不安な気持ちへのかかわり方~ポジティブな感情をひき出す3つのスキル~ (渡辺弥生:法政大学文学部心理学科教授)#不安との向き合い方
子どもが不安に直面しているようにみえるとき、まわりの大人はどのように声をかけ、支えることができるでしょうか。子どもが落ち着きと安心を取り戻し、さらには自分自身で不安と向き合えるようになるかかわり方のコツを、発達心理学がご専門の渡辺弥生先生にご紹介いただきました。
漠然としたやっかいな気持ち
不安というのは、恐怖と違って、ひそひそっと近づいてきて、いつの間にかなんとも心細く、ドキドキと落ち着かない状態でまとわりつくやっかいな気持ちです。恐怖は、蛇がきたとか、お化けが怖いとか、対象がはっきりしていますが、不安はなんだか漠然としていて、はっきり伝えようにもうまく伝えられるわけではなく、しかも、すぐに拭い去れない類のネガティブな感情の一種です。
大人だって不安はつきないもので、ケラケラ笑っている元気そうな人でも、ひとつふたつ不安はあるものです。「どうして、人を困らすこんな“不安”という気持ちがあるんだ!」と思いたくもなりますが、考えようによっては、この「不安を感じる能力」があるからこそ、私たち人間は、長い歴史の中でサバイバルできたともいえます。
経験を重ねると不安が増える
不安についていろいろな考え方がありますが、一般的に、私たちは過去から現在、そして未来を見通すことができる力(時間的展望)を獲得すると、不安や葛藤は減るのではなく増えていきます。それは、“予期不安”という気持ちを感じるようになるからです。
過去に、「**したら、失敗した」「@@して酷い目にあった」という失敗やネガティブな経験をしてしまうと、どうしても記憶に残り、もともとは特に意味のなかったものが、急に嫌な意味を持つようになってしまいます。
お医者さんを楽しいところだと思って出かけたのに、注射をされて、痛い目にあってしまうと、たいていの子どもは、もう白い建物、白い服を着た人を見かけるだけで、ニューッと大きな不安感が頭を持ち上げるという感じです。
クラスの中で、誤った答えや発言などでミスをおかして、「えーっ!」と驚かれたり、怒られたり、クラスのみんなから白い目で見られたりなどの経験をすると、次からはまた同じ失敗を繰り返さないかと不安になります。つまり、心が弱いから、メンタルが弱いから、不安を抱えるというわけではありません。誰でも失敗をしますし、嫌な体験をします。すると、また同じことが起きるんじゃないかと、先を予測して不安になるのです。
ですから、不安を感じたらだめと叱られる類の感情でもなく、不安を「0」にする必要もありません。経験を重ね、記憶力が伸び、時間的に展望する力が発達するからこそ、「不安」を感じることができるようになるんだ、とまずはポジティブに捉えましょう。しかも、こうした不安をもし抱かなければ、実際、同じ失敗を何度も何度も繰り返すことになってしまいます。
不安との向き合い方
とはいっても、不安が強すぎて何も手につかないお子さんや、凹みすぎているお子さんにどうかかわったらよいのか、思案される親御さんも少なからずおられるでしょう。小学生に、先に書いたように、「不安とは生き抜く上で必要なものだ」と諭してもピンとこないことでしょう。ここでは、大切なポイントを紹介します。
1.子どもの不安に共感する
不安が強い親御さんや、逆にあまり不安を感じない親御さんがやってしまいがちなことは、「そんなこと考えすぎだ」「なんで、そんなに弱いんだ」「やればなんとかなるんだ、さあ、やってみなさい」というように、すぐに考え方や行動を変えさせようとしてしまうことです。
不安の中で、怒られたり、責められたり、とがめられたりすると、ますます感情というものはネガティブに膨れ上がってしまいます。また、“情動感染”といって、親のネガティブな雰囲気は家族中にすぐさま広がっていきます。たいてい、こうした状況の背景には、親御さん自身が不安で、不安をすぐに追い払ってしまおうと、怒ってしまったりしがちだということがあります。
まずは、「わかる、わかる、怖いよなぁ」「次は、@@じゃないかとか思っちゃうよなぁ」「その気持ちよくわかるよ」と共感してあげましょう。不安なときに、「わかるなぁ、お父さんもそうだった」と言って真剣に受け止めてくれる、自分の気持ちをしっかり受け入れてくれる人が存在していることがわかると、ホーッと落ち着くことができるのです。
2.エビデンスを伝えよう――時間・空間について
例えば、新型コロナウイルス感染症も、感染するのではないかと、始終恐ろしくて不安で何もできないとなったら、不安が強すぎるという状況です。先ほど述べたように、子どもは時間を展望できるようになりますが、まだ大人のように「ワクチンが来月にはアメリカで***するらしいから、数カ月もすれば少し安心できる状況になる」とか、「過去にも人類はペストやスペイン風邪などを乗り越えてきた」という適切な知識や認識で、自分たちの安全性について適切に捉えることができません。「@@県では患者数が一桁だから、この地域では差し迫った危険性はなさそうだ」など、空間的地理的な理解による自発的な判断も、学年によっては難しい場合もあるでしょう。
ですから、子どもの発達に応じて、適切な時間や空間に基づく認識を説明し、安心させてあげましょう。子どもが不安に思っていることが、実際にどれくらい起きる可能性があるものなのか、子どもにわかりやすい例やメタファーを使って、「だから、安心だよ」とむやみに恐れなくてよいことを伝えます。どれくらい先のことを考えるとよいか、何をする限りは大丈夫だとか、子ども自身がイメージできて、自分はこうしておけば安全なんだと教えてもらえれば、安心することができます。
3.こんなときは、こうすればよい――解決できるイメージをあげよう!
こうした不安は、それを感じると、どんどん悪い方向に転がるような道筋を作ってしまうので、悪循環になります。それを防ぐためには、①不安を他の気持ちに切り替えるスキルや、②不安を外在化させて勇気づけをするスキルや、③冷静に問題解決行動を学ぶスキルの3つの方法が考えられます。
①不安を他の気持ちに切り替えるスキル
ネガティブな気持ちからポジティブな気持ちに切り替えるためには、ポジティブな体験を重ねていく工夫が大切です。嫌なことを何度もやらせて克服させる方法よりは、ポジティブに考えられる楽しい経験、成功経験ができる機会に導いてあげましょう。何より、ポジティブな気持ちにさせてくれる言葉の存在に気づかせることが大切です。
例えば、お父さんはいつも「困ったぞ」「疲れたな」、お母さんは「やだ」「やばい」としか言わない日常生活で育つと、日々、ネガティブな感情語がシャワーのように降りかかってくるわけです。そんな生活の中で、「待ち遠しい」「楽しい」「へっちゃらだ」というポジティブな気持ちは掘り起こされません。普段から、「お父さんは@@が誇らしいぞ」「お母さんは、みんなが健康で満足よ」といった、不安があっても気持ちを切り替えられるような雰囲気作りが大切です。そして、言葉の内容だけではなく、”社会的プロソディ”といって、表情や話し方、声の調子、しぐさがとても重要になります。落ち着いたあたたかい調子で「大丈夫だよ」と声をかけてあげましょう。
②不安を「外在化」させて勇気を生み出すスキル
コロナ感染予防対策のひとつとして、「健康戦士コロタイジャー」という動画教材を作りました。コロナを悪者「コロナー」に仕立て上げて、子どもたちに「よーし闘うぞ」という勇気を与えて、不安を乗り越える方法です。
このコンテンツには、ただ闘うというだけではなく、公衆衛生上の知識として「手洗い」や3密を避けるといった情報も盛り込んでいます。そのほか、いじめにつながる気持ちの抑え方や、免疫力を育てる呼吸法などのコンテンツも含めたシリーズになっています。
いずれも、適切な知識を得ることで、結果的に冷静な行動を取れるよう導いています。児童期は、ヒーロー意識や、外と戦うイメージで善を求めようとするところがあるので、こういう元気の与え方もあると思います。ただし、あくまでも仮想的な敵であって、仲間をそのように扱うのはいじめの元ですから、注意が必要です。
③冷静に問題解決行動を学ぶスキル――メタ認知力をゲットしよう
このコロタイジャーのシリーズに「メタ認知イエロー」というコンテンツがありますが、小学校中学年くらいになったら、”メタ認知”について教えてあげましょう。これは、自分を客観的に俯瞰して見る力を育てることです。いたずらにブルブル怖がっている自分に気づかせ、「いったい何を不安に思っているのか、もう少し冷静に考えなきゃ」と、自分自身を振り返られるようにします。
「もし、@@したら」「絶対、 ***になっちゃう」「今度も◎◎だ」と、何もやらないうちから怯えすぎるのではなく、どういうことになるのが不安なのか、怖いのか、不安の正体を一緒に考えてあげましょう。
その際、「なーんだ」と小バカにしないで、小さな胸を痛めている気持ちに寄り添い、「×××が不安だったんだね」と共感してあげます。その上で、いつもしでかしてしまう行動や考え方などをモニターして、「今度はこういう解決法を取ってみたら」と促しましょう。メタ認知は、「自分をモニターすること+問題を解決すること」を含むプロセス全体を指します。
自分をモニターできたら、”問題解決のABCスキル”を使ってみましょう。何が問題かをまず考えます(Asking)。次は対応方法をいろいろ考えてみます(Brainstorming)。そしてベストな方法を選択(Choosing)して、行動してみます。テストの問題の読み間違いが多いことに気づいたら、問題を数回読むとか、問題に下線を引くなど、いろいろな方法を考えます。その上で、自分ができそうな方法を選択して、実行するように促します。そして、うまくいったら「すごいじゃない!」と声をかけて、自信を育てましょう。
こうした不安との向き合い方は、もしかしたら、まずお父さん、お母さんから始めてもよいかもしれません。親の不安が伝わっているということも少なくありませんから、ぜひためしてみてください!
◆執筆者プロフィール
渡辺弥生(わたなべ やよい)
法政大学文学部心理学科教授。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。感情リテラシーの発達やソーシャルスキルトレーニング、幸福感の国際比較、育児不安を抱えた保護者へのアプローチなどを主なテーマとして、研究を行っている。『子どもの「10歳の壁」とは何か?』『感情の正体――発達心理学で気持ちをマネジメントする』ほか、著書多数。