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発達検査のいまとこれから(平安女学院大学子ども教育学部教授:清水里美)#金子書房心理検査室

子どもの心身の発達の段階や状態を評価するために、さまざまな発達検査が開発されてきました。今回は、代表的な発達検査である新版K式発達検査を取り上げながら、最近の発達検査について、そしてこれからの発達評価のあり方について、清水里美先生に解説していただきます。

発達検査とは

 人はこの世に生まれてから死ぬまでの生涯にわたって、身体的・精神的・社会的機能が変化し続けます。できなかったことができるようになる、できていたことができなくなっていく……これらの変化はすべて人の「発達」過程で認められます。「▢歳になれば(この暦年齢のことを「生活年齢」と呼びます)、△ができるようになる」といったことにあてはめて、「▲ができるようになったから、歳頃の発達に達している(「■歳頃の発達」は、生活年齢と区別して「発達年齢」と呼びます)」と認められることが発達を評価することになります。すなわち、対象となる人の行動や反応が一般に何歳頃の行動や反応に相当するのかを観察することで、発達年齢を割り出すことができるのです。生活年齢と発達年齢がおおよそ一致していれば、発達はおおむね順調と評価されます。

 限られた時間内に、効率よく、確実に発達年齢を割り出すために作られたものが「発達検査」です。発達検査では、各年齢段階における代表的な行動の様式がおさえられており、とくに発達的変化が著しい乳児期から学童期にかけての子どもに対してよく用いられています。発達に関わる問題についての相談、例えば、「ことばの獲得が遅いのではないか」「お箸を使ったり、ボタンをはめたりすることが難しそうだが、大丈夫か」といった子育ての不安や、「集団への指示に対してお友だちと同じような行動がとれない」「文字や数がうまく扱えない」といった教育上の心配に対して、何歳相当の発達に達しているのかを調べることで、何ができて、何が難しいのかが理解でき、どのような手立てが有効かを探ることができるでしょう。

 発達検査の方法は大きく2種類に分かれます。課題を個別に与え、それに対する反応を観察して評価する方法と養育者など身近な方から日常生活の様子を聴き取って評価する方法です。ここでは、前者の代表的なものとして「新版K式発達検査」を取り上げるとともに、これからの発達評価についても触れたいと思います。

新版K式発達検査

 新版K式発達検査は0歳から成人まで適用できるように作成されています。「姿勢・運動」「認知・適応」「言語・社会」の3領域ごと、および「全領域」の発達年齢、発達指数が算出できます。検査場面における行動観察が重視されており、いわゆる「知的能力」だけでなく、「身体運動能力」や「対人・社会性」など、対象者の発達の様子を幅広い観点から評価できるようになっています。

 この検査の前身は「K(Kyoto)式発達検査」というもので、京都市児童院(現在の京都市児童福祉センターの前身、1931年に開院)で心理相談を担当していた研究者である嶋津峯眞、生澤雅夫らの手によって1951年に原案が作成されました。

 京都市児童院には産科、小児科に心理相談部が併設されており、子どもの発達に関するさまざまな相談に応じていました。その中には就学に関わる相談もありました。当時はビネ(Binet, A.)が作成した知能検査が広まっていましたが、それは主として学齢期の子ども向けのものでした。そこで、乳幼児の発達を調べる検査も必要であるということから、嶋津らは諸外国の検査を研究しました。そして、ビューラー(Bühler, C.)らやゲゼル(Gesell, A.)の検査をもとに用具を作り、京都市在住の乳幼児のデータを収集し、その成果をK式発達検査としてまとめたのです。さらに、1975年には、「京都ビネー検査(K-B式)」も作成しました。

 これらの検査は、もともとは京都市児童院用の試案として使用されていたのですが、臨床的に有用であるということから近隣の児童相談所などに広がりました。そこで、正式なものにする必要に迫られ、標準化がおこなわれました。その結果、1980年に「新版K式発達検査」、1983年に年齢尺度が拡張された「増補版」が公刊され、0歳から成人までの発達検査として完成しました。実施手引書と規格化された検査用具は京都国際社会福祉センターから頒布されることになりました。その後も、京都国際社会福祉センターのもと、2001年版、2020年版と二度の改訂と標準化作業がおこなわれ、現在に至っています。

発達検査の改訂

 新版K式発達検査が、およそ20年ごとに標準化が繰り返されているのは、今を生きる子どもたちの発達を調べるために、時代や文化に合わなくなった課題があれば変更を検討しなければならないからです。1983年版では「赤電話」の絵を見せて名称を尋ねる課題がありましたが、「赤電話」が世間から消えて見られなくなったため、2001年版では別のものに変更されました。また、身長や体重の平均値が時代によって変化しているように、発達が早くなっている領域と遅くなっている領域があるかもしれません。△ができるようになる年齢が20年前は▢歳であったけれども、現在はもっと早く、あるいは遅くなっているかもしれないのです。検査としての精度を維持するためには、定期的に基準値を確認し、更新していくことが求められます。

 実際に、新版K式発達検査の中で、標準化を繰り返すごとに発達が早くなっていった課題の一例を挙げてみましょう。「色の名称」という、幼児にいくつかの色を見せて、その名前を問う課題があります。この何十年間で、より幼い年齢の子どもが色の名前を答えることができるようになっています。1951年にK式発達検査が作成されたときは、色の名前は6歳児向けの課題でした。1983年版では4歳児向けのものになり、2001年版では3歳児向け、2020年版では2歳台後半の子ども向けの課題になっています。色の名前が言えるようになる年齢が早くなってきたのは、乳幼児の生活世界の変化と関係していると考えられます。

 新版K式発達検査は改訂を繰り返している一方で、検査の本質的なところは変更していません。検査課題も時代に合わなくなったもの以外は残しています。だからこそ、先ほどの色の名前の例のように、昔の子どもと今の子どもの発達の進み具合を比較し、発達と生活環境との関連について検討することが可能になります。また、発達検査課題への反応という点において、20世紀初頭の子どもも現在の子どももさほど変わりはないことは興味深いと思われます。例えば、ゲゼルの検査を参考にした「課題箱」という1歳台の子ども向けの課題があります。この課題では、穴の開いた木の箱を検査机の上に載せ、丸い棒を子どもに手渡します。すると、1歳過ぎの子どもは受け取った棒を箱に空いている穴に差し入れようとするのです。発達を詳細に観察して考えられた検査課題であるからこそ、時代を超えて、子どもの自然な反応を誘発するといえるでしょう。

これからの発達評価

 COVID-19の影響下での乳幼児健康診査(健診)では、対面による発達スクリーニングの制限、延期や電話による問診への変更を余儀なくされました。このような事態は、今後も生じる恐れがあります。また、感染症予防の観点から、これまで健診で用いられていた積木や絵カードといった発達スクリーニングの材料についても変更が検討されています。検査者が必ずしも対面しなくても実施でき、消毒が容易な材料を用いる検査の開発が望まれます。厚生労働省による「標準的な健診・保健指導プログラム」の最新版である令和6年度版では「ICTを活用した保健指導」という項目が追加され、情報通信技術を活用した遠隔面接やアプリケーションによるセルフモニタリングなどについて言及されています。このような時代の変化に伴って、タブレットデバイスを用いた心理検査の開発が世界的にも進んできています。例えば、読み速度検査や実行機能を調べる検査、ペンタブレットを活用した描画課題やひらがな聴写課題などです。就学以降の発達や学習の問題に関わる領域では、タブレットデバイスを用いたスクリーニング検査が開発、実用化されようとしています。この利点は、必ずしも専門の検査者でなくても実施できること、取得データがクラウド上で保存できること、定量的な分析ができること、などです。

 一方で、熟練した検査者が対面で実施する発達検査は、「構造化された行動観察場面」と捉えられており、個々の検査課題について、どのようにできたか、あるいは、どのようにできなかったか、ということが重視されています。対象児の所作や表情の変化を含めた詳細な観察と相互的な対人関係の「質」に着目した評価は、まさに専門性が発揮されるところです。また、発達検査の結果を関係者とどのように共有するかも重要なポイントとなります。子どもの発達に関わる相談では、検査場面での観察結果と日常場面での適応状態との関連を慎重に吟味することが求められます。それは、対面での観察や面接を通じてこそ成り立つものでしょう。

 このように考えますと、専門家でなくても手軽に活用できる発達スクリーニング用の検査と、専門家による個別の発達検査を通した発達相談の両方を充実させ、システムとしてつなげていくことが、これからの発達評価に求められているのではないでしょうか。

参考文献

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◆執筆者プロフィール

清水里美(しみず・さとみ)
平安女学院大学子ども教育学部教授。専門は発達臨床心理学。新版K式発達検査を主とした研究と実践を行っている。
主な著訳書に『カウンセリング心理学』(訳/ブレーン出版)、『新版K式発達検査法〈2001年版〉発達のアセスメントと支援』(分担執筆/ナカニシヤ出版)、『これからの現場で役立つ臨床心理検査【解説編】』(分担執筆/金子書房)など。

◆主な著訳書


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