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性的マイノリティが抱える葛藤に向き合う(埼玉学園大学特任講師:佐藤洋輔) #葛藤するということ

性的マイノリティの存在が可視化されつつあるなか、依然として困難な状況に直面する当事者は少なくありません。いったい何がその困難を形作っているのでしょうか。今回は、臨床心理学の観点から性的マイノリティのメンタルヘルスを研究する佐藤洋輔先生に、当事者が社会で生きる中で経験する葛藤と、その背後にある社会的要因を解説していただきました。

性的マイノリティに対する理解と現状

 「性的マイノリティとは?」という質問に対して、全く想像がつかない、という人は現代では少ないでしょう。代表的なものにLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字からなる総称)がありますが、電通ダイバーシティ・ラボが2020年に行った調査からは、LGBTという言葉の浸透率は2018年調査の68.5%から80.1%にまで上昇したことが報告されています(株式会社電通広報局広報部, 2021)。また、世界では2001年にオランダで初めて同性婚が実現して以来、現在では31の国や地域で同性どうしの結婚が法的に認められています。日本ではまだ同性どうしの結婚は実現していませんが、多くの自治体で、同性カップルを婚姻に相当する関係として認めた「パートナーシップ制度」が続々と施行されつつあります。

 このように、世界中で性的マイノリティに対する関心は非常に高く、今では人種、民族、障害、性別と同様に性のあり方が多様性の重要な側面として多くの議論が行われています。しかしながら、最近の調査報告からは、まだまだ性的マイノリティ当事者が生きやすい社会になっているとは言えないようです。例えば、2021年にアメリカ南部で行われた調査からは、LGBTの成人が異性愛者の成人に比べて精神的な苦痛を多く経験していることや、経済的な負担から十分な医療ケアを受けることができていない現状が報告されています(Gonzales, Young, Masters, & Loret de Mola, 2021)。また、筆者が大学生・大学院生を対象に実施した調査でも、精神的健康については異性愛者との差が確認されなかったものの、LGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)の若者は異性愛者に比べて多くの対人関係のストレスを経験していることや、家族からのソーシャルサポートを受けづらいことが明らかになりました(佐藤・沢宮, 2018)。こうした報告から、LGBTについて知識が広く浸透しつつある現代においても、多くの性的マイノリティは様々な葛藤を抱えながら生活していることが伺えます。

葛藤の背景にあるもの:スティグマとマイノリティ・ストレス

 性的マイノリティの人々が抱える葛藤について、想像しやすいものとしては「カミングアウト」が挙げられるでしょう。カミングアウトとは、それまで隠していた自分の秘密を他者に打ち明けたり、公にしたりすることを指します。特に性のあり方は多くの場合直接目に見えるものではないので、カミングアウトしなければ異性愛者や、シスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と,性別についての自認・同一性が一致している人々)として扱われることになります。そのため、それまで良好な関係性を築いていたとしても、カミングアウトをすることで「拒絶されるのではないか」、「いじめられるのではないか」と葛藤が生じることになります。

 こうした葛藤は、どこからやってくるのでしょうか。海外を中心とした多くの研究の中では、スティグマとそれに由来するマイノリティ・ストレスの影響が指摘されています。スティグマとは、日本語に直訳すると「烙印」という意味であり、社会集団から押し付けられたネガティブなレッテルのことを指します。性的マイノリティを始めとした様々な社会的マイノリティは多くの場合こうしたスティグマに曝され、周囲からの偏見や差別を受けやすいとされています。そしてスティグマによって社会全体や、他者からの偏見や差別を繰り返し経験すると、本来は自分たちに向けられていたネガティブな態度やイメージを当事者自身も抱くようになり、その結果深刻な自己否定が生じたり、他者からの拒絶を恐れて自分自身のことを隠すようになったりすることが明らかになっています(Meyer, 2003)。こうした性的マイノリティが経験する固有のストレスは「マイノリティ・ストレス」と定義され、性的マイノリティの精神的健康に様々な悪影響をもたらすことが多くの研究で報告されています。筆者が国内のLGBを対象に実施した面接調査でも、家族や友人、教師などの身近な人がLGBに対してネガティブな発言をすることにより、多くの当事者が「同性に好意を抱くのはいけないことだ」という偏見を認識するようになり、自分自身の同性や両性に対する好意に嫌悪感を抱くことが明らかとなっています(佐藤・沢宮, 2021)。このように、偏見や差別が必ずしも性的マイノリティ当事者に向けられたものでなくても、多くの当事者は社会に存在するスティグマを敏感に感じ取り、自分自身に対する否定的な感情を強めていってしまいます。そしてその結果、自身を「他者から受け入れられない存在」だと考え、自分の性のあり方を隠すようになります。

 性のあり方が多数派の人々にとっては、性的マイノリティの存在は知っていても身近にはいないと感じている方も少なくないかもしれません。しかし実際には、多くの性的マイノリティは社会に根強く残るスティグマの存在に気づいているため、「相手には性的マイノリティに対する偏見がない」というよほどの確信がなければ、親密な関係であったとしてもカミングアウトを行うことは少ないのです。

意図せず行われる差別:マイクロアグレッション

 また、ここまで読んでくださった方の中には、「本当に性的マイノリティに対するスティグマなんて存在するの? テレビにもたくさんの当事者が出ているし、周りでも差別なんて見たことないよ?」と感じる方もいるでしょう。現代社会では、性的マイノリティの理解が進んだことや、人権意識の高まりによって、差別の定義も以前とは変わっているとされています。具体的には、以前は差別といえば直接的な暴力や否定的な言動を指していましたが、現在では一見すると攻撃とは思われないようなもの、あるいは、発言した本人にも攻撃する意図はないようなものまで含みます。こうした本人も意図せず、無意識に行われるさりげない軽蔑や差別のことを、マイクロアグレッションといいます。マイクロアグレッションはもともとは人種差別の文脈で生まれた概念ですが、性的マイノリティに対しても、マイクロアグレッションは様々な悪影響をおよぼすことが明らかとなっています(Fisher, Woodford, Sterzing, & Victor, 2018)。

 では、マイクロアグレッションにはどのようなものがあるのでしょうか? 例えば、相手が当然異性愛者であると考えて、女性に対して彼氏や夫がいるかを尋ねたり、「バイセクシュアルの人は異性とも恋愛や結婚ができるから幸せだ」と伝えたりすることなどが当てはまります。このような発言や振る舞いは、本人に悪気はなかったとしても、「異性愛であることが普通だ」「同性愛は異性愛よりも劣っている」「(実際には決してそのようなことはないのですが)バイセクシュアルはレズビアンやゲイ、トランスジェンダーに比べて悩みが少ない集団だ」というメッセージを暗に伝えていることになります。そう考えると、これらのメッセージによって性的マイノリティ当事者が社会の中で居場所がないと感じたり、自分たちは劣った存在だと感じたりすることは容易に想像できるのではないでしょうか。マイクロアグレッションは多くの場合非意図的、かつ無意識に行われるため、それを行った本人が気づくことは至難の業です。場合によっては、当事者をサポートする援助者の側が、知らず知らずのうちに攻撃をしてしまっていることもあるでしょう。

差別をしないために

 さりげない差別をなくしていくためのたった1つの解決方法はないかもしれませんが、やはり一人ひとりが自分の中にあるステレオタイプについて考えることが大切です。そして、性のあり方は何も性的マイノリティだけにあるものではなく、すべての人が持つ共通のものであることに気づき、相手を自分と何ら変わらない一人の人として理解することが理想的と言えるでしょう。こうした考え方を身につけることができれば、性的マイノリティに限らず、障害のある人や様々な人種・民族の人、女性、高齢者、子どもも含めた真の多様性を実現することができるはずです。

引用文献

Fisher, C. M., Woodford, M. R., Gartner, R. E., Sterzing, P. R., & Victor, B. G. (2019). Advancing Research on LGBTQ Microaggressions: A Psychometric Scoping Review of Measures. Journal of Homosexuality, 66, 1345–1379. https://doi.org/10.1080/00918369.2018.1539581

Gonzales, G., Young, C., Masters, E., & Loret de Mola, E. (2021). Health Disparities among Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender (LGBT) Adults in Nashville, Tennessee. Southern Medical Journal, 114, 299-304. https://doi.org/10.14423/smj.0000000000001251

株式会社電通広報局広報部 (2021). 電通、「LGBTQ+調査2020」を実施 株式会社電通, Retrieved from https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0408-010364.html (2022年10月20日)

Meyer, I. H. (2003). Prejudice, social stress, and mental health in lesbian, gay, and bisexual populations: conceptual issues and research evidence. Psychological Bulletin, 129, 674–697. https://doi.org/10.1037/0033-2909.129.5.674

佐藤 洋輔・沢宮 容子 (2018). 同性愛者・両性愛者の抑うつ・不安を高める媒介モデルの検証 心理学研究, 89, 356–366. https://doi.org/10.4992/jjpsy.89.17018

佐藤 洋輔・沢宮 容子 (2021). LGBにおける性的指向と関連した体験――マイノリティ・ストレスに焦点を当てて―― 心理臨床学研究, 39, 26–37.

執筆者

佐藤洋輔(さとう・ようすけ)
埼玉学園大学特任講師。専門は臨床心理学。性的マイノリティのメンタルヘルスをテーマに、ポジティブ心理学に基づいた介入プログラムの開発や、大学における性的マイノリティ当事者学生の支援について研究・実践を行っている。

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