者のスーパーは、キャリアの発達段階を成長期・探索期・確立期・維持期・解放期の5段階に分けていますが、これらの各期の節目が転換期となります。この5段階の概念は、人々が社会システムに沿って生活していることに基づいています。『LIFE SHIFT人生100年時代の人生戦略』の著者グラットンは、従来の人生は、学生・労働者・余生という3ステージであると言っています。この3ステージとスーパーの発達段階を対比すると、学生時代が成長期・探索期、労働者が確立期・維持期、余生が解放期に相当すると言えるでしょう。これまでの転換期は、人間が作り出した社会システムに応じて訪れるものだったと言えます。しかし、グラットンは、今後はマルチステージ時代が到来すると述べています。具体的には、職業が生涯で一つに限らず、副業も考えられるようになったり、あるいは、大学に再入学したり、何らかの資格を取得したりするなど、多様な人生が考えられるということです。実際、日本でもそのような変化が始まっています。従って、転換期(以下、転機とします)は従来よりも頻繁に訪れると言えます。

コンフォート・ゾーンからラーニング・ゾーンへ

 転機を迎えると、住居や生活リズム、勤務場所、上司・同僚、職務内容、期待される役割、収入・支出が変化する可能性があります。キャリア心理学では、これらをキャリアの客観的側面、すなわち外的キャリアと呼びますが、転機は外的キャリアが大きく変化する時期です。そして、外的キャリアの変化に対して、心構えや能力・スキル、仕事の意味といった内的キャリアも変化に合わせていかなければなりません。つまり、「適応」していくことが求められます。適応できなければ、役割を果たすことができず、評価が下がり、結果的に自己効力感や自己肯定感も低下するでしょう。だからこそ、適応する必要があります。これから訪れる転機に対応するため、あるいはそれに備えて、新しい生活に慣れたり、新しい仕事を覚えたり、リスキリングをする必要が出てくるのです。その意味で適応は、必ずしも楽なことではありませんが、新たな成長のチャンスと捉えることもできます。転機に応じて、自分が従来よりも知識・能力や対応可能な範囲を拡大させることが可能になるからです。一般に、慣れ親しんだ領域をコンフォート・ゾーンと呼びますが、転機に適応することは、その外側にある未知の領域であるラーニング・ゾーンに踏み出さざるをえなくなります。そして、ラーニング・ゾーンでの学びがあたり前になると、その領域は新たなコンフォート・ゾーンになるのです。ただし、無謀な挑戦をすると強いストレスや不安が生じるパニック・ゾーンに入ってしまうので要注意です。小さな一歩の積重ねがポイントです。

キャリア・アダプタビリティを活かす

 転機に適応を図る方法として、「キャリア・アダプタビリティ」が重要です。キャリア心理学者のサビカスによれば、キャリア・アダプタビリティは4つの次元で構成されます。

1)   関心: 自身のキャリアに対する関心を持つことから始まります。自らの経歴を振り返り、これまで自分がキャリアを築いてきたことを認識し、現在の転機だけでなく将来に目を向けることが求められます。関心を持つことで、将来を自発的に形成しようとする統制意欲が湧きます。

2)   統制: 自身のキャリアを積極的にコントロールする責任感を持つことが大切です。これにより、「自分のキャリアをどのように進めるべきか」という問いに対する答えを見つけ出そうとする好奇心が養われます。

3)   好奇心: より良いキャリアを目指して、未知の領域や新たな人々、仕事に対する探求心が促されます。この好奇心が、キャリア上の選択を行う際の自信につながります。

4)   自信: 上記の過程を経ることで、キャリアにおける適切な選択を行う自信が育まれます。この自信があることで、より良い未来へと進むことができ、結果的に転機を乗り越える力になります。

 このように、1から4にかけてキャリア・アダプタビリティを発達させていきながら、転機をうまく乗り切ることができます。

転機に振り回されずに済むには

 現代社会では、転機への適応が日常的に求められるようになります。しかし、周囲に流されることなく、「自分らしさ」を保持することもまた重要です。サビカスは、人生の転機に立った際、自己の物語を形成するのに役立つ5つの質問を提案しています。

1)   6歳頃に憧れた3名の人物の特徴は何ですか?

2)   好きな雑誌やテレビ番組、Webサイトの特徴は?(3つ挙げる)

3)   最近、気になっているストーリー(映画、ドラマ、小説)は?

4)   お気に入りの言葉やフレーズは?

5)   人生の最初の記憶は?

 これらの質問に答えることで、自身の「人生のテーマ」が浮かび上がります。具体的には、1)の憧れた人物の特徴を組み合わせた像が、自己のロールモデルを形成し、2)は職業的興味の方向性を示唆します。3)は困難を乗り越える方法や人生観を反映し、4)は自己への助言や次のステップへのヒントを、5)は人生の基盤となる記憶や成長のための挑戦を示します。これらの回答を繋ぎ合わせて物語にすることで、自己のキャリアの方向性と人生の意味が見えてきます。これは、様々な転機に直面しながらも、自己を見失わずに進むべき「道しるべ」となります。

最後に:キャリアと楽観主義について

 将来に向けては、転機への適応が不可欠です。転機は、新たなキャリアを生み出すチャンスであると同時に、適応しないことで生じる混乱や困難の原因となり得ます。社会の変動性を踏まえ、自身でキャリアを主導する「キャリア・オーナーシップ」の重要性が増しているといえるでしょう。フランスの哲学者アランは、「悲観主義は感情によるものであり、楽観主義は意志によるものだ」と述べています。困難に直面した際に嘆くのは悲観でしかありません。そうではなく、未来をポジティブに捉え、自身の意志で自らを良い方向に導くことが真の楽観であり、キャリアを築く上で重要です。

 キャリア・アダプタビリティの重要性、自己を理解するための5つの質問、そして楽観主義の価値について取り上げました。これらの要素は、変化に富んだ現代において、自身のキャリアを主体的に築いていくために不可欠です。転機を迎えるたびに自分自身を見つめ直し、自己の内面と向き合うことが、より充実したキャリアと人生を実現するための鍵となります。自己理解を深め、自分らしさを大切にしながらも、新たな挑戦に対する開放性と柔軟性を持つこと。そして何よりも、未来に対する楽観的な姿勢を持つことが、変化の時代を生き抜く力となるでしょう。

執筆者

高橋浩(たかはし・ひろし)
ユースキャリア研究所代表。博士(心理学)・キャリアコンサルタント・公認心理師。専門はキャリア心理学、カウンセリング心理学、産業・組織心理学、コミュニティ心理学。1987年、NECグループの半導体設計会社にて開発・設計、品質管理、経営企画、キャリア相談に従事し、2011年に退社。2012年に博士号を取得し、独立開業。組織におけるキャリア形成支援を主とした研究と実践を行っている。

ユースキャリア研究所ホームページ:https://www.youthcareer.biz/

著書


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